一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2014/06/12 No.192変化する東アジア貿易の特徴とFTA(1/4)

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

目次

1.東アジアのFTA及びTPP、日中韓FTA、RCEPの動きと特徴
(1) ASEAN+1の進展
(2) AFTAよりも低いACFTAの域内貿易比率
(3) アジアでの広域FTA交渉の動き
2.拡大するASEAN・中国の貿易と特徴
(1) 素材、中間財、最終財で輸出入を分類
(2) 最終財の輸出割合が高い中国・ベトナム
(3) 素材の輸入割合が拡大する中国
(4) インドネシア、マレーシア、タイのASEANへの輸出割合は2割を超える
(5) インドネシアの中国向け輸出で素材の割合は55%
(6) 高まる韓国・台湾からの輸入割合
(7) 広がる中間財のサプライチェーン網
(8) ACFTAは域内の輸出入を拡大したか
(9) ASEANは素材・中間財、中国は最終製品を供給

(1/4ページ)

1.東アジアのFTA及びTPP、日中韓FTA、RCEPの動きと特徴

(1) ASEAN+1の進展

アジアでは2000年代後半、ASEANを中心にFTA網を整備する動きが広がった。例えば、表1のように、「ASEANと中国」、あるいは「ASEANと日本」などのFTAである「ASEAN+1」は、2002年頃から交渉を開始し、2010年にはASEANと主要なアジア太平洋の国との間で締結し終えている。これにより、ASEANをハブにしたアジア太平洋における主要国との貿易で関税削減などの自由化が進展するようになった。

一方、2014年半ば現在において、TPPを始め日中韓FTA、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などの広域FTAの交渉が活発化している。RCEPはASEAN+6 ( 日、中、韓、インド、豪、NZ)で構成されているので、ASEAN+1を包含するより大きな自由貿易圏を目指したものである。しかし、これらのFTAの発効は2015年以降となる公算が高く、しかも自動車などのセンシティブ品目の関税削減が進展するには、発効から一定の期間が必要である。

表1 ASEAN+1の動き

相手国

交渉の推移

内容

ASEAN+1交渉開始の経緯

中国

交渉開始
2002年4月
署名
2004年11月
発効
2005年7月

・中国とASEAN先行加盟6カ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)は、物品貿易の90%について2010年までに関税を撤廃する目標を掲げた
・ASEAN新規加盟4ヵ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)は、2015年までに90%の関税を撤廃予定

90年代後半、WTO閣僚会合が新ラウンドの立ち上げに合意できなかったことを受け、東アジア地域は輸出機会の拡大を狙い、FTAに舵を切るようになった。1999年には、シンガポールが日本に積極的なアプローチを行い、翌年には両国はFTA交渉の開始に合意した。
この日本の動きに敏感に反応したのが中国である。2000年には当時の朱鎔基首相がASEAN側にFTA構想に向けた作業部会の設置を提案。翌年の2001年にはASEAN-中国間のFTAの構築で両国は合意した。
ASEANと中国との間でFTA交渉開始の合意は困難と見ていた日本などの諸外国は、この動きに衝撃を受けた。中国のASEAN接近を契機に、ASEANを巡るFTA構築の動きは活発化した。
2002年のASEANインド首脳会議では、10年以内にFTAの締結に向けた話し合いを進めていくことが決まり、2004年から交渉を開始した。日本は2003年、日本ASEAN包括的経済連携枠組みを締結し、2005年からASEANとのFTA交渉を開始している。韓国・オーストラリア・ニュージーランドも、2005年早々にASEANとのFTA交渉の開始で合意した。

韓国

交渉開始
2005年2月
署名
2006年8月
発効
2007年6月

・原則として2010年1月までにそれぞれ輸入の90%にあたる品目(ノーマルトラック)について関税撤廃
・2016年までには残りの7%(センシティブ品目)について関税を0~5%に引き下げ、残りの3%(高度センシティブ品目)については、除外か長期で関税を引き下げる

