フラッシュ253
2015年10月16日
 

ポストTPPの米中関係と世界経済秩序の行方

 
馬田 啓一
(一財)国際貿易投資研究所 理事・客員研究員
杏林大学 客員教授
 

はしがき

融和が進んでいるかに見えた米中関係が、ここにきて対立を深めている。習近平国家主席が今年9月訪米し、ホワイトハウスでオバマ大統領との首脳会談が行われたが、中国にとって成功とはお世辞にも言えない。12月開催予定のCOP21 (国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)でのパリ合意に向けた米中協力を約束したものの、主要テーマとなったサイバー攻撃と南シナ海の岩礁埋めたて問題では対立の構図が浮き彫りとなった。

そうしたなかで、難航していたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉が10月、米アトランタでの閣僚会合で大筋合意にこぎつけた。オバマは合意直後の声明で、「中国にはルールをつくらせない」と、アジア太平洋地域のルールづくりを主導した意義を強調し、アジアで存在感を増す中国を強く牽制した。

中国が提唱する「新型大国関係」とは裏腹に、来年11月の米大統領選を控え、米中関係はますます先鋭化していくだろう。米国の対中姿勢の変化の背景に何があるのか。本稿では、ポストTPPを睨み、対立が深まる米中関係の深層について、G2論、新型大国関係、TPP、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)ロードマップ、一帯一路構想、AIIB(アジアインフラ投資銀行)など、変容する世界経済秩序の視点から再考してみたい。

1 新型大国関係をめぐる米中の思惑

(1)G2論は必然かそれとも幻想か

2009年1月、オバマ政権が発足すると間もなく米中G2論が登場した。G2論とは、米中両国が協力して経済から政治、安全保障までグローバルな重要課題に取り組み、世界を主導していくべきだという考え方である。G2論の背景には、中国を最重要視するオバマ政権の姿勢があった。

オバマ政権の意気込みは、2009年7月に開催された米中戦略経済対話(S&ED)の第1回会合で強く印象づけられた。オバマは「米中関係は21世紀の形を決める」と述べるなど、まさにG2時代の幕開けを思わせた。

しかし、中国の胡錦濤国家主席には、G2論は中国に過剰な国際的責任を負わせるための米国が仕掛けた罠かもしれないという穿った見方と警戒心があった。結局、CO2削減をめぐり米中が激しく対立し、2009年12月の温暖化防止交渉であるCOP15 の決裂を境に、協調への期待は失望に変わった。G2体制への期待は1年目でしぼみ、2年目に入ると戦略的に重要な問題で次々と米中の対立が目立つようになり(注1)、米国内における米中G2論は後退していった。

ところで、G2論については米国内でも賛否が分かれている(注2)。ブッシュ政権の国務副長官で、オバマ政権の下では世界銀行総裁を務めたR.ゼーリックは、中国を「ステークホルダー(利害共有者)」と見なし、国際社会の中に積極的に取り込んで責任ある行動を取らせるような対中政策を提唱し、世界経済の問題解決には米中両国の先導的な協力が必要だと論じている。

しかし、G2体制の意義はともかく、実効性についてはかなり疑問視されている。米中の基本的な価値観の相違といった観点から、G2論を批判する意見は多い。米外交評議会アジア研究部長のE.エコノミーは、G2は幻想であって、米中の間には政治体制、価値観などに基本的な違いがあり、その違いを無視して協議を進めても不毛だと主張している。

これに対して、G2必然論を唱えるピーターソン国際経済研究所のF・バーグステンは、2009年9月の下院外交委員会の公聴会で、中国に圧力をかけるだけでは問題の解決につながらず、むしろ、米中によるリーダーシップの共有こそが中国を変えさせる最もよい方法だと述べている。バーグステンの主張は、中国の異質性を前提としたうえで、中国に国際社会の責任あるパートナーとして行動させるためにはどうすればよいのかという問題を提起していると言えよう。

