フラッシュ63
2004年6月1日
  EU・ロシアのWTO加盟交渉妥結と二国(地域)間経済関係
 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
田中 信世

 

  5月21日、モスクワで行われたEUとロシアの首脳会談で両国(地域)間(以下二国間)のロシアWTO加盟交渉が妥結し、同日、欧州委員会のラミー委員(通商代表)とグレフ経済発展貿易相が、プロディ欧州委員会委員長、プーチン大統領等の同席の下で合意文書に署名した。

EUの譲歩で妥結

  欧州委員会の資料などによると、今回の合意内容は以下のとおりであった。

表 ロシアのWTO加盟に関するEUとロシアの合意内容
関税
・ロシアはWTO加盟後、平均関税率の上限を、工業製品については7.6%、水産物については11%、農産物については13%とする。
輸入割当
・関税措置に加えて、生鮮・冷凍食肉および家禽肉の輸入割当額を年間約6億ユーロ(EUのロシア向け農産物総輸出額の15%)とする。
サービス部門の自由化
・ロシアは、電気通信、輸送、金融サービス、郵便・物流、建設、流通、環境、ニュース配信、旅行を含む広範囲のサービス分野で自由化をコミットする。
・上記コミットメントには、サービスや商業施設のクロスボーダー措置も含まれる。
ロシア産天然ガスの内外価格差
・国内の工業用ユーザー向けの天然ガスの価格は、(国内で独占的な供給会社であるガスプロムなどの)コスト、利益、新規ガス田の開発に要する投資額を含んだものとする。
・国内の工業用ユーザー向けのガス価格は、ロシアのエネルギー戦略に沿った形で、現在の1,000立方メートル当たり27〜28ドルから、2006年までに同37〜42ドル、2010年までに同49〜57ドルへと段階的に引き上げられる。
EUエアラインのシベリア上空通過料金
・EU加盟各国エアラインのシベリア上空通過に適用されている現在の料金システムを、コストをベースとし、透明かつ無差別の原則に基づき遅くとも2013年までに見直す。
(出所)EUホームページの欧州委員会資料により作成

早期妥結をもたらした5つの要因

  以上のように、ロシアのWTO加盟にかかわるEUとロシアの二国間交渉は、EUが大幅に譲歩する形で妥結したが、こうした形で二国間交渉が早期に妥結した背景としては、1)2006年にロシアで初めて開催する主要国首脳会議(サミット)までにWTOに加盟することを目指してロシアが交渉を急いだこと、2)EUが大きな関心を寄せている地球温暖化防止の京都議定書の批准問題を絡ませてロシアが交渉に臨んだこと、3)EUが要求したEU・ロシアのパートナーシップ協力協定(PCA)のEU新規加盟国(10カ国)への適用拡大にロシアが難色を示したこと、4)拡大EU発足に伴いEUが拡大後の近隣諸国との協力関係を重視する姿勢を鮮明にしていること、などの要因が指摘されている。

