ITIコラム

2015年12月3日

 

TPP合意後の「ASEAN+3」と日本

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

TPP合意の影響

APEC(アジア太平洋経済協力)のメンバーであるシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4ヵ国から成る「P4(正式名称は環太平洋戦略的経済連携協定)」が成立したのは2006年であった。この4ヵ国に、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムの4ヵ国を加えて、2010年3月からTPP交渉は始まった。その後、マレーシア、カナダ、メキシコ、日本がTPP交渉に参加し、メンバーは12カ国になった。TPP交渉は、最初の会合から5年半を経て、ついに2015年の10月5日(米国アトランタ現地時間)に大筋合意に達した。

一時は漂流の可能性があったTPP交渉であったが、今後はタイ、韓国、フィリピン、インドネシア、などがメンバー国入りを検討していると伝えられる。もしも、タイ、フィリピン、インドネシアがTPPに参加すれば、ASEAN10カ国の内、カンボジア・ラオス・ミャンマーを除く7カ国がTPPのメンバーになる。これに韓国も加われば、東アジアである「ASEAN+3(日中韓)」の中で、カンボジア・ラオス・ミャンマー以外でTPPに入らない国は中国だけということになる。

10月9日付のカナダの新聞「The Globe and Mail」によれば、中国に6つの工場を抱え、サムソナイトのスーツケースやウオールマートの靴を製造している中国企業が、TPPの参加国であるベトナムに工場を建設することを検討しているようである。TPPの出現で、中国から米国へ輸出するよりも、ベトナムから輸出した方が関税面で有利になると見込んでいるためだ。

中国としては、こうしたTPPへの新規加盟や中国企業の工場移転の動きが現実となる前に、何らかのアクションを取る必要がある。それには、自らがTPPに参加、TPPに参加せずに日中韓FTAやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を積極的に主導、当面の間はAIIB(アジアインフラ投資銀行)や東アジア(ASEAN+3)の経済統合といった枠組みを活用し中国の影響力を高める、などの選択が考えられる。

中国のTPP参加は、TPPの合意内容が当初考えられていたほど拘束的ではなかったため、将来的に必ずしも可能性が低い選択ではない。また、日中韓FTAの交渉では、自動車を例外とした中韓FTA のような自由化率が低い合意内容になるかどうかは、中国が日本をどれだけ巻き込む必要があるかが焦点になると思われる。中国のAIIBの推進や投資・環境対策における日本からの協力への期待が交渉結果に反映されるのではなかろうか。

RCEP交渉では、TPP交渉の結果をどうしても1つの判断基準として念頭に置かざるをえないため、各国は時間をかけて自由化を進めざるを得ない。中国としては、将来のより拘束的なFTAに備えて、交渉での駆け引きが展開されると見込まれる。

ASEAN+3とAEC

中国はAIIBを活用して一帯一路(シルクロード)構想を推進しようとしている。すなわち、AIIBの資金を利用して、中央アジアから南西アジアを経て西欧までの陸路と中国沿岸から中東・アフリカまでの海路をカバーする壮大なインフラ投資(港湾、鉄道、発電施設)を描いている。

とりわけ、中央アジアや東アジアを巻き込みインフラを輸出することで、これらの地域の産業基盤を強化しようとしている。その対価は資源の確保と中国の影響力の強化だ。中国は、元々ASEAN+3という東アジアにおける経済統合を主張してきた。これに対して、オーストラリア、ニュージーランド、インドを加えたASEAN+6 を提唱したのは日本で、これが現在のRCEPの構成メンバーにつながっている。

中国としては、TPP合意への対応として、AIIBと東アジア(ASEAN+3) の経済統合を組み合わせた方策が考えられる。電力などのエネルギーや資源、道路・港湾などのインフラ整備は、ASEAN各国にとって今後とも増々重要性が高まる分野だ。

すなわち、東アジアのASEAN+3の枠組みにおいて、AIIBを核にした中国主導による経済統合ないしは経済共同体などを推し進めることは、中国にとって1つのTPP合意への対応策になりうる。しかし、現実には、日本はASEAN+6、ASEANはASEAN共同体を進めており、東アジア(ASEAN+3)の経済統合・共同体への合意形成は難航するのではなかろうか。もしも、ASEAN+3を展開するハードルが高ければ、RCEP(ASEAN+6)交渉の枠組みの中で、AIIB活用によるインフラ輸出の促進を展開することもありうる。

