フラッシュ157
2012年9月4日
 

ユーロ支援を躊躇するドイツ

 
(一財)国際貿易投資研究所
客員研究員
新井 俊三
 

ユーロが危機にあるとはいえ、ユーロ圏各国首脳も夏休みを取っていたため、その間、事態に大きな変化がみられなかった。休暇明けの8月下旬から各国首脳が再活動を始めたが、各種行事が目白押しで、波乱も予想される。

8月22日にはユーロ圏財務相会合のユンカー議長がギリシャを訪問、翌23日にはメルケル独首相とオランド仏大統領が、ギリシャ首相の来訪を控え、意見調整の会談をベルリンで実施。24日にサマラス希首相がベルリンを訪問し、翌25日にはさらにパリへ飛び会談を実施。メルケル首相とオランド大統領は、ギリシャのユーロ圏への残留を希望したものの、ギリシャが求めていた緊縮策の実施期間の延長に関しては応じず、9月中には発表される予定のギリシャ支援グループ、いわゆるトロイカ(欧州委員会、欧州中央銀行、IMF)のギリシャ経済調整計画報告書を待ちたいとした。

9月に入ると、9月6日にはECB(欧州中央銀行)の定例理事会が開催される。注目されるのは、イタリア、スペインなど債務危機のあるユーロ諸国の国債購入に関する決定がどのようになされるか、ということである。9月11日には欧州委員会が共通銀行監視制度について提案を発表する。

9月12日にはドイツの憲法裁判所が違憲訴訟を受けているESM(欧州金融安定メカニズム)と財政協定について決定を下す予定。同日にはオランダで総選挙が実施されるが、ユーロ反対派である右派の得票に関心が集まっている。

9月14日、15日にはEU財務相非公式会合が予定されているが、それ以前にも特別会合の可能性もある。

こうした流れをうけ、また上述のトロイカの報告書を踏まえて、10月18日、19日に開催されるEU首脳会議(欧州理事会)でギリシャ緊縮策の実施期間の延長の是非などが決定されることとなる。

9月の日程の中で、一番注目を集めているのは、ドイツ憲法裁判所のESMおよび財政協定を巡る判断である。ESMおよび財政協定に関してはドイツ連邦議会が6月29日に承認、大統領の署名を待って発効し、他のユーロ諸国も承認しているところから、ESMは7月1日にも設立予定であった。ところが憲法裁判所も法案を検証したいとし、また各方面からも違憲訴訟が出されたため、判決を待つこととなった。違憲判決が出るという最悪のケースでは、ESMの設立ができなくなり、その結果ユーロ重債務国への支援への道が閉ざされ、大混乱となることが予想される。

こうしたドイツでの憲法裁判所への提訴は今回が初めてではなく、過去にもマーストリヒト条約やリスボン条約などを巡り、違憲訴訟が行われた。ユーロ危機回避のためには、ギリシャ等への従来の支援策に加え、ECBによる銀行への資金供給拡大、ECBによる重債務国の国債購入、重債務国の国債金利負担削減のためのユーロ共同債の発行、ESMの規模拡大・銀行免許の付与などが必要とされているが、いずれもドイツに反対され、銀行への資金供給、国債の購入などが一部実施されているだけである。

ユーロ危機の回避のためにはドイツの支援が不可欠であり、ユーロ圏諸国のみならず、ユーロ崩壊の影響が大きいところから、欧州外からもドイツの決断を要請されているが、経済政策の違い、中央銀行の役割に関する考えの違い、国民感情などから大胆な支援に踏み込めないでいる。9月12日の憲法裁判所の判決を前に、ユーロ支援に躊躇するドイツ国内の様々な意見、その背景となる考え方などを俯瞰してみることとする。

少数ながらもユーロ懐疑派も 経済学者が論争

英国に欧州懐疑派がおり、EUからの離脱を主張しているのと同様、ドイツにもやはり欧州懐疑派がおり、市場統合以上のEUの深化には反対している。憲法学者であるシャハトシュナイダ―はマーストリヒト条約について違憲訴訟を起こしているが、さらにユーロ導入についても違憲訴訟を実施。その時に共同歩調を取ったのが、経済学者であるハンケル、ネリング、テュービンゲン大学名誉教授シュターバッティーである。彼らはその後も、リスボン条約、ギリシャ支援法、EFSF(欧州金融安定ファシリティ)設立についても違憲訴訟を起こしている。政治家ではキリスト教社会同盟(CSU)のガウヴァイラーが反EUであり、リスボン条約、ギリシャ支援法などで憲法裁判所に提訴している。彼らがドイツの反EU、反ユーロの中心人物である。