日本

交渉開始
2005年4月
署名
2008年4月
発効
2008年12月

・日本側は10年以内に輸入額の93%を無税化
・ASEAN6(タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール、ブルネイ)は10年以内に貿易額の90%(品目ベースで90%)を無税化

インド

交渉開始
2004年3月
署名
2009年8月
発効
2010年1月

・品目数の80%かつ貿易額75%に相当するノーマルトラック対象品目について、2013年末まで(品目によっては2016年末まで)に関税を撤廃する予定

オーストラリア・
ニュージーランド

交渉開始
2005年2月
署名
2009年2月
発効
2010年1月

・品目数(タリフライン)ベースで、豪州、ニュージーランド、シンガポールは100%自由化(関税撤廃)を実現

(資料)「ジェトロ世界のFTA」などの各種資料から作成

こうした中で、AFTA(ASEAN自由貿易地域)やASEAN+1 などの既存のFTAを利用する動きが進展している。その中でも、域内の人口が多く、貿易取引が活発化しているASEAN中国FTA(ACFTA)の利用に関心が高まっている。中国がアジアと締結した主なFTA には、ACFTA以外には、FTA に相当する台湾との「中国台湾海峡両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」がある。この他にも、シンガポール、パキスタン、マカオ、香港などとのFTAや、韓国、インド、バングラデシュ、ラオス、スリランカとの特恵関税協定であるアジア太平洋貿易協定(APTA)がある。

ACFTAは、ASEANと中国との間の包括的で質の高いFTAを目指したものである。財だけでなく、サービスや投資の協定を含んでいる。ACFTAメンバー国は2000年に研究を開始し、2002年11月に全体の骨格を形成する「包括的枠組み協定」に調印。2004年11月には、ASEANと中国は具体的な自由化規則を盛り込んだ「物品貿易協定」に署名した。そしてACFTAの物品貿易協定は、ASEANにおいては2005年7月1日、中国では2005年7月20日から発効した。

中国とASEAN先行加盟6カ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)は、物品貿易の90%について2010年までに関税を撤廃する目標を掲げた。ASEAN新規加盟4ヵ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)は、2015年までに90%の関税を撤廃する予定である。

ASEANに進出した日本企業は、域内の貿易で精力的にAFTAを活用し、関税削減のメリットを享受してきた。一方、中国に進出した日本企業は、主に中国で生産した製品を先進国に輸出するか、中国国内で販売するかのいずれかを行っていた。したがって、ACFTAの関税削減スケジュールが十分に進展するまでは、現地日系企業はASEANと中国間との貿易を積極的に推進してはこなかった。

このような両地域間の経済関係を反映し、これまでのASEANと中国との貿易は部材を輸出し最終財を輸入するなどの垂直的な分業を行っている。今後は、ACFTAを活用し、中間財や最終財の相互に取引する水平的な分業が進展するものと思われる。

(2)  AFTAよりも低いACFTAの域内貿易比率

表2のように世界経済は、各国のGDPを積み上げることにより、2012年で71.3兆ドルの規模に達する。AFTA加盟国のGDPの合計が世界経済に占める割合は3.3%であり、日中韓は21.6%であった。ASEAN+6(日、中、韓、インド、豪、NZ)から成るRCEPが世界経済に占める割合は、EUの23%やNAFTAの26.1%を上回る30%であった。これに対してTPP(日本を含む12か国)はRCEPを上回る38.6%に達している。ASEAN中国FTA (ACFTA)加盟国が2012年における世界のGDPに占める割合は14.9%であり、RCEPの半分の経済規模ということになる。

表2における広域FTA加盟国の世界の人口に占める割合では、TPPは11.5%であったが、ACFTAは28.7%に達する。RCEPに至っては、中国やインドを含むことから、世界の人口の半分を占める。

