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2020/03/26 No.456ITIタイ研究会報告(9)タイの経済・産業・インフラ開発・長期展望(2019年末時点の状況)~その3タイ経済の長期展望:タイランド4.0の現状~

JIradaPrasartpornsirichoke
カシコンリサーチセンター シニアリサーチャー

ITIタイ研究会では2019年時点におけるタイ経済・産業の現状について、カシコンリサーチセンター シニアリサーチャー Jirada Prasartpornsirichoke氏よりご寄稿いただいた。コロナ禍で2020年のタイ経済は大きく悪化するものと見込まれるが、ベンチマークとして2019年時点におけるタイ経済の現状について3回に分けて報告する。

  1. タイ経済・産業の現状(2019年)(前々回)
  2. タイのインフラ開発と投資政策(前回)
  3. タイ経済の長期展望:タイランド4.0の現状(今回)

 (本報告は公益財団法人JKAの補助事業によるものである)

中所得国の罠

タイの経済成長は、2013年から2018年の間に平均で3.0%拡大したが、この成長率はタイ経済が達成可能な潜在成長率よりも低い。タイ銀行の調査によると、タイには長期間にわたって中所得国の罠に陥る要因が多数あると記されている。重要な因子としては、付加価値製品およびサービスに投資する際の障壁となる競争力不足、技術的な即応力やイノベーションの低下、質および量の点での人材不足などが挙げられる。中所得国の罠からタイが抜け出すための鍵となるのは、農業と製造志向の経済構造を技術とイノベーション志向へと変革することである。そのため、タイ政府は国内経済に高付加価値を生み出すことを期待して、東部経済回廊(EEC)の推進と重点10産業(ファーストSカーブ、セカンドSカーブ)へ投資し、タイを発展させて高所得国とするための「タイランド4.0」政策を開始した。

東部経済回廊開発プロジェクト(EEC)

東部経済回廊開発プロジェクトでは、タイランド4.0政策の一環として、タイの経済軸を工業志向から技術志向へ移行しようとの狙いがある。これには、30年以上にわたり工業生産拠点としてのタイを支えてきたことでよく知られているイースタンシーボード開発計画を彷彿とさせる目的がある。当初、EECはタイ東部の3つの県(チャチューンサオ、チョンブリー、ラヨーン)を中心に展開されてきた。地域の選定については、投資の可能性を高め、経済的に顕著な活動の発展を促すという目的を踏まえて決定、推進されている。EECは次の5つの地域を促進地域に指定した。

  1. EEC経済特区:東部空港都市は、「ウタパオ国際空港」を航空の拠点へと転換し、今後15年で旅客数を6,000万人へと伸ばすことを目的とする。
  2. 東部経済回廊イノベーション特区:EECiは、研究とイノベーションの発展を通した産業の強化を目的とする。
  3. デジタルパークタイランド:EECdは、ASEANのデータハブ設立を想定したデジタルインフラの改編を目的とする。
  4. スマートパーク
  5. ヘマラートイースタンシーボード4工業団地

EECのインフラ開発

EECは、(1)スワンナプーム空港、ドンムアン空港、ウタパオ空港の3か所を結ぶ鉄道、(2)レムチャバン港第3期、マープタプート港第3期、サタヒップ商業港の主要な3つの深海港開発など、重要な交通インフラ開発プロジェクトの多くを承認した。さらに、これら3港を結ぶ鉄道ネットワークと、鉄道と港をシームレスに運営する統合交通管理システムが存在する。

