フラッシュ46
2003年7月14日


EU憲法草案と「小国」の懸念


(財)国際貿易投資研究所
   研究主幹 田中 信世


  欧州連合(EU)の憲法草案を審議していたEU諮問会議(議長・ジスカールデスタン元仏大統領)は6月13日、最終草案を採択し、6月19日からギリシャ北部のテッサロニキ近郊で開催された欧州首脳会議に提出した。同首脳会議では、EU諮問会議による憲法草案の提出を歓迎するとともに、10月から政府間協議を開始し、2004年5月までに内容を確定する方針を取り決めた。
  EU憲法草案は2004年5月に予定されているEUの25カ国への拡大に合わせて、EUをより強力で、効率的な共同体に発展させることを目指したものである。しかし、EUの政治統合を加速し、連邦制に近づけることには中小国を中心とした加盟国の抵抗も強く、憲法草案の最終案の中身は加盟国の主権にも配慮した玉虫色の性格を帯びたものとなった。現時点で明らかにされている憲法草案の骨子は概略以下のとおりであるが、最大のポイントはEU初の「大統領」と「外相」ポストの新設を盛り込んだことであろう。「大統領」ポストは、当初「米大統領に匹敵する強力なポスト」の創設を目指したが、「大国の主導色が強まる」という中小国の警戒感を配慮して、アメリカ型の強力な「大統領」とEUがこれまで採用してきた各国の輪番制の実務的な「議長」との中間的な性格を帯びたものとなっている。

〔機構関連〕
@欧州理事会(EU首脳会議)

  • 欧州理事会(EU首脳会議)は各国政府の首長により構成され、欧州連合(EU)の政治的な目標を決定する。
  • 欧州理事会は「大統領」を選出する。大統領は多数決により2年半の任期で選ばれ、1回だけ再選が可能。
  • 大統領は欧州理事会を主宰するとともに、「全体問題閣僚理事会」(後述)における協議をベースとし、欧州委員会委員長と協力して欧州理事会を運営する。大統領は欧州理事会における結束とコンセンサスの確保に努力する。大統領は出身国の利益を代表しない。
  • 欧州理事会は、欧州委員会委員長の同意の下に、EU外相を任命する。外相はEUの共通外交・安全保障政策を担当し、欧州委員会の副委員長も兼ねる(EU外相の新設は、外交・安全保障問題担当の上級代表と対外関係担当欧州委員のポストを統合し、対外的な窓口の一本化を目指したものである)。
  • 欧州理事会および閣僚理事会(後述)における議決方式は、加盟国に配分した持ち票数に基づく特定多数決制から、2009年11月1日以降は、@過半数(案件によっては3分の2)の国の支持、A人口の合計が全体の6割以上に達する国々の賛成という条件を同時に満たす方式に変更する。

A閣僚理事会

  • 閣僚理事会は欧州議会とともに立法機関としての機能を果たす。閣僚理事会の議長は1年ごとに交代する。
  • 閣僚理事会には「全体問題および立法理事会」が新たに設けられ、EU政策の全般的な政策調整を行うとともに、「立法理事会」として欧州連合のすべての法律を決定する。閣僚理事会には、EU諸国の外相で構成される「対外問題理事会」の設置も予定されており、その他の所管相の閣僚理事会を招集することも可能である。憲法草案の第3部には「蔵相理事会」(Ecofin)と非公式のユーロ圏蔵相 グループ会議についても触れられている。

B欧州議会

  • 欧州議会の議員は5年ごとの直接選挙によって選ばれ、議員数は736人を越えない。
  • 欧州議会の立法機能を強化するため、欧州議会の共同決定権を現在の34分野から将来は少なくとも70分野に拡大する。

C欧州委員会

  • 欧州委員会の委員長は、欧州理事会が欧州議会選挙の結果を考慮して候補者を多数決で決定したうえで、欧州議会に提案する。欧州議会は欧州理事会の提案に基づき多数決で委員長を選任する(これは「大統領」の創設で欧州委員会の委員長の影が薄くなるとの懸念に配慮して導入された措置で、欧州議会で選任する方式の導入により民主的正当性の強化を目指したものとされている) 。
  • 欧州委員会の委員の数は、意思決定の効率化を図るため、2009年11月1日以降、現行の20人(英、独、仏、伊、スペインが各2名、その他10カ国が各1名)から投票権を有する委員を15人に削減し、その他の加盟国からの委員は投票権を持たない委員とする。

