フラッシュ170
2013年7月4日
 

厄介なパートナー、英国のEU離脱世論(Brexit)(注1)高まる

 
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
田中 友義
 

はじめに

英国のメディアが、昨年6月ごろから英国のEU離脱問題について大きく報道したのを切っ掛けにして、日本のメディアでも報道されるようになった。例えば、英エコノミスト誌は「迫り来る『ブリグジット』の足音」(注2)とか、ロイター通信は「焦点:英国で広がるEU離脱論議、実現なら影響力失い孤立か」(注3)など、この問題を取り上げている。

こうした英国のEU離脱論議に拍車をかけたのが、去る1月にデービッド・キャメロン英首相のEU残留か離脱かを求める国民投票を実施するとの声明である。

以下では、英国と大陸欧州(EUあるいはユーロ圏) のとの間のアンビバレントな関係を歴史的に描写した後、現下の英国を取り巻く内外のEU離脱論議を巡る様々な情勢を論述し、最後に英国のEU離脱へのプロセスを想定してみる。

もとから「厄介なパートナー」だったのか

英国の大陸欧州に対する立ち位置は、複雑かつアンビバレントである。その一例を示してみたい。

第二次世界大戦後、欧州統合運動の口火を切ったのは、英国の政治家ウィンストン・チャーチルである。すでに総選挙で政権の座を去っていた保守党党首チャーチルは1946年9月、スイスのチューリッヒ大学でかの有名な「欧州合衆国」の創設を提唱したことで、戦後の欧州統合の歴史に大きな足跡を残した。

ところが、統合運動の旗振り役であったチャーチルが、すでに第二次大戦前、英Saturday Evening Post紙(February 15,1930)に、欧州連邦主義について次のように記している。「我々はヨーロッパと連繁しているがその一員ではない。我々はヨーロッパと共にあるが(with Europe),ヨーロッパのイギリスではない(of Europe)。我々はヨーロッパに関心を持ち、結合しているが、ヨーロッパの中に組み込まれているわけではない」。その後、政権に復帰したチャーチルが、1951年12月の英仏首脳会議で、英国政府の態度について訊かれた際にも同様の考えを述べている(注4)。

ところで、英国と大陸欧州との関係は、「厄介なパートナー」(注5)と広く表現されてきたが、英国の歴史家の中には、必ずしも、こうした評価に与せず、英国が欧州統合にはるかに建設的に関与したとして、もとから[厄介なパートナー]ではなかったとしている。にもかかわらず、なぜ戦後の欧州統合の出発点となった「シューマン・プラン」(欧州石炭鉄鋼共同体、ECSC)に当初は参加しなかったのかという疑問が残る。この他にも、「乗り気でないヨーロッパ人(Reluctant Europeans)」,とか「耳の聞こえない人たちの対話(Dialogue of the Deaf)」といった表現で、両者の難しい関係を論じる歴史学者や政治学者もいる(注6)。

かつて、英国はEUとの関係の再定義を試みたことがある。1974年6月、当時の労働党のハロルド・ウイルソン政権がEC(現在のEU )との加盟条件を巡る再交渉を開始し、翌1975年3月にEC予算に対する分担金の軽減問題などで合意に至った。この合意を受けて同年6月、国民投票が実施された結果、67.2%の得票率でEC残留が決まったという経緯がある。

結局は、統合についてのイデオロギーの違い

不戦の誓いを立て、政治統合を目指す大陸欧州、とくに、ドイツ、フランスと、経済的な利益とコストを天秤にかけてきた実利派の英国とでは、もともと統合についてのイデオロギーの違いがあまりにも大きい。次に紹介するエピソードはこのイデオロギーの違いを象徴する出来事であった。そのキーワードが、国家間の強い結合を志向する「連邦」か、あるいは国家間の緩い結び付きに留めておきたい「連合」か、というものである。

