フラッシュ180
2014年3月18日
 

債務上限暫定延長法の成立とその背景(米国)

 
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
(桜美林大学名誉教授)
滝井 光夫
 

今年(2014年)2月末に迫った米国政府のデフォルト危機は、同月15日、「債務上限暫定延長法」(Temporary Debt Limit Extension Act)の制定によって回避された。同法により債務の上限が2015年3月15日まで引き上げられたため、上限引き上げに頑強に抵抗し、米国政府をデフォルトの危機に追い込んで、オバマ大統領から譲歩を引き出そうとした共和党の瀬戸際作戦(brinkmanship)は、少なくとも今後1年間は表面化することはなくなった。

この問題については一部、『季刊 国際貿易と投資』No.95、「米国の財政問題-混迷を極める財政再建交渉」で触れたが、原稿提出の段階ではまだ債務上限暫定延長法は成立しておらず、校正の段階でも十分に書き込む余裕がなかったので、改めて債務上限暫定延長法の内容と法案審議の状況をみておくことにしたい。

1.債務上限暫定延長法の内容

前回2013年10月の債務引き上げが、2014年継続歳出法の一部分として成立したように、近年では債務上限を引き上げる法律は別の法案の一部として成立している。しかし、今回の債務上限暫定延長法は債務上限の引き上げだけを規定した法律(P.L.113-83、元の法案番号はS.540(注1))で、債務上限の引き上げが単独の法律として制定されたのは2009年以来初めてのことであるという(ニューヨーク・タイムズ電子版(以下、NYT)2014年2月11日付 House Approves Higher Debt Limit Without Condition)。

制定された債務上限暫定延長法は3節(section)から成る簡潔なものである(注2)。第1節は本法の略称 (Temporary Debt Limit Extension Act) の指定、第2節は債務上限の引き上げ幅と引き上げ時点の設定、第3節は国の債務に関する議会権限の再確認である。

最重要項目である第2節は、(a)と(b)の2項から成る。2項の条文をわかりやすく書くと次のようになる。

まず、(a)項は「本法の制定日(2014年2月15日)から2015年3月15日までの期間は、公的債務の上限を定めた米国法典31 U.S.C.§3101(b)を適用しない」と規定する。次に、(b)項は「2015年3月16日における有効な債務上限額は、(1)2015年3月16日時点の債務残高が、(2)本法制定日における債務残高を上回る分だけ引き上げられる」と規定する。

この規定の書き方は、前回、債務の上限を引き上げた2014年継続歳出法の第1002節(Default Prevention Act of 2013)と同じだが、第1002 節にあったsuspension(債務上限の適用停止)の代わりに、今回は extension(債務上限の延長)という用語が使われている。しかし、意味するところは両法ともに同じである。つまり、今回の債務上限暫定延長法では、①2014年2月15日から2015年3月15日までの期間は、現行の債務上限額を適用せず(shall not apply)(注3)、財務省に通常の国債発行の継続を認め、②2015年3月16日時点の債務残高を2015年3月16日時点の新たな債務上限額とする、ということになる。

また、同法には書かれていないが、2015年3月17日以降については、これまでの慣例に従うと、同日以前に新たな債務上限引き上げ法が制定されれば、それによって規定された水準が債務の上限となり、同日以前に債務上限引き上げ法が制定されない場合は、財務長官は特例措置を行使して資金繰りを図る。財務長官は資金繰りが限界に達する時期を下院議長等に通告し、限界に達する前に新たな債務上限引き上げ法の制定を要請し、議会はその要請に応える(議会が要請に応えなければ、政府はデフォルトに陥ることになるが、過去にこの例はない)。この過程は「米国の財政問題-混迷を極める財政再建交渉」(『季刊 国際貿易と投資』No.95)で述べたとおりである。

2.法案審議の状況

債務上限暫定延長法案は、下院で2月11日、上院で翌12日それぞれ可決され、15日オバマ大統領の署名を得て制定された(P.L.113-83)。上院では票決前にテッド・クルーズ議員(テキサス州選出)によるフィリバスター(議事妨害)に対するクローチャー(討議終結)動議が可決された。上下両院における同法案の票決結果は次のとおりである(注4)。

 

下院:法案票決結果

 

賛成 221

反対 201

欠席 10

民主党

193

2

5

共和党

28

199

5

注:共和党の賛成28にはベイナー議長を含む。

 

上院:クローチャー動議票決結果

 

賛成 67

反対 31

欠席 2

民主党

53

0

0

共和党

12

31

2

無党派

2

0

0

 

上院:法案票決結果

 

賛成  55

反対  43

欠席 2

民主党

53

0

0

共和党

0

43

2

無党派

2

0

0

 

下院で先議された債務上限暫定延長法案(S.540)は、債務上限の引き上げに付帯条件を付けていない。2月11日の午前中に開かれた共和党議員の会議でベイナー下院議長が無条件で債務上限を引き上げる方針を発表した時は、議員らは一瞬唖然とし、拍手はまばらだったという(NYT 2月12日付、An Act of Surrender May Strengthen Boehner’s Control)。ベイナー議長の決断は、下院共和党を振り回してきた保守派とティーパーティー(茶会)勢力から決別し、下院議長としてのリーダーシップを発揮したものだが、票決結果が示しているように、ベイナー議長の方針を支持した共和党議員は27名にとどまった。しかし、もしこの27票が半分であったら、法案は否決されていただけに、下院議長の決断を支持した27票は極めて重要であった。

