フラッシュ260
2015年12月15日
 

VW排ガス不正の衝撃(その3)-険しい再生の道-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

販売不振、立ちはだかる厳しい現実

改革の取り組むVWに厳しい現実が立ちはだかる。

VWが10月28日、本年第3四半期決算を発表したが、最終損益が17億3,100万ユーロの赤字(前年同期は29億2,800万ユーロの黒字)で、排ガス不正によるリコール(回収・無償修理)費用の引当金が影響した。2001年以降で初めて四半期で赤字に転落した。また、1-9月期の純利益は前年同期比55.0%減の38億2,700万ユーロと大幅な減益となった。今後、対策費用が膨らむことは必至であり、12月期の通期でも赤字に陥る可能性がある(注1)。VWが、来年1月から不正対象車のリコールを各国で開始することをすでに明らかにしているが、 予想される巨額の費用増に備えて、銀行団との間で総額200億ユーロのつなぎ融資を受けることで合意している模様である。

不正発覚後のVW車の販売実績への影響が、世界各地で発表される11月の自動車販売状況に一層はっきりと出始めている。

まず、11月の米自動車販売は前年同月比1.4%増の131万9,913台で、2001年以来の高水準となった。VWのライバルであるGMが1.5%増の22万9,296台で首位の座を維持、第2位はトヨタで3.4%増の18万9,517台だった。これに対してVWは一部車種の販売停止やブランドイメージの悪化で、24.7%減の2万3,882台の大幅減で、「VW離れ」が鮮明になりつつある(注2)。

次に、英調査会社LMCオートモディブによると、西欧主要5ヵ国(独、英、仏、伊、スペイン)の11月の乗用車の販売台数は前年同月比11.8%増の81万7,300台と好調であったのに対して、VWブランド乗用車は0.8%減の9万8,900台と市場全体の伸びからは取り残されたかたちである。不正の影響は、英国が2割減と大きく落ち込んだのに対して、ドイツが2%減、フランスが1.2%増と、国によってばらつきがみられる(注3)。

また、ドイツ連邦自動車庁(KBA)が発表した11月のドイツ国内の乗用車の販売台数は、前年同月比8.9%増の27万2,377台と好調な伸びを示す一方、排ガス不正の影響でVWは2%減の5万7,900台と、2カ月連続して前年割れとなった。ドイツ自動車工業会(VDA)は、今年1-11月の自動車販売台数は5%増の296万台、通年では2%増の317万台に達するとの見通しを出している。VDAは、VW不正問題によって、自動車セクター全体やディーゼル技術に対する信頼が損なわれたとしながらも、国内市場のディーゼル車需要に悪影響が出た兆候は見られないと指摘している(注4)。

さらに、日本自動車輸入組合(JAIA)が4日、11月の輸入車販売台数を発表したが、前年同月比7.9%減の2万1,556台と3カ月続けて前年実績を下回った。VWは31.8%減、VWグループのアウディも23.1%減だった。首位のメルセデス・ベンツは9.1%減の4,893台、第3位のBMWは3%減の3,500台だった(注5)。

世界的にVWの新車販売が前年割れを続ける中で、中国市場では販売台数は大幅に伸びた。中国汽車工業協会(CAAM)新車販売統計(速報値)によると、11月の上海VWの新車販売台数は前年同月比50.2%増の17万8,777台、一汽VWは14.9%増の16万8,679台と大幅な増加となった。これら合弁2社の単純合算販売台数の伸びは30.7%と市場平均の20%増を大きく上回った。これは、中国政府の景気テコ入れ策として打ち出した自動車取得税の税率引き下げと値引きによる効果が出たものである。VWの中国市場依存度が一段と高まることになった(注6)。

ディーゼル車は、エコカー戦略の要

世界の自動車業界のエコカー(環境対応車)戦略では、日本車がハイブリッド車(HV)で先行し、VWなど欧州勢はディーゼル車で巻き返すという構図で激しい競争が続いている。

ディーゼル車は ガソリン車より燃費が良く、走行を損なわずに二酸化炭素(CO2)排出量を削減でき、エコカーとしての重要性が高まる中で、VWクリーン・ディーゼル車は、中国など新興国への戦略車と位置付けられている。

 

図1 欧州(EU15ヵ国+EFTA)のディーゼル乗用車の普及率の推移

(注)新車登録台数に占める割合

(出所)欧州自動車工業会(ACEA)統計

 

欧州(EU15ヵ国+EFTA)のディーゼル車の普及率の推移をみると、1990年の13.8%であった乗用車の新車登録台数に占めるディーゼル車の比率は、1990年代以降急速に上昇し、2014年には53.1%を占めるに至っている(図1)。 EU主要国の状況をみても、フランス63.9%,イタリア54.9%、英国50.1%、ドイツ47.8%などとなっており、日本と比べて圧倒的な比重の高さを示している(図2)。

