フラッシュ10

2001年9月17日

湾岸戦争の時とは何が違うか

国際貿易投資研究所 研究主幹
木内 惠

 世界貿易センター・ビルからペンタゴンまで距離にして数百マイル。ニューヨークかららおよそ1時間のフライトでワシントン・ダレス空港に着く。今から10年余前の90年暮れ、私はダレス空港からワシントン市内に向かうタクシー車内にいた。最初のニューヨーク駐在を1988年に終え、日本に帰国後初の米国出張であった。時あたかも湾岸戦争勃発直前。カー・ラジオから流れるニュースが早口で湾岸危機のテロ対策でワシントン市内が厳戒体制にあることを伝えていた。私は少なからず緊張した。タクシーの運転手が話かけてきたが、相手にするのが煩わしくあえて無視した。
 だが、市内は平穏だった。平穏すぎて拍子抜けがした。車が市内に入ると見慣れたワシントンの街の様子が目に飛び込んできた。歩道では、黒人たちがラジカセの音量を最大にしてラップダンスを踊っていた。広場にはベンチに腰掛ける老人、談笑する若者たち――12月とはいえ、春のような陽気の中で街は心地よいざわめきに満ちていた。いずれも普段通りのワシントンの街。あまりにも日常的な市内の空気は私を驚かせた。今まさに戦争を開始する国の首都の空気とはとても思えない屈託なく豊かな日常がそこにあったからだ。

日常と非日常の狭間で――湾岸戦と同時多発テロ
 翌91年1月、米国は多国籍軍を指揮してイラク空爆を開始した。空爆の様子は日本のテレビで連日放映された。その時の驚きを忘れることはできない。ピンポイント爆撃の放物線はバクダットの夜の闇を引き裂いた。それは幻想的な花火大会のようでもあった。確かなことはその「美しい」花火ショーの下では、疑いもなく爆撃に怯えるイラクの人々の姿があったということである。それに比し、米軍サイドの戦死傷者は皆無に等しかった。米国にとっての湾岸戦争というのは自国の領土外での戦いであった。何よりも日常生活への大きな犠牲をほとんど払うことなくして冷戦後の新世界秩序のための戦いを実行し得た。タクシーの窓から眺めた市内の日常性にあふれた空間はその象徴だった。
 今回の同時多発テロは覇権国米国本土に向けられた米歴史上初の破壊活動である。戦いの火蓋がきって落とされた時には、すでに何千人もの犠牲者が出た。同時にNY証券市場の機能麻痺、国内飛行の一斉禁止、いわば戒厳令下の拘禁生活という具合に、日々慣れ親しんだ日常性は一挙に吹き飛んだ。湾岸戦争時の日常性維持と今回の日常性の喪失――これは見事なまでの対照をなす。

父と子――そのアナロジー 
 湾岸戦争と同時多発テロには確かにアナロジーも多い。そのいくつかを拾い出せば、以下のとおり。
1. 湾岸戦争を指揮した米国大統領はジョージ・ブッシュ、今回の同時多発テロへの報復「戦争」を宣言したのもジョージ・ブッシュ。父と子である。
2. 宣戦布告時の大統領に対する支持率はいずれも極めて高率。父は90%以上、子も90%近くもの支持を集めている。
3. 父が目指したのは「冷戦後の新世界秩序構築」、子の使命は「脱冷戦の新国際秩序形成」
4. 父は国連決議の獲得、多国籍軍の編成という具合に国際社会の統一行動の形態を目指した。子も国際世論の支持をバックにNATOの集団安全保障の発動を狙う。

父と子は10年の歳月を経てアラブ勢力との対決という事態に遭遇した。上に述べたように2つの戦争には奇しくも共通する要素がある。父は子の「影のアドバイザー」として、今回のテロへの対応の仕方について、種々相談に乗っており、子も父のアドバイスに耳を傾けていると伝えられている。
 だが、同じような事態に直面しても、それが持つ意味はそれぞれの時代によって異なる。全ての出来事は時代の文脈に固有の意味を持つ。いわば時代精神による事象の価値の変化といってよい。そうした観点から今回の同時多発テロを見つめなおせば、湾岸戦争時とはまた、違った様相が見えてくる。

父の「冷戦後の新世界秩序」と子の「脱冷戦の新国際秩序形成」
 二人のブッシュに共通するアナロジーのひとつは世界構造改革への取り組みという点にある。父は「冷戦後の新世界秩序」を唱えた。10年を経て子は「脱冷戦の新国際秩序形成」を掲げた。
 この2つのテーゼは似て非なるものである。まず第1に父の「冷戦後」と子の「脱冷戦」の溝は意外に大きいかもしれない。「もはや戦後ではない」との有名なフレーズが現れたのは昭和31年の経済白書であった。戦後の混乱から日本の経済秩序を取り戻す期間、すなわち戦後経済処理期間が「戦後」の意味だとすれば「もはや戦後ではない」の語は「脱戦後」を意味しよう。日本の経済を自立的・創造的に運営していく時代の幕開けを自戒の念とともに宣言したところにその時代的なメッセージがあったはずだ。
 同様に、父の「冷戦後の新世界秩序」は、ソ連崩壊に伴う従来の秩序破壊に伴う混乱をいかに立て直してゆくかという点にメッセージが向けられていたことは間違いない。それが故に、少なくとも当初は「米ソの2極支配」にかわる秩序を構成するにあたって国際連合を機軸とした秩序形成が声高に議論されていたことを思い出す。父がイラク攻撃を開始するにあたって国連の決議というお墨付きに拘泥したのもまさにこうした冷戦後の秩序形成主体たる国連への敬意表明という側面を否定しきれまい。
 これに対し子の「脱冷戦」の含意はいわば父の「冷戦後」を与件として位置付け、これにとどまることなくこれをもとに新しい国際秩序形成を目指した点にこそあるように思われる。国際新秩序への米国的な取り組み姿勢の延長線上にユニラテラリズムといわれるごく最近の米国対外政策の潮流が位置付けられることに留意すべきであろう。国連という軟弱な機関を基にするのではなく、米国の国益に基づいた秩序形成を目指すというのがブッシュ現政権の基本路線だ。国連への拠出金の削減、ごく最近の国連人種差別撤廃会議からの離脱などはいずれもブッシュ政権の国連軽視政策を裏付けるものだ。政治、経済、文化、あらゆる分野で覇権国の要件を満たしつつある米国にとって望ましい新国際秩序とは自らの国益に背馳しない体制と同義語といっても過言ではない。
 しかし、これを達成するに当たっての現ブッシュ政権アプローチがユニラテラリズムに傾いていたことは、しばしば指摘されるところだ。ブッシュ現政権の孤立主義的、ユニラテラリズム的アプローチがイスラム原理主義過激派からの反発を呼んだ遠因となった可能性すらある(これについては、前回フラッシュ記事「同時多発テロは米国覇権体制への反逆か」参照)。にもかかわらず、ブッシュは今回、NATO等の枠組みを通して国際社会との共同歩調という体制作りにこだわっているのは皮肉である。ユニラテラリズムの真骨頂は国際社会との協調からは距離をおく姿勢にこそある。今回の事件を俯瞰図的にいえば、ユニラテラリズムが巻き起こした結果に対応するために、ユニラテラリズムを放棄するという構図がそこには浮かび上がるからである。

次回予告:「全ての戦いはジハードである」
 父と子、二人の大統領が直面した2つの戦争の本質的な意味を改めて問う