ITIコラム

2018年2月23日

 

NAFTA原産地規則の新提案の日本企業へのインプリケーション
~難航するNAFTA交渉の打開策となるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

カナダがNAFTA再交渉で新たな原産地規則を提案

第6回目のNAFTA再交渉がカナダのモントリオールで2018年1月23日~29日まで開催された。この会合の後、カナダの一部の関係者からは今後のNAFTAの合意について、やや楽観的な見通しが出始めている。

第6回会合では、カナダは原産地規則における新たな付加価値基準(現地調達比率)について提案を行った。それは、自動車の付加価値比率の計算においてエンジニアリング・設計、研究開発、ソフト開発などのコストを新たに組み込むというものである。この狙いは米国の自動車における85%の域内付加価値比率や50%の米国コンテンツの要求に対する対抗策であることは言うまでもない。

そして、カナダはNAFTA第11章の投資家が国家を訴えることができるISDS条項において、この条項を各国が選択できるとする米国案を受けて、参加する国に対しては制度を強化するが、米国が望めば離れることを可能にする提案を行った。さらに、カナダは先住民族の権利の章を提出しているし、カナダと米国とのエネルギー比例条項(カナダのエネルギー輸出に対する国内の制限が、米国への輸出の割合を減らすことはできないことを規定)をメキシコにも当てはめることを求めている模様だ。

NAFTAの原産地規則は再交渉が始まる前から最も関心を集めた分野であった。中でも、自動車における付加価値基準の水準に対する関心が高い。現行のNAFTAにおける一般的な製品の付加価値基準は50%であるが、自動車では62.5%と高く、域外からの自動車の部品や原材料に対して他の製品よりも高いハードルが設けられている。

ASEAN域内の自由貿易協定(ATIGA)で決められている自動車の付加価値基準は40%であり、TPP11においては実質で45%である。20年以上も前に発効したNAFTAではこれらのFTAよりもかなり高い水準に設定されたにもかかわらず、今回のNAFTA再交渉では、米国は域内の付加価値基準を85%にまで引き上げることを提案している。さらに、米国コンテンツ(米国産の部品・原材料)の割合が50%を満たすことを要求している。

何ゆえ米国がこれほどまでに高い付加価値基準を求めるかというと、米国のカナダとメキシコからの自動車輸入において、アジア製部品の占める割合が米国製よりも高いことと無縁ではない。さらに、62.5%という現行の原産地規則における割合は、必ずしも自動車のコストに占める北米産の原材料の割合が正確に62.5%に達していることを示すものではないからである。

例えば、エンジン部品の63%をカナダ、メキシコ、米国などの北米から調達し、残りの37%を中国から調達したとすると、このエンジンは62.5%の付加価値基準を満たしているので100%北米産となる。つまり、中国から調達した部品はエンジンに組込まれたことから、北米域内で付加価値をつけられたと見なされ、中間財である中国製エンジン部品は北米産と認定される(ロールアップ)。自動車を構成するエアコンなどのエンジン以外の部品が62.5%以下であっても、エンジンが100%と見なされれば、この自動車は全体では62.5%の付加価値基準を超えるかもしれない。したがって、この自動車の実際の北米産の割合は62.5%よりも低い水準となり、場合によっては60%や50%であったりする。

こうした原産地規則の盲点をブロックするため、NAFTAは当初よりトレーシング・ルールを導入している。つまり、エンジン部品をトレーシング・リストに加えることにより、中国から調達したエンジン部品は北米でエンジンに組込まれたとしても非北米産として計算しなければならない。これにより、トレーシング・リストに載った域外産の自動車部品は北米産の認定を受けることができなくなり、北米原産の付加価値比率の計算はより厳密なものとなる。2017年8月からのNAFTAの再交渉において、米国は鉄鋼製品を含む全ての自動車部品をトレーシング・リストに含むよう要求している。詳細は分からないが、カナダはモントリオールの第6回会合で、トレーシング・ルールの改正案を提示したと伝えられる。