このようなディーゼル乗用車の急速な普及の理由として、①1990年代後半におけるディーゼル・エンジンの技術革新による性能の大幅な向上、②取得・保有より燃料に対する税負担が大きいため、人々の燃料価格に対する感応度が高く、燃料の安価なディーゼル乗用車が嗜好される要因となっている可能性、③ディーゼルに対する好意的なイメージ、などが指摘されている(注7)。

 

図2  欧州各国別のディーゼル乗用車の普及率(2014年、新車登録台数に占める割合)

(出所)図1と同じ

 

欧州の自動車大手メーカーは窒素酸化物(NOx)などの排出を抑えながら、日本や米国などガソリン車が強い市場でもクリーン・ディーゼル車の優位性を訴え、徐々に日米の消費者の間に好意的なイメージが浸透してきただけに、トップ企業であるVWによる不正によってイメージが悪化する事態を各社は恐れる。より長期的には、排ガス規制強化によるディーゼル・エンジンの製造コスト上昇の影響で、VWより小規模ブランドのルノー、プジョー・シトロエン、フィアット・クライスラーなど競合他社が、欧州市場に大きく依存していることもあって、VWよりも窮地に追い込まれる可能性もあるとの指摘もある(注8)。また、欧州自動車メーカーが日本メーカーに数年遅れをとっているハイブリッド車(HV)への需要シフトを招く結果にもなりかねないという(注9)。VWの不正によって、ディーゼル車への税優遇策の見直しの動きの機運が強まる中で、欧州自動車メーカーはディーゼル車の戦略の転換を迫られている。

1,000万台の壁、経営戦略を転換

トヨタと世界のトップ自動車メーカーを争うVWにとって、米国は巨大市場の中で唯一苦戦を強いられてきた。強みとするディーゼル車を販売拡大する好機を逸した焦りが不正の背景にあったとみられる。

すでに引責辞職しているマルティン・ヴィンターコーン氏がCEOに就任した2007年、米国市場でのVWのシェアは3%未満だったが、同氏は、2015年までに15%に高める目標を掲げた。目標というより必達の数字であった。2009年テネシー州チャタヌガー工場を着工、反抗の狼煙を上げた。同氏は「環境性能に優れ、加速性能も良い。ハイブリッド車に代わる選択肢だ」と、繰り返し強調した。VWは2008年、ロサンゼルス自動車ショーで「ジェッタ」を発表、その年の米国の「グリーン・カー・オブ・ザ・イヤー」を獲得した。

その頃、世界の自動車業界は新たな競争に突入していた。中国、インドなど新興国市場が急成長する中で、グローバル・プレーヤーとしての条件として、年間販売台数が「400万台」から「1,000万台」に跳ね上がった。勝ち残りへ大手自動車メーカーが1,000万台を目指すなら、VWにとって米国市場戦略の失敗は許されない。そこに立ちはだかったのが「1,000万台の壁」であった。1,000万台に近づくと経営が揺らぐ自動車業界のジンクスがある。急激な成長は規模のメリットを生む反面、内部統制の緩みを招く。実際、GMは放漫経営で2009年に経営破綻し、トヨタも2010年にかけて北米で大規模なリコールを起こしたことは記憶に新しい。結局、VWもこのジンクスを破ることができなかった(注10)。

すでに,不正対策費用の増大に対応するため、臨時雇用社員の削減を検討している模様である。マティアス・ミューラーVW社長兼CEOは10月6日、すべての投資計画、合理化計画を全面的に見直すなど経営戦略の転換を図る考えを表明、2、3年でVWは十分に再生できるとの強気の見通しを述べた。また、同社長は「今後は販売台数より収益性の向上に一段の努力を払う」との考えを示したうえで、「われわれの最も重要な任務は、顧客や取引先、投資家や一般市民の信頼回復をすることだ」と強調した。

VWが11月20日、投資計画の見直しを発表したが、2015年~19年に主力の自動車部門に総額856億ユーロ(年平均130億ユーロ)を投資する計画であったが、従来のディーゼル車偏重の開発方針を転換し、電気自動車(EV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHV)への移行を図ることを明らかにした。ディーゼル乗用車部門への投資額を毎年10億ユーロずつ減額、来年は120億ユーロに圧縮して、リコールや制裁金などの支出に備える。投資計画の見直しの焦点は中国市場であるが、今のところは、据え置くこととしている。中国では5ヵ年で合弁事業に220億ユーロを投じて、年産能力を5割増しの500万台に引き上げる計画である、ちなみに、VWの昨年の世界販売台数の1,022万台のうち、アジア市場は411万台、40.3%のシェアを占めている。中国市場は368万台、36.0%を占める。いよいよ「中国頼みの再生」への道を歩み出す。

