フラッシュ160
2012年12月13日
 

2012年大統領選挙:ロムニーはなぜ敗れたのか

 
桜美林大学 名誉教授
(一財)国際貿易投資研究所
客員研究員
滝井光夫
 

大統領選挙が終って1ヵ月余りが過ぎた。すでに選挙は遠い昔の出来事のようにも感じるが、今回の選挙をロムニー候補の問題点および共和党側の課題を中心に回顧しておきたい。

1. 大接戦?

今回の大統領選挙では、最後までオバマ対ロムニーの激しい接戦が伝えられた。過去の選挙と比べて、接戦はどの程度のものであったか。はじめに、この点からみていこう。

60年のケネディ対ニクソンから12年のオバマ対ロムニーまで12回の大統領選挙が行われたが、今回の得票率の差2.8%ポイント(オバマ50.6%、ロムニー47.8%)は、12回のうち下から数えて6番目である。差(勝者の得票率から敗者の得票率を差し引いたもの)の小さい5番目までを順にみると、00年のマイナス0.5%ポイント(ブッシュ47.8%、ゴア48.3%)*、60年の0.2%ポイント(ケネディ49.7%、ニクソン49.5%)、68年の1.0%ポイント(ニクソン43.4%、ハンフリー42.4%)、76年の2.0%ポイント(カーター50.0%、フォード48.0%)、04年の2.5%ポイント(ブッシュ50.6%、ケリー48.1%)となる(表1参照)。

*ブッシュは得票率ではゴアに負けたが、獲得した選挙人は271人とゴアの266人より5人多く、勝利した。フロリダ州の投票を数え直さないとの最高裁の決定がブッシュの勝因となった。

米国の大統領選挙では得票率は勝敗には無関係で、獲得した選挙人数がすべてを決める。今回、獲得した選挙人数の差は126人(オバマ332人、ロムニー206人)で、6回の接戦のなかでは最も差が大きい。勝利を収めた州の数は、オバマが26州と首都ワシントン、ロムニーは24州とその差は僅かであったが、オバマは人口の多い(従って選挙人が多い)両岸地域と中西部の東側を、ロムニーは南部と中西部の西側および西部の東側を押えた。オバマは、どちらの候補が勝つか予想しがたい接戦(toss-up statesまたはswing statesと呼ぶ)7州(コロラド、フロリダ、アイオワ、ニューハンプシャー、オハイオ、バージニア、ウイスコンシン)*のすべてで勝利し、ロムニーは08年選挙でオバマが勝ったインディアナとノースカロライナの2州を奪還した。

*7州はニューヨーク・タイムズ紙が挙げたもので、リアルクリアポリティックスはこれら7州にネバダ、ミシガン、ノースカロライナ、ペンシルバニアの4州を加えた11州を接戦州とした。

歴史に「もし」はないが、もし接戦7州のうち、得票率が僅差となったフロリダ(オバマ50.0%、ロムニー49.1%、差0.9%ポイント)、オハイオ(50.1%、48.2%、1.9%ポイント)、バージニア(50.8%、47.8%、3.0%ポイント)、コロラド(51.2%、46.5%、4.7%ポイント)の4州ですべてロムニーが勝っていたとすれば、これら4州の選挙人69人を獲得して、ロムニーは第45代大統領に就任することができたであろう。

今回の選挙では、日本の報道を見聞きする限り、候補者に対する支持率*の数値から「接戦」が強調され、「まれにみる接戦など」と報道され続けたが、上記にみるとおり、得票率でみると60年代以降では6番目に低い「接戦」である。支持率だけをみて、「接戦」と断じてしまうことは間違いである。支持率がそのまま、獲得する選挙人数を決めるわけではないから、支持率だけを取り上げて情勢を判断するのは、間違いを犯しやすい。さらに、「接戦」と言うことで、報道する側が勝敗の判断を回避していることにも不満が残る。

*ここでは、大統領候補者の支持率は米国の各種世論調査機関の平均値を迅速に公表している RealClearPolitics.com を使っている。なお、「接戦」は得票率の差が3%未満の選挙とした。

