フラッシュ100
2007年10月29日
 

EU 新基本条約を採択〜統合深化の停滞から抜け出せるか

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  欧州連合(EU)は今年10月18、19日にリスボンで開催した非公式の欧州理事会(首脳会議)で新基本条約を採択した。新基本条約は、2005年のフランスとオランダでの批准失敗で発効のめどが立たなくなったEU憲法条約に代わるもので、基本的に同条約の条文を下敷きにしたものであるが、「憲法」という文字を条文から削除するなど、各国が批准しやすいように条約を簡素化したものである。新基本条約採択を受けて、EUでは、今年12月13日に加盟国による正式調印を行い、その後加盟各国での批准手続きを経て、次期欧州議会選挙が行われる2009年6月までの発効を目指している。

  EU新基本条約に盛り込まれた主なポイントは以下のとおりである。

(1)EUの政策の継続性や安定性の確保
  EUの政策の継続性や安定性を確保するため、「EU大統領」と「EU外相級」のポストが新たに設けられる。EUの代表は、これまで半年ごとの持ち回りの議長国の首脳が議長職を務めてきたが(例えば今年前半の議長国はドイツ、後半の議長国はポルトガル)、EUとしての政策の継続性の確保やEUの「顔」としての役割を果たすために常任の欧州理事会議長ポストが創設されることになった。任期は2年半で、1回の再選が可能としている。また、外相級ポストは正式には「外務・安全保障上級代表」という名称で、EUとしての対外政策の継続性や欧州理事会と欧州委員会の対外政策の統合を図るために設けられたポストである。

(2)政策決定の効率性を高めるための措置
  政策決定の効率性を高めるために、欧州理事会における「特定多数決制の適用拡大」と特定多数決における「二重多数決制の導入」が盛り込まれた。
  EUの最高意思決定機関である欧州理事会での決定方式は加盟国の数が少なかったローマ条約(1958年発効)では原則的に全会一致によると定められてきたが、欧州市場統合を定めた「単一欧州議定書」(1987年発効)で意思決定の迅速化を図るために、初めて部分的に特定多数決制が導入された。特定多数決制はEUのその後の基本条約でも適用分野の拡大が図られてきたが、新条約では新たに40以上の政策分野で全会一致制から特定多数決制に移行することが盛り込まれた。
  欧州理事会において特定多数決で法案などを可決する場合、現行の基本条約であるニース条約(2003年発効)では、各国に配分された持ち票の賛成票が一定数以上に達した場合可決という方式をとってきた。具体的にはニース条約では各国に割り振った持ち票の総数を345票(これを、独仏英伊各29、スペイン、ポーランド各27、ルーマニア14…といったふうに国別に配分)とし、特定多数決に必要な賛成票数を258票としている。しかし、この持ち票の各国への配分は各国の人口などを必ずしも正確に反映したものではなかったため、人口が多い割には持ち票が少ない一部の国は不満を抱いていた。このため、新基本条約では、より公平な意思決定を行うためにこれを改め、2014年11月1日以降、加盟国の数で55%以上、賛成国の人口が全体の65%以上という2つの要件を満たした場合に可決という二重多数決制への移行が盛り込まれた。

(3)欧州議会の権限強化
  EU市民から直接選挙で選ばれた議員で構成される欧州議会の権限は、加盟国の首脳で構成される欧州理事会(閣僚理事会の場合は加盟国の閣僚で構成)と比べると弱い。この欧州議会の権限の弱さは、欧州市民の声が直接EUの政策に反映されにくいという意味で「民主主義の赤字」と呼ばれてきた。このためEUは基本条約改正のたびに法案などを欧州理事会だけで決定するのではなく、欧州議会が共同決定できる分野を増やすなどして、欧州議会の権限強化を図ってきた。
  今回の新基本条約においても「新たに約50の政策分野で欧州議会に欧州理事会と共同決定する権限を与える」という条項が盛り込まれており、欧州議会の立法手続きへの関与は一層拡大することになる。

(4)欧州委員会のスリム化
  欧州委員会の委員は現在、各加盟国から1名選出されているが、今後加盟国が増えると欧州委員の数が多くなりすぎて、効率的な政策運営に支障をきたすことが懸念されている。このため、新基本条約では、2014年11月1日から「欧州委員の数(欧州委員会委員長、外務・安全保障上級代表を含む)を加盟国数の3分の2に相当する数に削減する」という条文が盛り込まれた。

(5)EUと加盟国の政策担当分野
  EUと加盟国が担当する政策分野は次のとおり取り決められている。
  EUの専管担当分野は、@関税同盟、A域内市場を機能させるために必要な競争ルールの確立、Bユーロ導入国のための通貨政策、C共通漁業政策の下での海洋生物資源の保護。
  EUと加盟国の共管政策担当分野は、@域内市場、A社会政策、B経済・社会・地域結束、C農水産業(ただし、海洋生物資源の保護を除く)、D環境、E消費者保護、F運輸。
  そのほか、@国民の健康の保護、改善、A工業、B文化、C観光の分野は、基本的に加盟国の所管であるが、これらの分野についても、EUは欧州レベルでの支援、調整、補完を行う権限を有すると定めている。

(6)今後のEU拡大の可能性
  現行のEU基本条約であるニース条約では加盟国数は最大で27カ国と規定されているため、現在の27カ国以上の拡大は困難であるが、新基本条約が発効すると、EUの更なる拡大が可能となる。

  新基本条約が採択されたことにより、今後の焦点は今年12月から加盟各国で順次実施される批准手続きに移る。批准手続きは、各国の国民投票実施に関する規定などにより、国民投票で国民の賛否を問う方式で実施する国と議会での投票により批准の可否を決める方式をとる国に分かれるが、新基本条約が「憲法」という文字を削除するなどして、国民投票ではなく議会での批准をやりやすくしたことなどから、前回批准に失敗したフランスやオランダを含む多くの国では議会による批准を行うことになるものと見られている。
  10月21日にポーランドで実施された総選挙でカチンスキ政権が敗北し、政権交代が確実になった。カチンスキ政権は国益重視の立場から、EUとロシアの経済協力協定の交渉入りに反対するなどEUでの合意形成の障害となってきた。選挙に勝った中道右派の「市民プラットフォーム」(PO)は外交的にEU重視の立場をとると見られていることから、EUにとっては今後の新基本条約の批准手続きにおいてひとつの懸念材料が取り除かれたことになる。
  問題は、欧州統合への懐疑論が伝統的に強く、国民のEU支持率が加盟国の中で最も低い英国の動向である。英国のブラウン首相は議会承認で批准失敗のリスクを避ける意向といわれているが、政権の弱体化などで国民投票実施に追い込まれた場合、批准が否決されるというEU憲法条約の悪夢が再現する可能性も否定しきれない。