ITIコラム

2013年6月27日

 

拡大するアッパーミドルを狙え
〜アジア新興国の消費市場に挑む〜

(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹 高橋俊樹

   
 

アジア新興国の消費市場が注目されている。その中で、アジアのアッパーミドル(中上位所得層)の台頭が顕著であり、今後の日本企業のアジア新興国における販売戦略に大きな影響を与えるものと思われる。

存在感を増すアッパーミドル

2007年の金融危機が表面化するまでは、世界経済は新興国を中心に大きく成長していた。BRICsなどの新興国の台頭から、2007年版のジェトロ白書(現在はジェトロ世界貿易投資報告)は、新興国の中間所得層(可処分所得が5,000ドル以上、3万5,000ドル未満)への対策の一環として、高級品と低価格品の両面戦略を打ち出した。

しかしながら、たった6年前の当時においても、高級品は当たり前として、低価格品を売り込むことは日本の戦略としてふさわしくないとの反応があった。今日では、BOP(貧困層、推定40億人以上)向けビジネスで見られるように、1日当たり8ドル以下で生活している所得階層向けの商品が脚光を浴びるようになっている。

近年の新興国における中間所得層の拡大には目覚ましいものがあるが、2007年の時点では、アジア太平洋と中東アフリカの低所得層(5,000ドル未満)の割合は依然として7割も占め、中間所得層は3割以下にとどまっていた。これに対して、中南米とロシア・東欧においては、既に中間所得層の割合が高くなっており、両地域とも6割以上であった。

アジア地域における高い経済成長を反映し、これからのアジア新興国の中間所得層は大きく拡大すると予想される。通商白書によれば、アジア新興国の中間所得層は、2000年では約2.2億人であったが、2009年には約8.8億人、2020年には約20億人になると見込まれている。

さらに、アジアにおける中間層拡大の内訳を見てみると、中国においては、2009年のロワーミドル(5000ドル〜1万5000ドル未満)の4.6億人が2020年には5.8億人、アッパーミドル(1万5000ドル〜3万5000ドル未満)が9,000万人から4.1億人に急拡大する(注1)。

インドではロワーミドルが3億人から7.1億人、アッパーミドルが2,200万人から2.8億人に拡大。ベトナムではアッパーが130万人から1,240万人へ、タイではアッパーが945万人から2,150万人へ増える。

いずれもアッパーミドル層の割合が高まる傾向にある。マレーシアでは富裕層(3万5000ドル以上)が、2009年の700万人から2020年には2,100万人に大きく拡大すると見込まれている。

この将来予想からいえることは、ロワーミドルの拡大が顕著ではあるが、アッパーミドルの層が大きく拡充することである。日本の高級品はこれまで富裕者層向けが主な対象であったが、このアッパーミドルの台頭により、その購入可能層が拡大すると考えられる。

例えば、1人当たりGDPが約1,500ドルのベトナムでは、2009年で富裕層の割合が1%、中間所得層が2割弱にも係わらず、従来から大型液晶テレビへの需要がその所得に比べて多かった。これは、ベトナムの高級品嗜好が反映されているためと考えられる。オートバイの購入においても、3,000ドル以上もする高価格品が売れている。

ベトナムで高額なテレビやオートバイが売れる理由として、賃金が上昇していることだけでは説明がつかない。ベトナムでは、海外へ出稼ぎに行く人が多く、海外からの送金が経済の規模に対して大きい。さらに、家族のほとんどが若年層も含めて働いているため、ファミリーとしての収入が多くなる。土地の値上がりなどの資産価格の上昇も、その要因の1つである。

ベトナムのアッパーミドルは、2009年から2020年にかけて1,100万人も増加する。その結果、2009年のアッパーミドルの割合はわずか1.5%であったが、2020年には13.2%に急上昇する。ますます、ベトナムの高級品志向は強まるものと思われる。

中間所得層の中でも、アジアのアッパーミドルを狙うことのメリットは、日本国内で販売している製品を基本的には活用できるということである。あるいは、国内向け製品を現地向けに少しアレンジすることにより、現地での生産や販売が可能になることでもある。

アッパーミドル層は、高級品嗜好も見られるので、販売価格の制約がロワーミドルよりも自由になる。これは、現地販売価格のターゲットを少し上昇させてもいいことになり、高級品と低価格品の両面戦略というよりも、普及品と高級品という通常の日本における販売パターンを生かせることになる。

日本から輸出すれば、現地価格は2倍近くに膨れ上がる。したがって、日本からの輸出に加えて、「現地生産」や「第3国からの調達」を組み合わせることにより、アッパーミドルを対象にする新たなビジネス戦略は、より十分に機能すると思われる。

アッパーミドル向け商品とは

新興国の消費市場の特徴は、若年層の市場が先進国よりもかなり大きいということである。そして、消費の支出の3大項目は「食料・ノンアルコール飲料」、「住宅」、「交通」である。また、新興国ではカラーテレビや冷蔵庫、洗濯機の普及率は比較的高いが、エアコンや乗用車、ゲーム機器は意外に低い。

新興国の中でも、アジアの消費市場で販売の伸びが著しい商品は、電気製品(テレビ、パソコン、カメラ、ビデオカメラ)であり、日曜大工用品・ガーデニング、玩具・ゲームなどである。サービス分野では、インターネット販売、ホテル宿泊、海外旅行、カーレンタルが挙げられる。

電気製品の中でも、テレビを取り上げると、まだブラウン管テレビも残っているが、多くの都市では液晶の32インチが売れ筋である。大体3万円〜4万円が主流である。カラーテレビはどこの国でも普及率が高く、9割以上となっている。しかし、インドでは2009年でも33.9%にすぎない。