欧州委員会のジャック・ドロール委員長(当時、元仏財務相)は1990年1月、初めて「連邦」という言葉を使って、フランスのテレビ番組の中で以下のような発言をした。「私の考えでは、今世紀中にヨーロッパは真の連邦を形成すべきだということである。欧州委員会は重要な共通の利害を明確に規定する政治的な執行機関になる。委員会は欧州議会に対して、また各国民国家に対して責任を持つ存在となる。国家は各国議会の上院の性格を持つ欧州理事会によって代表される」と(注7)。

このドロール発言を厳しく攻撃したのが、マーガレット・サッチャー英首相(当時)である。サッチャーは1988年9月、ベルギー・ブリュージュのEC官僚養成機関「欧州大学院」(College of Europe)における講演の中で、「ソ連のように中央からすべてを仕切ろうとしていた国が、今では、成功の鍵は権力を拡散させることだと考え、中央から自立した決定を尊重するようになってきた。というのに、共同体のなかに逆の方向に進んでいるように見える人がいるのは皮肉なことだ。われわれがイギリスの国境を取り除いたとしても、ヨーロッパのレベルでそれが復活し、ブリュッセルから新たに絶大な権限が行使されるのであれば、意味がないではないか」と(注8)。

サッチャーの主張は「欧州各国が、フランスはフランスとして、スペインはスペインとして、英国は英国として、それぞれが独自の慣習と伝統とアイデンティティを持っているからこそより強くなるからであり」、「独立した主権国家間の自発的で緊密かつ活発な協力関係強化こそ、EC建設のための最善の方法である」というものであった(注9)。

結局、こうした英国と大陸欧州(とくに、ドイツ、フランス)との統合を巡るイデオロギーの対立の溝は埋まらず、当のサッチャーは、ECの農業共通政策(Common Agricultural Policy: CAP)に過大に支出される予算負担金問題では、農業生産が少ないために、拠出額に比べて英国への受け取る補助金額が少なすぎるとして、首相に就任した直後の1979年11月のダブリンEC首脳会議以後、毎回のように、「Iwant you to pay me back my money!」と、執拗に主張し続けて、辟易する他の首脳たちに、例外的に1984年からの割戻金の支払いを強引に認めさせた(注10)。

その後も、英国はマーストリヒト条約(現在のリスボン条約)調印時には、「OPT-OUT」(適用除外)条項を認められて、通貨統合(統一通貨ユーロ導入)の可否については、英国の選択に委ねるという「英国の例外」という立場を堅持してきたし、入国審査なしで人の移動を認める「シェンゲン協定」に参加してこなかった。

唯一、この「OPT-OUT」条項を認められていた、所謂「社会憲章」(注11)について、トニー・ブレアー労働党政権の時に、アムステルダム条約(現リスボン条約)に組み込むことを受け入れた事例がある。最近の英国が大陸欧州の対立する主要問題をみたものが表1である。


表1 英国とユーロ圏(EU)の主要な対立点

 

英国

ユーロ圏(あるいは EU )

財政条約

批准せず

批准

EU 中期予算 (2014 ~ 2020 年 )

減額

増額もしくは横ばい

金融取引税

反対

危機防止のため導入

銀行監督一元化 ( 銀行同盟 )

不参加

14 年から実施予定

(出所)著者の作成による。


欧州懐疑派の台頭、高まる離脱世論

EU統合が地理的にのみならず(2005年・2007年の東方拡大の余韻が、旧ユーゴのセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどのEU加盟申請の動きとしてみられる)、機能的にも拡大し(EC市場統合、経済通貨同盟(EMU)への発展など)、経済的側面のみならず、政治社会的側面での欧州委員会からの「干渉」が強まるにつれて、英国内では、EMUどころか、EU統合自体に反発する勢力(所謂、欧州懐疑派、Eurosceptics)が力を増している。

かつて、EUからの離脱など荒唐無稽だった。EU離脱について語るのは、保守党、労働党双方とも欧州懐疑派の傍流議員の専売特許だったが、いまや、反EUを掲げて支持層を拡げる英国独立党(UKIP)だけではなく、保守党、労働党の上層部でも、ユーロは災厄だと考え、自分たちが正しいことが証明されつつあると考える人たちが経済論議で多数派を占めているとみられる(注12)。