EECの方針に従って、EECへの投資をより簡単にするため、政府は民間企業が共同で投資できるようにした。次に、試験的に開始されている重要な6プロジェクトを挙げる。

  1. ウタパオ空港と東部空港都市の開発プロジェクト:このプロジェクトによって、民間企業は官民共同出資(PPP)の点から、ターミナル3の建設と保守管理、コマーシャルゲートウェイ、航空貨物第2期、保守管理・修理・整備(MRO)第2期、自由貿易区など、空港建設その他の様々な活動に投資できる。本プロジェクトはラヨーン県で実施されている。プロジェクトの主な目的は、ウタパオ空港を国内3番目の国際空港に格上げし、EECプロジェクトの拡大と、ドンムアン国際空港とスワンナプーム国際空港からの旅客移動をサポートすることにある。さらに、政府は本プロジェクトをこの地域の重要な航空ハブにしたいと考えている。
  2. 3つの国際空港(スワンナプーム空港、ドンムアン空港、ウタパオ空港)をシームレスに結ぶ高速鉄道:このプロジェクトは、現在スワンナプーム国際空港からパヤタイ駅まで運転されているエアポートレールリンク(ARL)の既存ルートを拡張するものである。つまり、この路線はパヤタイ駅(ARL)からドンムアン空港、ラートクラバン駅からウタパオ空港(ARL)までを結び、バンコク、サムットプラカーン県、チャチューンサオ県、チョンブリー県、ラヨーン県と5つの県を横断する。主な目的は、主要交通インフラとして、バンコクとEECの他県とを他の交通手段よりも快適かつ高速、安価に結ぶことである。本プロジェクトの投資額は総額2,245億バーツ、投資形態は50年間の官民共同出資(PPP)である。政府は、財務的付加価値が1,280億バーツ、経済面での付加価値が2,146億バーツ(経済的割引率3%)、税収増加額が309億バーツ、航空都市開発による付加価値が1,500億バーツ、環境面での利益が1,286億バーツ(経済的割引率3%)など、総額6,522億バーツの経済波及効果があると見積もっている。
  3. マープタープット港第3期:ラヨーン県にある深海港。このインフラ開発は、今後20年間で石油化学工業用の天然ガスおよび液体原料の輸送量を年間1,900万トンまで増大させることを目的としている。投資額102億バーツの官民共同出資(PPP)である。
  4. レムチャバン港第3期:チョンブリー県シーラチャ地区に位置するこの深海港は、今後の国際海上貨物の輸送需要を支えるため、港の収容力を高めることを目的としている。貨物コンテナの収容数を年間770万個から1,810万個へ、車両輸送を年間200万台から300万台へ、レムチャバン港から鉄道で輸送される貨物コンテナの割合を7%から30%へとそれぞれ増加させる狙いである。投資額1,558億バーツの官民共同出資(PPP)である。
  5. ウタパオ航空機整備・修理センタープロジェクト
  6. デジタル産業と革新プロモーション地区(EECd):インダストリー4.0政策に従って対象となる国内10産業(ファーストSカーブ産業、セカンドSカーブ産業)の産業構造を改善する上で民間からの協力を仰ごうと、タイの公共部門は、特に日本、たとえば神戸医療産業都市(KBIC)、国際協力機構(JICA)、日立や、その他諸外国からCIBC China、HKTDC、国際連合工業開発機関(UNIDO)など、多くの組織の協力を得た。

高速鉄道プロジェクトの投資スケジュール

出資者募集開始2018年5月
民間企業による提案書準備期間2018年5月~8月
入札企業の発表2018年10月
契約締結2018年中
開業予定2023年

重点10産業(ファーストSカーブ、セカンドSカーブ)への投資

中所得国が陥る罠に嵌らないようにするため、タイ政府は創造経済などの産業発展を支える方針である。つまり、中小企業(SME)が強い体質を持ち、持続可能な企業になる力を身につける機会としている。特にSカーブと呼ばれる重点10産業においてタイ産業の可能性を拡大させようと、デジタル経済を促進させた。これは、企業の能力向上につながるイノベーションにとって重要な経済的因子である。

将来のタイの競争力の構成としては、これまでのSカーブ産業5種(次世代自動車産業、スマートエレクトロニクス産業、医療・健康ツーリズム、農業・バイオテクノロジー、未来の食)が挙げられており、今後の新たなSカーブ産業5種は、ロボット工学、航空・流通、バイオ燃料・バイオケミカル、デジタル産業、医療ハブとなっている。つまり、バリューチェーン内の企業がデジタル経済をパートナーとすることで、サプライチェーンにおける同産業の能力を高めることができる。

タイ開発調査研究所(TDRI)では、2015年~2018年までにEEC地域に対しては1.014兆バーツ、重点産業(Sカーブ産業)に対しては1.110兆バーツの投資を民間から呼び込めたとしていた。しかし、対象産業への投資の多くが石油化学および化学(20%)、自動車および部品(9%)、農業およびバイオテクノロジー(8%)、電化製品および電子機器(7%)といった、既にタイに存在している産業であるのに対し、産業用ロボットや航空機産業など新しいSカーブ産業に対してはあまり投資されていない。「スマートビザ」の発給や個人の所得税を17%に下げるなどの施策によって高度技術を有する外国人労働者(海外駐在者)を招致する方法は、高スキルの外国人労働者不足を短期的に解決できるに過ぎないであろう。

