一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2015/11/13 No.254VW排ガス不正の衝撃(その1)―揺れる独ブランドの信頼―

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

米国からの衝撃ニュース

9月17日、フランクフルト国際自動車ショーの開会式に出席したアンゲラ・メルケル独首相は、国論を二分する大量流入する難民・移民問題の解決に、雇用吸収力のある自動車業界に対する強い期待感を示した。同首相の傍らにはフォルクスワーゲン(VW)のマルティン・ヴィンターコーン社長・CEO(当時)とポルシェのマティアス・ミューラー社長・CEO(当時、VW現社長・CEO)ら独自動車業界のトップが勢ぞろいしていた。「技術大国ドイツ」の象徴であるVW、ベンツ、BMWなどの自動車産業は欧州で独り勝ち状態が相変わらず続いていた。

翌18日、米環境保護局(EPA)が、世界販売1,000万台を巡って、トヨタ、米GMと激しく競っているVWのディーゼル車で排ガス試験の時だけ排ガス量を減らす違法なソフトが使われていたと発表、VWの不正が発覚したのである。VW本社が、全世界で1,100万台、このうち欧州で850万台、米国で48.2万台が対象になる可能性があると発表、次々明らかになる数字に、ドイツのみならず世界が大きな衝撃を受けた。

「VWが不正を犯すなんて、信じられない」、「なぜそのような不正を犯したのか」と、世界中のVWユーザーは困惑した。ましてや、ドイツ人は、「そんなことはありえない」、「事実であってほしくない」と、動揺し、悲嘆に暮れる。ドイツの閣僚の一人が「驚きを通り越している」と表明した時、多くのドイツ人の感情を代弁していた(注1)。

VW不正事件が深刻なのは、「厳しく規律を守る」、「高い技術水準」といったVWブランド・イメージを大きく失墜させたのみならず、ドイツ製品(「メード・イン・ジャーマニー」)に対する信頼を揺るがすことになったためである。

VW不正問題後の展開は予断を許さない。リコール対象車の規模、リコール費用や訴訟費用、規制当局が科す罰金などを合わせると、700~800億ユーロを超える規模の負担を迫られるとの試算もあり、VWの経営が揺らぐことにもなりかねない。ドイツ自動車産業の揺らぎは、VW本社のある企業城下町ヴォルフスブルク市の経済やニーダーザクセン州といったより広い地域経済だけでなく、ドイツ経済に多大の影響をもたらすだろう。当然のことながら、ドイツ経済が主導する欧州経済にもその影響が跳ね返ってくる。

急成長でトップ企業へ

2014年は、VWにとって記念すべき年であった。念願の世界販売台数1,000万台(販売実績は、1,022万台)を突破、首位を走るトヨタに肉薄した年だからである。今年前半期の販売実績では、トヨタを抜き、年間でも首位の座を占めるのではないかという見方が強かった。

VWは過去10年での世界販売台数をほぼ倍に増やした(2005年の519万台)。中国市場の展開で先駆け急成長し、トヨタ、GMが2008年~2009年のリーマン・ショック後、販売台数を大きく減らす中で、VWだけが販売台数を伸長、急成長ぶりをみせていた(表1、図1)。

今回の不正事件の発覚で退任したヴィンターコーン氏が、社長兼CEOに就任したのが2007年1月であり、「2018年に1,000万台達成」という目標を掲げ、VWの急成長を自ら主導してきた。急成長する中国での生産能力を拡大し、独ポルシェ(Porsche)など高級車やスウェーデンのスカニア(Scania)や独MANなど商用車のブランドを次々と傘下に収めた。1,000万台の世界販売目標は4年前倒しの昨年に達成した。

表1 VW・トヨタ・GMの世界販売台数(全世界、1000台、対前年比増減、%)

2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年
1-9月
VW6,1926272
-1.3
6310
-0.6
7278
-15.3
8361
-14.9
9345
-11.8
9728
-4.1
10217
-5
7431
(▲2.7)
トヨタ9,3628972
(▲4.2)
7812
(▲12.9)
8417
-7.7
7947
(▲5.6)
9747
-22.7
9980
-2.4
10231
-4.3
7499
0
GM9,3708356
(▲10.9)
7477
(▲10.5)
8385
-12.1
9024
-7.6
9288
-2.9
9722
-4.7
9925
-2.1
7151
(▲1.3)
(出所)VW,トヨタ、GM各社の年次報告・決算報告などから作成。

