フラッシュ224
2015年3月13日
 

今春の大筋合意はあるのか、楽観できないTPP交渉の行方

 
馬田 啓一
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
杏林大学教授
 

はじめに

TPP(環太平洋パートナーシップ)交渉の雲行きがまた怪しくなってきた。TPP合意のカギを握る米国のTPA(貿易促進権限)法案の議会提出が今年4月以降となる見通しになったからだ。交渉参加国は今春の大筋合意を目指しているが、米議会の動向次第ではそれも5月以降にずれ込む可能性も出てきた。

昨年11月4日の米議会中間選挙で与党民主党が敗れ、自由貿易の推進に積極的な野党共和党が上下両院を制したことでTPP交渉の潮目が変わった。オバマ政権の強硬姿勢にも軟化の兆しが見られる。

レームダック(死に体)に陥りかけているオバマ大統領だが、今年1月の一般教書演説ではTPPをレガシー(政治的遺産)と位置づけ、交渉妥結への意欲を示した。だが、身内の民主党にはTPPやTPAに懐疑的な議員が多く、オバマ政権の足を引っ張っている。

3月中旬にTPP首席交渉官会合が開催されるが、知的財産権や国有企業改革などで米国と対立している新興国も、調整に手間取る米議会を横目でみながら、最後のカードを切らずに様子見の状態だ。

TPP交渉は最終局面の段階に入っているが、果たして今春の大筋合意はあるのか。来年の大統領選を控え遅くとも今夏までに妥結させないと、TPP交渉は漂流しかねない。本稿では、楽観できないTPP交渉とTPA法案の行方を展望してみた。

1.大詰めを迎えた日米協議

TPP交渉の行方を左右する日米協議が大詰めを迎えている。今年1月14日から16日まで東京で、1月28日から2月3日までワシントンで相次いで行われた事務レベルの協議で、日米双方の間合いはだいぶ詰まってきたようだ。

日本側は聖域とされた農産物5項目について関税の引き下げや一部撤廃に応じる構えであり、米国側も当初の関税の完全撤廃の要求を緩めてきている。詳細は明らかでないが、日本側はセーフガード(緊急輸入制限)の導入を前提に、牛・豚肉の大幅な関税引き下げや一部撤廃を米国側に提示した模様だ。牛肉は、現在の38.5%からまず20%まで下げ、その後段階的に10%前後まで引き下げる。価格帯に応じて関税率が変わる豚肉は、高価格帯の関税4.3%を撤廃し、低価格帯の関税も1kgあたり482円から1kg50円程度まで大幅に下げる。さらに、コメについても、現行の関税を維持しつつ米国産米の輸入拡大に応じる妥協案を提示、関税割当の無税輸入枠を広げ、年最大5万トンを追加輸入する方向で調整に入った(表1)。

 

表1 日米関税協議の状況(農産物5項目)

項目(品目数)

関税

日米協議の状況

牛・豚肉
(100)

牛肉:38.5%
豚肉(3種類)
  低価格帯 :1kg482円
  高価格帯 :一律4.3%
  中価格帯 :1kg550円となるよう「差額関税制度」を導入

牛肉:10%前後に引き下げ
豚肉:米国は差額関税制度の撤廃と大幅な関税引き下げを要求、日本は高価格帯4.3%の撤廃と、低価格帯1kg50円以下への関税引き下げを検討

日本は牛・豚肉のセーフガード導入を主張
発動条件で対立

乳製品(188)

バター:360%
脱脂粉乳:218%
プロセスチーズ:40%   

米国は大幅な関税引き下げを要求
日本は米国向けの無税輸入枠を検討

コメ(58)

コメ:778%   

現行の関税率維持の方向
日本は米国向けの無税輸入枠拡大(コメは年最大5万トン増加)を検討

麦(109)

小麦:252%  

砂糖(131)

砂糖:328%   

交渉の対象から除外、関税維持

(資料)「日本経済新聞」等により、筆者が作成。

 

一方、米国の日本車への関税(乗用車2.5%、トラック25%)については、日米事前協議の合意文書(2013年4月)で、「TPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間で撤廃」することが決まっている。日本の牛・豚肉への関税を10年以上かけて引き下げ・撤廃する方向で調整中であり、米国の自動車への関税もその期間に合わせる形となる。

なお、並行協議の枠組みで、米国は一定台数の米国車を日本にそのまま輸出できるように日本の自動車の安全・環境基準の見直しを求めていたが、この要求については取り下げた。代わりに、米国は、日米の自動車貿易で日本側が何か問題を起こした場合に元の関税水準まで戻せるという紛争処理条項を盛り込むよう要求している。

残る日米協議の焦点は、米国が輸入自動車部品にかける関税の撤廃時期や、米国の日本車輸入や日本の牛・豚肉輸入が急増した時の歯止めとなるセーフガードの発動条件に絞られた。