割合が高まるデジタル技術やソフトウエア開発のコスト

NAFTA再交渉での米国の自動車の原産地規則に関する要求に対して、カナダとメキシコは域内付加価値比率である85%については受け入れる余地があると考えているようである。しかし、両国で生産する自動車メーカーの中で、日本製や中国製の自動車部品の調達割合が高い企業には不満が残ることになる。一方、50%の米国コンテンツに対しては、カナダもメキシコも受け入れがたいとしている。

あまりにNAFTAにおける域内付加価値比率や米国コンテンツを高めると、北米産の自動車のコストが高まり、国際競争力の観点からは日本車やドイツ車、あるいは中国車とのグローバルな競争には勝てなくなる。そこで、カナダは第6回NAFTA会合で新たな原産地規則の提案を行わざるを得なくなったと思われる。

カナダの新たな原産地規則の提案は、「新しいデジタル技術」、「軽量コンポジット材料」、「その他の知的財産」などの現代自動車の最も重要なコンポーネントのコストを考慮したものである。カナダの提案に影響を与えた自動運転、新燃料効率基準、安全性の向上などの最新の技術革新に関する調査研究は、ミシガン州の政府と民間の出資による自動車調査センターの論文で展開されている(“Technology Roadmaps: Intelligent Mobility Technology, Materials and Manufacturing Processes, and Light Duty Vehicle Propulsion”July 2017, Center for Automotive Research)。同論文では、近年の自動車生産コストに占める軟鋼と高強度合金の割合は、2010年では80%、2015年で60%強であったが、2020年には30%強に大きく減少し、代わりにアルミや炭素繊維などの素材が増加すると見込んでいる。

カナダの新たな提案は、具体的には、自動車の付加価値比率の計算にエンジニアリングや設計、研究開発、ソフト開発などの知的財産に絡むコストを盛り込むというものである。こうした研究開発の中心は米国であり、米国コンテンツの50%の導入を図るトランプ政権の思惑と一致する。米国のNAFTA交渉担当はカナダの提案に興味を示しており、今後は何らかのリアクションがあると思われる。

また、米国自動車部品工業会(MEMA、Motor and Equipment Manufacturers Association)もカナダの提案と同様な考えを示している。さらに、MEMAは域外産自動車部品が北米域内で加工された場合、付加価値が組み込まれたとする現行のルール(関税分類変更基準)の維持を求めている。こうした原産地規則を巡る攻防は、あるバランスの取れたところで落ち着くと思われる。

日本企業へのインプリケーション

こうした新たな原産地規則の動きへの日本企業の対応としては、その着地点をしっかり見据えることは言うまでもないが、そのインプリケーションを見極めることが大切だ。つまり、この原産地規則の問題は、当初は62.5%から75%程度に引き上げられるだろうと楽観的に考えられていたが、トランプ政権は一挙に85%という高いハードルを提案し、さらに50%の米国コンテンツを持ち出した。これは日本企業の米国での生産、あるいは米国製自動車部品やソフトウエア・コンテンツなどの調達を促す圧力が一段と増したことを意味する。

NAFTA再交渉において、原産地規則の水準がどこに落ち着くかは依然として不透明であるが、北米で販売する自動車においては、米国製部品だけでなく米国の自動運転や電気自動車の技術などに用いられるデジタル・IT技術やソフトウエアを活用する流れが強まったことは事実だ。それは、メキシコでの生産を増強しても止められない流れだ。

一方では、NAFTA域外からの輸出や域内生産における域外産自動車部品の調達に関する戦略を、自動車モデルによっては考え直す機会でもある。米国の乗用車の関税は2.5%であるので、域外産の部品を使った競争力のあるモデルを、例え原産地規則を満たさなくても積極的に投入することもありうる。ただし、ピックアップ・トラックについては関税が25%もあるので、難しいと思われる。