米国の新聞などでも、激戦州の勝敗予想は明確にされず、読者に最終的な判断を委ねているが、独自の数量手法で接戦州を含む全州の情勢を分析したネイト・シルバーの予測は的確だった。日本時間11月7日の午前に検索したその予測では、得票率はオバマ50.8%、ロムニー48.3%、獲得選挙人はオバマ313.0人、ロムニー225.0人と予測していたが、オバマ勝利をかなり前から予測していた。シルバーの予測は10月12日を底に(オバマ283.1人、ロムニー254.9人)、オバマの獲得選挙人数を日々上方に、ロムニーのそれを下方に修正し続けており、筆者はこれをみてオバマの勝利に疑問を抱かなかった。なお、ネイト・シルバーは08年大統領選挙予測の正確性で名声を馳せ、10年からニューヨーク・タイムズ紙(以下、NYTと略)にFiveThirtyEight: Nate Silver’s Political Calculus と題した記事を随時掲載している。

2.ロムニーの欠落した社会認識

筆者は、仮にロムニーが「接戦」を制して勝利するようなことになったとしたら、米国有権者の良識を疑いたいと考えていた。大統領候補者としてのロムニーおよびロムニー陣営にも問題が多々あったからである。次にその点をみておこう。

選挙のゆくえに重大な影響力を与えたといわれたのは、ロムニーのいわゆる「47%発言」であった。これは、本選挙が始まった9月中旬、5月にフロリダで行われた富裕層を対象とする資金集め会合で、ロムニーが述べた次の発言が映像とともに暴露されたものである。

「どんなことがあってもオバマ大統領に投票する人たちが国民の47%いる。彼らはオバマ大統領に頼り、医療保険、食料、住宅などを政府に依存し、所得税を払っていない。私はそうした国民を相手にしない」(9月18日付NYT電子版(以下、電子版を略)、New American Policy No.6998)。

国民を二分し、マイノリティや社会的弱者を「相手にしない」と言って、切り捨てるこの発言は、大きな反響を呼び起こした。Bloombergは同日付で「今日、ミット・ロムニーは敗北した」と報じたほどである。ロサンゼルス在住の作家、米谷ふみ子は、この発言を「侮辱した者(ロムニー)は忘れているが、侮辱された者(国民の47%)は決して忘れない」、「大統領たる者は国民全部のために尽くす義務があることなんて(ロムニーの)念頭にない」と厳しく批判した(11月20日付朝日新聞夕刊)。

この発言には、政府の福祉政策に対する共和党保守派の根強い反感がうかがわれるが、これはロムニーの信念でもあるようだ。予備選挙や党員集会が始まる前の11年秋、「モルモン教はキリスト教ではない」と言い放ったペリー・テキサス州知事が大統領選挙に参入してきたとき、ロムニーは社会保障政策をネズミ講(ポンツィ方式*)のようなものだと批判し、同政策を支持するペリーを徹底的に攻撃したという(12年12月3日付NYT)。

*ポンツィ方式(Ponzi Scheme)のポンツィは20年代のボストンの金融詐欺師シャルル・ポンツィからとったもの。NYTの短い記事には、なぜロムニーが連邦政府の社会保障政策はポンツィ方式だとしたのか説明がない。なおロムニーは、社会保障政策は連邦ではなく州がやるべきだと主張したという。

また、投票から1週間たった11月14日、ロムニーは選挙資金寄付者などとの20分間の電話会議で次のように述べた。「(私の)敗因は、オバマ大統領が若い世代や黒人およびヒスパニックなど忠実な民主党支持者に大きな政策的な贈り物を与えたことにある。若者には学生ローンの利子免除、避妊薬の無料配布、26歳になるまで親の健康保険に入ることができるようにしたこと、年収25,000〜35,000ドルの人たちは無料で医療保険を手に入れさせ、世帯当り10,000ドル相当の援助を行った。さらに不法移民の子供を大赦*したことも、ヒスパニックなど有権者に大きなプラスとなった」(11月15日付NYT、American New Policy No.7054)。

*条件を付けて本国送還を緩和したのであって、「大赦」というのは正確ではない。

この「贈り物発言」は、15日ラスベガスで開かれた共和党知事会議でも議論になったようで、インド系のボビー・ジンダル・ルイジアナ州知事は「共和党の将来は、共和党が国民のすべてに利益をもたらす政策に与していないといった見方を払拭することに懸かっている。今回の選挙から学んだことがあるとすれば、共和党は国民一人一人の票を追い求めなければならないということだ」と語っている(11月15日付 NYT)。

9月に暴露された発言といい、11月のこの発言といい、ロムニーは懲りずに同じような発言を繰り返しているということは、ロムニーの信念が吐露されたものとみてよい。米谷が言うように、ロムニーは大統領になる資質を欠いた人物だといわれても致し方ない。こういう候補者を共和党が選んだこと自体にも、問題がある。

