一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2016/11/25 No.305対談:トランプ新政権をめぐる米国経済の展望(その1)

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

―――まずはトランプのアメリカ第1主義登場をどう受け止めますか。(文中敬称略)

滝井:

トランプの当選は、全く予想外のことでショックを受けました。同時に、今後アメリカの政治、経済は一体どうなってしまうのか、心配になりましたね。また、トランプを当選させたアメリカの政治社会状況、とりわけエスタブリッシュメントあるいはグローバリゼーションに対する国民の反感が、いかに根強いものであるかを改めて思い知らされました。ただ、トランプが主張していることをそのまま全て実行したら、世界経済は保護主義化し、世界の政治経済体制も壊れてしまう。ですから、そのままやるはずはないとは思いますが、とにかくやらせてはならない。問題は、選挙中の主張のどこを取って、どこを落としていくかということでしょう。

その点、トランプ新政権の基本的な方向性を見る上で、トランプが11月9日午前3時に行った勝利演説が重要に思います。今までの選挙キャンペーンで言っていたことを翻すように、私はアメリカの右も左も、保守も革新も、全部を束ねた大統領になると冒頭で述べ、2つの重要なことを言っている。1つは、アメリカ第一主義。2つ目は対外関係における公正、フェアの重視です。ただし、この演説では触れていませんが、反グローバリゼーションとか、ネイティヴィズム(排外主義)などの考え方の基本はやはり生きているのではないかと思いました。しかし、選挙戦のときと違って、発言は非常に温和に感じました。

それから2日後にオバマ大統領と会談した。これもびっくりしました。何でオバマ大統領がこれほど早く次期大統領と会談するのか。トランプに牽制球を投げておくという意味があったかもしれません。ホワイトハウスで和気あいあいと話しているところをテレビで見ると、トランプも大分変ったんじゃないか、トランプは言っていることとやることがかなり違ってくるんではないかと感じました。日本の新聞を見ると、実業界の方々は、トランプの政策をそのままやるはずはないし、若干修正した形で徐々にやっていくではないかとやや安心感が広がっているように見えます。 しかし、それはちょっと安心のし過ぎではないでしょうか。トランプが選挙中に言ってきたことというのは、明確な事実ですから、選挙キャンペーンで言ったことが、例えば半分でも実現されないということになれば、えらいことになる。トランプを支持した白人のブルーカラーの人たちは1年経ったときに、雇用が増えない、所得も増えない、生活も豊かになっていないとなれば、怒りだすに決まっている。そうなると、アメリカはどんどん逆回転を始めて、状況はますます悪い方向に向かう。アメリカの分裂、対立する溝がさらに深まってしまうのではないでしょうか。ですから、トランプがこれからどうやっていくか、しっかりと注視していかなければならないと思います。

―――アメリカはNAFTAの経済効果をどう評価しますか、見直しはどうなりますか。

高橋:

私を含めほとんどの人がトランプ氏は落選するんじゃないかと思っていただけに大変驚きました。これにより滝井さんがご指摘したように、世界は保護主義化に向かうということで、日本の通商戦略もかなり修正を余儀なくされるのではないかと思います。

日本の通商戦略としては、TPPをテコにして、RCEP、日中韓FTAなどを進めて行き、環太平洋とか、それから東アジアでのサプライチェーンをきちんと築き上げていこうというのが考えられます。これが、TPPをテコにしたところがころっと抜けるので、日本としては大きくFTA戦略の変更を余儀なくされたということが、まず大きなポイントかなと思います。

それで、実はカナダの方を見てみますと、現地報道によりますと、カナダではNAFTAの再交渉が、最大の問題として受けとめられています。カナダ、メキシコは、1994年にNAFTAを結成したのですが、この再交渉を20年を経て求められたということです。これはトランプ氏の考えでは、カナダやメキシコに、アメリカから自動車産業などの投資がどんどん進んでいって、アメリカの雇用が大きく減る。こうして雇用を失い、それに伴って経済成長が低下してくる。そういうNAFTAの実態がアメリカに不利になっているために、再交渉を要求したという理屈です。

