ITIコラム

2017年1月11日

 

トランプ新政権でNAFTAはどうなるか ~北米戦略の方向性を探る~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

メキシコへの投資を阻止

トランプ次期大統領の過激な投稿が話題を呼んでいる。報道によれば、トランプ氏は1月5日の自身のツイッターにて、約10億ドル規模のトヨタのメキシコ工場新設について撤回を求め、その代わりに米国に工場を建てるように求めた、とのことである。

直前には、フォードが16億ドル規模のメキシコのアセンブリー・プラントの新設を撤回し、ミシガン州で電気自動車(EV)を作ると発表したばかりである。また、米国の空調機器メーカーのキャリア社は、インディアナ州の工場をメキシコに移転する計画を断念し、その1,400人の雇用維持をトランプ氏とペンス次期副大統領(インディアナ州知事)との間で合意している。インディアナ州は同社に助成金を支出する見込みである。また、フィアット・クライスラー(FCA)は1月8日、米国に10億ドルを投資し、2,000人を雇用すると発表した。

こうした動きに対して1月9日、GMのバーラCEO(最高経営責任者)は、メキシコでの小型自動車の生産は数年前から進めている長期計画に基づくものであるため、変更の予定はないとインタビューに答えた。GMはメキシコでの生産により同じ車種を生産している米国の従業員の一時解雇を計画しており、トランプ氏は米国で生産しなければ高い関税をかけると警告していた。そして、トヨタは同日、今後5年間で米国に100億ドルを投資すると発表した。

トランプ氏は、労働者の雇用を確保するため、フォードやGMのメキシコへの投資をブロックすることを公約に掲げていた。トランプ氏のこうした企業への介入は今後とも続くものとみられる。トランプ氏は大統領選挙のキャンペーン中に、メキシコに対しては、NAFTA(北米自由貿易協定)による米国の対メキシコ投資により、米国の雇用機会を失っただけでなく、不法な移民によっても米国民の職や社会不安が脅かされているとして、メキシコからの輸入に35%の関税を賦課する可能性を表明していた。

こうした圧力に対して、フォードやキャリア社及びフィアット・クライスラーだけでなく、トヨタにおいても、トランプ氏に米国の経済成長と雇用の確保で協力する姿勢を示したわけである。すなわち、このような動きが外国企業にまで及んでおり、対メキシコ投資などのNAFTA問題は日本企業の北米戦略に大きな影響を与えることになる。

日本企業の対メキシコ投資は自動車産業を中心に活発化しており、TPPの行く末が不透明になっただけでなく、NAFTAを利用した対米輸出にも黄信号が点滅している。したがって、トランプ次期政権やカナダ・メキシコ両国のNAFTAへの対応には十分な目配りが必要である。

NAFTAの効果と影響

米加自由貿易協定(CUFTA)が1989年に発効し、その後にメキシコを加えたNAFTAが1994年に発効した。NAFTAの北米間の貿易と投資に与えた影響は大きい。米国とカナダ・、メキシコとの往復貿易は93年から2015年の間に4倍に増加した(2015年1.1兆ドル)。ただし、米国の両国との貿易赤字も大幅に拡大している(2015年762億ドルの赤字)。

NAFTAの雇用や経済成長に与えた影響にはいろいろな試算結果がある。Economic Policy Instituteによれば、NAFTAは米国製造業の85万人の雇用を奪ったとしている。一方では、米国商工会議所は500万人の雇用を生んだとしている。Congressional Research Service(議会調査局)は、米国の経済成長には少しのプラスの効果を与えただけであるが、製造業にはサプライチェーンによる競争力の拡大をもたらしたと評価している。

NAFTAのサプライチェーンの重要性を物語る象徴的な出来事として、2001年の同時多発テロ事件の事例を挙げることができる。9/11のテロ攻撃が発生した時、米国はカナダ・メキシコ国境を封鎖したため、メキシコからの部品に依存していたミシガンの自動車工場はシャットダウンせざるを得なかった。タイの大洪水や東北大震災で生じた自動車部品などの供給ストップが、NAFTAでも起きていたのである。

これは、NAFTAのサプライチェーンが強固に築かれているため、もしも米国がNAFTAを離脱し、メキシコへの35%の関税を賦課するようなことがあれば、大きな損失を被ることを意味している。

