ITIコラム

2020年7月8日

 

中国と米国はTPP11への参加を決断できるか

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

中国はTPPにどう向き合ってきたか

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉はその前身であるP4(Pacific 4:ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4か国)を母体として、米国のリーダーシップの下でスタートした。TPPの初会合は2010年3月、P4に米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムの4か国を加えてメルボルンで開催された。

米国がTPPを提唱したのは、リーマンショック後の米国経済の回復のため、アジア市場を巻き込んだ輸出主導による成長戦略を展開するためであった。同時に、米国はTPPでもって高い自由化率に基づくアジア太平洋地域の自由貿易圏を形成し、その中で米国のグローバルスタンダードの実現を図った。これは、ある意味では、中国を封じ込める戦略につながるものでもあった。

中国もTPP交渉がスタートした時点では、その情報収集と分析を積極的に進め、TPPへの参加が中国にとってメリットがあるかどうかを検討した。ある中国の専門家に、厳しい守秘義務を課しているTPPの情報をどのようにして収集しているのかと尋ねたところ、大使館などの在外公館や色々な人脈を通じて幅広く入手しているとのことであった。

その分析の結果、関税の自由化率や国有企業、知的財産権などの分野での要求水準が中国にはハードルが高く、TPP参加は中国に大きな痛みをもたらすという判断をするに至ったようである。

TPPのメンバーは、2013年までにマレーシア、メキシコ、カナダ、日本を加えた12か国に膨れ上がり、2015年10月に5年半をかけた交渉は大筋合意に達した。多くのTPP加盟国は議会での批准への動きを強めていったものの、米国のトランプ大統領は2017年1月の就任直後、TPPからの離脱を表明した。

こうした米国のTPPからの撤退にも拘らず、日本の主導の下、米国を除くTPP11か国は2017年11月10日(金)、ベトナムのダナンで米国の離脱に伴って凍結する20項目(最終的には22項目)などの話し合いを終了し、新たなTPP11か国間の自由貿易協定に大筋で合意した。新協定は、包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP、the Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)と名付けられた。

そして、遂にTPP11は2018年12月30日、ダナンにおけるカナダのTPP11首脳会議のキャンセルなどの幾つもの障害を乗り越え、先行して議会で批准したメキシコ、日本、シンガポール、ニュー ジーランド、カナダ、オーストラリアの6か国において発効するに至った。ベトナムは7か国目の批准国であったため、その発効日は2019年1 月14日となった。日本主導によるTPP11の発効は、近年の日本の通商政策における最も大きな成果の1つであると考えられる。

2018年10月11日のサウスチャイナ・モーニング・ポストによれば、中国はTPP11の発効の数か月前からTPPへの姿勢を変化させていたようである。中国は、巨額な貿易不均衡を起因とする米中貿易摩擦が激化するにつれ、米国のTPP離脱もあり、高水準の自由化率や規格・基準を誇るTPPへの参加を再び検討するようになったようだ。それは、米国の保護主義の台頭による対米輸出減のヘッジとしての意味と、中国の自由貿易体制への役割を高めることを狙った戦略に基づいていると考えられる。

中国のTPP11への関心と問題点

中国の李克強首相は2020年5月28日、全国人民代表大会の閉幕後の記者会見で、米国の離脱後のTPP11への参加について「中国は前向きでオープンである」と述べたと伝えられる。中国の政府高官によるTPP11への関心が公に表明されたのは、初めてのことだ。

TPP11は自由化率が高い21世紀の自由貿易協定(FTA)と言われるが、物品やサービスの自由化だけでなく、貿易円滑化や政府調達、デジタル貿易などの包括的な体系となっている。TPP11(CPTPP)の協定文は7条から成るが、その1条に当初の30章から成るTPPの条文を組み込んでいる。

中国がTPP11に参加するとなると、その時に問題となる分野としては、市場アクセスや国有企業、競争政策、労働・環境、電子商取引、知的財産権などが挙げられる。中国はTPP11に参加するためには、これらの分野に関するTPPの規定を受け入れなければならない。米中貿易摩擦で問題になっているのは、先端技術分野等での知的財産権の侵害や技術移転の強制及び補助金問題などであるが、TPPでもこれらの問題を明示的に取り扱っている。