カナダは、これに対して積極的に反応しまして、直ちに再交渉オーケーと言っています。日本の立場では、TPPがファーストになるけれども、カナダの場合は、TPPよりも、まずNAFTAを死守するということが大事だという動きに変わってきているようです。これはメキシコも同じようで、メキシコの大統領もNAFTA再交渉は全く辞さないと表明しています。

ではカナダはTPPをどう考えているかですが、日本と違ってまずNAFTAが1番で、むしろTPPというのは後回しにして、その次は2国間交渉ですね。カナダと日本だとか、カナダとTPP加盟国との2国間交渉を優先していこうという動きが出ているぐらいです。ですから、今回のトランプ氏の当選の影響が、日本の通商戦略だけでなくて、カナダ、メキシコの通商戦略に非常に大きな影響を及ぼしています。カナダとしては、トルドー首相が電話会談で、トランプにカナダにまず来てくださいということを言っているようです。最初のアメリカの大統領の最初の外交訪問地にカナダが選ばれる可能性があるというわけです。

トルドー政権というのは、日本と全く同じで、100%クリントン支持だったらしいです。このため全くトランプ大統領を想定していなかった。びっくり仰天だったようです。トランプ氏との政治家同士の交流は殆どないというのはカナダも日本と同じです。経済界もあれだけ国境が広い割には、トランプ氏との交流はなかったようです。

滝井:

NAFTAの経済効果に関する分析はアメリカ政府や議会でも行われており、NAFTA発足10年とかいう形で、報告書が出されています。民間もいろいろやっています。大方の見方は、NAFTAはアメリカ経済にとってプラスであって、決してマイナスではないというもので、トランプの主張を否定しています。共和党系のケイトー研究所なども全面否定ではないと思います。

滝井:

トランプの主張は、アメリカの企業がメキシコに進出してアメリカの雇用を減らしているうえに、アメリカはメキシコで生産したものを輸入している。そこが一番けしからんと言っています。しかし、アメリカの企業からすれば、例えばフォードは確かにメキシコに新しい工場を建てるけれども、アメリカの雇用を減らしてまでメキシコに新工場を作っているわけではない。アメリカの雇用は維持した上でメキシコに進出していると反論をしています。ほかの企業も同様です。トランプが言っていることは問題の一面だけを取り上げ、被害を強調し、メキシコへの部品の輸出や輸入の雇用拡大効果には目をつぶって、ブルーカラーに保護主義をけしかけています。

―――対墨、対中への高関税設定はあり得るでしょうか、またどう影響しますか。

滝井:

ピーターソン国際経済研究所は、トランプは中国に対しては45%、メキシコに対しては35%の関税をかけると言っているけれども、そんなことをすれば、アメリカはリセッションに陥り、480万人の雇用が失われると報告しています。現実に、もしそういう一方的に関税を引き上げるようなことをやると、アメリカに対する経済的な不利益はものすごく大きい。それを全く言わないで、あるいは全く無視して、労働者の支持を得るためだけに、「NAFTAはけしからん」という言い方は、共和党の大統領候補としては許しがたいと私は思いますね。

高橋:

今ご指摘があったように、トランプ氏は、雇用の削減、経済成長への悪影響ということが自由貿易主義によってもたらされていると考えています。要するに空洞化が起きて、労働者の職が奪われてしまうのだと言っている。それをNAFTAとか、TPPという自由貿易主義がそれを助長していると力説しています。ただ事実を見ると、実際のアメリカのGDPの8%強は輸出に依存しているわけですので、もしも自由貿易主義が立ち行かなくなれば、当然景気が減退する。しかも保護貿易を採用して、中国に45%、メキシコに35%の関税をかければ、輸入がストップしてしまう。輸入がストップするということは、そうするとアメリカは生産ができなくなって、むしろ経済が停滞するということになるかもしれないですよね。リセッションになるかもしれない。それがはね返って世界経済に悪影響を及ぼす。保護貿易主義がそういう形で、世界経済をスランプに導く可能性があるということです。ですから、そういったことの経済的な側面を、やはりもう少し、トランプ陣営に訴えていくことが必要だと思います。