(2)「新型大国関係」は中国の一方通行

さて、習近平政権に代わると今度は中国版G2論とも呼ばれる提案が、中国側から米国に持ちかけられた。「新型大国関係」という概念がそれである。米国のアジア回帰(リバランス)とTPP交渉の進展によって、中国への警戒感が高まっていると判断した習近平は、米国との新型大国関係の構築によって、米国の圧力を回避しようとしている。米中は、台頭する新興の大国と既存の大国の間で戦争が起こるという「トゥキディデスの罠」に陥るリスクに晒されている。

「新型大国関係」の概念は、①衝突・対抗せず、②両国の国益を相互に尊重、③ウィンウィンの協力、という3つの原則から成る。対立を抱えながらも利害の一致する分野で協力を進めるというものだ。地球温暖化への対応など困難な問題も、米中が歩み寄れば解決につながる。

しかし、米中間の協力関係を模索する一方で、中国が持ちかけた「新型大国関係」をそのまま米国は受け入れるつもりはない。様子見の構えである。なぜなら、中国が「核心的利益(core interests)」の尊重を求めているからだ。

中国の核心的利益は当初、台湾、チベット、新疆の3地域であったが、中国が南シナ海や尖閣諸島にも触手を伸ばしている。昨年4月には中国外交部が、釣魚島(尖閣)は中国の核心的利益に属すると発表した。米国が中国の核心的利益を尊重すれば、日米同盟を揺るがしかねない。

また、南シナ海でも、2013年11月に中国国防省が防空識別圏の設定を一方的に宣言し、今年2月にはスプラトリー諸島(南沙諸島)での岩礁埋めたて問題が浮上、現在も人工島の滑走路工事が行われている。この南シナ海の問題を米国が容認すれば、ASEANとの関係が損なわれる。

力による現状変更を推し進める中国の動きを見過ごせば、オバマ政権のリバランス政策が破綻してしまう。このため、強硬姿勢に転じたオバマは、今秋行われた米中首脳会談でも習近平が提案する「新型大国関係」を無視し、包括的な共同声明発表にも応じなかった。米中新型大国関係の実現は、核心的利益がカギを握っている。

 

表 最近の米中関係の主な動き

2009年 1月
7月
2010年 7月
2011年 1月
2013年 3月
6月
11月
2014年11月
2015年 2月
6月

9月
10月

オバマが大統領就任、G2論の登場
第1回米中戦略経済対話がワシントンで開催
クリントン国務長官が「南シナ海は米国の国益」と中国を牽制
胡錦濤が訪米、首脳会談
習近平が国家主席に就任
習近平が訪米、「新型大国関係」を提案
中国が尖閣諸島を含む東シナ海上空に防空識別圏を設定
APEC北京会合でオバマ訪中、気候変動問題で米中協力に合意
中国による南シナ海・南沙諸島での岩礁埋め立てが発覚
米政府の人事管理局にサイバー攻撃、政府職員の個人情報が流出、
AIIBの設立総会
習近平が訪米、首脳会談
TPP交渉が大筋合意

(出所)筆者作成。

 

2 米国の対中戦略とTPP大筋合意の意義

(1)土壇場で決着したTPP交渉

妥結かそれとも漂流か、交渉の行方が注目されたTPPは今年10月初、米アトランタでの閣僚会合で大筋合意に達した。今回もし決裂すれば、年単位で漂流しかねないという時間切れ寸前の際どい決着だった。

「21世紀型のFTAモデル」を目指して2010年3月に始まったTPP交渉は、参加国の利害が対立し難航した。とくに揉めた分野は、物品市場アクセス(関税撤廃)、投資、知的財産権、競争政策(国有企業改革)など、各国の国内事情で譲歩が難しいセンシティブなものばかりであった。

TPP交渉の潮目が変わったのは、2014年11月の米議会中間選挙後である。上下両院とも自由貿易に前向きな野党の共和党が勝利したことで、レームダック(死に体)化しつつあるオバマ政権だが、皮肉にも、TPPに後ろ向きな与党民主党に代わって共和党の協力を取り付け、TPP交渉に不可欠とされた通商交渉の権限を大統領に委ねるTPA(貿易促進権限)法案を今年6月下旬に、上下両院とも薄氷の採決であったが可決・成立させた。

