フラッシュ226
2015年3月26日
 

ハラル市場の拡大と「表現の自由」
~強いイスラムに求められる「自縄自縛」からの離脱~

 
夏目 美詠子
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

<ハラル市場の規模は2030年に1,200兆円>

世界のハラル市場が年々拡大している。マレーシア通商産業相によれば、今年3月時点でその市場規模は2兆3,000億米ドル(約276兆円)に達する見込みだという(注1)。2014年2月にアラブ首長国連邦・ドバイで開催されたハラル食品展示会では、2030年の市場規模は10兆ドル(約1,200兆円)に拡大するという予測が発表されている(注2)。

「ハラル」とは、イスラム法(シャリーア)によって「許されたものや行為」を意味する。逆に「禁じられたものや行為」は「ハラム」といい、イスラム教の聖典コーランにはっきりと記されている。たとえば、「アッラーが汝らに禁じ給うた食物といえば、死肉、血、豚の肉、それから(屠る時に)アッラー以外の名が唱えられたもののみ」(第2章173節)、「酒と賭矢と偶像神と占矢とはいずれも厭うべきこと、シャイターン(サタン)の業」(第5章90節)、「アッラーは商売はお許しになった。だが利息取りは禁じ給うた」(第2章275節)などである(注3)。つまり、豚肉と酒、ギャンブルと偶像崇拝、金を貸して利息を取ることが禁じられている。豚肉以外でも、「死肉、血、屠る時にアッラー以外の名が唱えられた肉」も「ハラム」で、屠畜には手順が定められている。現代では膨大な数の食品や飲料が複雑な工程を経て生産されており、原料や添加物も多岐にわたる。それら一つ一つが「ハラム」を含まず、シャリーアに則って適切に生産・加工・保存・輸送・流通・販売されたものかどうか審査し、認証を与える機関をハラル認証機関といい、認証を得た商品はイスラム教徒(ムスリム)が安心して食べることができるハラル食品として市場に提供される。

近年ではハラル市場は食品・飲料に限定されず、化粧品、医薬品、サプリメントなどの機能性食品に加え、女性用衣類(イスラムファッション)、観光(ハラルツーリズム)、物流(ハラル・サプライチェーン)などもハラル市場の一部と考えられている。化粧品、医薬品などには豚やアルコール由来成分が含まれていないか検査され、観光施設ではハラル食品が提供されているか、アルコールの提供がないか、プールが男女別に用意されているかなどが重要視される。

また、広義のハラル市場には、近年急成長しているイスラム金融も含まれる。シャリーアに則った金融サービスの提供を掲げて1970年代に湾岸アラブ諸国で始まったイスラム金融は、2000年代に入って年率20%を超える成長を続けている。英国の金融サービス・関連企業団体のTheCityUKによれば、2012年末のイスラム金融資産は1兆4,600億ドルに達しており、2014年には2兆ドルを超えると予測されている。それでも世界の金融資産総額に占める比率は1%程度で、世界のムスリム人口16億人の5人に1人以下しかイスラム金融を利用していないという(注4)。その分、今後の伸びしろが大きいということだろう。邦銀の3メガバンクも、中東、アジア、ロンドンなどの支店や現地法人でイスラム金融業務を拡大しようとしている(注5)。

イスラム金融では、利子という概念を用いず、豚肉やアルコール、賭博やポルノ、武器取引にかかわる事業を取引の対象としない。利子の受け取りを回避するため、金融取引は実物の売買やリース契約、事業投資といった形態を取り、銀行はマークアップ(販売価格と仕入れ価格の差額)や投資収益によって利益を得る。特徴的なのは、銀行は資金を提供するだけでなく、事業主体でもあるので、損失が発生した場合は出資額に応じて損失も負担するという点である。

<年々増加するムスリムの人口と経済力>

こうしたハラル・ビジネスの成長が著しいのは、言うまでもなく、世界のムスリム人口が増加を続けており、ムスリムたちの購買力が上昇しているためである。米国のシンクタンクPew Research Centerが2011年に発表した資料によれば、2010年に世界人口の23.4%、16億人を占めたムスリム人口は、2030年に26.4%、22億人に増加する(図表1)。2010年の世界の宗教別人口では、キリスト教徒が31.5%、22億人と最大勢力だ。しかし、ムスリムの合計特殊出生率は2030-35年も2.3人を維持し、非ムスリム途上国の2.1人、非ムスリム先進国の1.7人を上回る。加えて、ムスリムの年齢中位数は23歳(2010年)と、どの宗教グループよりも若いのだ(注6)。こうしたことから、2030年にはムスリムが世界最大の宗教勢力となる可能性は高い。