実際問題として、自動車の例を見るとアメリカはかなりの中間財をカナダだとかメキシコに輸出している。両国で中間財を使って完成品を生産し、アメリカに輸出している。だから、むしろアメリカとカナダ、メキシコとは補完関係にあると言ったほうがいい。そういう形でNAFTAというのは北米全体の貿易をリードしてきて、かなり90年代、2000年代の経済成長に貢献したというのは、数々の研究所の指摘するところですので、そういった客観的な事実をもう少し訴えるというのが一番大事でしょう。

―――アメリカ経済の体力は高関税を必要とする程低下しているのでしょうか。

滝井:

雇用、ジョッブがあるかないかというのは、アメリカの労働者にとって、非常に目に見える、理解しやすい問題です。トランプは製造業の復活と言いますが、これは非常に分かり易い。しかし製造業の復活なんて言っても、アメリカの製造業は今やGDPの1割程度しか占めていない状況です。雇用だって、今はサービス産業の時代でしょう。すでに70年代の終わりぐらいから第3次産業の時代です。そうした状況は、なかなか肌身で分かりにくい。だからトランプはラストベルトの労働者に向かって、製造業による雇用の回復を進めるなどと言っていますが、そういう主張は現実離れしています。農業とか製造業以外の、サービス産業の重要性を全然理解していない。いまやアメリカ経済はサービス産業があっての製造業であって、製造業があってのサービス産業という状況ではありません。

アメリカのサービス産業は、世界最大の競争力があり、輸出額も世界最大です。サービス業の貿易収支の黒字額はどんどん増えている状況ですから、サービス業の未来は非常に明るい。しかし、それに従事している人たちは、ブルーカラーではなくて、ホワイトカラーやインド人など技術力のある移民の人たちです。アメリカの製造業を支えてきた人々、かつて民主党を支持で来た人たちが民主党からどんどん離れて行ってるんでしょうね。

滝井:

しかし、共和党も職を失った労働者の教育とか、再訓練とかに熱心ではなかった。例えば貿易促進権限法(TPA)を復活させるときでも、貿易調整援助(TAA)の予算が共和党の反対でなかなかつけられないときがありました。共和党は大きな政府に反対し、財政赤字が増えるのを嫌い、労働者の自主努力を強調して、TAAのような政策を推進して来なかったことが間違っていたと思います。

高橋:

私も、サービス産業というのは非常に大事なのに、トランプ陣営は、労働者ということを守るという大義から、物のほうに論点を重点的に展開していると見ています。アメリカというのは本当にサービス産業の競争力が高くて、ディズニーランドにしても、弁護士、会計士、そういった専門サービス、それからITや金融サービス。そういった全体が非常に圧倒的な力を持っているので、こういったサービス産業の自由化というのは非常に重要な問題です。

サービス産業の自由化は、NAFTAでもちゃんと規定しているわけですし、それからTPPでもきちんとした形で協定の中に盛り込んでいるわけです。むしろアメリカは、そういった物の取引で雇用を失うというふうな考え方じゃなくて、自分の強い競争力を生かす意味でも、TPPやNAFTAなどを用いてサービス産業の自由貿易を生かす方向へと新政権を運営していくべきだと思います。

滝井:

TPPはそういう面を強化する措置もたくさん盛り込んでいるわけですが、それを否定するというんですから話にならないですね。

滝井:

確かにアメリカの製造業も、鉄鋼業に代表されるように非常に衰退している部門もありますが、生物製剤といった医薬品産業など競争力のある部分がたくさんあります。ただ、それが我々の生活の中ではなかなか目につきにくい。このため、米国の製造業の競争力は一体どうなっているんだと言われるけれども、実際に競争力のある分野は多いですね。

高橋:

私もそう思いますね。アメリカの航空宇宙産業、それからインテルのような半導体産業でも競争力が強いですね。また、例えば自動車にしても、衰退産業に見られていますが、テスラ社のような、電気自動車では、IT技術を使った新しい自動車産業に対する挑戦が始まっています。製造業がアメリカでもう弱まっているという見方は的を射てないような気がします。確かに製鉄のような衰退産業、それから繊維だとか、そういうところはあると思いますけれども、全体を見ると依然として競争力がある分野があるし、しかもアメリカの製造業というのはサービス産業と結びついて競争力を強化している。

