一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2020/06/30 No.80遂に新NAFTA(USMCA)が発効

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

USMCAの発効は7月1日

北米自由貿易協定(NAFTA)は米国・カナダ・メキシコ間において1992年12月に調印を終え、1994年1月1日に誕生した。それから26年と半年後の2020年7月1日、新NAFTAは衣替えして発効する。

トランプ大統領は2016年大統領選での選挙公約でNAFTAの見直しを強く主張した(Buy American, Hire American)。その理由は、NAFTAによりメキシコに生産と雇用が流出するとともに、メキシコに生産移管した工場から米国の輸入が増えているためだ。米国の自動車関連企業はコスト競争力を高めるためにメキシコでの生産を増強したわけであるが、それが逆に米国の生産と投資の減少に結び付き経済成長を低下させていると主張した。そして、トランプ大統領の要請に基づき、北米3か国は2017年8月16日にNAFTAの再交渉を開始した。

NAFTA再交渉から約1年後、米墨間では2018年8月27日に暫定合意に達し、米加間でも9月30日に合意に至った。この結果、新NAFTAの名称はUSMCA(米国、メキシコ、カナダ協定:United States–Mexico–Canada Agreement)となった。したがって、USMCAは当初の交渉スケジュールよりも時間がかかったものの、交渉開始から約2年を経てようやく発効する。

75%に引き上げられた自動車の域内原産比率

USMCAがNAFTAと最も違う点は「原産地規則」が大幅に厳しくなったということである。原産地規則を満たさなければ、その製品は自由貿易協定(FTA)において関税削減の適用を受けることができない。

USMCAでは、乗用車の原産地規則を満たすための条件の1つとして、一定の「域内原産比率(RVC)」の達成が求められる。NAFTAでの乗用車のRVCは最終的には62.5%であったが、USMCAでは75%に大きく引き上げられる。この12.5%もの大幅なRVCの上昇により、自動車関連企業は北米産部材の使用割合をこれまでより増やさなければならない。しかも、完成車の生産に用いられる鉄鋼・アルミの年間購入額の70%は北米産でなければならない。

また、現行のNAFTAの下では、RVCの計算において、トレーシングルール(トレーシング対象リストに掲載された自動車部品が域外から輸入された場合のみ、トレースして非域内原産材料として計算する制度)が適用され、トレーシング対象リストに掲載されていない鋼材や樹脂、ボルト・ナットなどについては、日本などの北米域外から輸入調達しても非域内原産材料価額として計算しなくても良かった。ところが、USMCAではトレーシングルールそのものが廃止されたため、これまで計算に組み込まなかった部材も非域内原産材料として考慮する必要が出てきた。

さらに、「完成車」の原産地規則を満たすには、組み込まれるエンジン、変速機、車体・シャシー、車軸、ステアリング・システム、次世代電池等のスーパーコア部品(Super-core;協定文第4章原産地規則附属書TABLE A.2 Column 1 PARTS)の7品目は、例外条項はあるものの原則としてそれぞれ域内原産比率が75%を超える必要がある。「自動車部品」においても、基幹部品(Core;協定文第4章原産地規則附属書TABLE A.1、17品目)であるエンジン、リチウムイオン電池、ギアボックス、駆動軸/非駆動軸、サスペンション・システム等で原産地規則を満たすには、75%の域内原産比率をクリアしなければならない。

加えて、スーパーコア部品と基幹部品のいずれも、その計算の過程で原産地規則の1つである「関税番号変更基準(CTC)」を使えないことが痛手である。関税番号変更基準では、域外国から輸入された部品や原材料の全ての関税番号(HSコード)が、域内で製品に組み立てられた後に、別な関税番号に変化していれば、輸入部材は北米原産と認められる。

そして、時給16ドルを超える労働者が生産する自動車工場からの部材購入額やその賃金の割合が40%〜45%以上であることを求める「賃金条項」が新たに盛り込まれた。この規定の目的は、米国の自動車製造業の雇用を保護し、製造業の雇用がより低い賃金の北米域内に移るのを防ぐことにある。この条項により、時給16ドルの3分の1の賃金水準であるメキシコの工場からの調達が多い場合は、原産地規則を満たすことが難しくなる。

難解な原産地規則の解釈

米通商代表部(USTR)はUSMCA発効の1か月前の2020年6月3日、原産地規則を詳述する「統一規則」(Uniform Regulations)を公表した。この統一規則は、特に自動車や繊維及びアパレル産業に関連して、協定の原産地規則をどのように解釈、適用、そして管理すべきかについて解説している。

USMCAは7月1日から発効するわけであるが、特に原産地規則はその複雑さから正確に解釈することは難しい。例えば、USMCA協定本文の乗用車の賃金条項は「時給16ドル以上の北米工場の労働者によって生産された部材の年間購入額の割合が40%以上」であることを要求しているが、これを「自動車部品や車の40%以上を時給16ドル以上の北米工場で生産しなければならない」と解釈してしまうこともありうる。