そして、ユーロ圏が債務危機を受けて政治統合強化に向けて進む可能性が見えてきたことで、より冷静な人々の間でも英国がEU離脱に向かう危険性が認識されるようになったとみている(注13)。

事実、直近の6月に公表された英調査会社YouGov社の世論調査では、キャメロン首相が、英国はEUにとどまるか、脱退するかを問うために行うと表明した国民投票に対して、43%が離脱を希望、残留を希望するのは、有権者の35%にとどまることが明らかになった。キャメロン首相の演説直後に実施された調査では、離脱希望が39%、残留希望が37%という結果であったが、時間の経過とともに離脱希望の割合が上昇してきている(注14)。

他方、大陸欧州諸国の間にも、英国を置き去りにすることがEUにとって望ましいことではないという、冷静な判断がある。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、キャメロン首相の演説の直後、「ドイツとしても、英国がEUの積極的な一員であることを望んでおり、英国が示した意向について話し合う用意がある。ただ、それぞれの国はそれぞれの意向をもっていることを常に念頭に置き、公平な妥協点を探る必要がある」との考えを示して、英国の立場に理解を示したものの(注15)、フランスなど他の欧州諸国からは、「欧州についての再交渉はありえない」(フランソワ・オランド仏大統領)、「サッカークラブ員になるやいなや、ラクビーをやろうとは言えない。『いいとこ取り』(Europe ā la carte)という選択肢はない」(ローラン・ファビウス仏外相、ギド・ヴェスターヴェレ独外相)と、英国の自分勝手な主張に批判的な意見が相次いでいる(注16)。

同盟国の米国も不安に駆られ、キャメロン首相に対し、もし英国をEUから脱退させたら、首相はワシントンにおける影響力に別れを告げることになると警告している(注17)。

終わりにーBrexit, EU離脱のプロセスは?

先のEU残留の是非を問うキャメロン首相の演説の狙いは、①保守党内の欧州懐疑派勢力への懐柔、②野党の労働党を下回って低迷する保守党の支持率の回復、③EU加盟条件の再定義(換言すれば、英国民のEU残留支持を高めるため、EUに委ねている権限の一部返還を迫る加盟条件の見直し)であるが、首相自身はEUからの離脱を強く望んでいるわけではない(注18)。

英国のEU離脱に関する国民投票が行われるまでの今後5年間にわたっての英国経済への影響は、計り知れない。もし仮に英国がEUを脱退すれば、経済的に孤立し、とくにロンドン金融街「シティー」の経済的利益が大幅に減り、世界有数の金融センターとしての地位が揺らぎかねない。

英国とEUの経済関係をみてみると、まず、貿易面では、英国の対EU輸出依存度は53.5%(2011年、以下同じ)、輸入依存度は51.2%となっている。ユーロ圏だけでも輸出の47.3%、輸入の42.3%を依存しており、EUの経済情勢は、英国経済に大きな影響を与えずにはおかないことはこれらの数値からも良くわかる。

海外直接投資の残高でみてみても、英国の対外直接投資残高に占めるEUのシェアは51.4%(2010年、以下同じ)、ユーロ圏のシェアは47.9%にのぼる。英国の対内直接投資残高に占めるEUのシェアは49.7%、ユーロ圏は48.7%と対外、対内いずれもEUあるいはユーロ圏に大きく依存している。先行きの不透明感から外国からの投資も停滞するだろう。

他方、大陸欧州からもこの「厄介なパートナー」がEUに占める政治外交力・安全保障上の重要性を高く評価する意見が出されており、英国のEU離脱による国際社会での影響力の低下は避けられず、英国、大陸欧州双方にとって喪失するものはあまりにも大きいといえる(注19)。

最後に、様々な不確定要因があるものの、キャメロン演説から想定されるEU離脱に至る2つのプロセスを描いたものが表2である。


表2 Brexitに至る2つのプロセス

2015 年 5 月 総選挙

 ①保守党勝利

 ②保守党敗北

 

EU との加盟条件再交渉

EU 残留

 

国民投票の準備

 

2017 年末まで国民投票

残留不支持多数

残留支持多数

 

 

EU に離脱を告知

脱退協定を巡る交渉開始

EU 残留決定

 

2019 年から 2020 年ころ

Brexit ?