下院可決法案に対する上院の票決結果は、賛成が民主党議員53名全員と民主党系の無党派議員2名(注5)、反対は共和党議員43名全員(欠席2名を除く)で、賛否は完全に党派に分かれた。法案が票決に付される前に反対を表明したのは、テッド・クルーズ(共和党、テキサス州選出)議員であった。2月11日、同議員は次のような声明を発表して、12日フィリバスターを提起した。

「コントロール不能な現下の歳出問題を解決せずに、債務の上限を引き上げ続けるべきだろうかと国民に尋ねれば、ワシントンいる人々以外はみな『もちろんノーだ』と答える。これは党派やイデオロギーに関係なく、自分の収入で生活している人にとっては常識である。しかし、ワシントンは国民に耳を貸そうとしない。オバマ大統領のもとで、米国の債務は10兆ドルから17兆ドルに増えたのに、大統領は歳出問題を改革せずに、金額を書き込んでいない白地小切手をもう一枚、議会に要求しているのだ。歴史的にみて、債務の上限は歳出を制御する最も効果的な手段であることが証明されている。議会はこれまで28回、債務上限の引き上げには意味のある条件を付けてきた。今回もそうすべきであり、本法案の票決は50票ではなく、60票の賛成で可決すべきである」。

結局、クルーズ議員のフィリバスターは、上記の表に示したとおり67対31の大差で否決された。クローチャー動議票決結果と法案票決結果を比べると、民主党議員はすべてクルーズ議員の提案に反対し、法案に賛成したが、共和党議員12名はクルーズ提案に反対し、法案にも反対するという矛盾した投票を行っている。この12名の中には共和党議員のNo.1 (院内総務)であるマコーネル議員とNo.2(院内幹事)のコーニン議員がいる。

上院共和党の幹部である2人は共に今年の中間選挙で再選を目指しているが、とりわけマコーネル議員はティーパーティの新人候補や民主党候補から挑戦を受けて厳しい状況にあるといわれるだけに、世論が非難するクルーズ議員の瀬戸際政策を支持するわけにもいかず、結局、債務上限の引き上げは民主党多数で可決されると判断して法案には共和党議員と足並みをそろえて反対したのではないかと思われる。同じ投票行動をとったマケイン議員やコーカー議員は、マコーネル議員はリーダーとしての役割を果たしたと評価している(NYT 2月12日付G.O.P. Senate Leaders Avert Debt Ceiling Crisis)。

3.上限引き上げ法の問題点

上記の1.で述べたように、今回の債務上限暫定延長法の第2節でも、また2014年継続歳出法の第1002節でも、引き上げられる債務上限は具体的な金額で明示されていない。法律に書かれているのは、債務上限の期限(前回の債務の上限を引き上げた2014年継続歳出法の第1002節に則して示すと、2014年2月7日)とその時点における債務残高(17兆2,588億ドル)を債務の上限とし、この額から債務上限を引き上げる法律の制定日(2013年10月17日)における債務残高(17兆756億ドル)を差し引いた額(1,832億ドル(注6))を債務上限の引き上げ幅とするとの規定だけである。

これではクルーズ上院議員が主張するように、議会が債務上限を引き上げることは、議会が政府に白地小切手を振り出すのと同じことになる。さらに、期限の設定の仕方も恣意的である。今回の場合はなぜ2015年3月15日を期限としたのか、前回の2014年継続歳出法の場合はなぜ2014年2月7日を期限としたのか、理由が明らかにされていない。期限を今回のように1年1ヵ月後としたり、前回の場合は4ヵ月後としたりなど、期限の設定は、議会の政治的意図だけで決められているようにみえる。

政府債務の削減は、歳入および歳出構造の改革なくしては達成できない。債務の上限を厳格にして債務の膨張を抑えるには、現在のような債務上限の引き上げ方式では達成できないことは明らかである。

「歴史的にみて、債務の上限は歳出を制御する最も効果的な手段であることが証明されている」とクルーズ議員は主張するが、証明されているというその根拠が知りたいところである。また、オバマケアの実施延期や廃止を債務引き上げの条件とし、政府から譲歩を引き出すためには、政府がデフォルトに陥っても致し方ないといったクルーズ議員の主張は、到底理解できるものではない。

政争の具となる現在の債務上限の引き上げ方式は、根本的に見直す必要があるやに思えるが、そうした議論は議会から起っていないようである。とはいえ、債務残高がGDPの107%という段階で、債務残高の削減に努める米国から、わが国も学ぶべきことは多いのではなかろうか。


<注>
1.S.540はもともと2013年3月に提出されたニューハンプシャー州ナシュアにある航空管制センターの名称変更法案であったが、同様の下院提出法案が先に成立したため不要となっていた。このため下院は迅速な法案処理の必要上、S.540を法案の名称を変更して審議に付したという(Wikipediaによる)。
2.議会予算局の報告(www.cbo.gov/publication/45101)によると、2014年2月10日法規委員会のウェブサイトに掲載された法案S.540には、2011年予算管理法による強制削減の適用および2013年超党派予算法で定められた退役軍人年金に対する生計費調整率の削減規定を含む6項で構成されていたが、最終法案ではこれら2項は削除されている。なお、後者は別にP.L.113-82(元法案はS.25)として制定された。
3.朝日新聞2014年2月12日付朝刊「債務引き上げ法案可決」の記事では、「債務上限を2015年3月15日までいったん取り払う法案を可決した」(下線は筆者)としている。債務上限暫定延長法は上述のとおりsuspend という用語を使用していないが、「いったん取り払う」はsuspend を意味している。
4.票決の出所は、議会図書館のウェブサイトThomas および下院、上院のホームページ。
5.バーモント州選出のSanders議員およびメイン州選出のKing議員。
6.債務金額は財務省のホームページに掲載されているTotal Public Debt Outstanding を引用した。