国際通貨基金(IMF)によれば、イスラム協力機構(OIC)加盟57ヵ国(注7)の世界全体の国内総生産(GDP)に占める比率は、2000年の5.0%から2010年に8.3%に拡大、2019年には9.4%に達すると予測されている。2000-13年のOIC諸国の年平均成長率は11.5%で、アジア新興国の14.9%には及ばないものの、世界平均の6.5%を大きく上回った(注8)。

ここで注意すべきは、OICには、中南米のガイアナのようにムスリム比率が10%以下の国が加盟している一方で、ムスリム比率が30%台のエチオピア、エリトリア、タンザニア、マケドニア、40%台のボスニア・ヘルツェゴビナは加盟していないし、それぞれ2,330万人、1億7,730人のムスリム人口を抱える中国、インドも加盟していないことだ。そのほか欧州には4,350万人、北米には350万人のムスリムが暮らす(注9)。ムスリム市場はOICの枠を超え、世界中に広がっている。

一方、2010年の1人当たりGDP上位10ヵ国のうち4ヵ国は、OIC加盟の産油・ガス国が占める。今や世界の最富裕層の多くはムスリムなのだ(図表2)。エネルギー輸出国が多いOIC加盟国の一人当たりGDPは、昨年半ばまで10年余り続いた原油高騰の影響で底上げされ、2000-13年に平均3.2%の伸びとなった(注10)。

 

図表1:世界のムスリム人口推移

出所:Pew Research Center, The Future of the Global Muslim Population, Jan. 2011

 

<日本企業もハラル市場参入に積極的>

少子高齢化による国内市場の縮小に直面する日本企業の間では、今後も成長が期待されるムスリム市場に活路を見出そうと、ハラル認証取得を目指す動きが活発化している。しかし参入障壁は高い。まずハラル認証には世界統一基準がなく、世界各国のさまざまな認証機関から参入先の市場に合わせて認証を取得する必要がある。食品が「ハラル」であるためには”Farm to Table(農場から食卓まで)”といわれる厳しいプロセス管理が必要だ。たとえば、工場は養豚場や下水処理場から十分離れていること、製品輸送のトラックには非ハラル製品を混載しないことなどが求められる。ムスリム向けの製品開発・販売を目指すなら、日本から輸出するより、「ハラル」な環境を確保しやすいイスラム諸国に進出した方が、認証取得は容易になる。その一方で、あえてリスクの高い海外進出を選ばずに、日本国内のハラル認証機関から認証を得て、ムスリム市場への輸出に成功した中小企業の事例も報告されている(注11)。

こうしたアウトバウンドの取り組みと並行して、日本を訪れるムスリム観光客にハラル製品やサービスを提供しようというインバウンドの動きも活発になっている。背景には、2013年7月以降東南アジアの観光客へのビザ発給要件が緩和され、インドネシア、マレーシアからのムスリム観光客が急増していることがある。さらに、政府が2014年6月に発表した「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2014」の中で、2020年の東京オリンピック開催に向けて、訪日外国人旅行者数2000万人を目指すとともに、「ムスリムおもてなしプロジェクトの実施」を宣言、国を挙げて「ムスリム・フレンドリー」をアピールする方針を打ち出したことも大きい(注12)。

日本は今まで、ハラル対応の食事や施設が少なく、ムスリムが滞在に難儀する国だった。筆者の友人も、本場の寿司を味わいたくてもシャリや醤油に含まれる微量のアルコールのために断念したり、一緒にお茶は飲んでも豚肉由来のゼラチンなどを警戒してケーキは食べなかったり、「せっかく日本に来たのに、これでは楽しめないだろう」と気の毒になることがあった。政府の方針を受けて、厨房から調理器具、食器まで非ハラル食との隔離を徹底したハラルメニューにチャレンジしようという外食企業が出てきたほか、豚肉とアルコール不使用を明示したムスリム・フレンドリーメニューの提供が観光地や大学の学生食堂などを中心に広がりつつある。ムスリム観光客・留学生誘致や国内消費の底上げにつながる望ましい動きといえるだろう。日本を再訪した友人が、あらゆる日本食を安心して楽しめる環境が数年後に整うとしたら、大変すばらしいことだ。