NAFTAからの離脱や再交渉はあるか

トランプ次期大統領はメキシコに対して35%の関税を賦課する場合は、WTOやNAFTAから離脱する可能性を示唆している。米国がNAFTAを離脱するには、相手国に対して6か月前の事前の通告が必要である。米国が離脱しても、形式的にはカナダとメキシコがNAFTAにとどまることができるが、最大の市場を失ったNAFTAには、あまり魅力がない。

しかしながら、米国がNAFTAを離脱しても、カナダには米加FTAがある。米加FTAは関税面ではかなり自由化されているため、それほど困ることはない。米加FTAとNAFTAが違うところは、原産地規則(北米原産割合の規定)でNAFTAの方が厳しいことや、企業が国を訴えることができるISDS条項が米加FTAにはないことである。

むしろ、カナダにとっては、ISDS条項が無くても構わないところがある。これまでのNAFTAでのISDS条項の成果は米国企業の勝率が2016年10月現在で26%(勝訴8件/提訴件数31件(このほかに19件係争中))であるのに対して、カナダ企業は0%(0件/17件)であるからだ。これは、メキシコ企業も0%(0件/2件)で同様である。

米国としては、NAFTA域内のサプライチェーンを考慮すると、離脱はNAFTA問題の解決には少しハードランディングである。現実的には、NAFTAは22年を経て少しオールドファッションになっているので、再交渉することにより新しい衣を着ることが考えられる。

再交渉の中味は何か

もしも、NAFTAの再交渉が行われるとしても、米国が関税引き上げや相手側の市場開放を迫る交渉などにおいて、必ずしも圧倒的に優位な立場に立つとは限らない。カナダやメキシコ側も攻撃の手を持っているのである。しかも、事前にTPP交渉において、これまでのNAFTA交渉でできなかった点を改善・追加しているのである。

再交渉では、カナダは米加間で懸案であった針葉樹材協定(ソフトランバー)の問題を取り上げることは確実である。これは、国有地などから伐採するカナダ材がコスト面で優遇されているため、米加間でこれまで何度も紛争があったことが背景にある。針葉樹材協定は2006年からスタートし、2015年に失効したが、カナダ側が対米輸出時に最高15%の輸出税を課すことを定めたものである。カナダ側は同協定の失効に伴い、更新するかどうかの交渉の機会をうかがっていた。

これに対して、米国側は、カナダの家禽類や酪農製品の供給管理政策(生産や輸出をコントロールする政策)やカナダの文化政策(テレビ番組や教科書の作成において一定量のカナダコンテンツを求める規定)などの分野での再協議を求めると思われる。それに、NAFTA交渉が思うようにいかない場合は、NAFTAからの離脱だけでなく、米加FTAのスクラップもちらつかせるという戦術をとることも考えられる。

また、米国のメキシコへの対応として、対メキシコ投資を減らすためには、メキシコとの労働コストの格差を埋めるような対策を講じることが考えられる。35%もの関税が難しければ、その代わりにNAFTA交渉で積み残した環境・労働者保護の強化を求めることにより、メキシコ側の労働コストを引き上げることが可能だ。

一方、メキシコはメキシコ産砂糖の米国における数量割当枠の拡大やメキシコのポテトの保護などを要求すると見込まれる。また、メキシコとカナダはバイアメリカン法で守られている米国の政府調達市場への参入を強く求めると思われる。トランプ次期大統領は、米国の経済成長を促すため、インフラ投資の拡大を公約しており、この支出プログラムは米国の政府調達市場の開放をより魅力的なものにしている。

カナダ・メキシコはNAFTAにどう対応するか

トランプ次期政権はTPPからの離脱を示唆しているが、米国とカナダ・メキシコとのNAFTAの再交渉があるとすれば、皮肉なことには、その時にはTPP協定を手本としなければない。メキシコのニエト大統領は、メキシコはNAFTAの既存の条項の再交渉はしないが、近代化のための協議は喜んで行うと表明している。NAFTAの再交渉に関しては、カナダのトルドー首相も同様に喜んで応じるとしている。

カナダ・メキシコ両首脳の発言には、既にTPPにおいて、環境や労働に関する協議を行い、NAFTAで実現できなかった内容まで合意しているという背景がある。また、環境・労働にとどまらず、TPPはeコマースや国境を越えたデータ取引などを規定しており、知的財産権やインターネットの自由化を推進するという意味で、NAFTAの近代化に必要な条件を含んでいる。