当初は2月中にも日米間でUSTR(米通商代表部)のフロマン代表と甘利TPP担当相の閣僚会議が行われるとの見方もあったが、まだ詰め切れておらず3月にずれ込んだ。しかし、関税率、猶予期間、セーフガードの発動条件、無関税輸入枠の4つの変数を組み合わせた難しい連立方程式も、ここにきてようやくその解を出せるところにきている。

2.なお流動的なTPP交渉の行方

日米協議の進展でTPP交渉妥結に向けた機運も高まっているが、交渉の行方はなお流動的である。1月26日から2月1日までニューヨークでTPP首席交渉官会合が開かれたが、知的財産権など難航分野の着地は果たせなかった(表2)。新興国は日米協議の進展やTPA法案の動向を見極め、目処が付くまで最後のカードを切らないつもりだ。

最も難航している知的財産権の分野は、著作権の保護期間を作者の死後70年とする方向で最終調整に入ったが、医薬品の開発データの保護期間をめぐって米国と新興国の対立が続いている。保護期間を長くすれば製薬会社の開発費用は回収しやすくなるが、新興国のジェネリック(安い後発薬)生産が難しくなってしまう。米国は保護期間を8年以上、新興国は5年以下にすることを求め、両者の溝が埋まっていない。

他方、国有企業改革の分野は、国有企業と民間企業の競争条件を対等にすることを目指しているが、国有企業に依存するベトナムやマレーシアなど新興国が反対している。調整案として国有企業の一部を改革の対象外とすることに決まった。例外扱いの国有企業の数をどこまで減らせるかが焦点となっているが、未だそのリストが提出されず、議論は停滞している。

交渉参加12カ国は当初、2月下旬から3月上旬にかけてTPP首席交渉官会合を開催し、3月半ばにも閣僚会合を行って大筋合意することを目指していたが、首席交渉官会合を3月9~15日にハワイで開くことになったため、合意時期は後ずれの可能性が避けがたい状況となった(注1)。

果たして今春の大筋合意はあるのか。3月の首席交渉官会合では閣僚会合の開催を目指して、知的財産権や国有企業改革など難航分野で詰めの協議を行うが、柔軟姿勢に舵を切り始めた米国がどこまで譲歩するのかが最大の焦点となろう。

 

表2 TPP交渉の21分野

(注)○:ほぼ合意、△:決着近い、×:難航(2015年1月現在)

(資料)経済産業省資料・「日本経済新聞」より、筆者作成。

3.TPA法案の調整が難航

大統領に通商交渉の権限を一任するTPA(貿易促進権限)法案の議会提出が、4月以降にずれ込む可能性が高まっている。共和党は一貫してTPA法案が成立する前のTPP交渉の合意(大筋合意でも)を認めない方針であるため、TPP交渉への影響は必至だ。

TPAはファースト・トラック(早期一括審議)条項とも呼ばれる。表3のとおり、オバマ大統領によってTPP法案が議会に提出されると、議会は90日以内に審議を終了し採決しなければならない。議会は法案の修正ができず、一括無修正で批准するか、それとも否決するかの二者択一しかない(注2)。米国以外の交渉参加国にとっては、合意内容が覆される心配がなくなるため切り札を出し易くなるので、TPAはTPP交渉の追い風となる(注3)。

昨年1月、民主党のボーカス上院財政委員長(現駐中国大使)と共和党のキャンプ下院歳入委員長が中心となり、超党派の議員によってTPA法案が米議会に提案された。しかし、民主党の支持基盤である労働組合がTPA復活に否定的で、米中間選挙も控えていたため、民主党上院のリード院内総務が反対を表明するなど、民主党の反対により議会での法案審議は停滞。塩漬けにされたTPA法案は、結局、会期の終了とともに廃案となった。このため、TPA法案を改めて議会に再提出しなければならなくなった。

昨秋の米中間選挙でTPPとTPAに慎重な民主党が負け、前向きな共和党が議会の主導権を握った。共和党上院のマコネル院内総務は、オバマ政権には是々非々で対応し、予算と通商問題については協力すると明言した(注4)。これにより、共和党の主導でTPA法案の提出・審議に向けた調整が行われることとなった。

 

表3 TPA による議会の手続き

項 目

内   容

議会の政府に対する監視

・議会は貿易交渉の目標や優先事項を定め、政府による貿易交渉はこれに従う

政府の議会への通報・報告

・交渉開始90日前:交渉開始の意図を報告
・協定締結180日前:交渉結果について下院歳入委員会、上院財政委員会に報告
・協定締結90日前:協定締結の意図を報告
・協定締結後60日以内:必要な法律改正事項を議会に提出