TPA法案の成立を追い風に、日米関税協議も決着の見通しがつき、TPP交渉妥結への機運が高まるなか、7月下旬、12カ国は米ハワイで閣僚会合を開き、大筋合意を目指した。しかし、想定外の「伏兵」の登場で溝が埋まらず、交渉は物別れに終わった(注3)。

米国の政治日程を考えれば、2016年の米大統領選の予備選が本格化する前に、TPP交渉を決着させる必要があった。レガシー(政治的な業績)が欲しいオバマにとっては、今回のアトランタ閣僚会合が最後のチャンスであった。

漂流の懸念も高まるなか、TPP交渉は、医薬品のデータ保護期間、乳製品の関税撤廃、自動車・部品の原産地規則の扱いをめぐって土壇場までもつれたが、難産の末、大筋合意にこぎつけた。TPP交渉が漂流すれば、中国が一帯一路構想とAIIBをテコにアジア太平洋地域の覇権争いで勢い付いてしまうとの警戒心が、米国を大筋合意へと突き動かした。参加12カ国は大筋合意を受けて、協定の発効に向けた国内手続きに入る(注4)。

(2)中国はTPPに参加するか

TPPが大筋合意したことに中国が焦らない筈はない。米国はポストTPPを睨み、将来的には中国も含めてTPP参加国をAPEC(アジア太平洋経済協力会議)全体に広げ、FTAAPを実現しようとしている。投資や競争政策、知的財産権、政府調達などで問題の多い中国に対して、TPPへの参加条件として国家資本主義からの転換とルール遵守を迫るというのが、米国の描くシナリオである。

勿論、中国がハードルの高いTPPに今すぐ参加する可能性は極めて低い。しかし、APEC加盟国が次々とTPPに参加し、中国の孤立が現実味を帯びてくるようになれば、中国は参加を決断せざるを得ないかもしれない。

TPPへの不参加が中国に及ぼす不利益(貿易転換効果)を無視できないからだ。2013年9月に設立された「中国(上海)自由貿易試験区」は、中国が選択肢の一つとして将来のTPP参加の可能性を強く意識し始めていることの表れだろう。

しかし、その一方で、TPPによる中国包囲網の形成に警戒を強めた中国は、TPPへの対抗策として、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の実現に動いた。2011年11月のASEAN首脳会議でASEANが打ち出したのが、RCEP構想である。中国は、ASEANをRCEPの議長に据えるなど、「ASEAN中心性」に柔軟な姿勢をみせた。米国がアジア太平洋地域への関与を強めるなか、米国に対抗するにはASEANを自陣営につなぎ留めておくことが欠かせないと考えたからだ。アジア太平洋地域における経済連携の動きは、米中による陣取り合戦の様相を呈し始めている。

ASEAN+6によるRCEPは、2012年11月の東アジアサミットで交渉開始が承認され、2013年5月に交渉が開始、2015年末までの妥結を目指している。しかし、関税撤廃も自由化率の目標設定という入口で躓くなど、交渉はまだまだ紆余曲折がありそうだ。

(3)FTAAPロードマップの攻防

APECは、2010年の首脳宣言「横浜ビジョン」によって将来的にFTAAPの実現を目指すことで一致しているが、TPPルートかそれともRCEPルートか、さらに、両ルートが融合する可能性があるのか否か、FTAAPへの具体的な道筋についてはいまだ明らかでない。

このため、昨年11月のAPEC北京会合では、FTAAP実現に向けたAPECの貢献のための「北京ロードマップ」策定が主要課題となった。議長国の中国は、首脳宣言にFTAAP実現の目標時期を2025年と明記し、具体化に向けた作業部会の設置も盛り込むよう主張した。

しかし、FTAAPをTPPの延長線に捉えている日米などがTPP交渉への影響を懸念し強く反対したため、FTAAPの「可能な限り早期」の実現を目指すと明記するにとどまり、具体的な目標時期の設定は見送られた。

他方、作業部会については、TPPやRCEPなど複数の経済連携を踏まえFTAAPへの望ましい道筋についてフィージビリティ・スタディ(実現可能性の研究)を行い、その成果を2016年末までに報告することとなった。ただし、研究報告の後すぐにAPEC加盟国がFTAAP交渉に入るわけではない。研究とその後の交渉は別というのが、日米の立場だ。

