一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2013/11/20 No.176フランスの化粧品産業クラスター=コスメティック・バレー=

鬼塚義弘
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

要約

フランスの化粧品産業は有力な輸出産業であり、そのブランド力は世界に通用している。

フランスの化粧品産業はパリから1時間、シャルトルを中心とした半経150キロの圏内に集積し、800社の企業(うち中小企業は80%)、7つの大学、15の教育機関、200の研究所、雇用者7万人と世界一の産業クラスターを形成している。

産業クラスター内部では当初BtoBの協力関係が薄かったと言われるが、コスメティックバレー協会の活動により最近では企業間の連携、大学との共同研究が大きく前進している。研究開発分野で大学と企業を結びつける専門家は目利きとして高度な専門性を持ち、いわばクラスター発展のキーパーソンである。

今回のコスメティックバレー協会等関係機関を訪問し、クラスター形成の過程、企業サポートの実態について話を聞く機会があった。本稿はその報告である。

化粧品の世界市場

化粧品の世界市場は大きく分けて3等分されている。つまり世界市場はヨーロッパ市場、アメリカ市場、アジア太平洋市場で3分割されていると言える。ヨーロッパ市場は全体の36%、720億ドル、次いで成長が著しいアジア市場34%、670億ドル、アメリカ市場28%、550億ドルである。(図1参照)

図1

出所:Datamonitor

商品カテゴリー別のシェアはアジア太平洋市場の需要が多いスキンケア市場は40%、790億ドル、次いでヘアケア市場は25%、500億ドル、メイクアップ市場は19%、380億ドル、香水市場は16%、320億ドルである。(図2参照)

図2

出所:Datamonitor

スキンケア市場の最大のマーケットは日本である。125億ドルと全体の15.8%を占める。次いで中国で95億ドル、同12.0%を占める。このようにスキンケア市場の最大のマーケットはアジアである。この地域に対し世界の有力化粧品メーカーは参入を試みており、新工場の建設も進んでいる。例えば、ロレアル社は2012年11月インドネシアのスキンケアの新工場に1億ユーロを投資した。また、世界3位の香水メーカーであるLVMH社は7月中国のスキンケア企業で同社の価格帯の顧客をもつアルビ社を買収した。

メイクアップ市場、香水市場及びヘアケア市場の3カテゴリーで最大の市場は米国である。それぞれ第1のシェアでメイクアップで世界市場シェアは17.6%、香水で同17.8%、ヘアケアで同14.4%である。

日本は先に述べたようにスキンケアは第1位で市場シェア15.8%、125億ドル、メイクアップ市場では第2位で同14.1%、54億ドル、ヘアケア市場では同じく第2位で同11.8%、59億ドルである。

ヨーロッパ市場は伝統的に香水市場が大きい。香水の世界市場で米国に次いで第2位はフランス28億ドル、8.8%、ドイツ第3位23億ドル、7.2%、英国22.4憶ドル、7.0%、スペイン22億ドル、6.9%である。(表1参照)

表1 商品カテゴリー別・国別市場規模(単位:百万ドル)

 

スキンケア

メイクアップ

香 水

ヘアケア

1

日本       12,522

米国        6,750

米国        5,735

米国   7,181

2

中国        9,516

日本        5,339

フランス    2,791

日本     5,893

3

米国        9,516

ブラジル    3,252

ドイツ      2,298

中国     4,780

4

フランス    5,019

英国        2,111

英国        2,242

ブラジル 3,979

5

ドイツ      4,645

ドイツ      1,923

スペイン    2,206

ドイツ   2,421

出所:Datamonitor

カテゴリー別に化粧品メーカー各社のシェアはどうなっているであろうか。最近の傾向として寡占化が進展していると言われている。

上位4社でスキンケア市場では60.1%と大きなシェアを占める。香水市場を除き、メイクアップ市場、スキン市場、ヘアケア市場とも第1位のメーカーは約23〜24%のシェアをもち、寡占化している。

各市場シェアで4位以内にはいっているのは2社のみである。フランスのロレアル社はメイクアップ市場1位、香水市場2位、スキンケア市場2位、ヘアケア市場3位である。米国P&G社はメイクアップ市場2位、香水市場4位、スキンケア市場1位、ヘアケア市場1位である。日本からは花王が唯一ヘアケア市場で第4位のシェアである。(表2参照)