ユーロ危機については、経済学者は目立った発言をしていないが、唯一といっていいほど頻繁に発言し、ギリシャ等への支援に反対しているのがIFO経済研究所のジン所長である。しかし、6月末のEU・ユーロ圏首脳会議で、ESMからの直接の銀行支援、銀行監督の一元化が決定されるや、ドイツの経済学者の一団からそれに反対する声明が出された。発起人はドルトムント工科大学の統計学者、クレマー教授だが、声明文の起草に当たり、ジンIFO所長も協力したといわれている。声明文には当初172名の学者が名を連ねた。ドイツ国内だけでなく、スイス、オーストリアなどのドイツ語圏の学者も加わり、さらに海外にいるドイツ人経済学者も参加している(フランクフルター・アルゲマイネ紙ウェブ版7月5日)。署名したのは7月下旬までで約250人に上るといわれる。ユーロ圏の銀行の一元管理(銀行同盟)により、杜撰な経営で危機に陥った他国の銀行を、ドイツの納税者、預金者の負担で救済することになる、というのが反対の論拠である。

これに対し、すぐ反応したのがドイツ政府の経済諮問委員会(5賢人)の一人であるヴュルツブルグ大学教授ボーフィンガーら7名の経済学者。首脳会議の決定は、まだユーロ圏銀行の債務につき共同で責任に負うというものではなく、ジン所長らの声明は人々の恐怖をあおるだけ、と批判している。

一方、通貨同盟の制度設計上の誤りを指摘し、銀行危機が国家債務危機につながりやすい現在の姿を変えるには、欧州統合の強化と銀行同盟が必要という声明が出され、これに賛成する経済学者が100名を超えた。

孤立しつつあるドイツ連銀

ドイツ連邦銀行(中央銀行)もECB(欧州中央銀行)のユーロ支援策には反対である。ECBが設立され、ユーロが導入されて以来、ドイツ連銀はドイツ国内の実務を担うだけであり、ECBの政策決定には他のユーロ諸国と同様1票の権利を持つだけであるが、ユーロ圏最大の経済力を持ち、またECBがドイツ連銀をモデルに設立されたということもあり、ドイツ連銀の発言力は大きい。ドイツ連銀の政策目標は通貨価値の安定、インフレ対策であったが、ドイツ人にとってはドイツ連銀の後継組織であるECBも同様な役割だけを果たすべきとされる。現在のドイツ連銀ヴァイドマン総裁も、通貨価値の安定だけが中央銀行の役割としており、ECBのスペインなどの国債購入には反対している。8月2日のECB理事会では、国債購入に反対をしたのは最終的にはヴァイドマン総裁1人だけとなり、孤立ぶりが目立った。

8月17日の独ツァイト紙(ウェブ版)によれば、ドラギECB総裁とヴァイドマン独連銀総裁との間には違いよりも共通点が多い、という。両者とも中央銀行の役割をインフレとの戦いとしており、通貨同盟を維持したい。ユーロ圏のさらなる改革、統合の深化でも意見が一致しているが、それをどのように推進するかで違いが出てくる。政府が解決できなければ中央銀行が代行し、正常に戻れば中央銀行は元の役割に戻る、というのがドラギ総裁の考えである。一方、ヴァイデマン総裁はいったん譲歩するとすべて崩壊してしまうという考えで、したがって結果としてユーロ圏を去る国があっても原則は守るという立場である。

連立与党内には反対者も SPDは欧州統合に前向き

ユーロ危機が発生して以来、危機回避のため、ユーロ圏最大の経済力を持ち、また、為替リスクのない安定したユーロ圏という市場から最大の恩恵を受けてきたドイツへの期待、要請が高まったが、ドイツ政府は危機が深刻化するたびに支援を実施するものの、財政規律の遵守、インフレの恐れなどを理由に、躊躇しつつまた小出しにすると批判されてきた。溺れている人をすぐ救助する代わりに、泳ぎ方を教えようとするメルケル首相のマンガがエコノミスト誌にも掲載された。(6月9日号)

ユーロ危機に対するドイツの政界の立場はやや混乱している、といえる。6月末のEMSおよび財政協定を巡る連邦議会の議決は3分の2以上の賛成で可決されたが、最大野党のSPD(社会民主党)および緑の党は賛成したものの、連立与党からは離反者がでている。