FTAAPのロードマップ策定についての提案は、中国の焦りの裏返しと見ることもできる。TPP交渉に揺さぶりをかけるのが真の狙いだったようだ。TPP交渉が妥結すれば、FTAAP実現の主導権を米国に握られ、下手をすれば中国は孤立する恐れもある。そこで、TPP参加が難しい中国は、TPP以外の選択肢もあることを示し、ASEANの「TPP離れ」を誘うなど、TPPを牽制した。 

FTAAPへの具体的な道筋について、中国としては米国が参加していないRCEPルートをFTAAP実現のベースにしたいのが本音だ。どのルートかでFTAAPのあり方も変わってくる。中国がFTAAP実現を主導するかぎり、国家資本主義と相容れない高いレベルの包括的なメガFTAは望めそうもない。

3 中国の一帯一路構想とAIIB設立の含意

(1)一帯一路構想の曖昧さと危うさ

習近平は、FTAAP実現に向けた「北京ロードマップ」を「歴史的一歩」と自賛した。しかし、北京ロードマップは米国によって横車を押され、当初中国が意図していたFTAAPのフィージビリティ・スタディの実施と2025年の目標期限は、完全に骨抜きにされた。このため、APEC北京会合以降の中国の動きを見ると、FTAAPへの情熱は急速に冷えつつあり、中国の対外戦略の軸足は今や、FTAAPよりも一帯一路構想に移っている。

中国が提唱する「一帯一路」の構想とは、現代版シルクロード構想とも呼ばれ、中国西部から中央アジアを経由して欧州につながる「シルクロード経済ベルト(一帯)」と、中国沿岸部から東南アジア、インド、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード(一路)」の2つで構成される。

習近平は、APEC北京会合で中国が400億ドルの「シルクロード基金」をもって中央アジアや東南アジア地域でインフラ建設を推進すると発表した。中国の狙いは、アジアから欧州に至る広大な地域経済の一体化を目指し、「シルクロードFTA」を構築することであるが、同時に、生産過剰の状態にある国内産業の新たな市場開拓と対外投資の促進を図りたいとする中国の経済的な思惑もある。

この一帯一路構想は、アジア太平洋地域で主導的な役割を果たそうとする中国にとって、米主導のTPPに対抗する重要な手段と位置づけられる。21世紀海上シルクロード(一路)は、RCEPをベースにアジア太平洋地域にまで拡がる可能性がある(注5)。習近平は2013年6月の米中首脳会談で、「太平洋は米中を収納するのに十分な大きさだ」と語り、アジア太平洋地域を米中両国で分割統治しようと暗に持ちかけた。しかし、オバマ政権は慎重姿勢を崩さない。アジア太平洋地域の主導権を中国に譲るつもりも、分かち合うつもりもないからだ。

今年7月にロシアのウファで開催された第15回上海協力機構(SCO)首脳会議では、一帯一路が議題となり、シルクロード経済ベルト(一帯)の構築を支持することで合意した。しかし、一帯一路構想は、少なくとも現時点では具体的なルールに欠けた「曖昧なビジョン」に過ぎない。TPPのように明確なルールや規定を持った経済連携とは異なる。一帯一路が、どのような経済連携を目指しているのか、どういうルールなのか、不確定かつ不透明な点が多い。

このため、一帯一路の建設については前途多難が予想され、懐疑的な見方も少なくない。所詮は同床異夢、この構想がいずれ具体化していけば、中国とロシア、インドとの利害対立が表面化する可能性が高いからだ。

中露の蜜月がいつまでも続くとは考えにくい。旧ソ連の復活を夢見るプーチンのユーラシア経済同盟の創設と、シルクロード経済ベルト(一帯)の構想が重複している。現時点では中露関係を維持するため、曖昧な形のままプロジェクト建設で連携を進めようとしているが、中央アジアの支配をめぐる両国の思惑の違いは、大きな火種である。

インドも同様で、中国によるインド洋の支配を許すつもりは毛頭ない。中国の海洋進出を睨み、海軍力の強化を加速させている。「真珠の首飾り」とも呼ばれる21世紀海上シルクロード(一路)構想の下、港湾などのインフラ整備を通じて、中国が南シナ海やインド洋で影響力を増大させようとしていることに警戒を強めているからだ。