表2 GLOBAL市場におけるトップ4社のシェア(商品別)

 

メイクアップ

香 水

スキンケア

ヘアケア

    1

L’Oreal

(France 23.4%)

Joh A Benckiser

(Germany11.4%)

P&G

(US 23.9%)

P&G

(US 24.0%)

    2

P&G

(US 7.1%)

L’Oreal

(France 8.6%)

L’Oreal

(France 16.6%)

Unilever

(UK 15.5%)

    3

Estee Lauder

(US 7.0%)

LVMH

(France 7.0%)

Unilever

(UK 13.9%)

L’Oreal

(France 10.5%)

    4

Revlon

(US 6.8%)

P&G

(US 6.3%)

Henkel

(Germany 5.7%)

Kao Corp.

(Japan 6.2%)

Top 4 share

     44.30%

    33.30%

    60.1%

    56.20%

出所:Datamonitor

フランスの化粧品市場

フランスの化粧品市場規模は114億ドルで世界の5.73%を占める。うちスキンケア44%で50億ドルの規模であり、世界のスキンケア市場は化粧品全体の40%であり、それよりも多いものの割合としては同程度といえる。特徴的なのは香水市場で28億ドルと市場全体の24%である。世界では化粧品全体の16%と低いのでフランスは香水需要が強い国と言える。ちなみに日本は全体の2%程度の需要であり、その差は歴然としている。その分ヘアメイクの需要が15%と弱い。(図3参照)

図3

出所:Datamonitor

ヨーロッパを始めとする先進国市場は成長が低い。フランスも同様である。

金融危機前の5年間とその後直近(2012年)までの5年間を比較して市場の成長自体は維持しているものの、市場の伸び率は香水を除き大幅に低下した。特にヘアケア市場は1.9%の増であったのがマイナス1.4%減である。(図4参照)

図4 フランス市場カテゴリー別成長率

出所:Datamonitor

一方、アジア市場は特にスキンケア市場が金融危機以前は3.2%増であったのが、2008〜2012年は5.0%増と大きく成長している。先に述べたように先進国のメーカーがアジア地域に参入している理由はここにある。(図5参照)

図5 アジア太平洋市場のカテゴリー別成長率

出所:Datamonitor

フランスの化粧品産業は有力な輸出産業である。輸出額は142億ドルと世界の各国の中でも飛び抜けて大きい。輸出市場でブランド力を生かし高級品市場で他を寄せ付けない。

フランス市場では有力企業による寡占化が進んでいる。メイクアップ市場、スキンケア市場、ヘアケア市場ではトップ4社によるシェアは70%を超えている。メイクアップ市場では資生堂が第4位で7%のシェアをとっている。香水市場はトップ4社で43%のシェアである。フランスでは伝統的に香水を使用する人が多く、多くの企業が参入しており、また、個人の好みもはっきりしていて、寡占化はそれほど進んでいない。(表3参照)

表3 フランス市場におけるトップ4社のシェア(商品別)

 

メイクアップ

香 水

スキンケア

ヘアケア

     1

L’Oreal

(France 45%)

LVMH

(France 16%)

L’Oreal

(France 30%)

L’Oreal

(France 53%)

     2

Chanel

(France 14%)

L’Oreal

(France 12%)

Beiersdorf

(Germany 25%)

P&G

(US 9%)

     3

LVMH

(France 9%)

Chanel

(France 8%)

Henkel

(Germany 12%)

Henkel

(Germany 8%)

     4

Shiseido

(Japan 7%)

Estee Lauder

(US 7%)

Johnson & Johnson

(US 4%)

Unilever

(UK 7%)

Top 4 share

    75%

     43%

      71%

     77%

出所:Datamonitor

コスメティックバレー

フランスの化粧品産業は有力な輸出産業である。この化粧品産業はパリから1時間程度の南西部、世界遺産で名高いシャルトルを中心とした半径150kmの地域に集中し、クラスターを形成している。この地域をコスメティックバレーと称している。