メルケル首相が党首であるCDU(キリスト教民主同盟)のバイエルン州の姉妹党CSU(キリスト教社会同盟)は、ユーロ懐疑派のガウヴァイラー議員に代表されるように、ギリシャ支援等に反対する議員をかかえているし、同じく連立与党であるFDP(自由民主党)の中にも反対派が多い。

ギリシャのユーロ離脱についてはCSUのドブリント幹事長が、またFDPではレスラー党首兼経済相が言及しているが、メルケル首相は沈静化に努めている。混乱しているのは、FDPで、州議員レベルではESMに銀行のライセンスを供与すべしという意見が出たり、現在ギリシャが要望している緊縮策の実施期間の延長を認めようという意見も出ている。

最大野党のSPDは欧州政策で一歩踏み出した。ガブリエル党首は、厳格に各国の財政を監視するという条件付きながら、ユーロ共同債の導入を提案、実現のためには基本法(憲法)を改正し、国民投票を実施するとした。これはまだ党首個人の意見であるが、すでにシュタインブリィッケ前財務相が賛成しており、今後党内の議論にかけられる予定である。

これは来年のドイツ連邦議会選挙に向けたものであり、ガブリエル党首はSPDの欧州政策の見直しということで、哲学者のハーバーマスにSPDへの寄稿を依頼し、ハーバーマスは経済学者ボーフィンガー(5賢人のひとり)および哲学者ニダ・ルーメリンと共同で作成している。

メルケル政権としては、財政規律の維持、インフレの抑制、物価の安定という中央銀行の役割というドイツの立場からユーロ支援には積極的ではなかったが、ドイツがユーロ圏の最大の受益者であること、ユーロ崩壊による損失の大きさ、今まで積み上げてきた欧州統合の歩みなどを考慮し、またユーロ圏内外の圧力もあり、徐々にユーロ支援に向け、方向を変えてきたといえる。

ユーロ崩壊への懸念

ドイツの選挙民はユーロ危機にどう反応しているのか。今回のユーロ危機は2009年秋に政権交代があったギリシャで、前政権の統計の粉飾が暴露されたことに始まる。債務統計の粉飾のみならず、ギリシャの汚職、脱税、縁故主義、行政の非効率などが次々と報道されるに及んで、ドイツ国民のギリシャに対する感情は悪化し、支援に対しても反対する意見が多かった。しかし、時間の経過とともに世論も変化してきている。

8月1日に発表されたドイツ第1放送(ARD)の世論調査では、有権者約1,000人に対しECBの役割およびユーロの将来についても質問がなされている。ECBの役割について、必要があればスペイン等の国債を購入すべし、という欄に12%がチェック、ECBの役割は物価の安定だけ、という欄には39%が○を、45%が「わからない」と回答している。ユーロの将来については、「ユーロが危機を克服し、今後も存続」という項目に64%が賛成、「ユーロ崩壊は経済的にかなりの打撃」という項目に76%が同意しており、したがって「ドイツ政府はユーロ救済のためには、あらゆることをすべし」という項目に64%が賛成している。「あらゆること」にはギリシャ支援も含まれるのであろう。一般市民の間でも徐々にギリシャ離脱、ユーロ崩壊の経済的損失の大きさが理解されるようなってきたといえる。

世論調査は、どの時点で、どのような設問で行なうかにより結果にも差が出てくるので、そこからどう読み取るかは注意が必要であろう。今年の5月、ギリシャの再選挙の前に実施されたドイツの世論調査では、ギリシャのユーロ離脱に賛成が56%、反対が26%、「わからない」が18%となっている。また、「ギリシャの緊縮策を実行させるためには厳格に臨むべき」という項目には70%が賛成しているのに対し「緊縮策の厳格な実施を求めることはかえってギリシャを崩壊に導くため、時間が必要」という意見を20%が支持し、残り10%がわからない、と答えている。

ユーロ支援については、メルケル政権も徐々に歩み寄ってきているとみられており、最近ではドイツ連銀のヴァイドマン総裁の孤立が言われ、辞任を検討したとのうわさも流れている(ビルト紙ウェブ8月31日)。ドイツの譲歩でユーロ支援に弾みがつくかどうか。今後を占ううえで、ドイツ憲法裁判所がどのような判断を下すかが注目される。