TPPの投資章(第9章)は、技術移転の要求を禁止しているし、国有企業章(第17章)は、国有企業に対する補助金供与や物品・役務の安価提供を禁止している。WTOの補助金協定は、物品に対する補助金しか適用されないが、TPPの国有企業章はサービスも対象としている。また、他の近年のFTAと同様に、非商業的援助規律[国有企業に対する、当該国有企業が政府によって所有され、又は支配されていることに基づく援助(直接的な資金の移転、贈与又は債務免除、有利な条件による貸付け等)に関する規定]を導入し、非商業的な支援による悪影響を規制している。

さらに、電子商取引章(第14章)は、①締約国間における電子的な送信に対して関税を賦課してはならない、②電子的手段による国境を越える情報(個人情報を含む)の移転を認める、③現地化要求の禁止(コンピュータ関連設備を自国の領域内に設置すること等を要求してはならない)、④ソース・コードの移転又は当該ソース・コードへのアクセスを原則として要求してはならない、などを規定している。

TPPの第18章の知的財産章は、地理的表示(GI)の保護又は認定の規律を強化し、バイオ医薬品のデータ保護期間を実質8年(特許期間とは別に、少なくともこの期間だけジェネリクスの販売が遅れる)、著作物の保護期間を著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年、とした(ただし、バイオ医薬品のデータ保護期間と著作物の保護期間については、TPP11合意時の22の凍結項目に組み込まれた)。

中国や米国のTPP11への参加の可能性

中国の李克強首相は、前述のように、米国が離脱した後のTPP11への参加について関心を示した。中国はTPP11への参加をその発効以前から検討しており、李克強首相の発言は単なる思いつきではなく、入念な参加の損得を計算した上での発言と思われる。

中国はこれまで種々の経済改革を行ってきたものの、TPP11が要求する高い自由化水準を達成するにはさらなる国内的な痛みを伴うので、政治的により一層の必要性が求められるまでTPP11への参加を決断することが難しいのは事実だ。ただし、米中摩擦の激化や新型コロナにより、中国のTPPクラブへの加盟決断の環境は徐々に整いつつある。中国は今後の第2段階の米中貿易交渉や米大統領選の動きを考慮しながら、TPP11への参加というカードを切るかどうかを決断するものと思われる。

中国がこれまでの通商政策の大きな転換であるTPP11への参加を決断すれば、日本はそれにどう対応するかについて慎重に検討する必要がある。

一方、トランプ大統領はTPP11のようなマルチのFTAよりも2国間FTAの交渉を重視している。米国は既にTPP11のメンバーの6か国(カナダ、メキシコ、オーストラリア、チリ、シンガポール、ペルー)と日本(第1段階の貿易協定)との間で貿易協定を締結しており、TPP11への参加の必要性はそれほど大きくない。

トランプ大統領がTPP11への参加を本気で決断するとすれば、TPP11を新NAFTA(USMCA)のような米国に有利な条件のFTAに転換できると判断した場合である。また、タイやインドネシア、あるいは台湾や英国のような国が次々にTPP11に加盟し、中国・ASEANを含むアジア地域での自由貿易の流れに大きく乗り遅れたことに、産業界や有識者などから激しい反発を受けた時である。

日本は、TPP11発効時(2018年12月30日)に比べて、第1段階の日米貿易協定(2020年1月1日)やUSMCA (2020年7月1日) の発効を経ることにより、米国のTPP11参加への対応に変化を余儀なくされている。つまり、タイ・インドネシアなどのTPP11への参加状況や米大統領選挙、あるいは第2段階の日米貿易協定交渉の結果次第ではあるが、時間をかけて米国をTPP11に巻き込むという戦略がストレートに日本の利益に直結するという前提がやや崩れかけていると思われる。

米国のTPPへの復帰の条件

米国がもしもTPPに復帰するとすれば、その条件として、凍結22項目の復活や一層の農産物等の関税削減だけでなく、原産地規則や国有企業あるいは労働・環境などのルールについて、より厳格で米国にとって有利なものを要求する可能性がある。つまり、USMCAのような米国への投資を呼び、できるだけ現在の貿易赤字を削減するようなルールの提案を行うことが予想される。