こうした、カナダ・メキシコ側の姿勢に対して、米国側の通商の責任者であるピーター・ナバロ氏(新設の国家通商会議トップ)やウィルバー・ロス次期商務長官はNAFTAの近代化の必要性を認識したうえで、TPPの環境や健康・安全基準は十分に満足できる水準に達してはいないと主張している。また、両通商責任者は、今後に交渉する通商協定は、もしも貿易利益が公平に配分されない場合は、迅速な対抗手段の引き金(トリガー)と自動的な再交渉を含むものになることを要求している。さらに、通貨操作や知的財産権の侵害に対しては厳格な制裁措置を講ずる構えであるし、今後の通商協定は米国の貿易を拡大し赤字を減らすものでなければならないとしている。

すなわち、トランプ次期政権は、これまでの共和・民主両党が進めてきたグローバリズムと決別して、明らかに米国の利益を第1とする新たな通商政策に漕ぎ出したと考えられる。

いかに北米戦略を立て直すか

それでは、日本としては、トランプ氏の企業介入などのNAFTAへの対応に、どのような北米戦略でもって立ち向かわなければならないのであろうか。

北米戦略を検討する上で、まず想定されるトランプ新政権のNAFTAへの対応のシナリオを考えると、第1に、NAFTA離脱のケースを挙げることができる。可能性としては低いものの、この場合は、NAFTAによる関税削減のメリットを利用できなくなるため、メキシコやカナダからの自動車・同部品などの対米輸出にブレーキがかかることになる。このため、日本企業のNAFTAを利用した対米輸出戦略は見直さざるを得ない。

第2には、NAFTAの再交渉を開始するケースが考えられる。再交渉は、米国が自動車・同部品を対象に期限付きで関税を引き上げ (例えば15%)、環境・労働基準や原産地規則を厳しく強化する、などの日本にとってマイナスの影響をもたらすことが見込まれる。しかし、他方では、政府調達やeコマースなどの分野においてNAFTAの機能を高める効果も期待できる。このため、マイナスとプラスの影響が混然一体となって現れることが予想される。NAFTAの再交渉は2~3年の長丁場になる可能性があり、直ちにその結果が日本企業の活動に反映されることはない。しかも、再交渉そのものが必ずしも合意に至るという保証はない。

第3には、トランプ氏の企業介入が予想以上の成果を発揮して、NAFTA離脱・再交渉が流れてしまうこともありうる。

したがって、日本企業の対応として、米国のNAFTAからの離脱の可能性を確認するためには、通商交渉の責任者の言動や、6か月前の事前通告の動向を注意深くウオッチすることが必要になる。そして、北米3カ国がNAFTAの再交渉に入る場合は、日本企業には政府調達や環境・労働などの取り決めの内容をしっかりと把握することが要求される。

その結果、離脱の場合は特にそうであるが、再交渉の場合においても、その中味によっては、日本企業はNAFTAを利用した北米域内の貿易取引から第3国を経由した対米輸出に切り替える必要があるし、対メキシコ・カナダ投資などから対米投資への転換を求められることになる。

一方では、再交渉の結果によっては、新たな北米でのビジネスチャンスが生まれる可能性もあるので、その場合は積極的な攻めの姿勢が必要になる。米国経済の持続的な成長が見込まれる中で、北米市場の魅力が増していることは事実である。

トランプ新大統領は必ずしも自由貿易を否定しているわけではないが、アメリカ第1主義に基づく国益の確保を最優先にしている。特に就任後の1~2年はその成果を追求することになるので、その間の当面の日本企業の北米戦略として、従来にも増して米国の意向に耳を傾けながら慎重に行動することが考えられる。

もしも、NAFTAの再交渉が行われたならば、2~3年はその交渉結果が実現されないと思われるので、その間に日本企業にはその関連情報を徹底的に分析し、それに見合う米国を中心とする北米市場向けの最適な生産販売や域内外の調達戦略を再構築することが期待される。また、NAFTA離脱も再交渉もない場合は、常にトランプ新政権の動きを読み続け、守りと攻めを柔軟に使いこなしながらNAFTAの活用を進めることが肝要である。

 

(参考文献)

「NAFTAを読む」、ジェトロ編集、日本貿易振興会、1993年:この本は筆者がジェトロ海外調査部米州課に在籍していた時、海外調査部のスタッフと一緒にNAFTAの影響や条文の解釈をまとめた最初の本である。

トランプ政権の経済通商政策と日本の対応 ~TPPの批准やRCEP交渉の現状と今後の行方~」、国際貿易投資研究所(ITI)コラムNO35、2016年11月17日

「対談:トランプ新政権をめぐる米国経済の展望 (その1)(その2)」、国際貿易投資研究所(ITI)フラッシュ、2016年11月25日