協定実施法案の迅速な議会審議(ファースト・トラック)

・政府は、議会の会期中に協定実施法案を提出
・下院歳入委員会、上院財政委員会等の審議期間は、下院60日(委員会45日、本会議15日)開会日内に、上院30日(委員会15日、本会議15日)開会日内に限定
・実施法案の修正は許されず、議会は賛否の二者択一のみ

(資料)滝井(2007)にもとづき、筆者作成。

 

TPA法案のカギを握ることになった共和党のハッチ上院財政委員長は当初、TPA法案を1月中に提出し、委員会審議を2月末までに終え、3月に本会議で可決したいとの考えを示していた。だが、民主党とのTPA法案をめぐる修正協議が難航しており(注5)、ハッチ委員長は3月3日、現時点で4月前の審議入りは難しいとの見通しを示した(注6)。3月下旬から4月12日まで約2週間、米議会は休会に入るため、TPA法案の提出は4月中旬以降になりそうだ。

背景には、上下両院の多数を占めたとはいえ、共和党が一枚岩でないからだ。米国では党議拘束がかからないため、TPA法案の議決で共和党の議員が全員賛成に回るわけではない。保守派のティーパーティ(茶会)に所属する共和党議員などは、議会の権限を弱めることになるとして、大統領にTPAを付与することに反対している。このため、TPA法案を可決させるには、上下両院とも民主党議員の2割程度の賛成が必要であるといった票読みがされている(注7)。

 

表4 米中間選挙の結果(2014年12月現在)

 

共和党

民主党

その他(空席)

総議席数

上 院
下 院

54 (45)
246 (233)

 46 (55)
188 (199)

0 (0)
1 (3)

100 (100)
435 (435)

(注)カッコ内の数字は改選前。

(資料)米議会資料より作成。

 

今回のケースに似ているのが、1993年のNAFTA(北米自由貿易協定)法案の審議である。当時、与党民主党下院の民主党議員の多くはNAFTAに反対であった。民主党のクリントン大統領は共和党と協力し、民主党議員を切り崩してNAFTA法案を可決させた。

TPA法案が実現するかどうかは、オバマ大統領が与党民主党議員をどこまで説得できるかにかかっている。説得工作がうまくいかなければTPA法案の可決は2016年の大統領選以降となり、TPPの実現はそれよりも更に遅れることになる。

今春のTPP合意を目標としているオバマ大統領は、1月の一般教書演説でTPA法案の早期成立に向けた超党派の協力を議会に求めた。しかし、民主党内では、「FTAは雇用を流出させる」として反対が多い。このため、オバマ大統領は2016会計年度の予算教書に、FTAで不利益を被る労働者への貿易調整支援策(TAA)を盛り込んだ。労働者保護のためのTAAを打ち出すことで、TPPに批判的な民主党議員を説得する布石を打った形だ。ハッチ委員長もTPA成立のため、TAAについて民主党との協議に応じる構えを見せている。

さらに注意しなければならないのが、為替操作をめぐる米議会の動きである。ハッチ委員長は今年1月30日、TPA法案に意図的に自国通貨を易く誘導していると認定した国に制裁を課す「為替操作禁止条項」を盛り込む考えを表明した。民主党内には、交渉相手国が自国通貨安・ドル高に誘導し、米国の輸出や雇用に悪影響が生じないかとの懸念が強い(注8)。法案に為替操作を禁止する条項を盛り込むことによってこうした不安を和らげ、TPA法案に理解を得る狙いと見られる。

ただし、フロマンUSTR代表は、TPPの協定に為替操作禁止条項を盛り込むことについて、交渉参加国の反発を招きTPP交渉の妥結を遅らせるだけではなく、米国の金融政策の自由度が低下しかねないとして、これまで一貫して否定的である。共和党のライアン下院歳入委員長も、TPA法案の提出作業を急ぐべきだとしているが、為替操作禁止条項については慎重な姿勢を示している(注9)。

こうしたなか、今年2月10日に為替操作を阻止する法案が超党派の議員によって議会に提出された。為替操作禁止条項をめぐる論争に火に油を注ぐようなこうした動きが、TPA法案の提出を遅らせる要因の1つになっているが、ビルサック米農務長官は2月19日、TPA法案について議会で承認されるかどうかはきわどい状況であるとの認識を示した(注10)。

4.オバマと共和党の関係、協調と対立

オバマ政権はまさにレームダック(死に体)に陥りかけている。今後2年間、野党の共和党に上下両院の多数を握られ、共和党が反対する重要法案の成立が難しくなるため、オバマ大統領の政権運営は厳しい。