ロムニーの社会認識が欠落しているもうひとつ例を挙げよう。勝利の祝い方である。00年の選挙では、ブッシュは勝利を祝ってオースティンで数千人の集会をもち、08年の選挙ではオバマはシカゴのグラント・パークで大群衆に演説した。今回の選挙では、オバマはシカゴのマコーミック・プレイスに1万人を招き勝利を祝った。

しかし、ロムニーが勝利集会で選んだのは、ボストンの展示コンベンション・センターの中のボールルーム。招かれたのは数百人、男はジャケット、女はドレスとハイヒール着用、入口にはシークレット・サービスが記者の入場をチェックし、参会者はカクテルをすすり、カナッペを摘まむ。参会者はフォックス・テレビの大画面に見入り、次々に州ごとの敗北が明らかになると、会場は図書館のように静まりかえり、一人一人会場を後にしたと、ワシントン・ポスト(WP)紙は7日付の電子版で伝えている。この記事には、ロムニーが階下の個室から出てきて参会者の労をねぎらったとは書かれていない。最後まで勝利を信じていたにしては、この祝勝会は、あまりにも支援者に冷たい、わびしいものに思える。記事には、「1%*にふさわしい祝勝会」とあった。

*所得格差を非難したウォール街占拠運動のスローガン「99%対1%」に由来する。

3.変節と隠蔽

政治家には事に対応した変化も必要だろうが、ロムニーの場合は度が過ぎる。11月5日、NHKのBSプレミアムで放送された米国WGBH制作のドキュメンタリーによると、マサチューセッツ州知事だったロムニーが、全米初の医療保険制度を成立させたのは、大統領選挙に出馬するための業績作りのためだったという。

民主党が圧倒的な勢力を持つ同州議会で、民主党議員が進めていた州民に医療保険への加入を義務付ける全米初の医療保険制度案作りに、ロムニーは目を付け、いまは亡きテッド・ケネディ連邦上院議員の協力を得て、06年4月その法制化を実現した。そして、その4年後、オバマ大統領はマサチューセッツ州の経験を聞き、それを下敷きにして、基本的には同じ医療保険制度(反対者はこれを「オバマケア」という。正確性を期すため法律の略称の頭文字を取ってACAとする)を成立させた。

それにもかかわらず、共和党がACAの撤廃を目標にしていることに迎合して、ロムニーは大統領に当選したらACAを直ちに廃止すると公約したのである。大統領になるためには、自ら成し遂げた歴史的業績を否定してまで、共和党保守派に従う。まともな政治家は、最終的には利益を挙げたか否かで評価される投資家とは、根本的に違うはずである。こうした変節は、大統領になろうというような政治家には、あってはならないことである。

08年の大統領選挙に出馬したビジネスの成功者、ロムニーが批判されたのも、腰が定まらない、臆面もなく従来の主張を変えていく変節(flip-flop)にあった。当時批判されたのは次のような事例である。04年、州議会が同性婚を禁ずる州憲法の改正を可決し、州最高裁が同性婚を認めたため、ロムニー知事は州憲法の改正を承認したが、翌年には、この改正支持を撤回し、同時にこれまで支持していた妊娠中絶を容認する主張を、共和党保守派に迎合して反対する立場に転換した。今回の選挙でも、依然としてこうしたことが繰り返され、オバマ大統領は10月末、記憶喪失症を意味するアムニージアをもじって、ロムニージアと揶揄したほどである。

11月3日付のワシントン・ポスト紙電子版は、「ミット・ロムニーの選挙戦は有権者を侮辱している」という見出しを掲げ、変節や必要な情報を開示しないのは有権者を侮辱するものだと次のように書いている。なお、この記事を書いたのは、記者ではなく、論説室である。

超党派合意で発表することになっているにもかかわらず、有力な資金協力者名を明らかにせず、十分な納税申告書も決して開示しない。有権者はぼんくらだから、自分の言ったことなど何年も覚えているはずはないというのだろうか。自分は、移民の友人だと言ったと思ったら、今度は移民を鞭打つようなことを言い、次には友達だと言ったりする。キッシンジャー的な現実外交を主張したと思ったら、マケイン的なタカ派に変節し、また平和愛好家だと言ったりする。ロムニーはACAの先駆者なのに、これを罵ったと思ったら、次にはACAの一部は採用すると言う。襲撃用武器は悪いと言った舌の根も乾かないうちに、よいと言う。中絶は問題なしと言い、今度は駄目だという。気候変動は緊急問題と言ったあと、それほど緊急でもないと言う。ハリケーンの後始末は州の仕事だと言い、いや連邦がやるべきことだと言う。

