ITIコラム

2017年6月20日

 

NAFTA再交渉の開始と日本企業の北米戦略
 ~メキシコへの投資継続と米国での生産・雇用増の両面を見据える~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

一本の電話がNAFTA再交渉の開始を呼び込む

トランプ大統領の娘婿でトランプ政権の上級顧問であるクシュナー氏は2017年4月末、夕食時にカナダの首相官邸スタッフのトップであるケイティ・テルフォード氏に電話を掛け、トランプ大統領はいま時間が空いており、カナダのトルドー首相がホワイトハウスへNAFTAに関して電話を掛けることを促したようである。ケイティ・テルフォード氏は同僚と通勤のカープールの途中であったが、直ちにトルドー首相に連絡を取り、それからトルドー首相はトランプ大統領とNAFTAの再交渉について話し合った模様である。それから数時間後、メキシコのニエト大統領もトランプ大統領と電話会談を行っている。両首脳からNAFTAの再交渉の開始を促されたトランプ大統領は、再交渉を承諾したとのことである。

両首脳から電話を受け取る前には、トランプ大統領はNAFTAからの離脱を求める大統領令を検討していたと伝えられる。トランプ大統領は、両首脳からの電話の後、NAFTAの再交渉で良好な関係を得られる可能性が高いとツイートしている。ただし、「公正」な内容で合意を得られない場合は撤退する考えを示した。

したがって、もしも、クシュナー氏からの電話に両首脳が迅速に対応しなければ、NAFTAの再交渉が実現しなかった可能性もある。こうした一連の動きは、政治的な駆け引きであり、トランプ政権の議会対策の一環でもあるという考えもあるようだ。しかし、それでも、クシュナー氏の1本の電話がNAFTA再交渉の命運と、北米域内でサプライチェーンを形成する企業(日本企業を含む)の北米戦略に、少なからぬインパクトを与えたように思われる。

NAFTAの再交渉の開始は8月16日以降

トランプ政権の主要閣僚であるウイルバー・ロス商務長官は、政権発足から1か月後の2月27日に上院で承認された。ロス商務長官は承認を前にして、「まず対処しなければならないのはNAFTA」と述べ、メキシコ、カナダとの再交渉に取り組むことを表明していた。

通商政策を指揮するロス商務長官の承認が遅れたことも異例であるが、やはり米国の通商政策を担うロバート・ライトハイザー米国通商代表部(USTR)代表の承認は遅れに遅れた。ロス商務長官から遅れること2か月半の5月11日、ようやくライトハイザーUSTR代表の承認が上院で可決された。ライトハイザー代表はレーガン政権時代に鉄鋼の自主規制で日本と激しくやりあった経歴がある。

ライトハイザー代表が就任するや否や、5月18日にはNAFTAの再交渉に関して議会に通告を行った。NAFTAの議会通知の前に、3月の末にはその草案が議員らに送付されている。議会通告から90日後にはNAFTA再交渉を開始できるので、早ければ8月16日には北米3ヵ国は交渉のテーブルにつくことが可能だ。また、NAFTA交渉の開始の30日前(最短で7月17日)には、米国通商代表部(USTR)のウエブサイトに、その交渉目的が掲載される。

現実的なNAFTA議会通告草案

これからのNAFTA再交渉の基本的な考えを示す議会通告やその草案は、原産地規則(関税引き下げを可能にする基準)や政府調達(米国連邦・地方政府による公共調達等)、さらには労働・環境や投資・サービス貿易など幅広い分野を網羅している。

その中で、知的財産権においては、そのルールを変更し海賊版や偽造品を押収・破壊する当局の権限の強化を図っている。電子商取引では、商品やサービスのデジタル貿易や国境を越えたデータの取引を妨げる措置の撤廃、金融サービスを含めたデータセンター拠点の強制的な現地化要求の禁止、などに取り組むとしている。TPPでは、データセンターの現地化要求はほとんどの部門が免除されたが金融部門だけが例外的に組み込まれた。そこで、米国はNAFTA再交渉では金融サービスのデータセンター拠点も現地化を免れるように求める方針だ。

企業が国家を訴えることができるISDS条項は、USTRのNAFTA草案では維持する方向にあるようだ。また、政府調達においては、米国では国内法やトランプ政権の意向に沿ったルールの義務付けを目指している。これは、当然のことながらバイ・アメリカンを強化する動きと重なることになる。