また、ACFTAの域内貿易比率は21.2%であった。これは、ASEANだけから構成されるAFTAの域内貿易比率の24.5%よりも低い。したがって、ASEANと中国との貿易は、これからであることが読み取れる。RCEPの域内貿易比率は43.7%にも達しており、ASEAN+1よりも全体としては大きな自由化の効果が期待できる。

日本のACFTAとの貿易(輸出入)額が日本の対世界に占める割合は35%であり、日本のACFTAへの投資残高が対外直接投資残高全体に占める割合は24.2%といずれもかなり高い。一方、RCEPはそれぞれ46.6%と29%、TPPは27.5%と41%であり、日本との貿易に占める割合ではRCEP、日本の対外直接投資残高に占める割合ではTPPの方が高い

表2 広域FTAの基本経済指標(2012年、%)

(資料)日本貿易振興機構 J-File、IMF World Economic Outlook DATABASE より作成 

(3) アジアでの広域FTA交渉の動き

日中韓FTAやTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が東アジアの地域経済統合として名乗りを上げる中、RCEPはASEANの主導権を取り戻そうとする試みの1つである。ASEANの中でもFTAに積極的なシンガポール、マレーシア、ベトナムはRCEPについても前向きである。RCEPによる輸出拡大効果は限定的とする見方もあるが、やはり製品の輸出競争力を高めると評価している。

これまでのASEAN+1がより広域な経済圏であるRCEPに包含されれば、それぞれ異なる原産地規則が統一され、かつ累積原産対象の範囲の拡大により、一層の輸出競争力の拡大に結びつくことになる。例えば、ベトナムが繊維の生地などを中国から輸入しても、累積原産規則により域内への輸出で関税削減の恩恵を受けることが可能になるのだ。

タイは自動車の新技術や新モデルに不可欠な部品を日本からの輸入に頼っている。これまで、タイからインド向けに自動車部品などを輸出する場合、ASEAN・インドFTA(AIFTA)では、原産地規則を満たすことができない場合もあった。もしも、RCEPが発効すれば、これらの部品は原産地規則を満たすようになり関税削減の対象になることが予想される。この意味で、RCEPはタイにとって輸出競争力を高めると考えられる。

オーストラリアやNZは、RCEPのような広域な経済統合が実現すれば、日本や韓国に加え、インドとも自由貿易を享受できるとして、基本的には賛成の立場をとっている。TPPとRCEPの2本柱は、APECにおけるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現への一里塚と考えている。