サントル地域圏のウール・エ・ロワール県、アンドル・エ・ロワール県、ロワレ県、ロワール・エ・シェール県、イールド・フランス地域圏のヴァル・ドワーズ県、イブリーヌ県、オートノルマンディ地域圏のウール県の国内7県に広がり、800社の企業に加え7つの大学(オルレアン、ルーアン、トウール、ヴェルサイユ、ル・アーブル大学他)15の教育機関がある。

また、200の研究所があり、8,000人の研究者、10万人の学生が集まり、7万人の雇用を生み、94のプロジェクトに2億ユーロが投入されている。世界の化粧品産業の一大集積地となっていて、年間売上高は180億ユーロである。

おもな企業にはアルバンミューラー、ゲラン、ロレアル、クラランス、イブサンローラン、資生堂、シスレー、シャネル、カルバンクライン、ディオール、ニナリッチ等がある。

コスメティックバレーの成立

クラスター形成の始まりは1980年ゲラン社の工場のシャルトル進出である。この工場を中心にサプライヤー等が順次集まって来た。次いでパコラバン、ディオール、ロレアルと有力企業が工場進出し、資生堂も1992年に初めてオルレアンに香水工場で進出し、98年には2番目の工場を作り、スキンケア化粧品を主にヨーロッパ向けに出している。

このようにこの地域に化粧品産業が集積しだした理由は次のように言われている。1970年代にはパリの近郊に化粧品工場が多数存在した。しかし、さらなる発展のための工場用地は不足し、しかも価格も高かった。大都会周辺での香水製造には大量のアルコールを使用するため、リスクも大きい。災害の規制により、住宅地を避けなければならないため、シャルトルを中心とした地域に進出することになった。土地は平坦であり、しかも安価で、飛行場も2か所あり、ルアーブル港も近くにある。高速道路を含めた輸送インフラも問題がない。

しかし、コスメティックバレー協会でのインタヴューによるとゲランが進出した理由はもっと単純で、ゲランの邸宅がシャルトルにあり、そこからパリまで通勤するのは大変であり、いっそシャルトルに工場を作ればよいとの結論に達したとも言われている。意外にこのようなことがきっかけで大きな流れとなったのかもしれない。

米国のシリコンバレーのように企業や研究所からスピンアウトして新しい企業を設立し、次々に企業数が増加していくような現象はないといわれる。しかし、将来は研究開発による新製品が生まれ、シリコンバレー型のクラスター成長を期待する声もあった。

コスメティックバレー協会

コスメティックバレー協会に企業集積が進んだことにより、1994年業界団体としてのコスメティックバレー協会(以下協会)がゲラン氏の提案により設立された。初代の会長はゲラン氏である。当初は親睦団体のような形であったといわれるが、序々に企業間の連携・研究開発を目指すものに変わっていった。協会設立にはCODEL(ウール・エ・ロワール県経済開発委員会)が全面的に協力した。CODELは設立時3名の出向者を協会に出し、給与もCODELが負担した。協会の現在の事務局長もCODEL出身である。県からの財政サポートもあり、いかにして集積した企業をまとめ、よりよいコスメティックバレーを作り上げるかを第1の目的とした。クラスター育成のためには行政は100%近い財政補助を実行するが、後には雇用増大、税収の拡大により回収出来ると言っている。事実、雇用者数は10倍となった。資生堂の話では投資に対するインセンティブで土地代は相当に安価であったという。現在320社が会員となっている。2005年は45社であったが、2011年に280社となった。2013年では320社である。この間の増加は協会が会員企業、大学の研究開発・共同研究に力を入れるとともに会員企業のビジネスにつながる活動が評価されたものである。コンサルタントや販売関係の企業も情報を求めて会員になる希望が寄せられるが、会員にはなれない。なぜならば、この協会はビジネスにより近い製造業企業等で構成することとしているからである。退会社は毎年2〜3社である。

2005年7月、国はコスメティックバレーを競争的産業クラスターとして認定した。クラスターの目的は産業と研究・教育をミックスして研究開発を促進し、競争力を増大されることにある。

