ITIコラム

2019年8月20日

 

日米貿易協定で米議会の承認なしでの関税削減は可能か
~予想される9月の大筋合意とその後の日米通商交渉の行方~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

日米通商交渉の議論は2段階に分けられるか

日米通商交渉の閣僚会議は2019年の8月1日~2日、ワシントンDCで開催された。その記者会見の席上で、茂木経済財政・再生相は農産物を含む物品貿易とデジタル貿易の交渉に関して、互いのギャップが縮小し目標が見え始めたことを明らかにした。また、次の日米首脳会談としては、8月末に開催されるフランスでのG7も候補のようであるが、安倍総理は9月下旬に国連総会への出席を予定しており、その機会に合わせて日米両国は貿易交渉の大筋の合意に持ち込む構えを見せている。

ロバート・ライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表は、これはあくまでも第1段階の合意であり、その後に包括的な分野の交渉を進めていく考えであることを示唆している。ただし、デジタル貿易に関しては、これまでに日米とも精力的に交渉を進めてきたことから、9月の大筋合意に盛り込まれる可能性がある。

また、トランプ政権は関税率が5%を超えない物品の関税引き下げは議会の承認の必要がないとし、9月の第1段階の合意では米国議会の了承を求めないことを検討している。これは、米国議会の承認手続きは煩雑で時間がかかるということに加えて、承認されないこともありうるし、牛肉・豚肉などの日本の農産物市場での米国の劣位を迅速に回復することを優先しているためだ。

したがって、ライトハイザーUSTR代表は第2段階での包括的な合意を待って日米貿易協定の米議会での批准を要請する可能性がある。同代表としては、日米通商交渉の交渉目的まで公表し、対日貿易赤字の削減を掲げて協議に臨んでいるわけであるので、第1段階の大筋合意だけでなく、全体の日米貿易協議の合意結果を議会の批准なしで終えるのは、当初の目的からはかけ離れたものになる。しかしながら、米中貿易摩擦に関する協議を進めながら、2020年の米国大統領選挙が本格化するまでに包括的な日米通商交渉を終え議会の承認を要請することができるかどうは、予断を許さないところだ。

すなわち、米議会の承認なしでの第1段階の合意が実現できるかどうかも含めて、9月の大筋合意後の日米通商交渉のシナリオはまだ明確に見えてこない。第2段階となる包括的な日米協議の合意を待って議会承認を求めるのがこれまでの常道であるが、米韓FTAの再交渉のように米議会の了承を必要としない狭い分野での合意で終えることも全くあり得ないわけではない。米国はTPA(貿易促進権限)法に基づき米韓FTAの再交渉を開始する意思を米議会に通知していないし、議会の承認を必要とする分野での米韓FTAの交渉を避けることができた。日本としては、9月の大筋合意の後は、米国のTPP復帰を図るという意味では、できるだけ少ない分野の交渉で終えるのがベターなシナリオだ。

こうした流動的な環境の中で、ライトハイザー代表としては、既に日米貿易協定の交渉を始める意思を議会へ通知しており、9月の大筋合意後には第2段階の日米包括的交渉を精力的に進め、議会の承認を得られ易い結果を追求するという強い姿勢を見せながら、状況に応じて軌道修正を行うかどうかを判断するというシナリオも1つの選択肢になりうる。

議会承認なしでの関税削減が可能の根拠

USTRによれば、関税率が5%を超えない品目の関税を大統領が引き下げることができる根拠は2015年の貿易促進権限(TPA)法にあるようだ(Section103(a))。この条文は農産物への適用などで一定の制限があるものの、低関税の物品については議会での承認が必要ではないことを規定している。ライトハイザーUSTR代表は、第1ステージでは、このTPA法を活用して米国は5%以下の関税の品目が多い自動車・同部品などを中心とする品目の関税を削減し、日本が牛肉などの農産物の関税を中心に削減する、ということを進めようとしている。

TPA法を活用して第1段階での合意を議会の承認なしで実行できれば、その後の包括的な分野を対象とする交渉での合意を含めて、1回だけの議会での承認で済むことが可能になる。これは、その分だけ第2段階の議論にエネルギーと焦点を当てることができるため、本来的にトランプ政権が望んでいる日本との多分野を対象とする包括的な貿易協定の協議を展開し易くなる。

壁が待ち構える議会承認なしの関税削減戦略

ライトハイザーUSTR代表が進める米議会の承認なしでの関税削減戦略は、幾つかの問題を抱えている。まず第1に、同代表は、米国の第1段階の関税削減の対象は5%を超えない品目であること、そして、第2段階での日米交渉は物品貿易協定(TAG)の範囲にとどまらず包括的な貿易協定に大きく変化する可能性があること、等について日本側に理解を求めなければならない。さらに、米国議会が第1段階の関税引き下げの合意の承認手続きをスキップされることに納得するか、という問題も考えられる。

また、小さいようで大きな問題として、WTO(世界貿易機関)のルールは、自由貿易協定(FTA)を用いた域内を優遇する関税削減は実質的に全ての貿易をカバーすることを求めている。これはWTOの前身であるGATTの24条で規定されており、一般的には、実質的とは自由化率が9割を超えることを指している。米国の関税削減の対象となる5%を超えない品目のカバー率が影響し、日米間の貿易協定がその基準をクリアできない場合は、WTOの規則を満足しない可能性がある。

もしも、日米通商交渉でWTOルールに大まかに対応して第1段階でのミニ協定を進めた場合、世界の貿易体制を維持するシステムに少なからぬ打撃を与えることもありうる。日本は、このWTOルールの整合性を保つためにも、米国の自動車・同部品を含む広範な工業製品の関税削減を要求することが必要になる。

