フラッシュ17

2001年10月1日

ロシア雑感 〜「2001年度日ロ経済専門家会議」に参加して〜

国際貿易投資研究所 研究主幹
田中 信世



 9月16日(日)〜22日(土)の約1週間、ロシア東欧貿易会主催の「2001年度日ロ経済専門家会議」ミッションに参加した。期間中、モスクワで経済貿易発展省、各種経済研究所、銀行、証券会社などを訪問するとともに、トベーリ市(モスクワから北西に約150キロ)の機械部品工場「ツェントロスワル」を訪問した。
 今回訪問した先のヒアリング内容等の詳しい報告は他の機会に譲るとして、今回の出張で印象に残った点を雑感風にまとめると以下のとおりである。

美しくなったモスクワ
 筆者が以前モスクワを訪問したのは、ソ連邦崩壊直後の1991年であった。それから10
年後、今回の出張で目にしたモスクワの街はすっかり明るく、きれいになっていた。建物の補修が進み、夜になるとクレムリンをはじめ主要な建物はライトアップされるようになっていた。こうしたモスクワの首都としての街の美観整備はルイシコフ現市長が市長に就任してから急速に進んだといわれている。
 一方、市内を走る自動車は10年前と比べてかなり増えていた。ロシアの国産車にまじってベンツに代表される西側高級車もかなり目についた。それに伴い交通渋滞が激しくなり、駐車場不足による路上駐車が渋滞に拍車をかけているように見受けられた。こうした急激なモータリゼーションを想定していなかった社会主義時代の旧い建物は当然のことながら地下駐車場を備えていない。今後、都市交通政策上、新築ビルの地下駐車場や大規模な公共地下駐車場の建設といった駐車場の整備が急務といえそうだ。
 交通といえば、ロシアには高速自動車道がまったくないというのも筆者の驚きであった。
 そのほか、市場経済の導入とともに、大はマフィアから、小はスリ、ひったくりといった旅行者をターゲットにした犯罪の増加も指摘されている。

長期的な経済成長を予測
 98年のルーブル危機以降、ロシア経済は好調である。99年にプラス成長に転じ5.4%の
GDP成長率を記禄したのを皮切りに、2000年には8.3%という高成長を記録した。2001年も1〜7月で5.5%、通年で5〜5.5%の成長が予測されている。
 今回訪問した経済貿易発展省や各研究所、あるいは銀行、企業の説明ぶりにもこうした経済の好調を背景に自信のほどがにじみ出ているように感じられた。2001年の成長は当初4.3%と予測されていたが、予測を上回る伸びを示している。これは、ルーブル安のスローダウンはみられるものの、石油価格が予想以上に堅調であることに加え、税制改革による所得税の大幅減税実施に伴う消費の増加が経済成長持続の大きな牽引力になっていると説明されている。もっとも現在の消費の増加は所得の増加を上回る伸びを示していることから、消費が中長期的に景気を牽引することは難しいとみられ、景気牽引力として消費に代わる投資の増加が期待されている。ロシア経済の先行きについて、経済貿易発展省では楽観的な見方を示しており、2002、2003年には経済成長は3.5〜4.3%程度に鈍化するものの、その後投資の伸びなどにより2004、2005年には5%程度に回復し、2010年ごろまで成長を持続できるとしている。

金融システムの改革急務
 こうした投資を中心とする経済成長を達成するためにも、欠かせないのが金融システムの改革である。ロシアには全体で約1,300の銀行があるとされるが、そのほとんど(全体の92%)は資本金500万ドル以下の小規模銀行であり、全国ベースで支店を持っている銀行は3〜4行にとどまる。最大の銀行はズベルバンクで主として個人預金者を対象にした取引を行っている。法人向けの業務を行っているのは第2位の外国貿易銀行くらいであるという。
 このように、ロシアでは法人向けの融資を行う銀行が極めて限られていることに加え、銀行業務の非効率によるコスト高によって、銀行の貸出金利が極めて高く、銀行から産業界に事実上資金が流れていないことが企業の投資を制約する大きな原因となっている。
 外国投資銀行によれば、ロシアの企業がドル建ての融資を銀行から受ける場合、金利は最低で8%、通常9〜12%となっており、企業が銀行からの借り入れを断念せざるをえないほどの高金利となっている。また、ロシアの金融機関は98年の金融危機期以降、ロシア国民の信用を失っており、入ってくるのは基本的に短期資本ばかりで、融資も3〜6ヵ月の短期融資しか行えないといった問題もある。
 こうした事情を反映して、今回訪問した機械部品工場「ツェントロスワル」でも設備投資に必要な資金を銀行から借り入れることは、金利が高いために事実上不可能としており、基本的に自己資金で設備投資を行っているとしている。また自己資金だけ足りない場合は、発注者と契約する際に、設備投資見合い分の金額を契約条項に入れ、発注者に負担させるというようなことも行っているようであった。
 ただ、産業向けの資金の流れについては、最近変化の兆しもみられる。例えば、石油産業においては、石油収入として入ってきたオイルダラーが石油会社ガスプロム系列の銀行などを通じて石油関連産業に流入しているという。しかし、こうした系列銀行に頼った資金の流れは同一産業内に限られており、各産業にバランスのとれた形での資金の流れる形にはなっていない。
 国際会計基準の導入などにより銀行の効率化を促し、競争力のある銀行を創造するとともに、企業への設備投資資金の供給の役目を果たす“開発銀行”を創設するなど金融システムの改革が急務であるとの印象を受けた。

給与は低いが・・・
 トベーリのツェントロスワル社の労働者の平均資金は、工場長の説明によれば、月130ドルとのことであった(またある経済研究所では、シニアの研究者の給与が月200ドルという話も聞いた)。月130ドルという賃金(あるいは200ドルという給与)はいかにも安いようにみえる。こうした賃金あるいは給与の安さがロシアで共働きの多い原因となっているように思われるが、賃金の低さが必ずしも生活水準の低さに直結するものではないことにも留意する必要があると思われる。
 ロシアでは、ガス、水道、電気などの住宅関連サービス料金が社会主義時代の名残でかなり低く抑えられており、ツェントロスワルの工場長の場合、これら生活関連サービスにかかる費用は月15ドルで済んでいるということであった。また、ツェントロスワル社は国営企業からの民営化企業(92年に民営化。現在は株式の80%を従業員が所有し、残り20%を国が保有)である。同社では民営化に際して、国営企業時代に保有していた幼稚園など従業員のための福利施設や福利厚生サービスはまだかなり残されており、賃金の低さを補っている様子であった。
 加えて、ロシア特有の自家菜園“ダーチャ”から収穫される馬鈴薯、果実などの農産物が目に見えない形で、ロシア人の生活を支えてきたことは、ソ連崩壊時の“食糧難・人道支援”の時代を、ロシア人の誰一人飢え死にすることなく、冷静に乗り切ったことで実証されている。
 ロシアの労働者の賃金はわれわれの目から見れば確かに低いが、ロシア経済には、「国民1人あたりGDP」で表し切れない底深さがある。