表1 重点10産業(ファーストSカーブ、セカンドSカーブ)

出典:BOI

2019年初めから9か月間、投資促進事業に対して実際に投資された件数についてのBOIデータによると、投資促進事業のプロジェクトに投資家が投資した件数は、Sカーブ10産業で最大の伸びを記録した。一方でプロジェクト額に関しては、全10種の産業のうち、電化製品および電子機器への投資が最多を記録した。

表2 Sカーブ産業における投資促進事業への投資(2018年~2019年)

出典:BOI

インダストリー4.0に向けた政策の進捗状況と評価

タイ工業連盟は、インダストリー4.0戦略を次のように設定している。

戦略1(需要側):企業が自動化された生産システムとITを導入してインダストリー4.0に取り組むよう奨励、支援する。

戦略2(供給側):インダストリー4.0への参入を促進するため、対象とする産業分野において様々な領域、特に高度技術を有する人材に対して産業面でのサービスを推進、開発する。

戦略3(インフラ側):様々なレベルの人材がより高度な能力を身につけられるよう、対象とする産業部門のインフラを、特に人材開発・育成につき様々な面で発展させる。

戦略4(資金提供側):企業がインダストリー4.0を目指して資金を調達できるよう促進および支援する。

表3 タイランド4.0の産業の将来的な可能性

出典: Kampirarak, P. & Lohitratana, K.

P. Kampirarak氏とK. Lohitratana氏が世界需要指数、輸出競争力指数、研究開発(R&D)の傾注度と照らし合わせて、タイランド4.0の産業(Sカーブ)の将来の可能性を調査したところ、航空産業、自動車産業、未来の食、バイオ燃料産業の4産業において、世界的な需要と輸出競争力が高いことが分かった。

タイ投資委員会(BOI)では、人材開発、技術開発、重点産業への投資促進、中小企業の強化、インフラ開発など、重要な5分野に絞って投資を推進することで、タイの経済構造をタイランド4.0へと転換させる方針を定めた。

投資奨励法(1977年)第11条1号および改正投資奨励法(2017年)によると、2年ごとに投資推進方針を経済的利益と政策価値の面で評価しなければならない。2015年~2017年までの間に、総額1,363,664百万バーツにおよぶ3,891の投資推進プロジェクトがあり、そのうち重点産業への投資に該当するのは1,898件のプロジェクトで、これが全プロジェクト数の49%を占める。承認済みのプロジェクト総額は707,040百万バーツであり、40.28%の収益をもたらしたが、このうちサービス部門が最高額であった。これに産業部門、農業、農作物加工が続く。

EEC圏における投資推進事業は、特別地域への投資を推進する政策の一つである。2015年~2017年の間に、総額542,360百万バーツに相当する878件のプロジェクトがあった。この大半が電化製品および電子機器産業への投資である。投資額に関しては、石油化学および化学産業への投資が最高額であったことが分かっている。

さらに、1人当たりの所得が低い20県への投資を推進する政策もある。2015年~2017年の間に投資プロジェクトへの出資申し込みは156件であった。44,258百万バーツが太陽光、バイオマス燃料など主に再生可能エネルギーによる発電プロジェクトに投資されており、これに農業、農産物加工が続く。

タイの産業の今後の見通し

タイ政府は、20か年国家戦略(2018年~2037年)を発表した。これは、全公共部門が従うべき枠組みと方向性を設定した、タイ史上初の長期的国家計画である。その主な目的は、「安定、繁栄、サステナビリティ」のビジョンを達成することにある。

  • 安定:国家、社会、地域社会、家庭、個人の単位においてはもちろん、軍、経済、社会、環境、政治的側面など、あらゆる制度下で、国内外の危険や変化を受けることなく安全であること。
  • 繁栄:タイでは、経済的および社会的な不平等が縮小して中所得国から高所得国へと格上げされ、貧困生活を送る国民がいない国になればという希望を抱いている。また、国の競争力をあらゆる面で強化し、タイを周辺地域の中心国として確立したいとも考えている。
  • サステナビリティ:長期的な繁栄に加え、誰一人取り残さずに質の高い生活を送れる包摂的な経済発展。タイ政府は、安定してバランスの取れた、持続可能な発展のために十分な経済原理に従う社会にする上で、国民とすべての出資者を優先する、持続可能な相互利益を目指す方針である。