  ロシアがロシア・サミット前のWTO加盟を目指しているのは、サミット8カ国の中でWTOに加盟していないのはロシアだけであり、大国ロシア復活の政治的象徴としてサミット主催前の加盟を至上命題としているためである。ロシアがWTOに加盟するためには、EUとの二国間交渉は妥結したものの、今後、米国や日本など主要国との二国間交渉に加え、農業などへの補助金問題や知的財産権保護などを巡る多国間交渉でも合意する必要がある。この点に関し、ラミー欧州委員は、EUとの加盟交渉が妥結した後、ロシアのWTO加盟が実現するのは最も早くて2006年1月という見方を示しており、サミット開催前の加盟が実現するかどうかは微妙な状況にあるが、ロシアは残る二国間・多国間交渉の妥結を目指して全力を尽くすことになるものとみられる。
  WTO加盟交渉と京都議定書批准問題の関連については、首脳会談終了後の記者会見で、プーチン大統領は、交渉妥結は京都議定書批准に対するロシア政府の姿勢に肯定的な影響を与えたとして、議定書批准に前向きな発言をしたが、具体的な批准の時期については言及を避け、EUにとって課題の残る結果になった。EUとしては、今後具体的な批准時期の明示を含めて、EUに早期批准を迫っていくことになるものと思われる。
  EU拡大に伴うEU・ロシアのPCAの新規加盟国への適用拡大については、これまでのロシアと中・東欧諸国との緊密な経済関係から、適用拡大はロシアの利益を損なうとして、5月1日のEU拡大の直前までロシアは拡大EUとの間のPCAの署名に難色を示していた。最終的にロシアは、4月27日、EUの拡大に伴うロシアの懸念事項(特に関税、鉄鋼、農業、家畜・植物衛生問題、エネルギー、ロシアの飛び地であるカリーニングラード州とロシア本土間のトランジット貨物の扱いなど)を盛り込んだEUとの共同声明を出した上で、PCAを5月1日以降新規加盟国にも拡大適用することについて同意した。しかし、EU拡大に伴うこうしたロシアの懸念事項は解消しておらず、引き続き、今後のEU・ロシア首脳会議の場などで協議されることになるものとみられる。
  また、EU・ロシア間には、PCAとは別に、中・長期の視点で経済統合を進める共通欧州経済空間(CEES)構想(2001年5月のEU・ロシア首脳会議で提案)がある。これは、「規模の拡大と相互補完を通じた同一基準による経済統合」を目指したものであり、これが実現すると人口6億人の巨大な経済空間ができることになる。このCEESについても、今回の首脳会議で具体化に向けた行動計画策定の必要性について議論されたとされている。
  5)番目のEU拡大に伴う近隣諸国との関係強化は、5月12日に欧州委員会が採択した戦略文書の中で具体的な方法が明らかにされている。この戦略文書は欧州委員会が2003年3月に採択したコミュニケーション文書「拡大欧州――南東欧近隣諸国との新たな関係枠組み」を下敷きにして作成したもので、5月1日のEU拡大がEUと近隣諸国の間に新たな亀裂を生じさせないようにするための方策、EU拡大の利益を近隣諸国と共有する方法を示したものである。具体的にはEU拡大によって身近になった東欧諸国(ロシア、ウクライナ、ベラルーシなど)や地中海諸国との間で行動計画を策定し、行動計画のうちの優先課題が実現した段階で、次のステップとして現行のPCAや連合協定に代わる新たな特別パートナーシップを結ぼうというものである。行動計画はEUと対象国の現在の関係や対象国のニーズや能力に応じて、経済・社会発展政策、政治的対話、貿易、司法、内政などの分野を対象に3〜5年の行動計画として策定されることになっている。こうしたEUの近隣諸国との関係重視の姿勢も、今回のロシアのWTO加盟交渉における早期妥結の追い風となったといえよう。

可能性を秘めた二国間の経済関係

  最近の二国間の経済関係は次のとおりであるが、こうした二国間の経済関係はEUの拡大によって、さらにはロシアのWTO加盟が実現した場合には、さらに緊密化、拡大の傾向を示すことが予想される。
  まず、国際貿易投資研究所(ITI)作成の貿易マトリックス(輸出ベース)で2002年の二国間(EUは25カ国の拡大EUベース)の貿易関係を見てみよう。EUはロシアの最大の輸出相手地域となっており、ロシアの輸出の50%以上(輸出総額1,072億ドルのうち527億ドル)がEU向け輸出である。これに対して、ロシアはEUの域外輸出先として、米国、スイス、日本に次いで4番目の地位にあるものの、EUのロシア向け輸出は328億ドルとEUの域外総輸出額(8,594億ドル)の約4%という低い水準にとどまっている(ただしロシア側からみるとEUからの輸入はロシアの総輸入の約半分を占めている。下図参照)。ちなみに、2003年1〜10月のロシアからEU(同)への輸出は前年比25.6%増の540億ユーロと大幅に増加し、EUからロシアへの輸出は同2.4%減の261億ドルと微減した。


(出所)IMF-DOT5月


(出所)IMF-DOT5月

  二国間の貿易のパターンは両国の相互補完関係を反映したものとなっており、ロシアからEU向けの輸出の大部分は燃料エネルギーや一次産品が占め、ロシアがEUに供給している燃料エネルギーはEUの燃料エネルギー輸入の20%以上に達している。また、ロシアからEUに輸出されている商品のかなりの部分にはEUの特恵関税が適用されている。これに対して、EUからロシア向けに輸出されているのは、資本財、完成工業品、消費財などが中心である。
  このように、現時点ではロシアからEUへの輸出は燃料エネルギーが大宗を占めているが、ロシアはWTO加盟を契機にして、製造業の育成などによるエネルギー依存の経済体質から脱却した経済構造の転換を目指しており、これに伴って燃料エネルギー中心とした現在の貿易構造がどの程度変わるのか、今後の動向が注目される。
  また、EUはロシアに対する技術、ノウハウの供与、投資の面でもロシアに対する主要な供給者になっている。欧州委員会の資料によれば、2002年におけるEUのロシアに対するサービス輸出は100億ユーロであった。これはEUのサービス輸出総額の2%以下に過ぎないが、今後のロシアにおけるサービス部門の発展の可能性を考えると、サービス部門の貿易は今後間違いなく両国の貿易関係において重要性を増してくるものと見られている。直接投資の分野でもEU企業はロシアにおける主要な担い手となっているが2002年における直接投資金額(フロー)は22億ユーロの低い水準にとどまっており、この分野でも今後の潜在成長力は高いものと見られている。


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