こうした要求があれば、日本などの他のTPP11のメンバーは米国に対して、オバマ政権時に署名したTPPオリジナルの協定を受け入れてもらうよう求めると考えられる。米国の自国中心の修正要求を認めれば認めるほど、TPP11か国はその分だけ利益を失う可能性が高くなるからである。

ベトナム、マレーシア、ブルネイ、ニュージーランドの4か国は米国との貿易協定を締結していないので、米国が求めるTPPへの復帰条件がUSMCAのような著しく厳しい原産地規則などを含むものでない限り、それを受け入れる許容度は他のTPP11メンバー国よりも大きい。米国が要求するTPP11参加の条件を呑むことができるかどうかは、既に米国と貿易協定を結んでいるカナダ、メキシコ、オーストラリア、チリ、シンガポール、ペルー、日本の7か国が、既存の貿易協定と比較して、米国の要求を盛り込んだTPPを魅力的なものと感じるかどうかに依存する。

USMCAの原産地規則は、自動車の域内原産比率を62.5%から75%に引き上げ、労働者の時給が16ドル超の自動車の域内生産拠点からの調達が40%以上であること、完成車向けの鉄鋼・アルミの7割は北米産であることを要求するなど、NAFTAやTPP11よりも厳格な規定となっている。米国がTPP11に参加すれば、カナダとメキシコは対米自動車輸出でUSMCAよりもTPP11の原産地規則を利用するようになり、米国はUSMCAによってもたらされる国内への投資や雇用の拡大効果を失うことになる。

一方、カナダとメキシコにとっては、米国の要求がUSMCAの合意内容と近ければ近いほど、米国のTPP11参加への魅力はその分だけ目新しいものではなくなる。カナダ・メキシコ以外のTPP11加盟国は、USMCAのような厳格な原産地規則は受け入れられないと思われる。日本としても、せっかくオリジナルのTPPの合意では、自動車の域内原産比率で40%のAFTA(ASEAN自由貿易地域)に迫る実質45%を勝ち取ったわけであるから、米国からUSMCA並みの原産地規則を要求されれば、断固反対せざるを得ない。

結局は、米国はUSMCAに限りなく近い原産地規則をTPP11に導入できなければ、カナダ・メキシコは自動車分野を中心にUSMCAを利用しなくなるため、何らかの方法でこの問題を解決しない限りTPP11への参加を決断することは難しい。

予想される中国のTPP11加盟の障害

中国と米国のTPP11加盟への積極性を比較すると、両国が直面するコロナ後の政治経済環境を考慮すれば、現時点では明らかに中国の方が問題を抱えつつも米国を上回っている。中国は一帯一路構想を進めアフリカなどとの協力関係を強化しているものの、米中貿易摩擦を始めとして米国との対立が激化している。コロナの影響もあり、以前よりも欧州やオーストラリアとの関係が緊密ではなくなっている。こうした中で、中国にとって、米国の対中封じ込め策への対抗手段としてのTPP11参加の意味合いは小さくない。TPPカードは、米国の外交政策にかなりのインパクトを与えることは疑いない。

それでは、中国がTPP11への参加をTPP11各国に申し込むとしたならば、どのような障害が待ち受けているのであろうか。まず第1に、TPP協定では「TPPへの加盟には全ての締約国からの同意が必要」と記載されている(第30・4条 加入)。つまり、既加盟国の全てに対して、作業部会の設置や意思決定の段階を含めて、新規加盟に対する拒否権が与えられているため、加盟へのハードルが高く設定されている。

そして、TPPでは選択的離脱(加盟に反対する既加盟国と新規加盟国との間で貿易協定を発効させないことで新規加盟を実現)の採用が認められていないため、中国の加入を少しでも懸念する既加盟国が拒否権を発動しがちである。

第2として、トランプ大統領がUSMCAの中に盛り込んだ条項の影響が考えられる。USMCAは、3か国のいずれかが、非市場経済国(non-market country)との自由貿易協定の交渉を開始する場合、少なくとも3か月前にその意向を他の相手国へ通知しなければならないという規定を盛り込んだ(条項32.10)。この条項における非市場経済国とは、USMCA協定の署名日に、3か国のうちの少なくとも1か国が非市場経済国と決定している国であり、3か国とも自由貿易協定を締結していない国のことを指している。

