フラッシュ

フェアトレードコーヒーをどうぞ


内多 允(ITI客員研究員)

我々が飲むコーヒーの値段は下がっているとは思えないが、原料であるコーヒー豆の価格は急激に低下している。世界のコーヒー豆栽培農民の生活はただでさえ苦しいのに、相場下落がこれに追い討ちをかけている。その具体例を英国のNGOであるOxfamが今年5月に発表した世界のコーヒー産地の実態報告(Bitter Coffee:How the Poor are Paying for the Slump in Coffee Prices)から、メキシコについて紹介する。メキシコ南部のチアパス州での実態調査地域のコーヒー豆価格(生産農家から現地中間業者への引き渡し価格)は最近5年間で、70%下落した。Oxfamが今年1月、現地で聴取したこの引き渡し価格は1ポンド当たり20セントから30セントである。一方、コーヒー豆1ポンドの生産原価は76セントだという。コーヒー農園の経営も苦しくなっており、賃金支給額も今年に入って半減している。メキシコ湾側のベラクルス州での農園労働者の賃金は摘み取ったコーヒー豆1kgについて10セントの割合による出来高払いである。これによる平均的な日給は1ドルから2ドルである。この日給で家族を養う生活水準は、1杯2ドル以上はするコーヒーを平気で飲む先進国では想像することすら難しいだろう。1ドルと言えば、世界銀行による極貧ラインでは1人1日の生計費が1ドル以下を指している。

生活を維持出来ない農民が、コーヒー栽培を見限るケースが増加している。Oxfamによれば、チアパス州では他地域に移住する農民は毎週500家族に上ると推定されている。主な移住先は平均日給が4ドルになる米国国境に近い北部地域である。また、米国に不法入国を試みる者もいる。米国アリゾナ州の砂漠で今年5月、メキシコから密入国した14名が死亡したが、その半数がベラクルス州のコーヒー栽培農民だった。

(1) フェアトレードコーヒーが農民の苦境を救う

開発途上国のコーヒー栽培農民に救いの手を差し出したのが、フェアトレード(Fair Trade)組織である。フェアトレードの概念は、生産者に自立可能な所得を保証する価格で取引することである。フェアトレードの運動は欧州や米国のNGOが発展させてきた。その対象商品も途上国の農産物や民芸品など多岐にわたっている。世界最大のコーヒー消費市場である米国では、フェアトレードコーヒーの取引が拡大している。
米国のフェアトレードコーヒーで活躍しているFairTradeUSAとその提携組織は2000年9月、コーヒー豆の取引条件を発表した。これによると農民への支払額はコーヒー豆1ポンドにつき最低1ドル26セント、買い付け業者は出荷前に代金の60%を支払う義務が課せられる。相場が前記の最低保証価格を上回ると、農民はコーヒー豆1ポンドにつき5セントのプレミアムを受け取る。フェアトレードでは、コーヒー豆生産地の中間業者は排除されるので、農民が組織する協同組合から買い付けられる。フェアトレードコーヒーの価格が生産原価や生計費を考慮してしており、しかも出荷前に60%が前払いされることも、農民への収入増を可能にしている。また、中間業者の排除によって、コーヒー原料豆の価格が国際相場より割高になる分も相殺されると考えられる。

FairTradeUSAがインターネットで紹介した報道(2001年4月17日付Chicago Tribune紙記事)によると、フェアトレード向け農民の収入は加入している協同組合への支払いを差し引いて、コーヒー豆1ポンド当たり1ドルから1ドル10セントを得ている。これに対して従来型の取引をする農民の収入は約30セントにすぎないと指摘している。同報道では世界のフェアトレードに関係している農民は21カ国で、55万人に上り300の協同組合が組織されており、ブランド数は130を越えると伝えている。

フェアトレードコーヒーの運動は環境保護活動にも関係している。フェアトレードコーヒーの普及に取り組んでいるNGOは、コーヒー豆の栽培方法にシェイド・グロウンコーヒー(shade grown coffee 日陰で栽培されたコーヒー)を積極的に導入している。これに対して商業的なコーヒー生産拡大の方法は森林の樹木を焼き払った農地で、サン・グロウンコーヒー(sun grown coffee)の収穫拡大を目指すことである。これに対して、シェイド・グロウンではコーヒー豆は自然の森林で栽培される。赤道を挟んで南北の緯度25度は、コーヒーベルトと呼ばれる熱帯雨林地帯である。熱帯雨林で森林が焼き払われた直射日光を浴び続けると、土壌は確実に劣化する。森林は動物の生息地でもある。しかも、定住動物だけではなく、渡り鳥の生活拠点にもなっている。熱帯雨林を維持することは渡り鳥を通じて他地域の生態系を守ることになる。コーヒー豆栽培農地の開発については、サン・グロウンがシェイド・グロウンを上回るスピードで進められていることが環境を破壊すると心配されている。

サン・グロウンでは化学薬品である農薬の使用量が多い。シェイド・グロウンでは農薬と並んで化学肥料の使用量も少なくなり、農民の負担が軽減される。これは健康や環境に敏感な消費者にもシェイド・グロウンコーヒーが、評価される理由になっている。同様の理由で、有機栽培コーヒーへの関心も高まっている。シェイド・グロウンコーヒーや有機栽培コーヒーの市場性については、コーヒー産業界も期待している。国連食糧農業機関(FAO)のデータによると1994-2005年の期間における世界のコーヒー輸出量と消費量の年平均伸び率は、前者が2.7%に対して後者は1.6%にすぎない。世界最大のコーヒー輸入国である米国の消費量は0.5%である。コーヒー業界はこのように量的な拡大が低迷する時代を迎えて、付加価値の高い商品開発に活路を見出そうとしている。それには、フェアトレードが開発しているシェイド・グロウンコーヒーや有機栽培コーヒーも有望視されている。