図1 VW・トヨタ・GMの世界販売台数の推移

(出所)読売新聞(2015/09/24)

国の看板を背負う

VWという社名は、「国民車」(VOLKS=国民+WAGEN=車)を意味し、ドイツで最大の企業(売上高ランキング1位、世界ランキング8 位)であり、まさに、国の看板を背負った名門ブランドである(注2)。また、ドイツ人ルドルフ・ディーゼルが1892年に発明したディーゼル・エンジンはドイツ人の「モノづくり主義」の伝統を体現した機器であり、品質を重視するドイツ産業の顔であり、誇りであった。VWは、環境に親和的な「クリーンディーゼル」車を戦略モデルとして人気を高めて、欧州市場を中心に飛躍的にシェアを伸ばし、現在までに確固たる地位を築いてきた。その矢先の不正の発覚である。環境保護の先進国を標榜し、環境技術を世界に拡大するというドイツ政府や自動車業界にとって、重大な信用失墜となる不祥事である。

欧州最大の自動車企業VWは、大衆車から高級車、商用車まで幅広いブランドを手掛ける。2014年のVWグループの世界販売台数は1,022万台(国内125万台、海外897万台)、国内生産は258万台で、国内生産全体の43.7%を占めている。また、売上高2,025億ユーロ、営業利益148億ユーロと実績を上げている。国内従業員数は27万1,000人(海外32万1,500人)で、自動車産業の国内従業員全体の35%を占める。生産工場は118カ所(うち、ドイツ国内29、その他の欧州地域43、アジアなどの地域46)ある(注3)。欧州乗用車の市場シェアは25%で、最大手である(表2)。

表2 ドイツ3大自動車メーカー(2014年、%)

世界販売(万台)国内生産(万台)売上高
(億ユーロ)
営業利益
(億ユーロ)
国内従業員数(1000人)R&D投資(億ユーロ)備考(注1)(%)
VW1,022258(43.7)2,025148271(35.0)115(44.9)世界販売2位
欧州市場1位、25.0
Daimler255118(20.0)1,299102169(21.8)57(22.2)世界販売11位
欧州市場8位
5.7
BMW212112(19.0)80487116(15.0)46(18.0)世界販売12位 欧州市場6位、6.7
独自動車産業全体1489(注2)591(100.0)3,679(注3)337(注2)775(100)256(100.0)
(注1) 欧州乗用車市場シェア(%)、新車登録台数ベース。欧州乗用車+商用車市場シェア(2013年):VW23.3% ,Daimler6.5% ,BMW5.6%
(注2)VW,Daimler,BMW3社の合計値。
(注3)3社の売上高はVDA公表の数値を上回っている。
(出所)VW, Daimler, BMW各社年次報告(2014年)、独自動車工業会(VDA)、国際自動車工業連合会(OICA),欧州自動車工業会(ACEA)の資料。

2005年当時、世界販売台数519万台だったが、企業の合併・買収(M&A)を積極活用する手法で10年間に倍増することに成功した。現在VWグループは、12ブランドの企業群で構成されている(図2)。

1937年5月、VWの前身、ドイツ国民車発起有限会社が設立された。ライバル企業トヨタが設立された時期も1937年8月で偶然の一致である。翌年VWという名称となった。1965年に独アウディ(Audi)の前身、オートユニオン(Auto Union), 1985年にスペインのセアト(SEAT), 1991年にチェコのシュコダ(ŠKODA)、1998年に英国のベントレー(Bentley),イタリアのランボルギーニ(Lamborghini), 伊ブガッティ(Bugatti), 2012年に伊二輪車メーカー、ドュカッティ(Ducati)、ポルシェ(Porsche)をそれぞれ子会社化していった。他方、商用部門(トラック・バスなど)では、2008年にスウェーデンのスカニア(Scania)、 2011年に独MANを子会社化した(注4)。

図2 VWグループの主要ブランド(12ブランド、2014年世界販売台数、1022万台)