NAFTA再交渉の草案は、物の貿易に関しては公平な条件で課税すると明記しており、トランプ大統領が説く国境税(メキシコへの35%の関税賦課等)や、共和党が主張する国境調整税(輸出には法人税の課税を免除し輸入には課税する)の実施の可能性を残している。さらに、セーフガード措置(緊急輸入制限)の導入、アンチダンピング措置や相殺関税(補助金などを受けている輸入品に対して、補助金額の範囲で課す関税)措置に関する紛争解決手続き(第19章)の撤廃を求めている。これは、逆に言えば、アンチダンピングや相殺関税以外の措置に関する紛争解決手続きは維持することを意味する。

原産地規則では現地調達比率を明示せず

NAFTA再交渉の通告・草案は、多くの関心を集めている原産地規則については、迂回貿易(FTAの締約国経由で輸出することにより、関税削減の適用を受けようとする取引等)を回避するなど、米国の生産と職を支援するものとし、具体的な北米原産の割合(現地調達比率)などの数値目標を盛り込んでいない。NAFTAの原産地規則の再交渉では、現地調達比率の最低水準を何%と決めることになるが、その要求を満たさない製品は非北米産としてNAFTAの関税削減の対象から外れることになる。この現地調達比率を一定の水準に設定することにより、域内国で何の付加価値も加えなかった域外製品の締約国経由の迂回貿易を防ぐことができる。NAFTA再交渉の議会通告及び草案で現地調達比率を明示しなかったのは、NAFTA再交渉を前にして手の内をさらけ出すことはできないためで、ある意味では当然のことである。

現行のNAFTAにおいては、通常の製品では、最も厳しい計算方法で北米産の部材の割合が50%を超える現地調達比率を達成すれば、関税を削減することができる。しかしながら、自動車、軽トラック、エンジンおよびトランスミッションの現地調達比率は62.5%、その他の車両および自動車部品の場合は60%である。つまり、60%以上の北米産部品・資材(コンテンツ)を達成しなければ、自動車や自動車部品の関税を削減することはできない。したがって、NAFTA域内への自動車輸出を無税で行うには、中国やインドネシアから輸入する自動車部品などの割合をなるべく抑え、北米産の部材を多く採用することが求められる。

米国のNAFTA再交渉の戦術として、この自動車の62.5%という現地調達比率を引き上げるという選択肢がある。例えば62.5%を大きく超える水準まで現地調達比率が高まれば、北米域外からの部品の輸入は極力控えなければならない。しかし、あまり現地調達率を上げすぎると米国・カナダ・メキシコで生産する自動車メーカーの多くがその基準を達成できなくなる場合が生じる。

北米で自動車メーカーが製造する車種において、NAFTA域内部品調達率が70%や80%を超えるものがある一方で(最近メキシコで生産開始をしたあるドイツ車の北米産の現地調達比率は70%を超えている)、米国メーカーが製造する幾つかの車種の中に60~70%の水準にとどまる場合がある。したがって、現実的には62.5%を大幅に超える現地調達率を設定することは、かなりの政治的な判断が求められると思われる。ちなみに米国で生産されている代表的な日本車の北米域内部品調達率は75%に達しているようである。

また、米国は主要分野で米国特有のコンテンツ・ルールを求める可能性がある。例えば、自動車の原産地規則において、自動車の生産に占める米国産部材の割合を、最低4分の1から3分の1まで達成するよう要求するかもしれない。こうした米国特有の原産地規則は、NAFTAのルール違反でありカナダとメキシコの激しい反対を招くと思われる。

この他に、トランプ政権のNAFTA再交渉関連の案件として、大幅な貿易赤字を生む要因を特定しようとする動きがある。貿易赤字要因の調査開始を盛り込んだ大統領令は、3月31日付でトランプ大統領により署名されており、その報告書の期限は6月末である。こうした情勢の中で、貿易赤字の原因の一つと考えられる為替操作がNAFTAの再交渉に組み込まれる可能性がある。