すなわち、非市場経済国として中国を念頭に置いていることは想像に難くない。米国は2017年11月、外国為替や賃金が市場で形成されていない、あるいはコアな産業では依然として国営企業による政府の支配が確保されているなどの理由から、中国の市場経済国認定の見送りをWTOに通知している。

USMCAのメンバーは、非市場経済国との貿易協定に署名する30日前に、他のメンバーに協定の全文を提供しなければならない。非市場経済国との自由貿易協定の締結により、他のメンバーは6か月前の通知でUSMCAを終了させ、その裁量で2国間協定に差し替えることができる。つまり、トランプ政権はカナダやメキシコが中国と貿易協定を締結する時は、事前にその情報を把握することや、それに対抗することを可能にする条文をUSMCAに盛り込んだことになる。

米国は既存のTPPの条文の内容については熟知しているが、中国との交渉で追加・修正された協定内容や中国との交渉開始の目的などを、カナダあるいはメキシコから受け取ることができる。つまり、この非市場経済国に関する条項を通じて、米国は両国に対し中国のTPP11加入に対する諾否の決定に関して影響を与えることが可能だ。米国通商代表部(USTR)は、2018年12月に公表した「日米貿易協定の交渉目的」の中で、日米貿易協定にも非市場経済国との自由貿易協定に関する規定を盛り込む意向を示した。

中国の加盟希望への対応

中国のTPP11への加盟には、中国の国内にも国外にも多くの障害が待ち構えている。李克強首相の加盟への関心表明にもかかわらず、このまま自然に消滅してしまうかもしれない。それでも、その動きをウオッチし、対応を検討することは必要である。TPP11は、交渉が難航するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)よりも北米・南米を含む広域なFTAであるだけでなく、高いレベルの自由化を達成していることは間違いない。したがって、中国のTPP11への加盟は、今後のRCEPの発効とは別の意味で日本企業に大きなインパクトをもたらす。

もしも、カナダとメキシコが中国のTPP加盟に関する貿易交渉を開始する場合、USMCAの規定に従うならば、その意向を米国へ通知することになる。それとともに、カナダとメキシコは米国との間で中国のTPP11加盟の是非について事前に意見交換をする可能性がある。

中国のTPP11加盟は、経済的には、カナダとメキシコの中国市場への参入という面で有利に働くことは疑いない。カナダとメキシコが中国のTPP11加盟を受け入れるかどうかは、中国のTPP11加盟のメリットと対米関係の悪化とを天秤にかけた結果による。また、カナダは中国企業であるファーウエイの幹部の処遇を巡って中国と対立しており、それが中国のTPP11への加盟希望への対応に微妙な影響を与えるかもしれない。

カナダとメキシコが中国とのFTAを締結した場合、米国は6か月前の通知でUSMCAから離脱することは可能であるが、北米間の自動車などのサプライチェーンの相互依存を考慮すれば、実際にそのような選択をすることは難しいと思われる。

一方、もしも中国が日本にTPP11加盟を要請したならば、これまでの日本主導によるTPP11発効に至る経緯を考慮すると、日本は既加盟国との利害調整にリーダーシップを発揮せざるを得ないと考えられる。こうした日本の行動に伴い、米国は自らTPPを離脱したこともあり中国の加盟に表向きには反対しなくとも、結果としてアジア経済圏をカバーするTPP11から締め出されることに強い不快感を表す可能性がある。

したがって、日本は中国の加入希望への対応に関しては、「米国との政治経済関係」や「中国との経済緊密性やサプライチェーン網」あるいは「RCEPの動向」などを考慮しながら総合的に判断せざるを得ないと思われる。

中国がTPP11に加盟すれば、短期的には、日本は輸出拡大やアジアでの自動車・同部品などのサプライチェーンの強化といった経済的なメリットを享受することができる。しかしながら、長期的には、中国がグローバルスタンダードを確立することにより、日本に相対的な競争力の低下をもたらす可能性がある。