<ムスリムも非ムスリムも陥る「自縄自縛」>

しかし、この方向性を肯定しつつ、同時に危惧も抱いてしまうのは、筆者だけではないようだ。イスラム思想や比較宗教学が専門の塩尻和子氏は、「一昔前なら、ムスリムの友人に、豚肉が入っていなければ、中華料理でも和食でもなんでも食べてもらうことができた。しかし、最近では、外国人のムスリムも日本人の改宗者も、ほとんどの人が「ハラール」でなければ食べないと主張するようになった。(中略)近年のあまりにも熱心なハラール食品への固執という傾向は、ムスリムと非ムスリムとの友好的な交流を妨げるのではないかと、私は心配になる」(注13)と述べている。筆者も近年、ムスリムの友人を自宅に招いて食事を共にするのがとても難しくなったと感じている。

イスラム地域研究が専門の内藤正典氏は、「(ハラル)認証を商売に結び付けることに根本的な違和感」があると述べた上で、食材や調理プロセスを誠実に開示して「後はムスリムの判断に委ねる」べきという考えを示している。醤油に含まれる微量のアルコール分についても、「寿司の醤油で酔っぱらうわけじゃあるまいし、そんなことはどうでもいいんです」というムスリムでイスラム法学者のハサン中田考氏の見解を紹介している(注14)。しかしインドネシアに進出した宮坂醸造(神州一味噌)は、味噌の発酵過程で生じるわずかなアルコール分除去に奮闘しているのだ(注15)。

ハラル認証、シャリーア適格、イスラム教義への厳密過ぎる固執は、ムスリムも、彼らに商品やサービスを提供する非ムスリムも自縄自縛にしてしまう。同じようなパラドックスはイスラム金融にもみられる。イスラム金融論が専門の長岡慎介氏は、「イスラーム金融が発展し、近代資本主義型金融との競争に晒されるようになると、あらゆる利子を認めないという規定は、需要に応じて、かつ競争力のある金融手法の開発を目指す際の大きな制約条件になりつつ」あり、その結果、「かなりの無理をした金融手法が開発され、そのような手法がはたして本当にイスラームの理念に沿ったものなのかという批判も出され始めている」と指摘する(注16)。具体的には、「金融手法のイスラーム法への形式的な適合性が重視されるようになって」、「手法自体としては問題のあるものであっても、イスラーム法学で容認されている取引のやり方をパッチワーク的につなぎあわせて」いたり、「イスラーム法への適合性を満たすために金融手法のしくみが高度化・複雑化することで、同じような機能を持つ近代資本主義型金融の手法と比べて、多大な経済非効率性を生んで」いたりするという。こうした批判を行う論者たちは、「たとえ利子が取引に含まれていたとしても、イスラームの理念の実質を反映し、経済効率性に資する手法」(注17)ならば問題はなく、禁止されるべき利子は「経済の効率性や社会的な公平性を損なう利子に限定されるべき」(注18)だと主張する。しかし、こうした論者は近代イスラム経済学ではまだ少数派だという。

<「屈辱の文化」を超越せよ>

イスラムの教義では偶像崇拝も固く禁じられる。2015年1月7日にパリで、イスラム過激派のアルジェリア系移民2世が預言者ムハンマドの風刺画を掲載した週刊誌「シャルリ・エブド」の編集部を襲撃、12名を殺害した。2月14日にはコペンハーゲンで、「イスラムと表現の自由」をテーマにした討論会がデンマーク出身のイスラム過激主義者による銃撃を受け、2名が死亡した。集会には過去に預言者ムハンマドの風刺画を描いた画家が出席していた。事件の根底には、欧州各国における移民差別、所得・教育格差、イスラモフォビアがある。失業し、社会への憎悪を募らせるムスリム移民の2世、3世はイスラム過激主義に染まり、イスラムの冒涜にテロで応じる。問題の本質は、欧州諸国の破たんした移民政策であり、イスラムの教義でも表現の自由でもない。解決には数世紀前からの植民地主義を引きずった欧州の社会構造転換が必要で、容易ではない。