為替操作国として認定される米財務省の定義には、①対米貿易赤字が200億ドル以上であること、②経常収支の黒字がGDPの3%以上であること、③為替操作のために国債や株などの資産運用がGDPの2%以上に達していること、を挙げることができる。メキシコは、この3つの条件の全てを満たしていないため為替操作国と認定されないものの、米国は何らかの為替の急激な変化を安定させる措置の導入を求めてくることが予想される。

中間選挙や大統領選挙を見据えたNAFTA対応

まず、日本企業のNAFTAの再交渉における対応としては、原産地規則や知的財産権、政府調達、環境・労働、国境税・国境調整税などの交渉の内容を緻密に情報収集し、各社別に対応を分析することが求められる。できれば、ハードランディングからソフトランディングまでの幾つかのシナリオを描くことが望ましい。

自動車や卸売・小売り関連企業においては、特に原産地規則や国境税・国境調整税、あるいはトラック輸送や国境での通関手続きなどの動きを的確に情報収集することが期待される。全体的には、インフラ・エネルギー、知的財産権、デジタル貿易、国境税・国境調整税やセーフガード、アンチダンピング・相殺関税などの動向も重要である。

その交渉の合意内容によっては、日本企業は、①NAFTAを利用した北米域内の貿易取引から第3国を経由した対米輸出に転換、②対メキシコ・カナダ投資などから対米投資へ転換を実施、③自動車関連の分野では、メキシコでの生産余剰分を米国からEU・中南米市場等への輸出にシフトし、生産・販売におけるグローバル戦略の再構築を図る、ことが求められる。

しかしながら、再交渉の結果によっては、電子商取引や医薬・医療機器、あるいはインフラ・エネルギーの分野を始めとして、特に米国で生産し海外に輸出を積極的に展開しようとする企業には、新たな北米でのビジネスチャンスが生まれる可能性がある。この場合は、日本企業は積極的に北米ビジネスを展開することが求められる。

NAFTAの再交渉において、2018年における米国の中間選挙前、メキシコの大統領選挙前までに妥結を図りたいところである。交渉が長引いて、選挙に悪影響を与えることは避けたいのが本音である。しかし、北米3国間のNAFTA再交渉はタフなものとなることが想定され、そう簡単には合意しない可能性もある。その間に日本企業にはその関連情報を徹底的に分析し、トランプ政権の出方を冷静に判断し、中間選挙や4年後の大統領選挙の動向を見据えた中長期的な戦略が求められる。

実際に、ジェトロセンサー2017年5月号によれば、①米機械部品のレックスフォードはメキシコ移転計画を撤回していないし、②キャタピラーはイリノイ工場をメキシコのモンテレーに移転、③鉄鋼大手のニューコアはJFEスチールと合弁でメキシコに自動車用鋼板の工場を建設予定であるし、④トランプ大統領の要請で一旦はメキシコへの工場移転を断念した空調大手のキャリア社は、別の工場に関しては計画通りメキシコに移転する、とのことである。

こうした動きから、日本企業も当面はメキシコ活用や移転計画は無理に変更せず、可能であれば米国の生産と雇用を維持・拡大する両面を見据えた戦略が肝要と思われる。

メキシコでの自動車生産が過剰の場合のグローバル市場の再編

北米における自動車生産の内訳を見てみると、カナダは230万台、米国は1,200万台、メキシコは350万台を生産している。米国はこのうちカナダへは約90万台、メキシコへは約150万台を輸出している。メキシコでは生産の約8割が輸出向けであり、輸出の約85%が北米向けである(乗用車とトラックが半々)。

また、メキシコでの米国系自動車メーカーの生産は155万台、日系が140万台、ドイツメーカーは約50万台である。メキシコの北米向け輸出240万台の内、米系メーカー分は130万台、日系は75万台である。したがって、メキシコから米国への自動車輸出に関税が課せられた場合、最も影響を受けるのは米系メーカーであり、しかもNAFTAの利用で米国での25%の関税率が無税になるトラックの割合が高いのが特徴である。

メキシコでの最近の生産体制の新設・増強の計画には目覚ましいものがあり、ドイツ勢ではアウディは2016年から生産を始め、メルセデス・ベンツが2018年、BMWは2019年から生産開始の予定である。日本メーカーでは、マツダが2014年から生産を始めているし、トヨタは2019年から開始の予定である。