ACA廃止の公約を上塗りするように、ロムニーはポール・ライアン・ウィスコンシン州選出下院議員を副大統領候補に選んだ。42歳の若さながら、共和党保守派の最右翼といわれるライアンは、下院予算委員長として、ACAの撤廃のほか、メディケア(高齢者・障害者医療保険)の民営化、バウチャー化(政府が高齢者等に一定資金を与えて民間保険に加入させる方法)、メディケイド(低所得者医療扶助)の州政府への全面移管を主張し、予算削減案に盛り込んだ(レーガン政権のストックマンOMB局長は、NYT紙上で、これを「おとぎ話の予算案」と一蹴した)。

ハーバード大学では、72年以降、両候補の選挙参謀が一堂に会して、大統領選挙を回顧する会議が開かれているが、11月末に開かれた会議では、ロムニーのストラテジストは「ライアンを選んだのは政治的選択ではなかった」と述懐している(12月3日付 NYT、The Caucus欄)。副大統領候補はポーレンティ元ミネソタ州知事あるいはポートマン・オハイオ州選出上院議員が選ばれると考えていたオバマ陣営は、この選択に驚いたという。

「政治的選択ではない」というのは、大統領選挙に勝利するための選択ではなく、ロムニーが当選したら穏健派に戻って保守派に反する政策を追求するのではないかという保守派の疑いを払拭し、保守派を安心させるためのものであったことを意味するようだ(上記の12月3日付NYTは、The decision to pick Mr. Ryan was rooted in a comfort level with Mr. Romney. と書いている)。ここにも、共和党保守派におもねるロムニーの姿がみえる*。

*この辺の経緯については、New American Policy No.6971(2012年8月27日付)に詳述されている。なお、New American Policyの大統領選挙関係の一連の報告は、ジェトロ・ニューヨーク事務所の佐藤紘彰氏が執筆している。この報告に教えられたことが多々あったことを付記しておきたい。

4.事実の捻じ曲げ

今回の大統領選挙は、企業、労組、個人などから無制限に資金を集め、候補者から独立してテレビ広告などを行うスーパーPACが認められた初めての選挙であった*。

*オバマ大統領は、スーパーPACが10年の最高裁判決で合憲となった以降もこれに反対していたが、12年2月、深刻な資金不足に陥るとしてスーパーPACへの寄付を富裕層に要請した(12月3日付NYT)。

スーパーPACの激しいキャンペーンは、従来の選挙風景を一変させたといわれるが、攻撃のために事実を捻じ曲げた広告もあった。その代表例が、オハイオ州トレドにあるクライスラー社のジープ生産部門が中国に移転するというものである。サブプライム危機の際、自動車産業を救済すべきでないと主張したロムニー支持派が、オバマ優勢の状況を変えるためにオハイオ州で流したのが、この広告だった。しかし、トレドでは、クライスラー社が5億ドルを費やして生産施設を改修し、1,100人の新規雇用を予定していることが知られていて、労働者には影響を与えず、自動車会社からこの広告は一斉に非難されたという。

オバマ大統領がメディケア予算から7,160億ドル削って、新たに制定されたACAに回そうとしているという非難も、ロムニー陣営から頻繁に繰り返された。これは、ライアン副大統領候補が共和党全国大会で、副大統領候補指名受諾演説の中で主張したことから始まったようだが、クリントン元大統領が民主党全国大会で雄弁に反論したように、これはライアンが自らの予算削減案に示したものである。

また、オバマ政権は国防予算を削減して防衛力を低下させようとしているという非難もよく聞かれたが、これも事実を歪めたものである。国防予算の削減は、議会が11年8月に可決した11年予算管理法によって規定されたもので、オバマ大統領の意思によるものではない。しかも、ライアンは同法が定めた財政赤字削減両院合同特別委員会の共和党側委員のひとりであり、同委員会が予算削減の超党派合意に失敗したため、11年予算管理法によって、予算削減は、半分は国防費、半分は非国防費を対象にして行うとの規定が13年から適用されることになったのである。

前出のWPの論説室による記事は、次のように締め括っている。「ロムニーは、有権者には記憶力が無い、計算もできない、カーテンの裏にあることまで見通せないことに賭けているようだが、われわれは彼が間違っていることを火曜日(11月6日)の結果が証明することを希望している」。まさに、結果はそうなったのである。