また、前述の7品目から成る「スーパーコア部品」については、原則として全てのスーパーコア部品が北米原産であることが求められるが、7品目のスーパーコアを1つの部品とみなし、全体で75%の域内原産比率を満たせば良いという規定(協定文第4章原産地規則附属書4-B第3条9項)も盛り込まれている。つまり、ステアリング・システムなど1つの部品が域外産品であっても、他のスーパーコア部品の域内原産比率が大幅に高ければ原産地規則を満たすことができる。もしも、この例外条項を見逃していれば、スーパーコア部品の1つでも域内原産比率を満たしていない場合に、完成車の関税削減をあきらめてしまうことが起こりうる(実際には、ほとんどあり得ないが)。

こうしたUSMCAの原産地規則の正確な解釈は、日本企業にとって北米での事業展開において極めて重要である。したがって、複雑で難解なUSMCAの原産地規則を正しく理解するために、専門家の意見を交えた十分な分析が必要である。

75%達成まで2年間の猶予を認める

USTRが公表した原産地規則の統一規則によれば、自動車の域内原産比率は、発効年の2020年7月1日から66%で、翌年の7月からは69%、翌々年7月から72%となり、最終年の2023年7月1日から75%へと引き上げられる。米国自動車業界からはUSMCAの発効日を2021年1月と希望する声も上がったが、これは、発効を2020年7月1日から半年遅らせることで、最終年での75%のRVCの達成にかける時間をその分だけ延ばすことができるからだ。しかしながら、トランプ政権はこの半年間の発効年の延長を受け入れなかった。

域内原産比率における75%達成期限の猶予に関しては、既にUSMCAの協定文(第4章原産地規則附属書4-B第8条)において、一定の条件下で完成車の域内原産比率の達成を2023年から2年延長できることが規定されている。USTRは2020年4月21日、USMCAにおける自動車の原産地規則の順守について、期限猶予を求める自動車メーカーへの代替スケジュール案とその申請受付に関する官報を公示した。USTRによれば、2025年までの2年間の延長が認められる自動車台数は、原則として各メーカーが協定発効前の1年間に生産した台数の10%か、協定発効前3年間の平均生産台数の10%のいずれかの数値の大きい方が上限となる。

USMCAの日本企業への影響

日本企業へ大きく影響を与えるUSMCAの項目としては、自動車だけでなく繊維製品や化学品に対する新たな原産地規則が設けられたこと、10年としたバイオ医薬品のデータ保護期間の削除、米加間では企業が政府を訴えることができる「ISDS条項」及び「政府調達条項」を廃止したこと、E-コマースでは米国は800ドル、カナダは150カナダ・ドル、メキシコは117ドルまで関税はかからないこと、などが挙げられる。しかしながら、USMCAの日本企業に与えるインパクトという面では、自動車の原産地規則が圧倒的な影響力を持つ。

日本企業の自動車関連企業を中心とするこれまでのUSMCAへの対応は、米国での生産や雇用の拡大を公表しつつも、メキシコなどの既存の工場における生産・雇用計画を中止・変更するという動きを見せていない。周囲の企業の動向を注意深く見守りながら、USMCAへの対応を図っている。

完成車におけるスーパーコア部品や自動車部品の基幹部品の原産地規則では関税番号変更基準が使えないため、2023年7月までの75%の域内原産比率の達成はかなり厳しいと見込まれる。鉄鋼とアルミの7割が北米産であることを求める新たな原産地規則とともに、民主党によって修正された議定書では、自動車に組み込まれる鉄鋼は発効から7年後には北米域内で溶かし流し出されて製造されたものでなければならないとの規定が導入された(melted and poured standard)。アルミニウムについては、締約国は協定発効から10年目に適切な要件を考慮することになる。

こうしたトランプ政権によってUSMCAに盛り込まれた自動車関連の原産地規則は、実質的に第2段階での日米貿易協定交渉で持ち出されるかもしれない日本車の対米輸出規制に相当する強いルールである。つまり、米国での生産と雇用の拡大を何としても確保したいとのトランプ大統領の思いがUSMCAに反映されている。

いかに対応するか

日本企業としては、第1義的にはこのUSMCAの原産地規則をクリアできる方策を検討し、メキシコを含む北米での生産や合弁の可能性を探る必要がある。米国の関税分類では軽トラックに分類されるSUVは関税率が25%と高率であるが、メキシコでの生産については乗用車よりも域内原産比率を達成しやすいようである。問題は賃金条項であるが、メキシコの生産拠点でこれをクリアするためには、メキシコの賃金水準を時給16ドルまで徐々に引き上げるか、米加拠点の工場からの部材調達割合を拡大することが考えられる。

USMCAは米国自動車関連企業にメキシコから米国への生産移管を求めているだけでなく、日本やドイツの企業にも対米輸出や北米での生産体制の見直しを強く促している。日本企業としては、原産地規則の達成に努力する一方で、既存の北米での生産体制や域外からの調達を無理に変更するよりも、乗用車の2.5%の関税を支払うという選択もありえないことではない。

こうしたトランプ大統領のアメリカ・ファーストの政策は、米国への生産回帰や米国産部材の調達拡大、あるいは関税の支払い増などにより、北米での自動車生産のコストを着実に引き上げる。これは、北米での自動車生産の競争力を低下させることに繋がり、北米は徐々に自動車の生産と消費拠点として位置づけられることになるかもしれない。日本企業としては、むしろこうした北米生産車のコストアップや競争力の低下という新たな問題にどう対応するかが、USMCA発効後の重要な課題になるのではなかろうか。

コラム一覧に戻る