NAFTAの再交渉が自動車の域内貿易に障害とならない内容で合意に達すれば、メキシコでの生産増はそのまま米国やカナダ、あるいはNAFTA域外に輸出されると思われる。その可能性は決して低くはないものの、もしも厳しい原産地規則や国境税・国境調整税が導入されたり、最悪の場合、交渉が決裂し米国がNAFTAを離脱する事態になれば、現在のメキシコでの生産分とこれからの生産増分の幾分かはどこかに販売をシフトしなければならない。

その場合の有望な輸出先としては、中南米と欧州が挙げられる。中南米に関しては、2003年にメキシコと南米南部共同市場(メルコスール)との間で協定が締結され、自動車と自動車部品の関税は無税となり、メキシコのブラジルとアルゼンチン向けの輸出が急増した。このため、現在は2012年からメキシコから両国への輸出には上限が設けられており(2015年3月には4年間延長)、メキシコから中南米市場への輸出拡大の可能性は2019年まで抑えられているのが現状である。

別のシナリオは欧州向け販売の拡大である。EUは約1,800万台の自動車の生産体制(独:約600万台、スペイン:約270万台、仏:約200万台、英:約170万台等)を保持している。現在の米国のEUへの乗用車輸出は約20万台である(EUの乗用車の関税10%は、現在は交渉が実質的に止まっている米国EU・FTAが将来に発効すれば無税になる)。カナダのEU向けは約1万台である(カナダとEUとのFTAは署名済みであり、近いうちに関税は無税になる)。メキシコは既にEUとの間でFTAを結んでいるので、関税は無税で約12万台をEUへ輸出している。ちなみに、メキシコの中南米輸出は20万台強である。メキシコのEU向け輸出の水準が相対的に高くはなく、関税も無税であるので、メキシコからEU向け輸出拡大は必ずしも非現実的なシナリオではないのかもしれない。

また、メキシコから中国・ASEANなどのアジアへ輸出することも考えられるが、メキシコは日本とFTAを発効させているが、その他のアジアとはFTAを結んでいない(韓国とはFTAを交渉中)。アジアにおいては、中国やASEANなどの自動車関税は高く、FTAを締結しなければメキシコからの輸出を拡大することは困難であることは疑いない。

日本の乗用車の生産は約780万台であり、対米輸出は約160万台、EU向けは約50万台である。日EU・EPAについては、2016年内の妥結が期待されていたが、交渉の合意はややずれ込む見通しである。このため、自動車の10%の関税削減をテコにした日本からEUへの輸出拡大の青写真をまだ明確に描くことはできず、その分だけメキシコからEU向け輸出との調整の可能性があるように思われる。

これまでメキシコ(世界第4位の自動車輸出国)や米国・カナダにおいて、EU向けの自動車輸出が相対的に少なかったことは事実である。トランプ大統領は、ニューヨークではベンツをよく見るが、ドイツではシボレーが走っていないと発言しており、米国産車のドイツ市場への参入拡大を暗に求めている。したがって、NAFTAの再交渉を契機として、メキシコや米国・カナダからEUへの自動車の輸出圧力が高まることを別にしても、北米からEUへの輸出拡大はメガFTA時代を迎えたグローバル市場における再編の波の1つの候補であるのかもしれない。


(参考文献)

“The North American Free Trade Agreement(NAFTA)” M. Angeles Villarreal, Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017

NAFTAの再交渉で何が話し合われるか~TPP交渉の呪縛から逃れられないNAFTA~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO39、2017年4月6日

米加FTAやNAFTAの自由化とインパクト」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ332、2017年4月6日

NAFTAの再交渉への動きとその見通し~再交渉開始は早ければ6月後半か7月初めか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO38、2017年3月17日

トランプ大統領は減税やインフラ投資拡大で経済成長を高められるか~トランプ新政権の規制・エネルギー・貿易政策改革に死角はあるか~(その1~その5)」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ320~324、2017年3月1日~10日

トランプ新政権でNAFTAはどうなるか~北米戦略の方向性を探る~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO36、2017年1月11日

対談:トランプ新政権をめぐる米国経済の展望 (その1)(その2)」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ305~306、2016年11月25日

トランプ政権の経済通商政策と日本の対応~TPPの批准やRCEP交渉の現状と今後の行方~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNO35、2016年11月17日