フラッシュ237
2015年6月16日
 

ASEAN経済共同体はどこへ向かうのか - 見えてきた「ポスト2015ビジョン」

 
福永 佳史
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)上級政策調整
 

はしがき

2015年はASEAN統合にとって極めて重要な節目の年となる。経済共同体(注1)をはじめ、3つの共同体(政治安全保障、経済、社会文化)実現の期限を12月に控え、完成度を高めるための努力が続けられている。同時に、「ASEAN共同体に関するポスト2015ビジョン」の検討が始まっている。2016年以降、ASEAN統合はどこへ向かうのか。どこまで深掘りできるのか。日系企業も無関心ではいられない。

ポスト2015ビジョンは、最終的に本年11月の第27回ASEAN首脳会議で取りまとめられるが、その骨子は、既に2014年11月に「ASEAN共同体のポスト2015ビジョンに関するネピドー宣言」として公表されている。本稿では、ネピドー宣言の解説を通じて、見え始めたポスト2015ビジョンの内容を紹介したい(注2)。

分野横断的な要素

ネピドー宣言から、分野横断的な要素として以下の点を読み取ることができる。まず、ポスト2015ビジョンは、2016年から2025年までの10年間を目標期間とする。ポスト2015においても、3つの共同体(政治安全保障、経済、社会文化)の枠組みが維持される。新たに環境共同体を追加するとの案もあったが、支持を得られなかった。ポスト2015ビジョンでは、明確で計測可能な「ASEAN開発目標」が策定される。2015年は国連のポスト・ミレニアム目標の策定のタイミングであり、国連の目標と平仄の取れた目標となることが予想される。

経済共同体の新たな5本柱

ASEAN経済共同体2025(以下、AEC2025)は5本柱から構成される。すなわち、①統合され且つ高度に結束した経済(an integrated and highly cohesive economy)、②競争力のある革新的でダイナミックなASEAN(a competitive, innovative and dynamic ASEAN)、③強靭で包括的、人間本位・人間中心のASEAN(a resilient inclusive and people-oriented, people-centred ASEAN)、④分野別統合・協力の強化(enhanced sectoral integration and cooperation)、そして⑤グローバルASEAN(a global ASEAN)である。ASEAN経済共同体2015(AEC2015)との対比で言えば、既存の四本柱の名称は変更され、それぞれの概念が拡充されている。新たに「分野別統合・協力の強化」が加わった。

 

表: ASEAN経済共同体の新たな柱立て

 

AEC2025

AEC2015

1

統合され且つ高度に結束した経済

単一市場・生産基地

2

競争力のある革新的でダイナミックなASEAN

競争力のある地域

3

強靭で包括的、人間本位・人間中心のASEAN

衡平な経済発展

4

分野別統合・協力の強化

【従来、第一の柱の一部であった「優先統合分野」の拡大】

5

グローバルASEAN

グローバル経済への統合

出典: ASEAN(2008)及びネピドー宣言より作成

 

第一の柱は「単一市場・生産基地」から、「統合され且つ高度に結束した経済」へと改められた。従来は、「単一市場」というEUを想起させ、特定の意味を有する用語が用いられていたが、AEC2025ではこのような用語法を回避し、「深く統合され、高度に結合した」との修飾語が用いられている。その背景には、ASEAN域内に存在する経済格差を踏まえれば、ヨーロッパの文脈における単一市場を実現するとの結果を得るのは非常に困難であるとの認識がある。また、世界金融危機以後、「欧州型経済統合モデルは、必ずしも理想的なモデルではない」と理解されるようになったことも影響しているであろう。

第二の柱は、従来の「競争力のある地域」との概念を拡大し、「競争力のある革新的でダイナミックなASEAN」となった。従来の「競争力のある」との概念は、①競争政策、②消費者保護、③知的財産権、④インフラ開発、⑤税制、⑥電子商取引と、多くの施策を含んでいた。第一の柱が典型的な貿易アジェンダを扱っているのに対し、国内経済法制及びインフラを扱う概念であった。AEC2025では、これらに加え、「革新的」「ダイナミック」との言葉を追加した。上記のとおり、AEC2015には知的財産権が含まれていたが、より広範なイノベーション政策は、社会文化共同体の下に設置された科学技術大臣や教育大臣が扱っていた。これに対しAEC2025では、イノベーションを単に「科学技術行政」と捉えず、技術の商業的活用や、高度技術を活用した製造業・サービス業の実現を通じ、生産性の向上を促進するとの経済政策的概念として位置づけられた。「ダイナミック」とは、イノベーションを通じ、また、日々変化する国際経済の下で、経済構造・産業構造を機動的に変化させていくことを示唆している。また、「連結性」も第二の柱の一部として理解されている。連結性とは、ハードインフラ、制度、人と人とのつながりなどを指す概念である。

第三の柱は、従来の「衡平な経済発展」との概念を拡大し、「強靭で包括的、人間本位・人間中心のASEAN」とされた。従来は、①CLMV諸国の開発を支援するASEAN統合イニシアティブ、②中小企業開発、を政策項目として盛り込んでいた。衡平性と包括性は、共に、発展格差を扱うという点で共通する部分が多い。今回、こうした概念に、強靭性等の項目を追加した点が特徴である。まず、強靭性は、食料安全保障、エネルギー安全保障、防災等を意識した概念である。これらの政策課題は、従来は社会文化共同体の位置づけであったが、AEC2025では経済アジェンダとしても位置づけられ、第二に、人間本位・人間中心との概念が加わった。この言葉は、ASEANでは90年代から用いられてきた言葉であるが、特にマレーシアが2015年のテーマとして「人間中心のASEAN」を位置づけたことで、経済文脈でも改めて位置づけられた。マレーシアの問題意識は、第一にASEAN統合に関する一般国民への周知と対話であり、第二に中小企業などの小規模事業者に加え、女性・老人・若者がASEAN統合に参画し、その果実を得ることである。そのような意味で、従来の「衡平性」の概念との重複も見られるが、これを前面に打ち出した点に特徴がある。