協会の活動

  1. 研究開発:企業と大学の連携を担当し、また企業同士の結びつきをコーディネートする。ユニークなアイデアなどを取り上げ実現に向かう。担当者は企業や大学のアイデアの将来性を見極め、どこの大学とどこの企業を結びつけたら良い結果が出るか極めて専門性の高い能力が要求される。いわばクラスター発展のためのキーパーソンとも言える。米国のシリコンバレーの発展にもキーパーソンが重要な役割を果たした。政府はこれまで3億ユーロの研究開発援助を行った。補助率1/3であるので総額9億ユーロとなる。
  2. イノベーション:世界中にいまだ知られていない新しい原料の探索を行い、いかに応用して製品化していくかを担当する。特にアフリカの植物原料に力を入れている。COSMETOPEE計画を実行中。
  3. 情報提供:化粧品市場の将来について分析する。分析結果を会員企業に情報提供する。年に数回世界市場について情報提供し、会員企業で情報の共有を図る。
  4. 国際見本市への参加:世界中で開催される国際見本市に会員企業を連れて参加している。アジアでは1995年初めてコスモプロアジアに出店。2013年2月は上海のチャイナビューティエキスポに参加した。
  5. 国際会議の開催:その時その時の関心事をテーマに選定し、世界中からスピーカーを呼び開催している。今年は10月8日・9日にオルレアンでCONGRESCOSM’INNOV及び11月20日・21日にはシャルトルでPARFUMS&COSMETIQUESを開催する。10月に開催されたCONGRESCOSM’INNOVではフランスはもとより米国、スペイン、ベルギー、ドイツ、スイスなどからスピーカーを招いた。スピーカーの選定は科学委員会で行う。国際会議の位置づけは先端技術の輸入としている。国際見本市の参加は製品の輸出に繋がり、国際会議は技術の輸入という位置づけである。参加料は650ユーロと安くはないが、今回380名の参加があったという。

ナチュラル製品の台頭

ナチュラル化粧品は最近のヨーロッパでは大きな需要を生みつつある。いまはまだ主流ではないが、消費者の心をつかみつつある。ヨーロッパでは化粧品市場の成長が望めない状況になっているが、この分野では成長が期待できる。

アルバン・ミューラー社はナチュラル製品を提供する企業である。1996年シャルトル近郊に第1工場を建てた。第2工場は2003年に完成した。ミューラー社は自然の素材を生かしたナチュラル・コスメ製品や原料を供給する企業である。消費者はわがままで化学品の含まれる成分を排除するよう要求し、なおかつナチュラルなもの、地球にも優しい製品を求めている。これに応えるため、植物エキスを抽出し、その過程ではバイテクノロジーを駆使する。シリコーンの代替、自然の中の防腐剤、自然ゲル化剤、自然の酸化防止剤等、自然であるものの効果的でかつ使い心地のよい製品を提供することに成功した企業となった。

原料の供給者は半径30〜40kmの農家であり、トレーサビリティが可能なように原料管理がなされている。

ミューラー社は工場の排水や工場エアコンの冷却水によるバクテリアの繁殖を防止する対策をとっており、地球環境に配慮した工場となっている。協会ではエコリスポンシブル憲章を制定し、工場に対し認証を与えている。コスメティックバレーのシンボルであるピオニーの花を1〜4個の基準で与え、ここミューラー社は最高の4個を獲得している。

日本との共同戦略

フランスの化粧品産業は中小企業が80%を占める。先進国の化粧品に対する需要は大きな成長を見込めない。今後中小企業の経営は苦しくなるだろう。そのため付加価値を高める経営を目指す必要がある。ナチュラル化粧品への傾斜もその一環とも言える。フランスの自然化粧品メーカー、ロクシタン社は商品の容器を顧客の好みに応じたデザインにして、世界に一つだけのデザイン容器で販売する。(日経新聞、10月30日付)この販売戦略も高付加価値経営とも言える。

今後成長が期待できるのはアジア市場である。一部の大手企業は独自にアジアに販売網を作り、製造拠点も作れるが、中小企業にとっては困難な事である。アジア市場への進出は中小企業にとって喫緊の課題と言える。コスメティック協会がアジアの見本市に参加していることはこの課題を意識しているためである。

フランスの中小企業がアジア進出を考える時、日本にその窓口を求め、日本からの輸出、madeinJapanを意識した日本でのOEM生産等、日本との共同戦略が大いに期待出来る。

(本稿の図表は10月16日SMBCロンドンによるブリーフィング資料である)

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