VW改革を阻む障壁

VWの統治機構の特殊性について、前々回のレポート(注11)でも指摘しておいたが、11月のVWの新たな不正の発覚は、VWの特殊な統治機構、すなわち、内部の意思決定プロセスや企業文化に大きな問題を抱えていることを白日の下に晒すことになった。ドイツのジグマル・ガブリエル副首相兼経済エネルギー相は、VWの中央集権的な体質は、時代遅れであり、企業風土の抜本的な改革が必要との考えを示した。また、同相は、VWの経営権を握るポルシェ家とピエヒ家が作り上げたVWの構造は、もはや世界的な企業として通用するものではなくなっているとの厳しい意見を述べている(注12)。以下では、VWの改革を阻むいくつかの問題点を取り上げてみる。

1つ目は、VWのお目付け役の監査役会と業務執行に全責任を負う取締役会は1つの緩やかな内部集団を形成していることである。この集団は、最大株主で議決権の約51%を握るポルシェ家・ピエヒ家一族と、20%の株式を保有するニーダ―ザクセン州(VW本社は同州ヴォルフスブルク市に所在)、強力な労働組合の3つのステークホルダー(利害関係者)で構成されている。VWの特殊な統治構造は、ダイムラー、BMWなど他のライバル企業ほどには外部の投資家などからのチェックを受けず、経営権に対する抑止力も働かないため、VWのコーポレートガバナンス(企業統治)がうまく機能しない問題である。VW不正は、監査役会が取締役会会長(CEO)をコントロールできていなかったことに起因するという指摘がある(注13)。

監査役会のハンス・ディーター・ペッチュ会長は長年VWの最高財務責任者(CFO)を務めていたし、ミューラー社長兼CEOは前ポルシェ社長・CEOに就いていた。ミューラー氏のCEO就任については、当初から内部昇格のベテランがVWの改革を指揮できるかどうかとの批判も出ていたが、VWの新たな不正スキャンダルの発覚を受けて、厳しい立場に立たされそうだ(注14)。

2つ目は、VWの株主構成が経営を安定させる半面、今回のような泥沼化する不正問題には抜本的な改革を早期に打ち出せない恐れが強い。今後、VWの販売不振が長引けば、減産や従業員の一時解雇、設備投資の削減などを迫られる可能性が高い。高コスト体質の国内工場にメスを入れたくても、地域経済振興や雇用を重視するニーダーザクセン州政府や監査役会メンバーの半分を占めている労組・従業員代表を説得することはきわめて難しい。VWの経営破綻が現実化するようなことになった場合(現時点では、その可能性は小さいが)、これらのステークホルダーがどのような対応をとるのか不透明である。

3つ目は、風通しの悪いVWの特有の(ダイムラーやBMWと違った)企業体質である。VWのミューラー社長兼CEOは、記者会見の席上で「トップダウン経営を脱する」「自分は現場に干渉しない」と繰り返した。排ガス不正の遠因が前任者らによる拡大主義や上意下達の企業文化があったと指摘されているが、「独裁」「傲慢」「強権的」「自惚れ」(自分は絶対間違わない)という修飾語がヴィンターコーン前社長兼CEOにはついて回った。不正の要因が、VW特有の企業文化なのか、それともヴィンターコーン氏の経営スタイルなのか、という二者択一のものではなく、両者が相俟って危機を引き起こしたということである(注15)。最近、VW経営トップの傲慢さや自惚れを示したエピソードが日本でも紹介されている。1960年代当時の駐日独大使から日独産業協力のための意見具申書を提示したところ、ハインリヒ・ノルトホーフVW社長は「日本製の自動車がVWを追い抜くことなど未来永劫ありえない」と叫んだという(注16)。中央集権的な体質や企業風土の抜本的な改革は、ガブリエル独副首相が強く求めた問題点である。

来年1月から本格化するリコール問題への対応をも含めて、ペッチュ・ミューラー新経営陣が、高くて厚い障壁を果敢に切り崩して、乗り越えて行けるのかどうかを考えると、再生の道は険しいと言わざるを得ない。

 

注・参考資料
1)VOLKSWAGEN ;Interim Report-January-September2015(2015/10/28)
2)Autodata. Reuters(2015/12/02)
3)日本経済新聞(2015/12/05)
4)Reuters(2015/12/02)
5)日本自動車輸入組合(JAIA):11月度輸入車新規登録台数(速報)(2015/12/04)
6)日本経済新聞(2015/12/11)
7)冨田秀昭「CO2排出削減を目指す次世代自動車への期待―クリーン・ディーゼル車を例に-」(コラム:第408回、経済産業研究所、2014/10/21)
8)Reuters(2015/10/06)
9)Financial Times(2015/11/10)
10)日本経済新聞(2015/10/01)
11)ITIフラッシュNo.254(2015/11/13)
12)Reuters(2015/11/14)
13)ラルフ・ベーベンロート「時代に逆行した独裁経営の弊害」(週刊東洋経済2015/11/07)64-64ページ。
14)Reuters(2015/11/04)
15)Reuters(2015/10/14)
16)三好範英「ドイツリスク『夢見る政治』が引き起こす混乱」(光文社新書、2015/09/20)58ページ。