ITIコラム

2020年10月1日

 

USMCAはメキシコでの生産を変えるか

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

結びつきが強まる北米の生産調達ネットワーク

自動車関連の北米域内での相互調達は活発で、何度も自動車の部品は国境を越えて取引される。最終的に、米国で組み立てられた自動車の内、北米向けの輸出の割合は約2割となる。一方、メキシコでの生産の内、約7割が北米向けに輸出される。また、メキシコの北米向け輸出に占める米系自動車メーカーの割合は5割を超え、日系は3割強である。したがって、メキシコから米国への自動車・同部品の輸出に関税が課せられた場合、最も打撃を受け易いのは米系メーカーであるが、日系メーカーへの影響も大きいということになる。

北米の域内分業の発展は自動車関連だけではなく、様々な産業にまで及んでいる。例えば、米国の航空宇宙関連企業としては、西海岸のシアトルにあるボーイングなどが有名であるが、米国のアリゾナ州の航空宇宙関連企業はメキシコの中部に位置するケレタロ大学周辺に進出し、大きな産業集積(ハブ)を形成している。既に、メキシコ中部の工業団地にはボンバルディアやハネウエルなどの30を超える国際的な航空宇宙関連企業が集まっており、そこでは、航空機やヘリコプターなどを組み立てる巨大な建物(ハンガー)が建造されている。

さらに、米国のカーギルやタイソン・フードなどの食肉関連企業は、メキシコやカナダに投資し生産を行っている。こうした米国の多国籍企業にとって、NAFTA(北米自由貿易協定) をリニューアルしたUSMCA(米国・カナダ・メキシコ協定)はアグリビジネスなどの拡大発展には不可欠なものとなっている。

米国はメキシコに対して、大量のトウモロコシや大豆、牛肉・豚肉を輸出しており、もしもUSMCAを利用できなければ、米国の農業関連の多国籍企業は高い関税を支払ってメキシコに輸出しなければならない。それに、TPP11が創設されたことにより、メキシコが日本やオーストラリアなどから輸入する牛肉において、冷蔵のもので20%、冷凍のもので25%の関税は、発効から5年目で半減し10年目に撤廃される。つまり、米国はUSMCAでもってTPP11などに対抗しなければ、メキシコへの輸出競争力を低下させることになる。

メキシコでの生産を減らさずに米国に追加投資

日本の対米輸出の主役は自動車である。乗用車だけでも対米輸出の3割を占め、これにバス・トラック・二輪車及び自動車部品を加えると4割弱のシェアに達する。また、日本の4輪車の海外生産は、日本自動車工業会によれば2019年で約1,900万台に達しており、その内メキシコを含む北米3か国での生産は約560万台で全海外生産の約3割を占めた。日系自動車メーカーの海外生産は米国だけでも約350万台に達しているし、メキシコでも116万台(大型バス・トラックを除く)が生産されている。2019年の米国の4輪車の生産は1,088万台であるので、日系メーカーの米国での生産シェアは約32%に達し、メキシコでも約31%と米国同様に高い割合になっている。ちなみにカナダの自動車生産の46%は日系メーカーによるものである。

日系メーカーによる北米での自動車生産のシェアが高まる中で、トランプ大統領は2017年1月5日、自身のツイッターにて、約10億ドル規模のトヨタのメキシコ工場新設について撤回を求め、その代わりに米国に工場を建て雇用と生産に貢献するよう求めた。トヨタはトランプ大統領のツイッターに直ちに反応し、今後5年間で米国に100億ドルを投資することを発表した。

それから約3年半後の2020年8月13日、米国大統領選を控え、トヨタとマツダは米国アラバマ州に建設中の工場に追加投資をすることを改めて表明。両社は同工場では共に新しいSUVを年間15万台ずつ生産する予定であり、2022年までに4,000人を雇用する。追加投資額は約23億ドルの規模となる。並行して、トヨタはメキシコ中部グアナファト州の新工場におけるピックアップ・トラック(タコマ)の生産を2021年までに年間10万台に引き上げ、米国に輸出する計画を進めている。

つまり、トヨタなどの日系自動車メーカーは、USMCAの発効後もメキシコから全面的に米国へ生産を移転するのではなく、メキシコでの生産をこなしながら、米国での投資を追加し生産と雇用を維持拡大する考えである。

