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フラッシュ69 |
2004年7月13日 |
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改革に揺れるイタリアの年金制度(3) |
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(財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員 釧路公立大学非常勤講師 長手 喜典 |
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これまでに行われたイタリアの年金改革は、1992年に2回、93、94、95年各1回、そして、96、97両年の計7回である。うち95年の年金改正については、ディーニ改革として知られ、彼が大蔵大臣から首相になった任期1年の短期間に成立させたもので、その内容については第1稿で紹介した。 一方、2000年代に入って、最大の改正論議が昨年来続いており、ストライキを交える政労間の先鋭な対立を生み、わが国同様、国民の関心と注目を呼んでいる。しかし、ここにきて、議会論議もようやく煮詰まってきた感があり、7月中には与野党間で合意の見通しが出てきた。今後、改正の内容に大きな変化はないものと予想されるので、以下に改革の要点をまとめてみた。 イタリア社会の変化と改革の必要性 人口構成の変化を端的に表す目やすとして、65才以上の人口をみると、1961年には全人口の9%であったのが、71年には13.1%を超え、現在では18%に達している。すなわち、現在の年金受給者数は1,640万人で、労働者総数の2,200万人と対比すれば、その大きさが知れよう。しかも、これら受給者に対し、年平均で約11,000ユーロの年金が支給されているので、支払年金総額は1,820億ユーロに達する。この数字は国内総生産の14〜15%に相当する。なお、受給者の3分の1弱の520万人は、受給年額6,000ユーロ以下の水準である。 10年前は3人の労働者で1人の年金生活者を支えていたが、現在では1.34人で1人と、現役世代にかかる負担は重くなるばかりである。換言すれば、100人の労働者に対して73人の年金生活者がおり、3人で2人を支えなければならないのだ。 イタリアのサラリーマンが月々控除される社会保険料は、給与の32.7%である。ただし、本人負担8.89%、会社負担23.81%で、雇用者側の分担はずしりと重い。この高率のパーセントでも、かねてよりINPS(イタリア社会保障保険公社)の赤字は増大するばかりで、年金が公共財政に依存する図式が続いてきた。 現在、イタリア人が年金生活に入る平均年齢は、60才前後と言われているので、平均寿命と対比すれば、男子で16〜17年、女子で22〜23年間は年金を受給することになり、少子化の現状を考えれば、最早、若者が老人を支える従来型の年金システムは立ち行かず、イタリアの場合も、これが年金改革不可欠の理由である。 改革の方向 かって、イタリアの貧困は総人口を構成する各年齢層に広がっていたが、経済発展と安全性の向上で、貧困は社会層の一部にとどまるようになった。ISTAT(イタリア中央統計局)の最近の調査によれば、夫婦で月8,000ユーロ以下の貧困状態にある人は人口の12%程度となっている。 このような経済環境の中で、退職前5〜10年の平均給与の80%を保証する従来型の年金システムは維持できなくなり、あくまで本人の掛けた保険料を基礎にして、年金額を算出するやり方が打ち出されたのである。ただし、一方で社会的弱者に対する福祉的年金は存続させるなど、社会的公正にも十分配慮した形が求められた。さらに、年金生活者総数を削減するため、退職せずに働く老齢者には実質給与のアップと減税などで優遇しようとしている。 しかし、INPSの収入増をはかるための雇用者・被雇用者に対する保険料率の引き上げなどは限界と見ているらしく、既に高水準にある公的機関への支出を増やすよりも、むしろ、民間の保険会社の利用を含む、自己責任型の年金保険の方向が、ますます強まってくると考えられる。 <新年金改正案の骨子>
今後の見通し 70年代初めから現在に至る40年間、イタリアの公共財政累積赤字は、遂に国内総生産の105%を超えるようになった。つまり、5,700万の人口で1兆3,800億ユーロの赤字を抱えているので、国民一人当たり2万4,000ユーロの借金を負っている。したがって、国民の支払う税金は、国債の利子支払いに追われ、また、国家財政の赤字の主因の一つ、社会保険料の収入が増えなければ、INPS財源の枯渇は待ったなしのところに来ており、「出るを」制しても、「入るを」なおざりにしては、改革の実を上げることはできない。 一方、改革をめぐる世論は、経済生活上あるいは政治的立場から、意見の相違が目立ち、個々の様々な利害得失もからんで千差万別である。労組の一部は「年金改革を急ぐ必要はなく、95年のディーニ改革の成果を少なくとも10年は待つべし」と主張している。また、年金受給年齢の引き上げは、体力や頭脳を消耗する職業に過酷な条件を押しつけるものと、社会政策上問題視している。 さらに、各国の公共財政の健全化に重大な関心を持つEUは、年金が財政に与えるインパクトを重視している。とくに、60年代のベビー・ブーム期に生まれた年齢層が、定年を迎える時期までに財政を立て直すことは、各国必須の課題である。 したがって、イタリアとしては、年金の中長期的展望を自己責任型の制度への転換においているようだ。そのとっかかりが支払い済み保険料基準の年金支払額の決定である。また、受給年齢の引き上げはもとよりだが、さらに、早く年金を貰い始めれば、支給額は逓減し、遅く貰い始めれば、逓増する仕組みも検討課題である。このようにすべてを自己リスクに帰せしめるのが、将来方向と思われる。 いずれにせよ、どのような決定をしても、必ず年齢層による利害得失が生じるので、真に年金支出の削減効果を期待できるのは、現在の年金受給者が一巡してからとの悲観的な見方も生まれてくる。今回の改正もまた抜本改革からはほど遠い。結局のところ、さらなる増税と社会保険料の引き上げにしか活路をみいだせないのではないかとの思いを筆者は禁じ得ないのである。 <参考> |