ITIコラム

2021年4月15日

 

バイデン政権で日本のサプライチェーンはどう変わるか
~大きな可能性を秘める「インド太平洋構想+欧州+拡大TPP11」~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

日本は踏み絵を迫られるか

バイデン大統領は、環境問題では中国に協力を求めようとしているが、知財・国有企業などの分野から一帯一路構想まで多くの分野で高まる中国との確執に対しては、同盟国との連携を図りながら立ち向かおうとしている。

この文脈における同盟国として、日本や韓国、EUに加え、英国・カナダ・豪・ニュージーランドなどの国が挙げられる。この同盟国の中で、日韓は中国との貿易やサプライチェーンにおいて依存関係が深く、米中対立のあらゆる分野においてバイデン大統領の思惑通りに対応することは難しい。したがって、幾つかの分野においては、踏み絵のような状況に陥る可能性があり、その時に日本はどう対応しなければならないかに注目が集まっている。

この点に関して、ブリンケン国務長官は2021年3月24日、北大西洋条約機構(NATO)本部において、米国は同盟国に対して「米国」か「中国」かの選択を強要しないとの演説を行った。現段階では、ブリンケン国務長官の発言が必ずしもバイデン政権全体の考えと判断するわけにはいかないが、新たな動きとして注目される。日本の通商戦略は基本的には米国とEUの動きに左右されるが、現実的には中国への貿易・サプライチェーンの依存を考慮しながら、状況に応じて是々非々の姿勢で対応せざるを得ないのが実情である。

TPP11加盟国の拡大や欧州を巻き込むことが重要

バイデン大統領が就任して以来、米国のEU・カナダなどとの関係修復には目を見張るものがある。その分だけEUや米国における日本の存在感はトランプ前政権時よりも薄まっていることは事実である。したがって、日本はTPP11の参加メンバーの拡大を進め、「自由で開かれたインド太平洋 (FOIP) 構想」にEUなどを巻き込み、クワッド(QUAD、日米豪印戦略対話)を積極的に推進するなどの経済外交を展開する必要がある。

TPP11への新たな加入の動きとしては、中国の首脳が相次いで関心を表明しているし韓国、台湾、タイ、インドネシア、フィリピン、なども同様である。また、英国は既に2021年1月30日に正式にTPP11への参加を表明し、同加盟国に加入の打診をしている。台湾も非公式にTPPメンバーと協議を進めていると伝えられる。

中国首脳によるTPP11への参加表明は、中国が真剣に加盟を検討していることを示すものであるが、実際の手続きの開始には国内外の調整に2年以上もの時間がかかると見込まれる。米国においても、通商政策よりも製造業の競争力政策を優先することから、バイデン政権のTPP加入の本格的な検討は中間選挙後になる可能性がある。

フィリピンでは、ロペス貿易産業相は2021年1月、関係各省庁へTPP11参加の可能性を探るための調査の再開を指示している。最新の動きとしては、同国はニュージーランドに加盟手続きを問い合わせるとともに、TPP11メンバーとの非公式な協議を行っている、と伝えられる。タイは、TPP11への参加については農業や医療の関係者からの反対もあり、当面はコロナ対策を優先し、国会での審議を待ってから結論を出すとの慎重な姿勢を見せている。

バイデン大統領のインド太平洋戦略重視の背景と日本の成長戦略

中国が打ち出した一帯一路構想は、中国から欧州までの多様な地域を結びつけるポテンシャルをもった壮大なアイデアである。この一帯一路構想に対抗するため、バイデン大統領は2021年3月、英ジョンソン首相との電話協議で民主主義国家による同様な構想を提案したとのことである。今のところ、その具体的な内容については明らかにされていない。米国は、これまで一帯一路構想は途上国に「債務の罠」を引き起こしているとして批判し続けてきた。バイデン大統領は、民主主義陣営でもって一帯一路構想に替わる経済支援の枠組みを描くことを求めたものと思われる。

また、バイデン大統領はこれに先立つこと1か月前の2月、習近平国家主席との電話会談で「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」の促進が優先課題と表明した。これは、中国とは環境問題などで協調する一方で、中長期的には国有企業や知的財産権、あるいは人権問題などで対峙することは避けられないため、同盟国との連携の中でも「自由で開かれたインド太平洋構想」に焦点を当て、一帯一路構想やRCEP(地域的な包括的経済連携)を通じた中国の力の台頭への牽制を狙ったものと思われる。

