フラッシュ12

2001年9月19日

テロが日米関係に問いかけるもの
〜真の日米同盟への試金石(その1)〜

国際貿易投資研究所 研究主幹
木内 惠

 人間関係とは微妙なものである。いさかいを続ける間はまだよい。だが、二人の関係のあり方それ自体を問い直すということになると事は深刻になる。今回の同時多発テロを契機に同様の図式が今、日米関係、より直裁的には日米同盟のあり方に対する問いかけとなって現れつつあるのかもしれない。
 日米間にはこれまで経済通商摩擦が繰り返されてきた。だが、今回のテロ事件は日米関係の「あり方」それ自体を問い直す契機になりかねない。事態は、進展次第では、米国の対日感情にも影響を与えかねない要素を内包すると見られるからだ。対日観の変化は、さらに米国の対日経済・通商アプローチや政策への影響となって現れる可能性すら否定しきれない。かつて、90年代初頭米国内で席巻したリビジョニズムといわれる対日アプローチ見直し論を思い出す。「日本は異質な国であるから異質なるアプローチが必要」との主張で知られるリビジョニズムは、当時の米国の対日政策に影響を与え結果的に日米通商関係を複雑化させた経緯がある。

日米同盟の試金石
 日米関係の観点から今回の同時多発テロが持つインプリケーションはなにか。日米同盟のあり方にとって、言葉の真の意味での試金石になるということである。
 同時多発テロが日米関係に及ぼす影響を構成する基本構図はすこぶるシンプルだ。相手の期待するレベルにまで両者の関係が至っているか否かという点に尽きる。この問題を検討するにあたって、まずブッシュ現政権の対外政策の基調に見られる特徴を@米国の対日同盟に対する位置付けの変化、A国家の類型化――の2点に集約して考える。

米国の対日政策の大枠

 米国の考える日米同盟のレベルはブッシュ政権になって一挙に深化した感がある。ブッシュ新政権の対日政策の基調をみる意味で注目すべき報告書がある。アーミテージ・レポートと称される報告がそれである。
 アーミテージ・レポートは米国の考える日米関係の大枠やあるべき姿を大局的に描いた上で、対日政策の基本的方向を提言しているという点で重要な意味を持つ。このレポートが注目されなければならない理由はまだある。これが共和党のみならず民主党も参画しての超党派グループにより作成されたことである。リーダーはブッシュ陣営の外交政策顧問を務める共和党系のアーミテージ現国務副長官(元国防次官補)が務めた。大統領選挙直前の2000年10月11日に次期政権の対日政策に関する提言として発表されたこの報告のタイトルは「米国と日本――成熟したパートナーシップに向けて」というもの。

日米同盟を米国の安保世界戦略の核に
 アーミテ―ジ・レポートの最重要メッセ−ジを一点だけ挙げれば「米国の安全保障世界戦略の核に日米同盟を位置付ける」ということに尽きる。そのためには、米英間の「特別な関係」を日米関係のモデルにすべきだと訴える。「米英間の特別な関係」とは安全保障を中心に各分野で深く結び付いた両国関係を指す。これを日米関係に当てはめれば、ともすれば経済・通商偏重になりがちな近年の日米関係を改め、日米同盟を基軸としたより大きな枠組みでの関係を構築すべきだという主張である。
 こうしてブッシュの対日政策の指針アーミテージ・レポートの中で日米同盟のモデルを「米英間の特別な関係」に求めている点は注目に値する。米英同盟とはただの同盟ではない。まさに運命共同体に近い。今回の同時多発テロで英国のブレア首相がいち早く米国との共同行動を打ち出し、武力攻撃にも直接参画を申し出たのは、「米英間の特別な関係」を重視する英国の立場からは至極当然のアクションといえる。「特別な関係」を期待されている日本の出方が英国との比較からも評価されるとみる所以である。

日米同盟の格上げ
 アーミテージ・レポートを如何に読むべきか。これを読み解くに当たってのキーワードの第1は「日米同盟」である。
「日米同盟」なる語が日米首脳間で初めて使われたのは1981年5月のレーガン大統領と鈴木首相との会談であった。この時の共同声明で日米の「同盟関係」が明記されたのである。しかし、当時の日米貿易不均衡の拡大を背景に両国間の関心は経済・通商問題に収斂され、こうした流れは基本的にはクリントン前政権に至るまで続いてきた。
 だが、ブッシュ現政権の対日アプローチの最大眼目は、経済や通商に過度に傾斜することなく、より大きな枠組みで、しかも「同盟」を基軸にした両国関係再構築を試みようとしていることにある。日米同盟を米国の安全保障分野での世界戦略の中心として位置付けようとするアプローチである。要するに、日米同盟のランクを上げたということである。

パワー・シェアリング
 アーミテ―ジ・レポート中のキーワードの第2はパワー・シェアリングである。この「パワー・シェアリング」なる語もこれまでの日米関係の流れに照らしてみると、なかなか味わい深い言葉ではある。
 戦後の両国関係の基調変化を過去の日米首脳会談のいわばキャッチフレーズから拾えば、「イコール・パートナーシップ」(1961年のケネディ池田会談)から「グローバル・パートナーシップ」(89年のブッシュ・海部会談、92年のブッシュ・宮沢会談)へのシフトが一つの節目であった。
 グローバル・パートナーシップとは、日米が一緒になって世界大の問題に取り組んでいく、そうした協力関係を指す。それまでの言わば主従関係の打破を唱えるイコール・パートナーシップとの違いもここにある。

テロ対応で米側が日本の出方を静観するのは何故か
 グローバル・パートナーシップという語の登場の背後には、当時喧伝された米国パワーの相対的地位低下論がある。やはり、この頃登場した「バーデン・シェアリング」の語もこうした文脈に照らしてみるとその本質が浮き彫りになる。すなわち米国の「負担」(バーデン)を日本も「分担」(シェアリング)するというのが、その本質的な意味であった。
 これに対しアーミテ―ジ・レポート中の「パワー・シェアリング」の概念をどのように位置付けるべきか。「パワー」とは、本来、自らの好ましい状態を実現させたり、目標を達成するための各種能力や資質をいう。その意味で、主体的であり、能動的であり、ダイナミックですらある。パワー・シェアリングとは主体的に世界やアジアの問題に主体として参画を呼びかけるためのテーゼだと思われる。集団的安全保障や憲法改正を強要はしないが、「歓迎する」のもそのゆえであろう。
 今回のテロ事件では、日本の具体的な対応の中身を日本側の自主的・自発的判断に委ねるとのスタンスを取っている背景要因もこの辺にありそうだ。

予告:明日のフラッシュ欄の予定
 本稿では、ブッシュ現政権の対外政策基調に見られる特徴の1つを対日同盟に対する位置づけの変化としてとらえ、そのインプリケーションについて検討した。
 明日のこの欄では、まず、ブッシュの対外政策基調第2の特徴たる「国家の類型化」の持つ意味について考察し、日米同盟に対する米側の「心情」的期待値、および日本のアクションがこの期待値に満たなかった場合に、これが日米関係に及ぼしうる影響などについて、報告の予定である。
 現時点での仮タイトルは「米国情念世界の内なる日本像」