インドではアッパーミドルが2009年の2,200万人から2020年には2.8億人に拡大すると見込まれている。もしも、2020年までに、アッパーミドルの2.8億人の10人に1人がカラーテレビを購入すると仮定すれば、その間にインドではテレビ2,800万台の新規需要が発生する。一般的には、32インチカラーテレビを購入する割合が高いと思われるが、一部は40インチ以上を注文するかもしれない。平均購入価格が4万円であれば、新たな需要創出は、合計で1.1兆円になる。現実には、これほどの需要が生まれるとは限らないが、カラーテレビの普及率が低いインドでは、他の国よりも現実味があることは事実である。

冷蔵庫は、アジアでは1ドアないし2ドアタイプが主流である。価格帯は2万円前後である。ニューデリー以外のアジアの主要都市では、日本ブランドが売れ筋になる。バンコクやマレーシアの富裕層では3ドアや大型冷蔵庫が売れている。バンコク、ニューデリーでは赤や青などのカラーバリエーションが豊富な冷蔵庫が好まれる。省エネ・エコも受け入れられている。

洗濯機は日本ブランドと韓国ブランドが2分している。ジャカルタとニューデリーは2漕式が主流で、それ以外は全自動が好まれる。売れ筋は、3万〜4万円の価格帯である。

ベトナムでは、2009年の時点で冷蔵庫の普及率が3割であるが、洗濯機は12.6%と低い。2020年でベトナムのアッパーミドルは、2009年の約10倍である1,240万人に達すると見込まれる。もしも、ベトナムのアッパーミドルの4人に1人が洗濯機を購入するとすれば、2020年までにおよそ300万台の新たな需要が生み出されることになる。

このほかにも、アジア新興国のアッパーミドルが創出する需要は、多岐な分野に及ぶ。例えば、自動車においては、インドのマルチススキではアッパーミドルの台頭により、2020年にかけて、アルトからスイフトへの需要のシフトがこれまで以上に強まるかもしれない。中国では、トヨタのカローラやRAV4中心の販売からプリウス、マークX (レイツ)、クラウンなどのより高級な製品の需要が増えるものと思われる。

サービス分野では、音楽教室や学習塾の需要が一段と増すものと思われる。音楽教室でも、これまではピアノやオルガンが中心であったが、ドラムやギターなどを学ぶ割合が高まると思われる。ブライダル分野も、アッパーミドルの嗜好は多様化し、フラワーのコーディネイトなどに支出を増やすことが考えられる。

レジャー・旅行、保険、あるいは外食産業などの分野では、アッパーミドルの所得に余裕が出てくるにつれ、支出が増加する。特に、外食においては、アッパーミドルは富裕層にも劣らない高級志向を背景に、中級から高級食材までの幅広い価格帯のメニューを求める傾向がある。

とにかく、これまでは富裕層はラグジュアリーなブランドを志向し、それ以外はローカルの製品を購入していたので、中間は手薄であったのである。この中間の需要を積極的に埋め、さらに高級な分野にも足を踏み入れるのが、アッパーミドルなのだ。

アッパーミドルにターゲットを置く戦略は、これまで富裕層だけに偏っていた商品の輸出拡大の可能性を高めることにもなる。例えば、日本の米の輸出を考えてみると、高価格であるために、アジアの富裕者層が主な顧客であった。

日本の商業用米の輸出実績は(食糧援助を除く)、農林水産省によれば2012年で2,202トンの7.3億円であった。内訳は、香港向けがトップで、916トンの3億円。台湾向けは668トンの2億円、中国向けはわずかに34トンの1,400万円であった。日本の米の生産量を800万トンとすると。数量ベースの米の輸出比率は0.03%ということになる。

輸出が伸びないのは、日本産米の現地販売価格が高いためであると考えられる。日本産米はキロ当たり600円〜1,500円で売られており、富裕層をターゲットにせざるを得ない価格となっている。中国では現地産日本品種の7倍から10倍で売られているし、台湾では2倍から4倍の価格になっている。

中国の富裕層は2009年には2,500万人であるが、2020年に1.9億人に増えると見込まれている。中国の富裕層が米を1人当たり年60kg食べるとすると、富裕層が食べる米の市場は、2009年の150万トンから2020年には1,140万トンに拡大する。

この中国の米市場の内、日本産米の特徴であるジャポニカ米の割合を3割とすれば、富裕層におけるジャポニカ米の市場規模は、2020年には342万トンにとどまる。もしも、中国のアッパーミドルの4.1億人を富裕者に加えれば、合計で6億人になり、2020年の富裕層とアッパーミドルにおけるジャポニカ米の市場は1,080万トンに膨れ上がる。これは、中国のアッパーミドルが、2009年から2020年にかけて3.2億人も増えると見込まれているためだ。

中国の米の輸入量は、2008/09〜2010/11年までは60万トンに達していなかったが、それ以降は急速に増加し、2011/12年と2012/13年は300万トン前後に達している(注2)。主な輸入先は、ベトナム、パキスタン、タイである。この増加する輸入の中には、ホテル向けやブレンド用の高品質米も含まれているようである。中国では、所得の上昇に伴い、着実に高級米への嗜好が強まるものと思われる。

したがって、当面は、高品質で高価格な日本産米は富裕層を主なターゲットにせざるを得ないが、将来的には、より魅力的な現地販売価格などを実現することにより、中国で拡大するアッパーミドルの需要を少しでも取り込むことが期待される。


(注1) 「アジア売れ筋商品調査」 日本貿易振興機構(ジェトロ) 2011年1月

(注2) "Grain: World Markets and Trade", United States Department of Agriculture May 2013

 

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5年後のアジアの購買力は日本の7倍(季刊85号、2011年)