(出所)VW年次報告書(2014年)から作成。

創業家一族が支配する統治体制

今年4月、VWの最高実力者フェルディナンド・ピエヒ氏が監査役会長を突如退任した。他の経営陣との確執があったとの噂もあるが、はっきりした理由は明らかではない。VWは暫定的な体制を続けてきたが、9月下旬にマルティン・ヴィンターコーン氏のCEO兼社長2018年末までの任期延長と、ハンス・ディーター・ペッチュ最高財務責任者(CFO)の監査役会会長就任を正式に決め、ようやく新体制が固まった矢先の不正事件の発覚である。ヴィンターコーン社長は、今回の不正事で引責退任し、後任にはポルシェのマティアス・ミューラー氏がVW社長に就任した。VWは失った信頼を回復するために経営体制の刷新に踏み切ったのである。

ピエヒ氏は、VWの基礎を築いた創業者フェルディナント・ポルシェ氏(VW「ビートル」設計者/ポルシェ創業者)の長女の二男であり、ピエヒ家を率いて、1993年VW取締役会会長・CEO、2002年VW監査役会会長として20年以上にわたってVWの経営の中枢に君臨していた。創業家一族であるピエヒ家がVW持ち株会社ポルシェSEに50%出資している。

図3 VWの株主構成

(出所)日本経済新聞(2015/9/26)

他方、創業者の長男フェリー・ポルシェ氏がポルシェ家を引き継いで、現在、創業者の孫で、フェリー・ポルシェ氏の四男ヴォルフガング・ポルシェ氏がポルシェSE兼ポルシェ監査役会会長に就いている。創業家として、ポルシェ家もポルシェSEに50%出資している。ドイツ企業の監査役会は取締役会の決定を左右している(注5)。

図3で示したように、ポルシェSEがVW株の約51%を保有しており、創業家の一族の意向が強く反映されるような経営体制になっている。この他の主要な株主としては、ニーダーザクセン州(VW本社が同州のヴォルフスブルク市にある)が20%保有しており、州首相が監査役会のメンバーである。

対米戦略の躓き

2018年に世界販売1,000万台達成を最大目標とするVWのグローバル戦略は、欧州市場と中国市場での大きな躍進によって4年前倒しで実現し、本年前半期には、首位のトヨタを抜くまでになった。ただ、北米市場は世界販売の8.6%(特に、世界3大自動車市場のひとつである米国市場は5.9%)にとどまり、このような伸び悩みが長年の課題であった(表3)。2011年に約20年ぶりの米工場が稼働したが効果は薄く、米国の自動車市場が好調でもVWブランド乗用車は2013年から前年割れが続いていた。米国市場では排ガス規制の厳しい米国で巻き返すには、トヨタに比べて、ハイブリッド車や電気自動車(EV)の開発で遅れているために、VWはこの遅れを挽回するために、違法なディーゼル車の排出ガス浄化能力ソフトを搭載し、使用したのではないかという見方が強い(注6)。次回では、この問題を取り上げていく。(次回に続く)

表3 VW・トヨタ・GMの市場別世界販売(2014年、全世界、1000台、%)

世界国内海外海外海外海外海外
北米欧州アジア中南米その他
VW10,217(100)1,247(12.2)879(8.6)3,183(31.2)4,114(40.3)794(7.7)(注1)
トヨタ 10,231(100.0)
(注2)
2,252(24.8)2,675(29.5)848(9.3)1,536(16.9)412(4.5)1,408(15.5)
GM9,925(100.0)2,935(29.6)478(4.8)1,256(12.7)3,540(35.7)878(8.8)838(8.4)
(注1)欧州地域に含まれている。
(注2)トヨタの世界販売台数は小売販売台数を示す。
(出所)表1と同じ。

注・参考資料

1)The Economist, Dirty secrets of the car industry(September 26,2015 )

2)Fortune,Global500-2015

3)VW、Annual Report2014

4)VW、Moving progress,Facts and Figures、Navigator2015(December31,2014)

5) VWの監査役会(Supervisory Board)は、20名(会長を含む株主代表10名:ピエヒ家、ポルシェ家、VW取締役会、カタール政府、スカンディナヴィア銀行、ニーダーザクセン州政府。副会長を含む労働代表10名:IGメタル、VW労組、アウディ労組、MAN労組)。取締役会(Board of Management)は9名で構成されている。

6)日本経済新聞(2015/09/25)

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