フラッシュ89
2006年11月15日
 

ブカレスト雑感
〜「ブカレストの犬とEUハーモナイゼーション」のその後

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  2006年11月初め、EU加盟を1ヵ月半後に控えたルーマニアのブカレストとブルガリアのソフィアを訪問した。ブカレストを訪問したのは99年以来7年ぶり、またソフィアを以前訪れたのは1989年の体制転換前のことと記憶しているので約18年ぶりのことである。

  ところで、ブカレストについては、本フラッシュ欄で「ブカレストの犬とEUハーモナイゼーション」と題して一度とりあげたことがある(2002年8月、フラッシュ38参照)。 この原稿は、以前何度か訪問したブカレストの街で野良犬がやたらに目に付いたことから、EUハーモナイゼーションの進行とともに、これらの野良犬の姿が消えていくのか、もう少し一般化して言えば、EUハーモナイゼーションが進行するとルーマニアの地方色が薄れてしまうというようなことが起こらないのかどうかという点について考察したものであった。

  今回、7年ぶりにブカレストを訪問して、この点はどのように変わっていたか。結論から先に言うと、ブカレストの街から野良犬の姿は消えていた。正確に言えば、野良犬の姿を全く見かけなかったわけではなかったが、3泊ほどした間に姿を見かけたのは、2、3匹に過ぎなかった。もっとも、現地に長く住む人の話によれば、確かに都心部では野良犬はほとんど見かけなくなったが、都心から少し離れたところに行くと、公園などで群れをなしている野犬の姿がまだ見られるという。しかしいずれにしても、少なくとも都心部においては、野良犬はほとんど姿を消したことは確かなようであり、どうやら、野良犬の世界では“ハーモナイゼーション”は予想以上の速さで進行しているように見受けられた。
  ブカレストの都心から野犬の姿が消えたことは、野良犬をみると恐怖を感じる筆者(フラッシュ38)にとっては大変ありがたいことではあるが、半面、「ブカレストらしさ」が姿を消しつつあるという点で一抹の寂しさも感じられた。

  今回ブカレストを訪問した目的は、EU加盟を間近に控えたルーマニア農業の現状とEU加盟がルーマニア農業に与える影響などを調査するためである。この調査のために、ルーマニアの(1)農業生産の動向、(2)農産物貿易の動向、(3)農業・農家構造、(4)農業政策と農業予算、(5)食品産業の動向、(6)EU加盟の農業・食品産業への影響、など多岐にわたる質問項目を用意し、事前に日本大使館を通じてルーマニア農業省に送っておいた。
  現地で対応していただいたのは、ルーマニア農業省欧州・国際総局の女性局長で、農業省内でEU加盟問題への対応の最前線に立って活躍されている方である。筆者のような一介の調査員がこうした高官にお会いするのは、普通は困難なのだが、今回は日本大使館のご尽力により、「農業省内であなたの質問に的確に答えられる人はこの人以外にはいない」(農業省職員談)という最も適切な方にピンポイントでお会いできたことは誠に幸運であった。

  面談は局長室内の横に置かれた会議用のスペースで行われた。当方の多岐にわたる質問に対しては、資料で済ませられるところは予め資料を用意していただき、面談では、主としてEU加盟がルーマニア農業に与える影響に焦点を絞って話すなど要領よく対応いただいた。面談中、局長の机の上の電話が何度も鳴りその都度局長は対応に追われるなど、EU加盟を1ヵ月半後に控えたあわただしさ、熱気が感じられた。それでも局長は当方の質問に対して丁寧に説明をし、自分で答えられない質問に対しては自ら電話で同僚に確認するなど、その対応は、極めて「アット・ホーム」かつ「ホスピタリティ」に富むものであった。

  今回の調査の詳しい報告は別の機会に譲りたいが、ルーマニアは2007年1月のEU加盟により、EUから多額の農業関連予算を受け取ることになる。2007年には、合計12億5,100万ユーロ(内訳は、(1)直接支払い4億4,000万ユーロ、(2)価格支持2億4,800万ユーロ、(3)農村開発5億4,950万ユーロ、(4)漁業振興1,400万ユーロ)をEUから受け取る予定である。しかし、ルーマニアにとってEU加盟は良いことばかりではない。
  ルーマニアの農家構造をみると、3ヘクタール以下の経営規模の農家が全体の21.5%、3〜5ヘクタールが16.5%、5〜10ヘクタールが20.7%、10〜20ヘクタールが28.6%と20ヘクタール以下の小規模農家が全体の87.3%を占めている(98年)。ルーマニアがEUに加盟した場合、こうした小規模な農家が、平均経営面積が30ヘクタールと言われるEUの農家と競争していかなければならないわけである。
  ルーマニア農業にとって、EU加盟の影響はまさにこれからが本番であり、農業の分野でEUとのハーモナイゼーションが進めば、農業構造の面で大きな変革を迫られ、その過程で零細な農家が淘汰されていくのは避けがたいことと思われる。

  ルーマニア農業に対する影響と言う意味では、EU加盟は、1989年のチャウセスク政権崩壊による体制変換とその後の移行期に次ぐ大きな出来事になるものと思われる。ルーマニアの農業関係者が、その国民性と言われる持ち前の明るさ、人なつっこさで、この難局を切り抜けることを切に祈りたい。

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