ASEANは2003年のASEAN首脳会議において、「ASEAN安全保障共同体(ASC)」、「ASEAN経済共同体(AEC)」及び「ASEAN社会・文化共同体(ASCC)」の3つの共同体形成を通じたASEAN共同体の創設で合意した。その中でも、ASEAN経済共同体(AEC)は、さらなる外資誘致や競争力拡大に向け、2015年末までの創設を目指すものだ。究極の目標はASEAN一体化で、物・サービスや投資、人や資本の移動の自由化を盛り込み、単一市場の形成を図っている。

AECはバラッサの経済統合の分類において、物やサービスの自由化を進める自由貿易協定(FTA)を基本としている。FTAを進め、域内関税の撤廃や域外諸国への対外共通関税を設けたのが関税同盟である。関税同盟に関しては、国際通商交渉で域内各国の交渉権限が失われ事務局に主権が移るなど、ASEAN域内で合意形成を得ることは難しい。

AECは関税同盟を飛ばし、それを一歩進めた共同市場を目指した。共同市場は、輸出入の数量制限などの非関税障壁を撤廃し、人・物・カネ・サービスなどの自由な移動を目的とするものだ。しかしながら、AECは、依然として人やサービスの自由化を十分に満たす水準には達してはいない。また、共同市場をさらに進め、共通の農業・通商政策(通貨統合)を実施するのが経済同盟であるが、これもAECにはハードルが高い。

ひるがえって、ASEANに日中韓を加えた「ASEAN+3」はAECを超える経済共同体を実現できるであろうか。その達成には、AEC以上に高いハードルが待ち構えていると考えられる。そうはいっても、関税同盟は理論上ではFTAの活用に必要な域内原産地証明手続きの煩雑さから逃れ、いわゆる「スパゲティボール現象」を回避できるのではないか、と主張する向きもあると考えられる。一方、FTAでは域外向け関税が共通化されていないので、域外国が関税の低い域内国に一時的に輸出してそこから他の域内国へ輸出するという迂回を防ぐため、域内からの輸入品に対する原産地証明制度が必要になる。

しかしながら、RCEPのような多数国間のFTAでは、原産地証明制度を域内で統一することにより、これまでASEAN+1のようなASEANと1ヵ国・地域間のFTAなどに現れていた「スパゲティボール現象」を緩和することができる。例えば、「ASEANインドFTA」では、原産地証明を満たす基準として関税番号変更基準と付加価値基準の両方を満たさなければならず、いずれか一方を満たせばよい「他のASEAN+1 のFTA」よりも厳しい原産地規則が設けられている。この原産地証明制度の違いがRCEPで統一化されれば、「スパゲティボール現象」は改善される。また、TPPのような自由化率の高いFTAでは、域内の関税は多くの品目で撤廃されることになる。

今後の日本の方向性

日本は、TPPの大筋合意を経て、今後はどのようなFTA戦略を展開すればいいのであろうか。まず日本のメガFTAを含む締結・交渉中や合意済みのFTAのカバー率(日本とFTAを締結・交渉している国との貿易額の全体に占める割合)を考えてみたい。日本は締結済みのFTAに加えて、TPPやRCEP、日中韓FTA、日EU・EPAを含むFTAのカバー率は2014年の貿易額では7割を超える。これに対して、中国はRCEPを含めても4割以下である。これは、日本のFTAの拡張戦略は山場を迎えているが、中国はまだこれからだということを意味している。

また、日本の輸出入額に占めるTPPの参加国との貿易の割合は3割弱(2012年)であるが、RCEPは5割弱もある。日中間FTAのシェアは、TPPにやや足りない水準であった。これは、日本のFTAの貿易拡大効果を考えると、TPPの成果をテコにして、RCEPや日中韓FTAの関税削減などの自由化を強力に押し進めるべきであることを示している。逆に、日本の投資残高に占める割合では、RCEPは3割強であるが、TPPは4割を超えている。

このように、日本は当面はFTAの拡張政策だけでなく、個々のFTAに対する重点策にも軸足を移さざるを得ない。そこで、現在のメガFTAが合意・締結された後には、どのような方向を目指すべきであろうか。TPPは2010年、RCEP、日中韓、日EU・EPAは2013年から交渉がスタートし、これらは2017年~2019年にかけて徐々に発効すると見込まれる。

したがって、日本の今後のロードマップとしては、メルコスール(南米南部共同市場)や中東・アフリカ諸国などとのFTA締結の可能性を追求しながら、TPPなどの整備・拡大に努めることが肝要だ。

そして、1994年にインドネシアで開かれたAPEC 首脳会議で採択された2020年までのボゴール目標(自由で開かれた貿易・投資)の達成を踏まえ、TPPの最終ゴールであり、アジア太平洋地域における包括的で質の高い経済連携の強化を志向するアジア太平洋自由貿易圏(Free Trade Area of the Asia-Pacific : FTAAP)の実現に重点的に取り組むことが考えられる。