(2)AIIBの設立:中国の思惑と米国の懸念

「一帯一路」と呼ばれる陸と海のシルクロード構想の資金源として目下最大の注目を集めているのが、AIIBである。AIIBは、今年6月に設立協定を結び、年内の運営開始を目指す。資本金は1000億ドル、中国が最大の出資国となり、本部は北京、初代総裁はAIIB設立の立役者、中国人の金立群に決まった。

AIIBの必要性については、すでにADB(アジア開発銀行)が存在していることを理由に屋上屋だとの批判もあるが、中国は、今後アジアのインフラ需要が高まるなかで世界銀行やADBだけでは対応しきれないと主張している。

しかし、それは建前で、中国がAIIB設立を提唱した背景には、IMF(国際通貨基金)や世銀など既存の国際金融機関が議決権や人事などで米国主導であることや、ADBも米国の同盟国である日本が取り仕切っていることへの不満があった。

AIIBについては、「中国による中国のための中国の銀行」だとして先進国には懐疑論も多い。今年3月末、ルー米財務長官が李克強首相と会談した際、「AIIBは運営で高い基準を維持し、既存の国際金融機関と協力すべき」と注文をつけ、現時点ではAIIBに参加しない旨を伝えた。米議会は対中強硬派が多くAIIBへの出資を認める可能性が低く、当面参加は難しいだろう。

米国がAIIBの問題点として批判しているのは、組織の運営に関わるガバナンス(統治)の問題である。世銀やADBとは異なり、本部に常駐の理事を置くことなく運営するとしている。しかし、常設理事会なしで運営のチェックができるのか。インフラ融資の優先度に関して合理的な判断ができるかは怪しい。既存の国際金融機関との融資条件の緩和競争が懸念され、融資案件が環境や人権への配慮を欠く恐れもあるなど、ガバナンスに関しては多くの問題がある。

このため、米国はAIIBに参加し内部から影響力を行使することによって、インフラ融資を管理すべきだとの批判は少なくない。ではなぜ、米国はAIIB参加に拒絶反応しているのか。それは、AIIBが中国の国際金融戦略上、極めて重要な役割を担っており、米国の国益を大きく損ねる恐れがあるからだ。

中国の国際金融戦略の目標は、人民元を国際通貨に格上げさせること、具体的には、IMFのSDR(特別引き出し権)を構成する通貨に人民元を加えることである(注6)。AIIBの設立に向けた中国の動きは、人民元の基軸通貨化も視野に入っており、人民元建ての融資が増える可能性がある。この点こそ、米国が最も警戒しているところなのである。米国の金融覇権は、ドル基軸通貨体制の存続が前提である。したがって、ブレトンウッズ体制と呼ばれるIMFと世銀を中核とした戦後の国際金融システムの終焉の始まりとなるかもしれないAIIBの創設は、米国として受け入れがたいものであった。

米国は、AIIBを米主導の国際金融システムへの挑戦と受け止め、G7のメンバーにも不参加を呼びかけた。日加は米国と共同歩調をとり参加を見合わせたが、英独仏伊の欧州4カ国はAIIBに参加、G7は仲間割れの形となった。

欧州4カ国は一帯一路構想の下、インフラ開発が進むことで欧州にとって中国市場が近くなり、そうした経済効果を期待してAIIB参加に踏み切ったのであろう。実利主義の視点から中国カードを切った。中国が一帯一路構想とAIIBによって欧州を取り込み、米国を牽制しようとしていることに、米国は苛立ちを隠さない。

いずれにせよ、AIIBの設立は、米国が主導してきた戦後のブレトンウッズ体制に風穴をあけた。それは戦後70年、国際金融システムも大きな転機を迎えていることを示唆するものである。

(3)中国はステークホルダーとなれるか

今年3月、北京で開かれた全国人民代表大会(国会に相当)で、習近平が「新型国際関係」という新たな概念を打ち出した。戦後70年が経ち世界経済秩序に大きな変化が生じているとし、これまでの国際的な枠組みを改善するための改革の必要性を強調した(注7)。