〔EUと各国政府の政策分担〕
 憲法草案は、EUと各国政府の政策分野ごとの所管については次のように区分している。

EU専管の政策分野
(第I部12条)
EUと各国政府の共管の政策分野
(第I部13条)
EUが各国の政策の支援、調整、補足的な活動を行う分野
(第I部16条)
  • ユーロ圏の通貨政策
  • 共通通商政策、国際通商協定
  • 関税同盟
  • 共通漁業政策の下での海洋生物資源保護(新たにEU専管となった分野)
  • 城内市場政策
  • 自由・安全・裁判の分野
  • 農業および漁業政策(海洋生物資源保護を除く)
  • 運輸政策、汎欧州ネットワーク
  • エネルギー政策
  • 社会政策
  • 経済・社会・地域結束政策
  • 環境保護政策
  • 消費者保護政策
  • 公衆衛生
  • 産業政策
  • 健康保護・増進政策
  • 教育、職業訓練、青少年保護、スポーツ
  • 文化
  • 市民保護

(資料)EUホームページ(http://www.europa.eu.int/)に掲載の"Draft Treaty establishing a Constitution for Europe"より作成

  なお、共通外交・安全保障政策については第T部15条において、EUの権限はすべての外交政策とEUの安全保障にかかわるすべての問題に及ぶと規定している。

〔その他〕

  • 加盟国の議会は、欧州委員会が作成した法案が自国の権限と抵触していると考える場合には、欧州裁判所に提訴して、その判断を仰ぐことができる。
  • EU市民による欧州委員会に対する法案作成の請願;「かなりの数」のEU加盟国からなるEU市民が   最低100万以上の請願を集めた場合、欧州委員会に法案の作成を要求することができる。

  以上のように、EU憲法の最終草案は大国に牛耳られることを懸念する中小加盟国の懸念に対して一定の配慮をした内容になっているように見受けられるが、それでも中小加盟国の懸念が払拭されたわけではない。
  中小加盟国が最も強い懸念を持っているのは、欧州理事会で選出される新設の「EU大統領」制であり、大統領のポストが大国の間だけでたらいまわしされ、その結果、EUが大国によって支配されることになるのではないかという強い警戒感である。この点についての懸念はテッサロニキのEU首脳会議でオーストリア、ルクセンブルク、ハンガリーをはじめ10カ国の首脳から出されたとされている(2003年6月23日付Handelsblatt紙)。
  また、2009年11月から欧州委員会の委員の数が投票権を有する委員15人に削減され、その他は投票権のない委員になるという点についても中小加盟国の危機感は強く、オーストリア、ハンガリー、チェコの首脳は、同首脳会議で1カ国1人の投票権を持つ委員(新規加盟国を入れると合計で25人)の選出を主張したと言われている(同上紙)。

  憲法草案に対する懸念は中小の加盟国だけにとどまらない。例えば、スペインは欧州理事会や閣僚理事会における2009年からの新方式による多数決制の導入に強硬に反対している。これは、2000年12月のニースサミットで、2003年以降EU加盟国が25カ国に拡大した場合の欧州理事会と閣僚理事会の議決における加盟国の持ち票数の割り当てにおいてスペインは27票と、ドイツ、フランス、イタリア、英国の各29票と並ぶ高い比重の票数を割り当てられていたものが、2009年から人口を重視した多数決方式に切り替わることにより発言力が相対的に低下することを懸念したことによるものと見られる(ちなみにドイツの人口約8,000万人に対してスペインの人口は4,000万人弱)。
  ドイツの場合も懸念材料を抱えている。失業者の増大に苦しむドイツにとって移民政策は中・東欧諸国からの移民問題がからむだけに極めて重要であり、ニースサミットでも移民政策が特定多数決制に移行することには強い抵抗を示した。ドイツは憲法素案検討の中でこの問題が多数決制で決められるようになることに強い警戒感を抱いており、シュレーダー首相は欧州理事会や閣僚理事会での移民政策の決議については、少なくとも当面は拒否権を留保しておきたい意向と伝えられている(同上紙)。

  テッサロニキのEU首脳会議では前述のように、各国首脳はEU諮問会議による憲法草案の提出を「歓迎」したが、このように見てくると、この「歓迎」の意味はこれから始まる政府間協議を前提とした「たたき台」としての草案の提出を(たぶんに外交辞令的な意味合いも含めて)歓迎したのであって、草案そのものをストレートに歓迎したということではなさそうである。
  いずれにしても憲法草案で「EUの将来像」について大筋の方向性は示されたとはいえ、今年10月から開始される政府間協議では、以上のような問題点について白熱した議論が予想され、今後のEUの行く末を決めるうえで大きな正念場となることは間違いない。政府間協議にはEU現加盟15カ国と来年5月に新規加盟が予定されている10カ国が参加し、ルーマニア、ブルガリア、トルコがオブザーバーとして出席する。