フラッシュ114
2008年8月20日
 

非喫煙者保護と営業活動の自由
〜ドイツ憲法裁判所が州の「喫煙者保護法」の見直しを求める

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  ドイツ連邦憲法裁判所(最高裁)の第一法廷は2008年7月30日、バーデン・ビュルテンベルク州とベルリン州の居酒屋(Eckkneipen)やディスコテークの経営者から別々に出されていた「各州の非喫煙者保護法が自由な営業活動を行う権利を侵害している」とする訴えを認め、賛成6、反対2の票決で州の「非喫煙者保護法」の見直しを求める判決を下した。

<ドイツ憲法裁判所の判決の要旨>

@レストランや居酒屋等の飲食店における喫煙の禁止は、ドイツ人成人の喫煙者比率が33.9%と高いことを考慮すると、主としてアルコール類を提供している(喫煙者用の分離スペースを設けられない)小規模な居酒屋の売上高の減少をもたらすことになり、経営者の自由な営業活動に対する重大な侵害になる。

Aバーデン・ビュルテンベルクおよびベルリン州においては、これまでの飲食店における禁煙を定めた「非喫煙者保護法」は、受動喫煙の危険から国民の健康を守ることの重要性に鑑み、2009年末まで引き続き有効とする。しかし、小規模な飲食店経営者の存続上の不利を避けるために、新しい規則が効力を発するまでは、非喫煙者保護法にすでに定められている例外規定を、主として飲料を提供する小規模飲食店に有利なように拡大する。新たな例外規定の対象になるのは、@料理を提供しないアルコール飲料主体の飲食店であること、A客室面積が75平米以下の小規模な飲食店であること、Bスペースの制約等で喫煙者用の分離したスペースを用意できないこと、C18歳以下の未成年者の客を入れないこと、といった条件を満たした飲食店である。

B州司法当局は、2009年12月31日までに禁煙に関する新しい規則を定めなければならない。その際、州司法当局は、レストランにおける非喫煙者保護の厳しいコンセプトを例外規定のない形で決定することもできるし、あるいは、非喫煙者保護のより緩やかなコンセプトの下で喫煙禁止の例外規定を設けることもできる。その際、個々の飲食店の営業分野の特性を考慮に入れるとともに、公平の原則を考慮に入れなければならない。

(出所)ドイツ憲法裁判所ホームページ、ハンデルスブラット紙2008年7月31日付より作成

  上記の訴えが出された背景を理解するために、ドイツにおける禁煙法(非喫煙者保護法)がどのように定められているのかについて見てみよう。
  まず、全国ベースでは、2007年7月20日制定(9月1日発効)の連邦法「受動喫煙の危険からの保護に関する法律」で、公共の場所での喫煙の禁止が定められている。同法で定めているのは、@政府関連施設、A公共旅客輸送機関、B旅客駅、での喫煙の禁止である(ドイツ連邦厚生省のホームページによる)。
  これに加えて、各州は、連邦法がカバーしていない分野での禁煙を定めた禁煙法(非喫煙者保護法)を定めている。例えば、今回、憲法裁判所に対する訴状が出されたバーデン・ビュルテンベルク州では、2007年8月発効の「非喫煙者保護法」で、@学校(私立学校を含む)、A青年の家、B託児所、C州政府の施設および州・市町村のその他の施設(特に、大学、裁判所、劇場、博物館、スポーツ施設および多目的施設)、D病院、養護施設、リハビリ施設、E飲食店およびディスコテークにおける喫煙、F18歳以下の喫煙、の禁止を規定している。ただし、上記Eの飲食店については、例外規定があり、分離した喫煙場所を確保した飲食店や屋外で飲食を提供する店などでは喫煙が認められている。しかし、ディスコテークについてはこの例外規定は認められていない(注)。(同州のホームページによる)。

  バーデン・ビュルテンベルク州の「非喫煙者保護法」にみられるこうした飲食店に対する厳格な禁煙の規定は、同様の州法を制定している他の州においても、特に喫煙者用の分離スペースを確保できない小規模な(一部屋しかない)居酒屋の経営に深刻な影響をもたらしている。例えば、ヘッセン州のドイツホテル飲食店組合(Dehoga)とヘッセン/ラインラントプファルツ州の醸造業者組合が今年の春に1,500の飲食店に対して行ったアンケート調査によれば、主として飲料を提供している小規模な居酒屋の売上高は、「非喫煙者保護法」の発効以降、平均して31%減少したという。また、ドイツ醸造業者組合(DBB)では、レストランでの喫煙禁止が続いた場合、ビールの売上高は年間1億リットル減少すると予測している(ハンデルスブラット紙、2008年7月31日付)。
  このように、各州の定める厳格な「非喫煙者保護法」の規定がドイツ全体で6万8,000店あるといわれる小規模な居酒屋の経営に深刻な影響を与えていることが、冒頭で述べた2つの州の居酒屋/ディスコテーク経営者による憲法裁判所への提訴に結びついたものである。

  上記の憲法裁判所の判決は、訴えのあったバーデン・ビュルテンベルク州とベルリン州について、「非喫煙者保護法」の見直しを求めたものであるが、他の州でも同様の訴えが出された場合、憲法裁判所から州法の見直しを求められることが確実な情勢となったため、ヘッセン、ハンブルク、ブレーメン州など他州でも当面、両州にならって小規模な居酒屋での喫煙を認める方針を発表している。

  憲法裁判所への訴えを起こしたバーデン・ビュルテンベルク州の居酒屋の経営者は、「ようやくトンネルの先に光が見えてきた」として憲法裁判所の判決を歓迎している。この居酒屋には、憲法裁判所の判決が出た翌日、州政府に対する“勝訴”を祝って多くの常連客がかけつけ、ビールとタバコを手にした立ち飲み客であふれたという(同上紙)。

  しかし、前述のように、憲法裁判所の判決は、両州に「非喫煙者保護法」の見直しを求めたものの、新しい「非喫煙者保護法」ついては、「レストランにおける非喫煙者保護の厳しいコンセプトを例外規定のない形で決定することもできるし、あるいは、非喫煙者保護のより緩やかなコンセプトの下で喫煙禁止の例外規定を設けることもできる」と玉虫色の表現をしており、新「喫煙者保護法」の内容をどのようにするかについては、各州の司法当局の判断に委ねた形になっている。すなわち、今回の判決が、直ちに新しい「非喫煙者保護法」における例外措置の拡大に結びつくのかどうかは不透明な状況にあり、小規模な居酒屋に対する例外措置の拡大が2009年末までの一時的なものに終わる可能性も否定できない。
  これから、両州においては新しい「非喫煙者保護法」の制定に向けた議論がはじまることになるが、両州は、新「喫煙者保護法」において、禁煙(非喫煙者の保護)と居酒屋やディスコテーク経営者の営業活動の自由確保のバランスをどのようにとるのかという難しい判断を迫られることになる。

  ちなみに、この問題についてドイツの調査会社Emnidが市民約500人に対して行ったアンケート調査によれば、約56%が特に小規模な居酒屋に対して禁煙の例外規定を認めることに賛成、20%が禁煙規定を設けること自体に反対、23%がすべての飲食店で例外なく禁煙規定を設けることに賛成、という結果が出ている(同上紙、2008年8月4日付)。

(注)バーデン・ビュルテンベルク州法で例外なく禁止されているディスコテークでの喫煙についても、一般の飲食店と差別する理由がないとして、今回の憲法裁判所の判決で、18歳以下の客を入れないという条件で(ダンスフロアなしの)喫煙スペースを設置することが認められることになった。