表3 今後のアジアにおける主要な地域経済統合の動き

FTA交渉開始発効(域内全体)内容
TPP2010年3月、オーストラリア・メルボルンでの第1回交渉会合を皮切りに、これまでに19回の交渉会合が開かれた。日本も含めて、並行的に各種交渉が随時開催されている。オバマ大統領は2013年内の合意を目指すことを表明。しかし、カナダとメキシコに加え、日本の交渉参加により、実際の合意の時期は遅れることになった。2014年4月末のオバマ訪日でも、関税削減などを巡る日米協議は妥結しなかった。2014年内の包括的合意は予断を許さない状況にある。したがって、TPP発効は2015年以降にずれ込むと見込まれる。2012年にカナダとメキシコが交渉に参加。安倍総理は訪米後の2013年3月、TPP交渉参加を表明。これにより日本は、2013年7月に開催した第18回会合(マレーシア)からTPP交渉に参加。2014年に入ってからのTPP会合では、知的財産権、国有企業、医薬品のデータの保護期間の問題等で最終的な合意を目指した交渉が続けられている。
日中韓FTA2012年5月の日中韓サミットで、2012年内の交渉開始に合意。しかし、領土問題から交渉の開始は2013年にずれ込む。第1回交渉は2013年3月にソウル、第2回目は7月30日~8月2日まで上海にて開催された。第3回目は、11月26日から本29日まで東京,第4回は、2014年3月4日~7日までソウルで開催された。第4回目会合では、物品貿易,サービス貿易,投資,競争等の広範な分野について議論が行われた。これまでの会合で、日中韓FTAの交渉を2014年末までに終えることで合意。しかし、TPP交渉のもたつきから、日中韓FTAの合意は流動的。その発効は、現時点では早くても2015年~2016年の間と見込まれる。場合によっては、中韓FTAの2国間FTAの発効が先行する可能性がある。中国は中韓FTAを日中韓FTAよりも優先する姿勢を見せていた。しかし、日本のTPP交渉参加により、再び中国は日中韓FTA交渉の早期実現を目指す方向に姿勢を転換するかに見えた。だが、TPPにおける日米協議の難航や国有企業などの交渉の遅れから、中国が日中韓FTAの合意を急ぐ必要性は薄れてきている。
RCEP2012年11月のASEANサミットで、2013年の春に交渉を開始することで合意。第1回会合は、2013年5月にブルネイで行われた。第2回会合は、9月24日から27日にオーストラリア、第3回目はマレーシアで2014年1月20日~24日、第4回目は3月31日から4月4日まで,中国の南寧において開催された。これまでに、物品貿易、サービス貿易、投資、経済技術協力、競争及び知的財産に関する議論が行われている。ASEAN等の経済大臣会合では、2015年末には交渉を完了することで合意。現実的には、交渉終了はこのスケジュールよりも伸びる可能性があり、発効は早くても2016年~2017年と見込まれる。RCEPは、参加国数が多い分だけ、交渉妥結には時間がかかると思われる。各国はRCEPのメリットとして、原産地規則が統一化されること、累積原産対象の拡大により輸出競争力が高まること、を挙げ交渉開始に前向きである。共通関税率表を採用することで合意。
(資料) 外務省ホームページなどの各種資料より作成

インドはRCEPへの参加により、中国製品の輸入増を懸念している。それに加え、元々インドは国内市場が巨大であり、RCEPの経済メリットが相対的に低いという現実がある。しかし、それにもかかわらず、インドは中国を警戒しながらも、基本的には歓迎の姿勢を見せている。これは、RCEPへの参加により国内への投資を呼び込み、産業を活発化させ、輸出を増やそうと考えているためだ。

こうした各国の思惑は、RCEPの自由化率の目標がTPPほど高くないこともあり、各国政府の前向きな交渉の姿勢につながっている。成長するアジアの市場を取り巻く主導権争いは激しさを増している。アジアでの経済統合は、明らかにTPPや日中韓FTA、RCEPの大きな流れが互いにぶつかり合いながら動いている。つまり、それぞれが干渉しあいながら蛇行しており、行く先は相手の流れの変化によって変わってくる。

表3のように、これらの広域FTAの交渉は加盟国間で鋭意進められているものの、TPPにおいては日米関税交渉が難航しているし、知的財産権、国有企業、医薬品の開発データの保護期間の問題などでは、各国間の最終的な調整はこれからである。

したがって、TPPの合意が2014年内に実現したとしても、発効は2015年以降にずれ込む公算が高い。それに応じて、当初の合意目標である日中韓FTAの2014年末、RCEPの2015年末も影響を受けることになる。このため、日本はTPPの成果をテコにした日中韓FTAやRCEPでの交渉が十分に機能しないことが予想される。中国もTPP交渉の遅れから、日中韓FTAやRCEPを必ずしも急ぐ必要はなくなる。この結果、日中韓FTAの発効は早くても2015年、RCEPは2016年であり、TPP交渉の合意が遅れれば遅れるほど、発効はずれ込む可能性が高くなると思われる。

こうした東アジアにおけるメガFTA交渉が難航する中で、ACFTAは2014年の時点において、既にASEANと中国との間における自由貿易圏として機能している。TPPや日中韓FTA、あるいはRCEPが全て発効し、幅広く活用されるまでの間は、ACFTAは大きな役割を果たすものと思われる。

次ページ>

フラッシュ一覧に戻る