5.マイノリティ軽視

オバマ大統領の今回の選挙結果と前回08年の選挙結果を比べると、得票率、獲得州数、獲得選挙人数のいずれも08年を下回った。60年以降の選挙で再選されたニクソン、レーガン、クリントンおよびブッシュの4人の大統領は、いずれも再選時の得票率、獲得州数および獲得選挙人数が初戦の選挙結果を上回っている(表1参照)から、オバマにとって12年の選挙が08年に比べて厳しいものとなったことがうかがわれる。

しかし、CNNが行った出口調査によると、オバマ大統領は女性の55%(ロムニー44%)、黒人の93%(6%)、ヒスパニックの71%(27%)、アジア系の73%(26%)を獲得し、年齢層では18〜29歳の60%、30〜44歳の52%、学歴では中学以下の64%と大学院卒の55%、所得階層では年収5万ドル未満の低中所得層の60%、都市部の62%を獲得した。

しかも、04年から今回の選挙までの人種・エスニック別の投票動向をみると、マイノリティの民主党支持が増加しているのに対して、共和党への投票率は特にヒスパニックとアジア系が大きく低下した。なかでも重要なのは、09年7月時点で総人口の15.8%を占め、00〜09年に37.1%増となったヒスパニックの共和党支持が04年の44%から12年には27%にも低下していることである。ヒスパニックで投票を行った者は、08年比180万人増の1,250万人に達したという。接戦州におけるヒスパニックの共和党支持は、コロラドおよびフロリダの両州で大きく後退している(表2参照)。センサス局統計によると、ヒスパニックの州人口に占めるシェアは、コロラド20.7%、フロリダ22.5%と高い(最高はネバダの26.5%、ネバダはロムニーが勝った)。

前述したハーバード大学で行われた選挙結果会議で、ロムニーの選挙参謀は移民政策で保守派の主張に寄りすぎたことを後悔していると述べた。一方、フロリダのマイノリティ有権者の意見を伝えた新聞報道によると、当初、移民政策および不法移民の国外強制退去問題で、オバマ大統領に失望していたが、12年6月に不法移民の強制退去基準を緩和する行政命令を出したこと、さらに、オバマ大統領がケネディ以来初めてプエルトリコを訪問し、プエルトリコ系のソニア・ソトマイヨールを最高裁判事に指名したことも、フロリダのヒスパニックに大きな影響を与えたという。それに対してロムニーは、アリゾナの強硬な移民取締法を支持し、後に態度を軟化させたが、遅きに失したと住民が語っている(11月27日付NYT)。

6.ハリケーン効果?

10月末、米国東部を襲ったハリケーン・サンディはニューヨーク、ニュージャージー両州に多数の死傷者と甚大な被害をもたらした。10月29〜31日は両候補とも選挙活動を中止し、災害への対応に努めたが、オバマ大統領の迅速な危機対応が国民から高い支持を得た。オバマ大統領に批判的なブルームバーグ・ニューヨーク市長は気候変動の重要性を再認識し、オバマ支持を表明した。さらに、共和党の有力な人材であり、オバマを厳しく批判していたニュージャージー州のクリスティ共和党知事は、31日来訪した大統領の対応を絶賛し、大統領と抱き合い、大統領のヘリコプターに乗り込んで被災地を案内した。

11月に入って、再びオバマの支持率がロムニーのそれを上回るようになったのは、サンディに対する対応が影響したことは間違いない。ロムニー陣営も、オバマの危機対応が無党派層の投票行動に影響したと分析し、ライアンを副大統領候補に指名するように強く働きかけたといわれる共和党政界の黒幕ルパート・マードックは、クリスティ知事はオバマ再選に加担したと怒ったという。15日にラスベガスで開かれた共和党知事会議では、クリスティに対する周囲の目は冷たかったようだが、「危機のなかでは党派は関係ない、助けてくれる人が必要なのだ」、「職責上のことで謝るつもりはない」と知事は述べ、ロムニー選対本部長のマット・ローズも、「危機の最中、知事として正にやるべきことをやったまでだ」と断言している(11月19日付 NYT)。

ハリケーン・サンディーの米国東部急襲は、大統領選挙に影響を及ぼしたことは否定しがたいが、これがオバマ勝利に決定的な影響を及ぼしたという見方は見当たらない。むしろ、共和党の大物、クリスティ・ニュージャージー州知事が従来のオバマ批判を棚上げし、党派を超えて、大統領と真剣に協議したことの方が評価されているように思える。