依然として魅力的なメキシコでの生産

トヨタなどの多国籍企業がメキシコでの生産を移管せずに予定通り進める背景には、新型コロナの影響もあると思われるが、トランプ大統領の思惑とは別に、USMCAの発効にもかかわらず、メキシコが北米の投資先として魅力度を失っていないことを挙げることができる。これは、米通商法の適用による中国製品への追加関税で米国内の生産コストが上昇し、米国が生産拠点としての優位性を低下させつつあることも、その原因の一つと考えられる。

さらに、ある意味では、USMCAの原産地規則が厳格化されることによって、メキシコにおける自動車生産での域内原産比率や賃金条項(時給16ドル以上の労働者の生産する北米工場から4割以上の調達義務)などを達成するハードルは高まったが、管理職・エンジニアを含む賃金を引き上げることなどにより、それを乗り越えた時のメキシコの比較優位は一段と増す可能性がある。

また、最近のコロナ感染の拡大によるサプライチェーンへの影響を考慮すると、米国市場に近いメキシコの地理的な優位性は高まっている。そして、米中貿易摩擦の激化は北米における生産ネットワーク形成の重要性を高めており、メキシコの相対的な競争力を押し上げる効果をもたらしている。

その一例として、既にケレタロ州などに何か所も工場を建設し、メキシコの航空宇宙産業では最大の雇用規模を誇るフランスのサフラン社は、ボーイング旅客機の内装品を製造するため、メキシコ北部チワワでの工場の新設を表明した。雇用の創出は800人以上に達すると見込まれる。サフラン社は狙ったかのように、USMCAが発効した2020年7月1日にメキシコ政府に対して同計画を通知した。

また、中国のトラックメーカーであるシャクマントラックはメキシコに進出し、大型・中型トラックの流通・サービスのネットワークを構築しているが、同社は2020年7月、1年か2年以内にメキシコにトラック組み立て工場を建設する計画であることを公表した。同社は、13か国に工場を持ち、世界中で約35,000人を雇用し、100のディーラーを所有している。シャクマントラックは、メキシコを足掛かりに、次第に北に向かって進出することを検討している。

シャクマントラックのような中国企業のメキシコへの投資は、米中貿易摩擦が激化した2018年から増加している。メキシコ経済省によれば、2018年の中国のメキシコへの投資は自動車産業などを中心に前年から22.9%増を記録した。中国の対メキシコ進出企業は2018年には前年から67社も増加しており(韓国は44社、日本は36社)、USMCAにおける自動車分野の原産地規則の強化にもかかわらず、米中貿易摩擦はメキシコへの投資の拡大を促している。

メキシコの成長分野

日本企業がメキシコなどの北米に進出しようとする場合、圧倒的に関心を集めるのは自動車関連分野である。米国という大消費市場を控え、その生産拠点としてのメキシコの優位性には高いものがある。しかし、メキシコの製造拠点としての魅力は何も自動車産業に留まるものではない。前述のケレタロ大学周辺などに集積している航空宇宙産業の成長性には目を見張るものがある。新型コロナで航空宇宙産業は打撃を受けているが、将来的には自動車を上回るスピードで成長する可能性がある。しかしながら、自動車と同様に、一次サプライヤー(Tier1)よりもTier2、Tier3等が不足していることが課題である。

また、電子部品産業、食品加工産業、医療機器・製薬産業などもメキシコへの進出における有望な分野である。当初のUSMCAの条文は、バイオ医薬品のデータ保護期間を10年と規定していたが、最終規則において米民主党の反対により削除された。これにより、カナダのバイオ医薬品の保護期間は8年でメキシコは5年であるが、それぞれ国内法を変更する必要がなくなった。したがって、バイオ医薬品のデータ保護期間を10年とした規定の削除により、特許が切れた薬品であるジェネリクス・ビジネスの分野で参入の機会が早まり、薬価の下落に繋がることになる。このUSMCA規定の変更は、開発製薬会社にはマイナスの影響をもたらすが、ジェネリクスなどの医薬品のビジネスチャンスは拡大する。

この他には、USMCAにはデジタル貿易の章が盛り込まれており、通信・コンピューター・情報サービスから成るデジタル関連サービスの北米間の取引拡大が期待される。また、アマゾンに代表されるE-コマースにおいて、米国はUSMCA発効前から国境を越えた取引において800ドルまで関税の無税枠の上限を引き上げている。そして、USMCA発効後にはカナダは20Cドルから150Cドルへ、メキシコは50ドルから117ドルへと無税枠を拡大している。こうしたUSMCAの制度的な変更により、北米間のデジタル関連機器・サービスの商機拡大が見込まれる。その中には、メキシコやカナダで生産したジェネリクスを、米国へE-コマースを使い無関税で輸出するというビジネスも考えられる。

