フラッシュ21
2001年11月27日

ブッシュ作曲「対日交響曲」の文法(その1)
―「友情」に寄せるベーカー大使の屈折した対日期待―

国際貿易投資研究所
研究主幹 木内 惠

確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。
(小林秀雄「モオツアルト」より)

 最近、久しぶりに職場近くのサントリーホールでのコンサートに出かけた。出し物はモーツアルトの交響曲29番、シューベルトの交響曲5番など。シューベルトと聞き比べるとよく分かるのだが、モーツアルトはあらゆる曲がモーツアルト的である。交響曲、協奏曲、セレナーデ、ピアノ曲、宗教曲――曲種を問わず、また長調か短調かを問わず、モーツアルトが紡ぎ出したあらゆる曲にはモーツアルト的なるものが宿っている。モーツアルトを好きな人は、そのモーツアルト的なるものに惹かれるのだろう。私は勝手にこれを「モーツアルトの文法」と呼んでいる。
 「モオツァルトのかなしさは疾走する」――小林秀雄が4番ト短調クインテットのアレグロを評した有名な言葉である。「かなしさ」と「疾走」という一見、相反する概念を結びつけるもの、これこそ「モーツアルトの文法」の魔力と思われてならない
 日米関係におけるブッシュ政権の「文法」は何か。対日重視である。通奏低音は何か。対日期待の旋律である。

「友情」から発するアクション
マンハッタンの音楽の殿堂、リンカーン・センター。
夏には連夜、モーツアルトの演奏会開催。

 「日本の今回の行動は、友情に基づくのであって、条約上の義務に基づくものとは思っていない。日米安全保障条約はアフガニスタンでの日本の対米共同行動までカバーしているわけではないからだ」――昨夜(11月26日)、ホテル・オークラにて開催された講演会でベーカー駐日米国大使が述べた言葉である。世界平和研究所が主催したこのセミナーの演題は「テロ後の日米関係」(US-Japan Relations after September 11th)。
 日米関係の基盤に「友情」を据えるという、このレトリックは前にも聞いたことがある。1ヶ月前の10月26日に開催された加藤駐米新大使を招いてのランチョン・ミーティングの場であった。ベーカー駐日大使はこのセミナーにもゲスト・スピーカーとして出席、その時、次のように語ったのだった。

US. Japan relation is based not on treaties but on friendship.
(日米関係は条約に基づくのではない。友情に基づいている)

 ゲスト・スピーカーの話の中ではベーカー大使のこの言葉が妙に印象に残ったことを思い出す。私の隣に座った友人によれば、「友情に基づく日米関係」というのはベーカー大使が最近多用するフレーズで、特段、珍しくはないらしい。だが、私には違って聞こえた。一見何気ない一言のようだが、同時多発テロへの日米の対応という文脈の中にこの語を置いて見ると、あたかも交響曲の主旋律にまとわりつく通奏低音のように米側の対日期待の調べが響いてくるような気がするのだ。

友情の重さ
 とりわけ、「米英関係をモデルとした日米関係」、「Show the flag」など、ブッシュ政権の対日姿勢を象徴する最近の各種キーワードの文脈に照らしてみると、この「友情に基づく日米関係」なる言葉は、極めて含蓄のあるフレーズにも思われる。

 この言葉の意味するところが、米側の日本への期待、日本にとっては「重い責務」にあることはいうまでもない。だが、それに加えて、次のようなベーカー駐日大使の内なる論理回路が見え隠れしているような気がしてならない。

  1. 日米安保条約は片務的である。
  2. したがって、この条約に基づけば、日本の「参戦」が義務付けられているわけではない
  3. 条約というのは、ある意味で西欧的「契約」であり、権利・義務の明文化が特徴。
  4. こうした概念からなる「契約」の下では、明文化されない行動(例えば自衛隊の海外派遣)を起こす義務を負わない。
  5. だが、親しい「友人」であれば、話は別。「友情」の証とは、この場合、条約の権利・義務以上の何かを提示することにあるのではないか。

 こうした論理回路の過程で、A friend in need is a friend indeed(困った時の友こそ真の友)といった、やや月並みな格言がベーカーの胸中に去来したかも知れぬとみるのはうがちすぎだろうか。また、例の「Show the flag」なるフレーズも、かかる文脈において考えると、なんとも名状しがたい味合いがある一言ではある。先にフラッシュ13「自衛隊派遣なかりせば、情念の日米同盟」で扱ったテーマも、こうした不条理ではあるが、それゆえにこそデモーニッシュな衝動の契機であった。

共和党政権の対日アプローチ通奏低音
 「日米関係は米英関係をモデルに」とは、いわゆるアーミテ―ジ・レポートの中のテーゼである。「米国と日本――成熟したパートナーシップに向けて」と題するこのレポートは、アーミテ―ジ国防副長官を中心とする超党派グループが2000年大統領選挙直前の10月11日に次期政権の対日政策に関する提言として発表したもの。日米関係の大枠やあるべき姿を大局的に描いた上で、対日政策の基本的方向を提言している。
 ブッシュ新政権の対日政策の方向を占う意味で注目すべきこのアーミテ―ジ・レポートのメッセ−ジは、「米国の安全保障世界戦略の核に日米同盟を位置付ける」という点にあり、そのためには、「米英間の特別な関係」を日米関係のモデルにすべきだと提唱している。「米英間の特別な関係」とは安全保障を中心に各分野で深く結び付いた両国関係を指す。これを日米関係に当てはめれば、ともすれば経済・通商偏重になりがちな近年の日米関係を改め、日米同盟を基軸としたより大きな枠組みでの緊密なる関係を構築すべきだという主張である。それは同時に、ともすれば経済や通商に過度に傾斜する傾向が見られたクリントン前政権の対日アプローチへの批判であった。8年ぶりに登場した共和党政権の対日アプローチはこのアーミテ―ジ・レポートが通奏低音として流れているといってよい。

Show the flagの寓意
 モデルとされた「米英関係」の一方の主体である英国は、今回米国を襲ったテロに対してどのように身を処したか。真っ先に、米国とともに戦う意思を表明し、実際に自ら「参戦」した。仮に、アフガニスタンでの戦いが正規軍同士の戦争であったならば、彼我の戦力の圧倒的な開きからすれば、米国に他国の支援は要らない。だが、今回の戦争はテロ組織との戦いという意味で、米国にとっても国対国の武力闘争とは異なる種々の条件や制約がある。戦術的には、非戦闘員や非軍事施設への攻撃の極力回避であり、戦略的には文明の衝突を回避(フラッシュ14「文明の衝突を回避せよ」を参照)するとともに、自らの戦いを正当化する必要性の高まりである。そして、自らの戦いを正当化するためには同盟国、日本の共同歩調を取り付けるとともに、これを分かりやすい形で世界に示すことが必要であったのだ。テロを民主主義への挑戦と位置付け、これを糾弾するための戦い、つまり国際正義のための聖戦であることをアピールするためには、日本からの目に見える形での協力が望ましいのである。これがShow the flagに秘められた寓意に他ならない。

(続く) 
続きは「ブッシュ作曲『対日交響曲』の文法(その2)」として次回掲載。



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