それでも、一般教書演説では、「危機の影は過ぎ去った」と米国の景気拡大や財政赤字縮小などの実績を誇示する一方、TPP交渉の妥結や過激派「イスラム国」に対する武力行使のほか、経済格差の是正のための富裕層への課税強化と中間層以下への減税など、共和党が嫌うリベラル色の強い政策を残り2年の重要課題として列挙し、レガシー(政治的遺産)づくりに取り組む姿勢を示した。

TPP交渉とTPAの行方にとって懸念材料は、オバマ大統領と共和党の危ない関係だ。共和党がTPPとTPAに前向きだからといって、楽観は禁物である。議会との協調と対立、オバマ大統領はどちらの路線を選ぶのか。

TPPやTPAでは超党派の協力を議会に求める一方で、医療保険制度改革(オバマケア)や移民制度改革などを阻止する法案には拒否権を発動し、さらに、共和党の協力が得られなければ、議会を通さず大統領令も行使するつもりである。共和党との対決も辞さない覚悟らしい(注11)。だが、対立によって何も決まらず政治の停滞を招けば、TPP交渉やTPAの行方にも悪影響を与える。

いずれにしても、今夏、米大統領選の予備選挙が本格化する前にTPP交渉を決着させないと、交渉は漂流しかねない。今春の大筋合意を逃せば、オバマ大統領任期中のTPP承認は事実上断念せざるを得なくなる。オバマ政権にとって最後の機会となりそうだ。TPP交渉に残された時間は少ない。

 

 

1. “U.S. Announces Hawaii as Site of Mid-March TPP Informal Round”, Inside US Trade, February 20, 2015.
2. TPAの詳しい解説は、滝井(2007)を参照。
3. USTR, “TPA Puts Congress in the Driver’s Seat”, Trade Benefits America, January 27, 2015. フロマン代表がTPA法案の早期可決を議会に要請。
4. Boehner, J. and McConnel, M., “Now We Can Get Congress Going”, The Wall Street Journal, November 5, 2014.
5. 民主党のワイデン同委員会筆頭理事が、TPAの成立後でも大統領が出してきた通商協定案を条件付きで議会が修正できるような条項の追加を求め、共和党がTPAの骨抜きだと反発している。「日本経済新聞」2015年3月4日付。
6. “Hatch Says Congress Won’t Consider TPA Before April”, Inside US Trade, March 6, 2015.
7. 票読みの分析については、JA全中農政部(2015)「米国のTPAの行方と今後のTPP交渉について(前篇)」『国際農業・食料レター』No.179.
8. 背景には、日本のTPP参加や中国の将来的な参加による影響を懸念する自動車業界からの圧力が働いている。米国の産業界では、アベノミクスの大胆な金融緩和は意図的な円安誘導だとの批判が多い。
9. ライアン委員長を団長とする米下院超党派議員団による日本記者クラブの会見(今年2月9日)でも表明。(http://www.jnpc.or.jp/activities/news/report/2015/02/r00030501/
10. “Fast Track Authority a ‘Close Call’ in US Congress”, Reuter, February 23, 2015.
11. オバマ大統領は今年2月24日、共和党支配の議会上下院が可決した原油パイプラインの建設推進法案に拒否権を発動した。オバマ政権と議会の対立が深刻になるとの懸念がある一方、共和党がTPP交渉妥結に向けたTPA法案でオバマ政権に歩み寄るための布石との穿った見方もある。拒否権を誘発し対決色を出せば、「是々非々」の姿勢を鮮明にすることができ、TPA法案でオバマ政権に歩み寄りやすくなる。「日本経済新聞」2015年2月26日付。

参考文献
Fergusson, I.F.,“Trade Promotion Authority (TPA) and the Role of Congress in trade Policy”, CRS Report , January 23, 2015, RL33753.
Fergusson, I.F., McMinimy, M.A. and Williams, B.R., “The Trans-Pacific Partnership (TPP) Negotiations and Issues for Congress”, CRS Report, January 30, 2015, R42694.
石川幸一・馬田啓一・木村福成・渡邊頼純編著『TPPと日本の決断』文眞堂、2013年。
石川幸一・馬田啓一・渡邊頼純編著『TPP交渉の論点と日本』文眞堂、2014年。
馬田啓一・浦田秀次郎・木村福成編著『日本のTPP戦略』文眞堂、2012年。
馬田啓一「TPP交渉とアジア太平洋の通商秩序」『国際問題』2014年6月号、No.632。
馬田啓一「正念場のTPP交渉と日本の対応:合意への道筋」『季刊国際貿易と投資』No.96、2014年夏号。
浦田秀次郎・木村福成「正念場のTPP交渉:関税撤廃、日本に重い責任」『日本経済新聞』経済教室、2015年1月13日付。
滝井光夫「大統領の通商交渉権限と連邦議会」『季刊国際貿易と投資』No.69、2007年秋号。