例えば製造を委託して、例えばスマホの設計はアメリカでやって、製造は中国でやって、そういったものの販売はアメリカがやるというふうな分業でもって、製造業とサービス産業をうまく活用して販売を活発化している。そういう面があると思いますので、一概に製造業が衰退しているということではなくて、そういった部分のために、むしろ自由貿易主義は物を売っていくという面でも、私は非常に重要なんじゃないかと思います。

滝井:

1970年代の後半ぐらいから、アメリカの製造業は、何とか改革していかなければならないといって、日本の生産方式から学べとか、生産性を向上しなければと言って、Productivityといった言葉が日常的に語られるようになった。競争力をいかに強化すべきかといった研究もなされ、いろいろ本も出版された。そういう風潮が今はもう全然なくなってしまった。これはやっぱり時代の趨勢でしょうが、アメリカの鉄鋼業を1960年代に戻そうなんていう考え自体、意味がないと知るべきです。

―――トランプはTPPを否定していますが、今後のTPP及び広域FTAの行方をどう見ますか。

滝井:

TPPはレームダック会期で何とか成立するのではないかと考えていましたが、それがやっぱりだめになってしまったのは、非常に残念です。やっぱりだめかと思ったのは上院で民主党が多数を取れなかったと分かった時です。民主党が上院で多数を奪回すれば、トランプになろうとヒラリーになろうと、要するに難しい問題が先送りされる前に、今議会中に成立させることになるだろうと踏んでたのですが、上院で共和党が多数を維持したので、もうこれは諦めざるを得ないと思いました。新政権でも、今のままの協定ではだめでしょうから、結局TPPがこのままの形で批准されることはまずないと思います。では、メキシコなどが言うように、アメリカを除いて、11カ国だけ合意するというのはどうか。TPP協定を交渉し直さなければならないし、可能性は低い。要するにTPPは、近い将来も含めて絶望的になったように思います。

高橋:

今の全体の協定はアメリカを含めたものだから、アメリカが抜けると、もう一回全部チャラでやり直さないといけない、こういうことですね。

私はちょっと違っていまして、アメリカがこういうふうになって、日本の立場としてどうなるかということを考えてみたんですけれども、日本としては当然、今度、安倍総理がトランプさんに会って、TPPの批准を強く訴える。これが第1の戦略。日本の次の戦略としましては、やはり再交渉というのをやっぱり考えるべきだと私は思います。なぜ再交渉を考えるべきかというと、アメリカというのは、協定締結に時間がかかる場合がある。2007年に米韓FTAを締結して、実際に議会で承認されたのは2011年ですので、4年かかっているんですね。ですからその間、再交渉の議論が戦わされていて、韓国側が自動車産業の協定の修正を呑んで協定に至った。それもサイドアグリーメント(side agreement)という形で行われたんです。

高橋:

ですから、サイドアグリーメントという形でも何でもいいですけれども、今回、もしもTPPが、滝井さんのおっしゃるように、ほとんど批准はだめだということであれば、名前を変えても、TPPでなくてもいいと思うんです。別な名前でもいいですから、そういったものを再交渉してやるというふうな方法もあると思います。

高橋:

いずれにしても、アメリカを巻き込むことが大事ですね。そうやってやるということが1つの方策かなと。セカンドベストというものですね。あとは、例えばカナダが主張していますが、2国間FTAを進めるということもあり得るかなと。そうなると、やはり日米FTAですね。日加FTAを今交渉中ですので、こういったものをTPP加盟2国間で積み上げていくというスタイルもあると思います。そういうふうなことも考えられますので、TPPにおいては再交渉という選択の可能性もやっぱり日本としては模索すべきじゃないかというのが私の意見です。

滝井:

可能性を模索し続けるべしという意見には賛成です。

ただ、ピーターソン研究所の報告書を読むと、トランプが主張するようにNAFTAはだめ、TPPもだめとなると、アメリカが各国と結んでいるFTAは全て否定されることになるのは、当然の帰結だという。そうなると、再交渉なんてあり得ない。ただ、米国以外の国がFTA網を構築して、アメリカに対して包囲網を組んでいくと、状況は変わるかもしれない。その戦術はよく考えなければならないけれども、このままTPPをだめにしたままにするのはもったいなさ過ぎますね。

その2に続く

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