ITIコラム

2014年9月4日

 

メガFTA活用の支援体制を急げ

(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹 高橋俊樹

 

世界のFTAの数は264であり(2014年7月現在)、2000年以降はほぼ毎年10件以上も増加し続けている。その中で、2013年には、TPP(環太平洋パートナーシップ)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)、日中韓FTA 、日EU・FTA、TTIP(米国EU包括的貿易投資協定)らの5つのメガFTAの交渉が動き始めた。

これらのメガFTAが発効すれば、そこには新たな貿易や投資の機会が生まれ、グローバルな物やサービスの流れが活発になる。したがって、それを見据えた中小企業を中心にしたメガFTA活用の支援体制の強化が不可欠だ。

メガFTAの経済的インパクト

既に成立しているFTAであるNAFTA(北米自由貿易協定)は、世界経済に占める割合は26%であり、ACFTA(ASEAN中国FTA)は15%である。これに対して、これから誕生するメガFTAで経済規模が最も大きいのはTTIPで2013年の世界シェアは46%、次にTPP12か国で38%、日EU・FTAは30%、RCEP(ASEAN10と日中韓、インド、豪・NZの16か国)は29%、日中韓FTAは21%である。

日本はこの5つのメガFTAの中でTPP、RCEP、日中韓FTA、日EU・FTAの4つの交渉に参加しており、世界経済のシェア8割を占める国とのFTAを締結することになる。米国はTPPとTTIPの交渉に参加しているし(世界シェア61%)、EUは日EU・FTAとTTIPに加わっている(53%)。

これに対して、中国はRCEPと日中韓FTAの交渉に参加しているので(29%)、日本や米国、EUと比較すれば、当面は経済規模では最も小さいメガFTAを形成することになる。逆に、日本としては、これまで低かったFTAのカバー率(FTA発効済み国・地域との貿易が全体に占める比率)を一挙に高める好機となる。

FTA利用の課題と対策

FTAの関税削減効果を測る1つの指標として、「関税率差」がある。これは、FTAを利用しない時に一般的に支払う関税率(MFN税率)とFTAを利用した時の関税率との差分を示している(関税率差=MFN税率-FTA税率)。

例えば、タイがFTAを結んでいない国から「Tシャツ」を輸入する場合は、支払わなければならない関税率(MFN税率)は30%である。タイは中国とはACFTA、日本とは日タイEPAを結んでいるので、この場合のFTA税率は0%になる。すなわち、タイの中国と日本からのTシャツの関税率差は30%ということになる。

今、あるタイの日系企業がACFTAを利用して中国からTシャツを1,000万円ほど輸入する場合、関税率差は30%であるため、300万円の関税額を削減することが可能だ。このように、高い関税率差がある場合には、企業は躊躇することなくFTAの利用を決断する。しかし、もしも関税率差が5%まで縮まった場合、1,000万円の輸入で50万円の関税削減となるので、FTAを利用するかしないかは、その50万円の利益を得るためにかかるコスト次第ということになる。

ジェトロのアンケート結果によれば(注1)、日本企業がFTA利用を決断する関税率差はどれくらいかという問いに対し、26%の企業が「3~5%」と回答した。次に、19.2%の企業が「5~7%」、そして10.6%の企業が「1~3%」と答えている。

関税率差の回答をよく見ると、大企業と中小企業との間で明確に違いが現れている。大企業の場合は、関税率差が「1%以下」でも利用すると回答した企業は12.4%もあるが、中小企業では8.4%にとどまっている。さらに、中小企業では、関税率差を「9~10%」と回答した割合が7.4%、「10%以上」と答えた割合は13.7%にも達しており、全体的に大企業よりもFTA利用を決断する関税率差が高い傾向がある。

既存の広域FTAであるACFTAの関税率差を見てみると、2013年の中国の全品目平均の関税率差は2.5%であった。インドネシアは4.2%、マレーシアは3.6%、タイは4.1%、ベトナムは1.7%であった。つまり、ACFTA各国の平均的な関税率差は2~4%の範囲ということになる。これに対して、AFTA(ASEAN自由貿易地域)の平均的な関税率差は各国とも4~6%の範囲であり、ACFTAよりも利用を決断しやすいFTAとなっている。

AFTAの平均的に高い関税率差は、日本の中堅・中小企業においても、FTAの利用を決断する上であまり支障にはならない。しかし、ACFTAでは、特に中国やベトナムに進出した日系企業においては、FTAの利用を躊躇する場合が相対的に多くなる。

したがって、メガFTAの誕生が迫っている中、今後の中堅・中小企業のFTA利用を拡大するためには、関税率差が低い場合でもFTAの利用につながるような対策を練る必要がある。具体的には、原産地証明を取得する際の行政手続きの簡素化やFTAのステージング(段階的な関税削減)に関する情報提供等が考えられる。

日本の原産地証明手続においては、第3者証明(注2)が一般的である。第3者証明においては、原産地証明の依頼から承認まで1週間以上かかることもあるし、1件当たり最低2,500円の手数料が必要である。また、証明書の現物を受け取りに行く手間がかかるので、電子化の促進が望まれる。

一部の日本のFTAでは認定輸出者証明(注3)が採用されているが、この初回登録免許税は9万円である。そして、3年ごとの認定の更新手続きが必要である。この認定輸出者証明を適用できるFTA/EPAを増やすことは、大企業だけでなく中堅・中小企業においても選択の範囲が広がることになる。

こうした中小企業向けの行政手続きの簡素化やコストの削減はもとより、MFN税率やEPA/FTA税率の定期的情報提供、さらにはステージングの社内管理用の情報提供などを促進することが望まれる。また、これまでも行われてはいるものの、中小企業向けのFTA利用のコンサルティング、原産地証明研修などのワンストップサービス機能の拡充を図ることも肝要である。