フランスの国際政治学者ドミニク・モイジ氏は、アラブ・イスラム地域と欧米のムスリム移民社会はともに「屈辱の文化」の中にあると指摘する。屈辱の源泉は、イスラム世界の歴史的衰退、イスラエルの建国、母国に居場所を与えられないムスリム移民2世、3世の怒りであり、彼らに希望を与えて怒りと絶望の淵から引き揚げ、パレスチナ問題解決に欧米が責任を持って取り組む以外に解決方法はない、と述べている(注19)。

筆者は氏の意見に同意すると同時に、イスラム世界は本当に屈辱に沈んでいるのだろうか、という疑問も抱く。ムスリムは、おそらく十数年後に世界最大の宗教勢力になり、経済力も確実に増大する。それを見越して、世界中の企業がムスリムたちにかしずき、シャリーアと彼らのし好に合ったハラル製品の開発にしのぎを削っている。欧州のムスリム社会や「アラブの春」以降の中東諸国の閉塞感は深刻だ。しかし、イスラム世界は全体として、年々強く豊かになっている。ならばムスリムに求められるのは、挑発に暴力で応じることではなく、挑発をかわし、いなし、イスラム教義への自縄自縛を軽やかに解き、挑発者とも同じ価値観で共生できると示すことだろう。

「シャルリ・エブド」事件の後、Financial Timesに掲載されたムスリム女性の投稿は、筆者を勇気づけてくれた。コメディアンである彼女は、メッカ巡礼で痴漢にあった経験を「神の手がお尻をつねった」というネタにしたところ、「同じ経験をした」というムスリム女性が何人も現れるとともに、「ムスリムの恥だ。殺してやる」というムスリム男性からの脅迫も受けた。しかし彼女は、自分の信仰を疑い、笑い、風刺することで、信仰は逆に深まり、非ムスリムとの距離も縮まると訴える。そして高らかに宣言するのだ。そんなことで決して揺るがないほど「私の信仰は強いのだ」と(注20)。

 

図表2:一人当たりGDPの上位15ヵ国(購買力平価ベース)

(出所)IMF, World Economic Outlook Database, October 2014

 

1. 2015年3月30日~4月4日にマレーシア・クアラルンプールで開催予定のWorld Halal Summitにおける事前配布資料
3. 井筒俊彦訳『コーラン(上)』、岩波文庫、1964年、P.42, 163, 68。
4. TheCityUK, UK, The Leading Western Centre for Islamic Finance, October 2013.UK
5. 日本経済新聞、2015年3月3日。
7. イスラム協力機構(OIC)57ヵ国のうち、パレスチナ自治政府とソマリアは国際通貨基金(IMF)の統計に記載がないため、実際はOIC加盟55ヵ国の数値となっている。
8. 国際通貨基金(IMF) World Economic Outlook Database October 2014より筆者算出。
9. Pew Research Center, op. cit., 2011, 2012.
10. 注8に同じ。
11. ハラル認証については、以下の文献を参照した。
並河良一『ハラル食品マーケットの手引き』、2013年、日本食糧新聞社、森下翠惠・武井泉『16億人のイスラム市場を目指せ! ハラル認証取得ガイドブック』、2014年、東洋経済新報社。
12. 同プログラムは国土交通省観光庁のサイトからダウンロード可能
13. 塩尻和子・池田美佐子『イスラームの生活を知る事典』、2004年、東京堂出版、pp.107-108。
14. 内藤正典『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』、2015年、集英社新書、pp.225-235。
16. 長岡慎介『現代イスラーム金融論』、2011年、名古屋大学出版会、p.78。
17. Ibid., pp.105-106.
18. Ibid., p.73.
19. Dominique Moisi, “The Clash of Emotions,” Foreign Affairs, January/February 2007. ドミニク・モイジ氏、“イスラムに広がる「屈辱」”、日本経済新聞、2015年2月16日。
20. Shazia Mirza, “Ridicule what is sacred and you will learn,” Financial Times, January 16, 2015.