国家経済社会開発委員会(NESDB)では20か年国家戦略に従って、タイランド4.0に向けた国家構造の改革や持続可能な開発目標(SDGs)など、20か年国家戦略に沿った開発戦略である第12次開発計画を準備してきた。そのため、中所得国から高所得国への格上げとタイ国民間の経済的不平等縮小は、タイ政府が20年以内に(すなわち2037年までに)実現を望む将来のビジョンである。国家改造にあたって検討している原動力は、主に「先端技術」であり、タイ企業や国際的な民間企業がタイ国内、とりわけEEC圏内の重点10産業の新テクノロジーや先端技術への投資を奨励、あるいはこうした投資に誘導している。

しかし、世界銀行は2020年1月、興味深い経済報告書『Thailand Economic Monitor(TEM): Productivity for Prosperity』を新たに発表した。この報告書で重要となる実証的調査結果によると、投資または生産性が著しい成長を見せていない通常の状況下では、タイの長期経済成長率は3%未満であると推定されている。これでは、タイは2050年以降も中所得国から抜け出せず、2037年(20か年国家戦略で謳われている20年以内)には高所得国となる目標が達成できない。そのため、世界銀行では、開示性の向上、国内経済の競争力強化、企業イノベーションのためのエコシステム強化推進に取り組むことで、投資および生産性を増強させる構造改革の必要があることをタイに提案している。

タイ政府は2018年に、20年以内にタイ経済を高所得国レベルに到達させる目標を設定した。そのため、この目標を達成する上で不可欠な方法として、タイの産業構造改革を掲げ、デジタル経済への構造改革を探り、タイの産業構造を「インダストリー3.0」からサイバーシステム、モノのインターネット(IoT)、ビッグデータ、人工知能(AI)を主体とする「インダストリー4.0」へと格上げする「タイランド4.0」構想を推進してきた。特にEEC圏のイノベーションや研究開発など、重点10産業(ファーストSカーブ産業およびセカンドSカーブ産業)へのタイ国内および諸外国の民間企業による投資の誘致や投資への興味を喚起した。現在、タイの産業はデジタル経済への変革過程にあり、金融など一部の部門では著しく進歩している。タイ銀行(BOT)と財務省(MOF)がPromtPayなど無料のモバイル&インターネットバンキングシステムを確立したことで、低コストで国民のデジタルリテラシーとアクセス性が向上したのがその理由である。

しかし、タイ国内政治の現況を見ると、政治的な不安定さにより国際投資家の信頼が低下し、政府の期待に反して外国直接投資(FDIフロー)が減少している。今後、これがインダストリー4.0の主な障壁となると思われる。

参考文献

Bank of Thailand. (2019, November). Press Release on Economic and Monetary Conditions: October 2019.

Eastern Economic Corridor Office (2019). Infrastructure Development.

Retrieved from https://www.eeco.or.th/en/project/core-development-areas

Greater Mekong Subregion. (2019). About the Greater Mekong Subregion.

Retrieved from https://greatermekong.org/about

Office of the National Economic and Social Development Council. (2019, November). Quarterly Gross Domestic Product Outlook Q3/2019.

Retrieved from https://www.nesdb.go.th/nesdb_en /more_new s.php ?cid=155

Office of the National Economic and Social Development Council. (2019, November). Thailand’s social Situation and Outlook in Q3/2019.

Retrieved from https://www.nesdb.go.th/nesdb_en/ more_news.php ?cid=155

Thailand Board of Investment. (2019). A Guide to The Board of Investment.

Retrieved from https://www.boi.go.th/upload/content/BOI-A%20Guide_EN.pdf

World Bank. (2020, January). Thailand Economic Monitor: Productivity for Prosperity.

Retrieved from https://www.worldbank.org/en/country/thailand/publication/thailand-economic-monitor-reports

Source of data

Bank of Thailand (BOT)

Ministry of Commerce (MOC)

National Statistical Office (NSO)

Office of the National Economic and Social Development Council (NESDC)

Thailand Board of Investment (BOI)

The Office of Industrial Economics

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