フェアトレードコーヒーの商品化にはさまざまな組織が、参画している。先ず、フェアトレードコーヒー生産地では農民の協同組合が組織される。場所によっては、農民の組織化を警戒する状況が依然として残っている。協同組合結成には現地のNGOや国際的なネトワークを持つNGOが支援している。例えば、メキシコ南部のチアパス州ではCAREやCI(Conservation International)といった世界各国に組織を持つNGOがフェアトレードコーヒー生産のために協同組合の結成や、コーヒー豆の輸出への支援活動を行っている。CAREは開発途上国の貧困問題や人権擁護に、CIは世界の環境問題にそれぞれ取り組んでいる。

グアテマラではカトリック教会が同様の活動を行っている場所がある。ここでは、自作農地を持たない先住民系農民のためにフェアトレードコーヒー向けの農地を確保して、協同組合を結成する対外的な交渉を教会の牧師が受け持った。地域に密着して農民から信頼されている牧師であるからこそ、先住民系農民が組織化されることに必ずしも好意的であるとは言い難い状況の中でも実現できることであろう。因みに前記のメキシコのチアパス州も政治的には難しい問題を抱えている。北米自由貿易協定(NAFTA)が発効した1994年1月1日に、同州の先住民系農民組織が中央政府に対して農地確保等の権利回復と市場開放体制が貧富の格差を広げていることを訴えて武装蜂起をした。たとえ、このような政治的な問題がなくても、典型的な輸出農産物であるコーヒーの商品化のためには、国際的なネットワークを持っているNGOは、重要な役割を果たしている。

フェアトレードコーヒーの品質保証のために、米国では関係組織が協力して1997年に中立的な検査機関であるFairtrade Labelling Organization International(FLO)を設立した。現在17のフェアトレード組織がFLOと提携している。フェアトレードコーヒーにはFLOの認定証であるラベルが貼られている。コーヒー豆の焙煎業者がFLOのラベル使用許可を得るにはコーヒー豆1ポンドにつき10セントの認定料を支払っている。FLOの認定基準を満たすコーヒー生産のために、NGOが農民の指導から輸入国側での企業への指導、支援を行っている。


(2) 企業が後押しするフェアトレード

世界最大のコーヒー輸入国である米国では、フェアトレードコーヒーの市場拡大にもNGOが貢献している。NGOの市場開拓戦略の大筋はビジネスとキャンペーンである。ビジネスとしての市場戦略はフェアトレードコーヒーが環境や健康を配慮するシェイド・グロウンや有機栽培であることを、セールスポイントにしている。キャンペーン活動ではグローバル経済の自由競争によって、途上国の貧困が深刻になっていることを批判して、その救済に企業の協力を要求している。世界最大のコーヒー店チェーンであるスターバックスも、NGOのターゲットになった。スターバックスは2000年4月10日、フェアトレード組織からコーヒーを買い付けることを発表した。この決定には人権擁護活動のNGOであるGlobal Exchangeが全米30都市でスターバックスの店の前で、コーヒー豆栽培農民の窮状を訴える抗議活動を4月13日に予定していることを通告したことも影響している。

このようにNGOは企業に対して抗議活動と監視を継続する一方、企業の市場開拓能力を活用してフェアトレードコーヒーの販路を開拓している。グローバリゼーションを批判して抗議デモで警官と衝突を繰り返すだけでは、開発途上国の貧困は解決できない。コーヒー企業も市場原理による相場の下落を見過ごしていると、農民が生産コストも賄えない低収入の状態に陥りコーヒーの品質保持はおろか、生産をも断念することも現実化しかねない状況を迎えている。NGOは企業を敵対視することもあるが、コーヒーに関してはNGOが農民に生産意欲を喚起しつつ、市場性の高いシェイド・グロウンや有機栽培をを供給していることはコーヒー産業界にも利益をもたらしている。TransFairUSAによると、米国におけるフェアトレードコーヒーの販売量は2000年には400万ポンドに上り、前年より倍増した。2004年には全米販売量の1%に相当する2,500万ポンドになると予想している。この販売を支えるコーヒーを含むフェアトレード商品を販売する小売店は全米で、7,000店を超えると言われている。前記スターバックスでは、フェアトレードコーヒーがコーヒー販売の3%を占めているという。

米国のフェアトレードコーヒーの市場拡大には、時には対立するNGOと企業、政府の協力も貢献していると考えられる。例えば、1996年に設立されたTransFairUSAの基金はフォード財団が負担しており、政府からは非課税組織の指定を受けている。フェアトレードコーヒー生産農家を支援するNGOにも企業が、資金的な援助と並んでコーヒー豆焙煎業者や小売店が販売に進出している。これは単なる慈善事業ではなく、フェアトレードコーヒーが企業の収益源として有望商品だからである。スターバックスもフェアトレードコーヒーを昨年から販売する前から、同社が設立したThe Starbucks Foundationを通じてメキシコ等のコーヒー生産国でNGOの農民支援活動に協力してきた。

グローバリゼーションを批判するNGOといえば、警官と衝突する抗議デモの報道が目立つ。しかし、ここで取り上げたコーヒーのように企業や消費者をもパートナーとしてこそ、開発途上国の貧困問題解決に具体的な成果が得られる。感情的な対立を煽る行動では、共感を得られない。冷静な戦略を立て、大人の叡智が求められている。こういった問題を考える時には、一杯のコーヒーがヒントを与えてくれるかもしれない。そこで、たまにはフェアトレードコーヒーをどうぞ。(2001年9月10日)