メキシコに留まる日系企業

メキシコに進出している日系企業において、何社かはUSMCAの発効を受けて米国への移転を検討しているものの、意外にもこれまでのところその数は少ない。逆に、米国に進出している日系企業の中には、メキシコへの生産移管を計画しているケースも見受けられる。

また、メキシコにとどまり、域内原産比率のような原産地規則を達成する努力を続けるとともに、それが困難であれば既存のサプライチェーンをなるべく維持しながらコスト競争力を強化しようとしている企業もある。つまり、多くの日系企業は原産地規則を満たすためのあらゆる手段を検討しながらも、関税を支払っても既存の生産・調達ネットワークを有効に活用した方がコスト面で有利かどうかを判断しようとしているのだ。

ジェトロが2019年末に実施した北米に進出している日系企業へのアンケート調査によると、輸送用機器(自動車/二輪車)の分野においてUSMCAが「マイナス」の影響を与えると答えた日系企業の割合は、在米国の日系企業では23%、在カナダの日系企業では20%であったのに対して、在メキシコでは10%にすぎなかった。

一方、輸送用機器部品(自動車/二輪車)の分野において「マイナス」の影響があると答えたのは、在メキシコの日系企業では37%に達したが、カナダでは15%、米国では8%にとどまった。つまり、在メキシコの日系企業においては、自動車よりも自動車部品分野でUSMCAの影響が大きいようだ。

ところが、輸送用機器部品関連の在メキシコ日系企業のUSMCAへの対応では、「何も変更しない」と回答した割合は57社中の33.3%であり、「生産地の一部または全部をメキシコから他拠点に移管」では3.5%にすぎなかった。すなわち、2019年末の時点では、「メキシコから米国などへの生産移管」を検討している自動車部品関連の日系企業はそれほど多くはないということになる。また、「生産地の他拠点からメキシコに移管」と回答した企業は29%に達したが、その移転元の内訳を見ると、日本からの割合は65%、米国からは18%、中国は12%であり、北米以外の国の割合が大きかった。

輸送用機器関連の在メキシコ日系企業のUSMCAへの対応においては、「何も変更しない」と回答した割合は10社中の40%であり、「生産地の一部または全部をメキシコから他拠点に移管」では0%であった。在メキシコの日系自動車/二輪車の完成車メーカーは、米国を含む他の生産拠点への移管は検討していないことになる。

トランプ大統領の思惑通りにいかない雇用・生産の回帰

トランプ大統領がUSMCAの成立を推し進めた理由は、NAFTAによりメキシコに生産と雇用が流出するとともに、メキシコに生産移管した工場からの米国の輸入が増えているためであった。米国の自動車関連企業はコスト競争力を高めるためにメキシコでの生産を増やしたわけであるが、トランプ大統領はそれが逆に米国内の生産と投資の減少に結び付き、経済成長を低下させていると主張した。

それでは、USMCAの発効により自動車の原産地規則が強化され、トランプ大統領の思惑通りメキシコへの投資が減少し、自動車などのメキシコからの輸入が顕著に落ち込むのであろうか。さらには、メキシコから米国への投資の回帰や新たな米国での生産拠点の建設が進むのであろうか。その答えは、これまで見てきたように、メキシコUSMCAが発効してからまだ時間が経ってはいないものの、現実にはその通りにはなってはいない。むしろ、依然としてメキシコへの投資の魅力を感じている企業が見受けられる。

したがって、現地日系企業のUSMCA発効後の対応としては、自動車分野などで厳格化された原産地規則を満たす努力を続けながら、北米での生産や調達ネットワークのあり方を模索することが考えられる。もしも、メキシコから米国への工場の移転を検討するのであれば、「生産の移管に伴うコスト」と「賃金条項を満たすため労働者などの時給を16ドルまで引き上げるコスト」等とのどちらが割高なのかを確認する必要がある。

さらには、自動車関連分野の調達に関しては、自動車用の鋼板などは日本などから調達していたが、これからはカナダやメキシコなどの域内からより多く入手する必要があるかもしれない。そして、サプライチェーンの変更がかなりのコストアップに繋がるのであれば、こうした域内からの調達を増やすために費やす時間やコストと、関税支払コストとを比較し、どちらの手段が企業にとって望ましいのかを見極めなければならない。

また、これから北米への投資や輸出を検討する企業は、進出済みの日系企業の動きを見ながら、かつ米中貿易摩擦の動きやアジアのサプライチェーンの変化を考慮しながら、進出するかあるいは輸出するかどうかなどを判断しなければならない。