フラッシュ121
2009年3月24日
 

ドイツでEUのリスボン条約に対して違憲提訴
〜リスボン条約批准に新たな波乱要因?

 
(財)国際貿易投資研究所
研究主幹
   田中 信世
 

  今年1月末、ドイツで、EU(欧州連合)の新基本条約であるリスボン条約がドイツの基本法(憲法に相当)に違反するとして、憲法裁判所に訴えが出された。原告には、国会議員ではガウヴァイラー議員(キリスト教社会同盟;CSU)のほか左派系の議員、国会議員以外では、ティッセン社元社長のスペートマン氏、元欧州議会議員シュタウフェンベルク氏(CSU)、経済学者スタールバッティ氏、ベルリン大学法学部ケルバー教授などが名を連ねている。
  訴状は200頁以上に及ぶ大部なものであるが、主な提訴内容は、@リスボン条約は連邦議会の権限を不法に制約するものであり、これ以上の国家主権をEUに移譲することはドイツ基本法の第23条に違反し、国家主権の空洞化をもたらす、AEUにおいては、1993年のマーストリヒト条約の合憲判決における経済通貨同盟の要件が守られておらず、通貨安定の原則が空洞化している、BEUは補完性の原則(注)に違反している、などとされている(2009年1月27日付および2月10日付ハンデルスブラット紙)。上記原告団のうち、経済学者のスタールバッティ氏は1997年にもマーストリヒト条約によるユーロの導入に対しても違憲の訴えを起こしており、敗訴した経緯がある。
  ちなみに、現行のドイツ基本法第23条は第1項で、「統一された欧州の実現のために、ドイツ連邦共和国は、民主的、法治国家的、社会的、連邦主義的な性格をもち、かつ基本原則である補完性の原則を順守する欧州連合の発展に寄与する。…このために連邦は連邦参議院の同意の下で法律に基づき、欧州連合に国家主権を移譲することができる」と定め、第3項で「連邦政府は、欧州連合の立法行為に協力する前に連邦議会に対して態度を決定する機会を与え、EUとの交渉に際しては連邦議会の態度を考慮に入れる」などと定めている。

  2007年1月にポルトガルのリスボンで採択されたリスボン条約は、その後09年1月の発効を目指して、EU加盟各国による批准手続きに入ったが、現時点でEU加盟27カ国のうち23カ国は批准を済ませたものの、残る4カ国(アイルランド、チェコ、ポーランド、ドイツ)が未批准国として残っている。
  アイルランドは08年6月に行われた国民投票でリスボン条約を否決、今年10月に再度国民投票を実施することになった。チェコは今年2月に議会下院でリスボン条約を承認したが、上院での承認が終わっておらず、上院での承認が得られたとしても、欧州統合に強硬に反対しているクラウス大統領が批准文書に署名するかどうかが焦点になっている。また、ポーランドも、議会での承認手続きは終わっているものの、統合反対論者のカチンスキ大統領の署名が終わっていない。ドイツでは、08年4月に連邦議会で、5月に連邦参議院(上院)でそれぞれリスボン条約を承認したが、ここにきて、前述のように違憲提訴の動きが出てきたため、ケーラー大統領による批准文書への署名は憲法裁判所の判決待ちの格好となっている。
  ハンデルスブラット紙などの報道によれば、憲法裁判所の判決が出るのは数カ月先と見られている(これまでのEU各国における批准状況については、08年5月12日付フラッシュ112「リスボン条約の批准状況」、および6月26日付フラッシュ113「アイルランドのリスボン条約否決の反響」参照)。

  ドイツでの違憲提訴は、丁度アイルランドが2回目の国民投票実施を決定した矢先に行われたため、今年中にすべての国で批准手続きを済ませるという批准推進機運の盛り上がりに水を差すことになった。しかし、EUの欧州委員会では、今回の違憲提訴でドイツのリスボン条約批准が挫折することは考えられないとしており、リスボン条約成立の成否は、あくまでもアイルランドでの2回目の国民投票の結果とチェコでの批准にかかっていると見ている(同上紙)。

<基本法の改正手続きは完了>
  一方、リスボン条約には、EUの機構や意思決定方式の変更が盛り込まれているが、その一環として議定書などで、@EUの立法行為についての各国議会の意見表明権、AEUの補完性原則の順守義務に対する各国議会の権限等、EUの意思決定に対する加盟国議会の直接の関与を規定している。その一環として、リスボン条約の議定書では、欧州委員会が作成する政策文書(グリーンペーパー、ホワイトペーパー、コミュニケーション文書等)は、各国の議会にも直接発出されると規定している。従来、欧州委員会の作成する政策文書は、当初はEUの最高意思決定機関である欧州理事会のみに発出されていたが、欧州議会の権限が強化されてからは、欧州理事会と欧州議会の両方に発出されるようになっている。
  また、リスボン条約が成立した場合には、加盟国はリスボン条約の内容を各国の基本法(憲法)に反映させる必要がある。このためドイツにおいては基本法の改正が行われ、政府は08年10月に、基本法のリスボン条約に関連する条項(第23条、第45条、第93条)の変更/追加を盛り込んだ改正法(Gesetz zur Aenderung des Grundgesetzes〔Artikel 23、45 und 93〕)を制定、公布した。
  基本法第23条の改正では、前述の第23条の第1項の次に第1a項を追加し、@連邦議会と連邦参議院は欧州連合の立法行為が補完性原則に違反する場合には欧州連合裁判所に訴えを起こす権利を有すること、A連邦議会は、議員の4分の1の要求がある場合には、この訴えを実行する義務があること、などを盛り込んだ。また、第45条の改正は、連邦議会が設置する欧州連合問題委員会(Ausschuss fuer die Angelegenheiten der Europaeischen Union)の権限の拡充に関するものであり、第93条の改正は「連邦憲法裁判所に対して、連邦法または州法の基本法との適合性等について審査を申し立てることができる者を、連邦政府、州政府または連邦議会議員の3分の1とする」という従来の規定を、連邦議会議員については4分の1で申し立てができるように改正したものである。
  この基本法の改正法は、EU加盟国すべてで批准作業が完了し、リスボン条約が成立した時点で発効すると規定しており、ドイツを含む未批准4カ国の批准待ちの状態にある。

  注)EUは、EUの専管事項に属さない分野については、特定の政策や措置の目的が加盟国によって十分に達成されず、規模または効果の点でEUレベルで実施したほうがよりよく達成できる場合にのみ、EUが実施するという原則。