メガFTAで関税削減効果はどう変化するか

ACFTAを利用して中国がASEANから輸入する場合の関税削減額は、2013年では46億ドルに達する。これは、中国のASEANからの輸入額の2.4%に相当する。これに対して、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムの4ヵ国の中国からの輸入における関税削減額は、合計で48億ドルであった。これは、4ヵ国の中国からの輸入額の3.9%に該当する。

つまり、現地日系企業は、ACFTAを利用する時は、中国でASEANから輸入するよりも、これらASEAN4ヵ国で中国から輸入する方が全品目平均で1.5%(3.9%-2.4%)も多く関税率を削減することができる。1,000万円輸入する場合は、15万円の差が生じる。

TPPの場合はまだ発効していないため、ACFTAやAFTAと違い品目別の細かな関税削減リストがまだ出来上がっておらず、正確な関税削減額を計算することは不可能である。そこで、日本のTPPを利用した場合の関税削減額をごく簡便な方法(注4)で試算してみると、それは55億ドルであった。日本企業がTPPを利用した場合の関税削減額が55億ドルと言われてもイメージが湧かないので、日本の輸出企業1社当たりに換算すると(注5)、その関税削減額は2,537万円となる。

この1社当たりの関税削減額は、日本企業のFTA利用率を3割として計算している。また、1社当たり2,537万円というTPPの関税削減額はそっくりそのまま日本企業の収益になるのではない。なぜならば、日本はTPP交渉参加国の中で、既に7カ国(注6)とFTA/EPAを締結済みであるからだ。既にFTAを活用している国に対しては、TPPの関税削減効果は割り引いて考えなければならない。

さらには、FTAの関税削減効果は一義的には輸入企業に発生する。日本企業が輸出企業であった場合には、輸出拡大による間接的な効果しか享受できない。しかしながら、日本の場合、輸出の半分は親子間取引であるため、少なくとも関税削減効果の半数以上の利益を得ることが可能だ。

同様に、日中韓FTAにおける日本の関税削減額を試算すると、それは63億ドルとなる。1社当たりの関税削減額は2,922万円となる。日本は中韓との間でFTAを結んでいないため、日中韓FTAにおいては、関税削減効果は純増となり割り引く必要はない。

RCEPにおいては、日本の関税削減額は110億ドルである。1社当たりの関税削減額は5,090万円となるが、周知のように日本はRCEP交渉参加国の中で、ASEANとインドの計11カ国と既にFTAを締結済みである。すなわち、RCEPにおいては、日本は主に中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドらの4ヵ国との間で新たに関税削減効果を得ることになる。この中で、中韓とは、日中韓FTAとRCEPの発効時点や関税自由化の度合いによってどちらを主に利用するかが決まることになる。

以上のように、TPP、日中韓FTA、RCEPのようなメガFTAが発効すれば、日本は新たな関税削減効果を期待することができる。本稿のようなごく簡便な方法による試算では、既に発効している国との関税削減額を割り引いて考えると、新たな関税削減額の大きいのはRCEP、日中韓FTA、TPPの順番ということになる。

これまでの日本の東アジアでのFTA効果は、貿易の伸びという点では、中国や韓国、ASEANと比べると相対的には低く表われている。日本の輸出を拡大するためにも、今後はEPA/FTAの利用を促進することが求められる。

特に、中小企業の場合は、担当者に限らず経営者においても、必ずしもFTAに精通しているわけではないので、その利用に関する普及啓蒙が不可欠である。官民一体となったFTA活用の推進が望まれる。

 


(注1) 「平成20年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」 ジェトロ海外調査部 2009年3月

(注2) 原産地規則に照らし、原産資格があると判断された場合、特定原産地証明書により、その資格を輸入国税関に証明する必要がある。第3者証明とは、日本商工会議所のような指定発給機関が特定原産地証明書を発給する制度のことを指す。

(注3) 認定輸出者証明とは、認定を受けた輸出者が、自ら原産地申告を作成する制度のことを指す。日スイスEPA、日ペルーEPA、日メキシコEPAでは、経済産業大臣から認定された輸出者が自ら作成した特定原産地証明書を利用することができる。

(注4) 関税削減額は、FTAを利用しない時に通常支払う関税額(MFN税額)からFTAを利用した時に支払う関税額(FTA税額)を差し引いたもの、と定義できる(関税削減額=MFN税額-FTA税額)。MFN税額=輸入額×MFN税率、FTA税額=輸入額×FTA税率なので、関税削減額=(輸入額×MFN税率)-(輸入額×FTA税率)=輸入額×(MFN税率-FTA税率)、となる。つまり、関税削減額は輸入額(あるいは相手側の輸出額)に関税率差(MFN税率-FTA税率)を乗じたものになる。以上のことから、本稿では、「日本のTPP利用による関税削減額」を、「日本のTPPへの輸出額」に「(TPPのMFN税率-TPP税率)」を乗じて簡便的に求めている。「TPPのMFN税率」はTPP12カ国それぞれの加重平均MFN税率を加重平均で求め、「TPP税率」はACFTA税率やAFTA税率を参考に任意の税率を恣意的に仮定した。

(注5) 日本のモノの輸出企業数を6,503社(2012年経済産業省企業活動基本調査結果)とし、1社当たりの関税削減額を計算。円換算の為替レートは、便宜的に1ドル=100円とした。

(注6) 日本を除くTPP交渉参加国11カ国中、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、チリ、ペルー、ベトナム、メキシコ、の7カ国とは既にFTA/EPAを発効済み。また、オーストラリアとは署名済み。