一帯一路構想を掲げる習近平の戦略は、AIIBをテコに周辺外交を強化するのが狙いだと考えられる。中国はこれまで米中関係について「新型大国関係」を提唱してきているが、今回新たに「新型国際関係」という概念を打ち出した背景には、今後、米国に伍していくためにはより多くの国の支持と協力が必要であるとの判断がある。

要するに、一帯一路構想もAIIBも、中国が増大する経済力を背景に各国との結びつきを強め、多国間の枠組みでアジア太平洋の成長を主導しようとする試みである。この中国の台頭に対して日米欧をはじめとする国際社会は、どう対応すべきか。一帯一路構想もAIIBも、中国が多国間の枠組みで国際公共財を提供することであり、国際的なルールに従った責任ある行動を取るよう促すことで、その影響力を新たな世界経済秩序に取り込むことが望ましいとする見方がある(注8)。

中国への対応をめぐる論争が再燃している。果たして中国の経済力を積極的に活用することができるのか。また、中国に国際社会の責任あるパートナーとして行動させるにはどうすればよいのか。その答えが、一帯一路構想とAIIBの行方に隠されている。

 

1) 2010年1月から3月にかけて、米国の台湾向け武器売却決定、ダライ・ラマ14世とオバマ大統領の面会、人民元切り上げ問題など、米中の利害対立が表面化した。また、米下院外交委員会の公聴会でグーグル問題が取り上げられ、中国政府の言論弾圧に対する非難が相次いだ。
2) G2論争の詳細については、馬田(2012)参照。
3) ニュージーランドが医薬品のデータ保護期間を人質に、乳製品の大幅輸入拡大を要求した。
4) 米国ではTPAに従って署名は早くても90日後の来年1月の見込み。その後、議会でTPP法案が審議入りするのは2月以降になりそうだ。
5) 実際、昨年11月、習近平はAPEC北京会合で「亜太夢(Asia-Pacific Dream)」を掲げ、各国と協力して「一帯一路」の建設を推進していきたいと呼びかけた。
6) 現在、SDRを構成する通貨はドル、ユーロ、円、ポンドの4通貨である。今年は、IMF理事会でSDRの構成について5年ごとの見直しが行われるため、中国が外交圧力を強めている。
7) 今年3月の「ボーア・アジアフォーラム」(スイスのダボス会議のアジア版)での演説でも、習近平は「新型国際関係」にふれ、「中国が経済大国としての責任を果たし、これまでの国際秩序を改善し、協力と互恵にもとづく新たな関係を目指すもの」と言っている。
8) 河合正弘(2015)。

主な参考文献
関志雄(2015)「ウィンウィンを目指す米中新型大国関係」『貿易と関税』第63巻第5号。
伊藤隆敏(2015)「アジア投資銀の行方・上:拙速な参加見送りは妥当」、日本経済新聞・経済教室(4月30日付)。
河合正弘(2015)「アジア投資銀の行方・下:国際秩序に中国取り込め」、日本経済新聞・経済教室(5月1日付)。
江原規由(2015)「中国のFTA戦略の行方と影響:一帯一路建設構想はメガFTAの孵卵器」石川幸一・馬田啓一・高橋俊樹編著『メガFTA時代の新通商戦略:現状と課題』文眞堂。
江原規由(2015)「中国のFTA戦略の中心:一帯一路(シルクロード)構想」国際貿易投資研究所『季刊国際貿易と投資』No.101。
遊川和郎(2015)「AIIBと中国の対外経済協力」朽木昭文・馬田啓一・石川幸一編著『アジアの開発と地域統合:新しい国際協力を求めて』日本評論社(近刊)。
馬田啓一(2012)「オバマ政権の対中通商政策」国際貿易投資研究所『季刊国際貿易と投資』No.88。
馬田啓一(2014)「APECの新たな争点:FTAAP構想をめぐる米中の対立」国際貿易投資研究所『フラッシュ』No.215(12月9日)。
馬田啓一(2015)「今春の大筋合意はあるのか、楽観できないTPP交渉の行方」国際貿易投資研究所『フラッシュ』No.224(3月13日)。