モデルによってはなぜそのような関税を度外視した積極策が考えられるかというと、米国における自動車産業を取り巻く経済環境は大きく変わっているからである。すなわち、トランプ大統領の大きな経済運営の成果である税制改革法案の成立により、法人税は35%から21%に低下する。これにより、日本の自動車メーカーは大きく収益を拡大することが可能になる。カナダの自動車メーカーも同様の影響を受けるが、その法人税減税の恩恵はNAFTAの関税削減の効果よりも大きいと言われている。つまり、トランプ大統領は、NAFTAの再交渉で日本の自動車メーカーに原産地規則で高いハードルを与えようとしているが、一方では、税制改革面では大きな恩恵を与えているのである。

以上のことから、もしも米国がTPPに復帰すれば、米国への輸出でNAFTAよりも緩やかなTPPの原産地規則を適用できるため、日本企業の北米域外産の自動車部品の調達の自由度は大きく向上することになる。この意味においても、日本の通商戦略として、米国のTPP復帰を促すことは重要である。

ただし、日本から米国向けの自動車輸出においては、TPP12で合意した時点では、関税を撤廃するのに乗用車で25年、トラックで30年かかることになっており、米国がTPPに復帰しても当面はTPPの原産地規則をカナダ・メキシコ向けや両国から米国向けの輸出に適用することになる。さらに、米国は、TPP復帰の条件として、自動車の原産地規則の改正を求めると見込まれる。

今後のNAFTA再交渉は延長か、一時中断か、脱退か

NAFTAの第6回会合は2018年1月にカナダのモントリオールで開かれたが、次の会合は2月下旬にメキシコシティ(非公式との情報もある)、その次は3月下旬か4月上旬にワシントン、そして5月にはカナダで開催される可能性がある。

カナダ政府高官はモントリオールでの会合の後、これからのNAFTA再交渉の行方として、現在の協議の期限が切れるまで8週間しか残っておらず、早急に今後の交渉スケジュールを検討しなければならないと発言した。つまり、米国は交渉を延長するか、米国の中間選挙(11月6日)のために一時中断するか、あるいは6か月前の通告で脱退するかどうかを決断しなければならないとした。また、メキシコにおいても、次の大統領選挙(7月1日)の期間中に一時中断するかどうかを決めなければならない。

NAFTA再交渉はモントリオールでの第6回会合で進展はあったものの、3月末の合意は非常に困難である。2月下旬から6月まで精力的に会合を重ねることにより、原産地規則で大きな進展があれば、メキシコの大統領選までに合意する可能性はある。しかし、2018年2月中旬の現段階では、両国の選挙期間をスキップして交渉が続くシナリオの方が優勢のように思える。やはり、今後のスケジュールのカギを握るのは原産地規則交渉の帰趨である。

報道によれば、メキシコの大統領選の左翼トップランナーの元メキシコシティ市長であるオブラドール候補者は、選挙後までNAFTAの再交渉は待たなければならないとし、次期政権がリードすることを示唆しているようである。同候補が大統領になれば、NAFTA交渉が遅れる可能性もあり、そこを見込んだ北米3ヵ国の現交渉担当者がどれだけ原産地規則等で歩み寄れるかが注目される。

 

(参考資料)

“The North American Free Trade Agreement (NAFTA)” M. Angeles Villarreal, Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017

“Summary of Objectives for the NAFTA Renegotiation” Office of USTR, Monday, July 17, 2017

「2018年春までにNAFTA再交渉は合意できるか」、国際貿易投資研究所(ITI)・文眞堂、世界経済評論IMPACT NO979、2018年1月1日

「NAFTA再交渉の第1ラウンドをどう読むか」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ345、2017年9月1日

「NAFTA再交渉の開始と日本企業の北米戦略 ~メキシコへの投資継続と米国での生産・雇用増の両面を見据える~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO.40、2017年6月20日

「NAFTAの再交渉で何が話し合われるか~TPP交渉の呪縛から逃れられないNAFTA~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO39、2017年4月6日

「米加FTAやNAFTAの自由化とインパクト」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ332、2017年4月6日

「NAFTAの再交渉への動きとその見通し~再交渉開始は早ければ6月後半か7月初めか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO38、2017年3月17日