 

(出所)筆者によるもの。


第1のプロセスは、表2の①の保守党が総選挙に勝利したケースである。EUとの加盟条件の再交渉や2017年末までの国民投票の実施というのは、あくまでも英国側の一方的な予定であり、EU側が再交渉に応じるかどうかは、不明である。仮に、EU側が再交渉に応じても、加盟条件の見直しの結論を得るにはかなりの時間を要するであろうし、再交渉で何か大きな成果を生む可能性は低い、だから、英国民が離脱の票を投じる可能性が高いという(注20)。

次に、国民投票の結果、残留不支持が多数を占めた場合、EUに離脱することを告知し、EUとの脱退条約の交渉が開始され、この協定に調印して発効から2年後、「Brexit」のプロセスが完了する。協定が締結できない場合、告知から2年後の2019年から2020年ごろのEU離脱ということが考えられる(注21)。もし残留支持が多数の場合、EU残留が決定する。

他方、②の保守党が敗北したケースであるが、EU残留というシナリオが描けるが、今のところ、エド・ミリバンド労働党党首らは、キャメロン演説に批判的な意見を表明しているものの、労働党としての統一的な方針が決まっているわけではないので、政権の座に返り咲いた場合の対EU政策は不明である。

いずれにしても、2015年の総選挙まで英国の対EU関係は不透明な状況が続くことになる。


注1. 英国(Britain)と離脱(Exit)を組み合わせた造語。
注2. A Brixit looms(The Economist:June23,2012)。同誌は「Brixit」という造語を使っている。
注3. Reuters(2012/06/23)(http://jp.reuters.com/)(2012/07/09参照)
注4. 細谷雄一[編](2009)『イギリスとヨーロッパ-孤立と統合の二百年』(勁草書房)、2ページ。
注5. シェフィールド大学政治学教授スティーブン・ジョージは、英国が伝統的に大陸欧州(EU)と距離を置く姿勢をこのように表現した(Stephen George” An Awkward Partner: Britain in the European Community” 3rd ed .1998.Oxford University Press)(細谷、前掲書、15~16ページ)。
注6. 細谷、前掲書、4~5ページ。
注7. チャールズ・グラント『EUを創った男-ドロール時代の十年の秘録』(伴野文夫訳、日本放送出版協会、1995、Charles Grant, DELORS, Inside the House that Jacques Built, AWG Library Agency Ltd.,London 1994)、109ページ。
注8. グラント、前掲書、68~69ページ、マーガレット・サッチャー、『サッチャー回顧録―ダウニング外の日々(下)』(石塚雅彦訳、日本経済新聞社、1993年、Margaret Thatcher, The Downing Street Years,HarperCollins,1993)前掲書、355~356ページ、Mrs. Margaret Thatcher, Britain and Europe,(Text of the Prime Minister’s speech at Bruges on 20th September 1988, Conservative Political Centre)
注9. Mrs. Margaret Thatcher, ibid, p.4. サッチャー、前掲書、355~356ページ。
注10. Forty years of British skepticism towards Europe(Le Monde,January23,2013)
注11. 1989年に採択された社会・雇用政策に関する「労働者の基本的社会権に関する共同体憲章」のこと。
注12. A Brixit looms(The Economist,June23,2012)
注13. Reuters(2012/06/23)(http://jp.reuters.com/)(2012/07/09参照)
注15. Merkel “ready to discuss”the wishes of Britain(Le Monde,January23, 2013)
注16. Cameron denies wanting to turn their backs on Europe(Le Monde,January24,2013)
注17. Financial Times(January 18,2013)
注18. Britain and Europe (The Economist,January26,2013)
注19. Yes,Europe needs the United Kingdom(Le Monde,February6,2013)
注20. Financial Times(May10,2013)
注21. EU離脱の手続きについてはリスボン条約第50条の条文に規定されている。