このように、ライトハイザー代表の戦略は越えなければならない壁があるものの、米議会に関しては、牛肉・豚肉・ワインなどの米国の農産物が日本市場での劣位を取り戻すことに大きな関心があるので、議会の承認なしでの関税削減という手段には目をつぶる可能性がある。

したがって、もしもトランプ政権が議会の承認なしでの関税削減の合意という問題をクリアし、サービスを含む多くの分野から成る第2段階の包括的な貿易交渉を強く日本に要求するならば、日本側はそれに対してどこまで受け入れるかという判断を迫られることになる。日本は米大統領選挙までの引き延ばし戦術で交渉の時間切れを待つこともできるが、トランプ大統領は通商法232条の適用による自動車・自動車部品への追加関税の決定を最長で2019年11月13日まで延長しており、これが米国の包括的な貿易交渉の要求に対する判断において大きな重石になると見込まれる。この意味でも、日本には、TPP11のメンバー国の拡大、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の早期合意、などの一段の対米交渉カードの拡充が求められる。

これまでの日米通商交渉の推移と概要

日米物品貿易協定(TAG)の交渉は2018年9月26日、ニューヨークで開かれた日米首脳会談において開始することが決まった。その共同声明に、物品の関税だけでなく、サービスを含む他の重要分野で早期に結果が出るものについても交渉することが盛り込まれた。さらに、日本としては、農林水産品においては過去の経済連携協定で約束した関税の削減が最大のものであること、米国としては、自動車では米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること、というお互いの立場を尊重することが謳われている。

それを受けて、2019年4月15日・16日には第1回目の日米物品貿易協定(TAG)交渉がワシントンDCで開かれ、ロバート・ライトハイザーUSTR代表、茂木経済財政・再生相らが参加した。日本側は農産品の関税譲許は過去の経済連携協定が最大であることを改めて主張したようだ。米国からは対日貿易赤字を減らしたいということと、農産品の関税削減に関心があることが伝えられたとのことである。日本側は早期に成果が見込まれるサービス分野として、デジタル貿易を考えていることを明らかにした。

この後の4月25日・26日にワシントンDCで開かれた閣僚・首脳会談では、安倍総理から日系企業の対米投資の拡大、米国からのエネルギー輸入の拡大、デジタル貿易(Eコマース)の分野を日米で主導すること、などの発言があったと伝えられる。そして、トランプ大統領の来日に合わせた5月25日の閣僚級の貿易協議では、引き続き、自動車、農産品、為替などについて話し合われた模様だ。

6月に入り、10日~13日にかけて実務者・閣僚会議がワシントンDCで行われ、農業分野では早期に結果を出したいとの相互の意向が一致したようである。6月28日には、大阪でのG20おいて閣僚会合が開催されたが、その記者会見で日米両国ともこれまで激しく率直な意見交換を何回も実施し、互いのギャップを詰めるような議論を行っていることが披露された。そして、日米両国政府は7月24日・25日、ワシントンDCで日本での参議院議員選挙後の初の会合を実施したし、前述のように8月の初めには同じくワシントンDCで閣僚会議を開いた。

乗用車、自動車部品の輸出規制は要求されるか

トランプ大統領がNAFTA再交渉と同様に、日本に対して生産の現地化要求とともに、乗用車や自動車部品の対米輸出規制を要求してくる可能性はゼロではないし、その含みを持たせるだけでも大きな効果がある。日米貿易協議の第1回の交渉では数量規制の要求を提示しなかったものの、これからも全くその可能性がなくなったと言い切れない面があり、最後まで予断を許さない状況だ。新NAFTA(USMCA)では、260万台まではカナダとメキシコの対米乗用車輸出は通商法232条による高関税の適用を免れる。さらに、自動車部品の対米輸出では、メキシコは1,080億ドル、カナダは324億ドルまで免除される。

カナダとメキシコの2017年の対米乗用車輸出は180万台前後、自動車部品の対米輸出はカナダが178億ドル、メキシコが495億ドルであった。日本の2018年の対米乗用車輸出は171万台、自動車部品の輸出は83億ドルであった。したがって、USMCAに平仄(ひょうそく)を合わせるならば、トランプ大統領は農産物交渉などの結果次第ではあるものの、例えば日本に対して乗用車では250万台まで、自動車部品では150億ドル~200億ドルまでは高関税の適用を除外する輸出上限枠を持ち出してくる可能性がないとは言えない。さらに、輸出数量そのものに制限を求めてくることも完全に否定することができない。

9月の国連総会が山場

トランプ大統領は来日した2019年5月27日、その時の日米首脳会談において、日本の参議院選挙が終わった8月には日米通商交渉で何らかの成果を発表できるとの発言を行った。この高まるトランプ大統領のプレッシャーの中で、今後の日米通商交渉は農産物等の関税引き下げ、あるいは両国間の自動車・同部品の貿易収支不均衡や非関税障壁の改善などの協議を中心に迅速に展開せざるを得なくなった。

こうした中で、ライトハイザーUSTR代表は、6月半ばの上院の財政委員会において、日本との農産物を中心とした交渉は今後数か月以内に、全面的な問題についてはそれ以降に取り組む方針であることを発言した。これは、できるだけ早く日本から牛肉などの農産物の関税削減を引き出したいということと、議会での2度の承認手続きは議会としても受け入れ難く現実的ではないことから、交渉の第1段階では議会での認可プロセスを回避したい、という意図が反映されているためと考えられる。

日本側はこのような米国の基本姿勢に対して、今後は8月~9月の事務レベル協議や閣僚級協議などを通じて対応を図っていくことになる。前述のように、安倍総理の9月下旬におけるニューヨークでの国連総会への参加を利用した首脳会談が1つの山場となる可能性が高い。