期を同じくして、2月18日に「クワッド」の枠組みの下で、バイデン政権発足から初めての日米豪印の4か国外相会合の電話会議が開催された。これは、中国の軍事・経済的影響力拡大への牽制を図ったもので、米国務省によると、ミャンマーでの民主体制の早期回復に加えて、テロ・偽情報対策や海洋安全保障などについても協議が行われた模様だ。また、4か国は「航行の自由や領土の保全への支援を含む、FOIP構想の実現に向けた協力」を強化するため、閣僚級会合を少なくとも年1回、上級・実務レベルでの会合を定期的に開催する方針を再確認したとのことである。

日本はこれまでFOIP構想が一帯一路構想と直接的に対立するものではなく、内容によっては同構想への協力の姿勢を打ち出している。これに対して、米国はFOIP構想を活用し、中国の一帯一路構想を用いたアジアから欧州までの影響力の行使に対抗しようとするなど、日米の姿勢にはやや隔たりが見られる。

したがって、日本は日米間での意思疎通を図りながらFOIPを進展させる必要がある。また、欧州などを巻き込む形でFOIP構想を円滑に進め、インド洋からアジア太平洋に至る地域での経済貿易活動を活発化させ、今後の成長戦略に繋げていくことが求められる。

大きな日インドEPA利用による効果

インドはRCEP交渉から離脱したものの、日本はインドとは経済連携協定(日インドEPA) を締結しているので、巨大なインド市場へのEPA利用の足掛かりを堅持している。日インドEPAは2011年8月に発効しており、その効果や利用の実態を把握することは、FOIPを活用した戦略的な経済連携や今後のRCEPへのインドの加入を検討する上で必要不可欠なことと思われる。

日インドEPAの効果を分析してわかったことは(注1)、「インドの日本から輸入(日本のインドへの輸出)」で日インドEPAを利用した時の関税削減額(EPA利用に伴う関税率低下による関税支払減少額)は9.6億ドルとなり、「日本がインドから輸入する場合」の関税削減額の1億ドルよりもかなり大きいということである。

また、「インドが日本から輸入する場合」の関税削減率(関税削減額を輸入額で割ったもので、関税削減額が輸入額の何%に相当するかを示し、関税削減効果を表す)は7.7%に達するが、これはインドの日本からの100万円の輸入で平均7.7万円の関税を節約できることを意味する。一方、「日本がインドから輸入する場合」の関税削減率は1.9%となり、日本のインドからの100万円の輸入で平均1.9万円の関税削減にとどまることになる。

日本の対インド輸出の関税削減率が輸入よりも高くなる理由は、元々インドでは「通常の関税率」が高く設定されているため、「日インドEPAを利用した関税率低下」の効果が高くなるためである。

さらに、日インドEPAの分析により、「日インドEPAを利用した日本のインドへの輸出」の関税削減額と関税削減率の効果はいずれも、「第1段階の日米貿易協定を利用した米国への輸出」や「日ベトナムEPAを利用したベトナムへの輸出」、及び「日EU・EPAを利用したドイツや英国への輸出」の効果よりも大きいことが判明した。

こうした日本の輸出面における日インドEPAの関税削減効果が高いということは、日本からインドを経由したインド太平洋地域でのサプライチェーンの形成が効果的であることを意味しており、FOIP構想の事業展開を後押しするものと考えられる。

すなわち、日本企業には、「インドの日本からの輸入(日本のインドへの輸出)」において、日インドEPAの活用を拡大し、TPP11などの他のEPA/FTAとの複合的な効果を織り交ぜながら、インド太平洋地域を中心とした新たなサプライチェーンの形成を模索することが期待される。

日インドEPAの利用状況を見てみると、日本の輸出においては、同EPAの原産地証明書の発給件数に占めるシェアは18.6%であり、日タイEPAに次ぐ2番目の高さであった。2012年では12.2%であったので、年々増加傾向にある。日本の輸入においては、日インドEPAの利用率(日本の輸入での日インドEPAの利用額÷日本のインドからの輸入額)は2019年で31.5%に達し、2017年の26.4%よりも高くなっている(注2)。

したがって、日インドEPAの効果を広く発信し周知徹底することにより、その利用率がさらに高まれば、日本のインドを経由したサプライチェーンは一段と発展するものと思われる。

 

(注1)「令和2年度 日本の米国、インド、EUとのEPA/FTAが企業活動にもたらす影響調査 事業結果・報告書」国際貿易投資研究所(ITI) 調査研究シリーズNo.112 2021年2月

(注2)「ジェトロ世界貿易投資報告 2020年版」第Ⅲ章 世界の通商ルール形成の動向 第3節 世界と日本のFTAの現状 図表Ⅲ-37 日本の輸入におけるFTA利用状況