以上の柱立てとの関係性は不明であるが、第一から第三の柱のいずれかに属すると思われるものとして、衡平で包括的な成長に加え、「持続可能な成長」(グリーンテクノロジー、グリーンエネルギー)がAEC2025で扱われることも明示されている。

第四の柱として追加されたのが「分野別統合・協力の強化」である。これは、一見、全くの新規項目であるように見えるが、これはAEC2015における「優先統合分野」(第一の柱の一部)の延長である。ASEANは、2004年の優先分野の統合に関するASEAN枠組み協定を採択し、12産業を優先統合分野と位置づけ、協力事業を行うとともに、貿易自由化においても早期実施項目と位置づけてきた。今後、こうした産業別の協力を強化するとの意思の表れと捉えられるが、具体的にどの産業を指定するのか、どのような措置を講じるのかは決まっていない。

第五の柱は、「グローバル経済への統合」から、「グローバルASEAN」へと名称が変更された。従来の概念では、日ASEAN経済連携協定のように、ASEANが一体となって域外国と自由貿易協定(FTA)を締結することが具体的な施策であった。これに対し、AEC2025では「統合」との文言がなくなり、より広い概念となった。具体的には、第一に、引き続き、東アジア経済統合の中心として、またその進行役としての役割を維持し、ASEAN中心性を強化するとした上で、第二に、G20などへの参画を通じ、グローバルな経済問題についてもASEANとして共通の立場を構成し、ASEANとしての声を挙げ、ASEANの存在感を示すとの政策が新たに掲げられた。

以上を要するに、AEC2025は、本質的にAEC2015の延長として位置づけられる。現時点までに、例えば関税同盟の設立、通貨統合等、EUを想起させるような大きな飛躍は検討されていない。他方、新五本柱の内容は、従来のAEC2015における四本柱を拡充したものであり、経済共同体がカバーする政策領域が広くなっている。すなわち、AEC2025では、従来、社会文化共同体の中で扱われていた環境・防災・イノベーション等が経済共同体の中でも扱われることとなる。その背景として、①環境問題や自然災害が経済にも大きな影響を与えることが認識されたこと(例えば2011年のタイ洪水によるサプライチェーンへの影響)に加え、②マレーシア・ナジブ首相が環境問題を念頭に「4つ目の共同体」を提案したこと、③「中所得国の罠」への関心が高まっていることなどが影響しているものと考えられる。ナジブ首相の問題意識としては3つの共同体構想の狭間に落ちる政策課題が生じることへの懸念があるため、環境・防災等の問題が社会文化共同体から経済共同体に移管されたというよりは、両側面から総合的に対応策を検討するとの位置づけになる可能性が高い。

ASEAN経済共同体2025を支える制度設計

ネピドー宣言は、AEC2025の5本柱に加え、これらを支えるための制度設計として、①グッドガバナンス、②透明性、③柔軟な規制メカニズム(Responsive regulations and regulatory regimes)、④民間企業等への積極的関与、⑤紛争解決規定の活用に言及している。ここでは、③・④・⑤に着目したい。

まず、今回取り入れられた「柔軟な規制メカニズム」とは、ERIAが提案する不断の規制改革を行うためのメカニズムである。国内規制措置に着目し、官民連携により規制を大幅に簡素化するとともに、経済環境の変化に伴い、柔軟かつ機動的に規制を改正するためのメカニズムの構築が提言されている(注3)。

第二に、「民間企業等への積極的関与」には、マレーシア議長年のテーマ「人間中心のASEAN」の影響が見られる。関与の対象としては、民間企業に加え、地域社会基盤の組織やその他の利害関係者が言及されており、市民社会団体など、非常に多岐に渡る組織が対象として想定されている。

第三に、紛争解決規定の活用については、その活用を称揚するとともに、「紛争解決を迅速化するためのその他のアプローチを構築するとされた。ASEAN経済共同体に関する国家間紛争を解決するための規定として、2004年に採択された紛争解決制度(Enhanced Dispute Settlement Mechanism)が存在するが、全く活用されていない。2012年以来、制度設計の詳細の見直しの議論が活発化しており、2016年以降は実際に活用される可能性が高くなる。紛争解決制度の活用は、各国による協定遵守を強化する結果につながることが期待される。

まとめ

本稿では、ASEAN経済共同体の将来展望として、ポスト2015ビジョンの検討状況について議論した。AEC2025は、基本的にAEC2015の柱立てを維持しつつ、既存の取組を深掘りし、また社会文化共同体アジェンダを取り込む形で拡がっていくこととなる。同時に、ASEAN経済共同体を推進する上で、他の二つの共同体、すなわち政治安全保障共同体及び社会文化共同体を進めていくことの重要性を忘れてはならない。政治安全保障共同体は、ASEAN加盟国の間の信頼関係の基礎を提供する。また、社会文化共同体は、国民レベルでのASEAN意識の醸成につながるのみならず、各国が直面する政策課題に対応するための協力プログラムが実施されており、国民に分かりやすい。経済統合の度合いが深まれば深まるほど、その取組は難易度を増す。次の段階に入るためには、国家間の信頼関係、国民レベルでの共同体意識がなくては、大きな壁にぶつかることになろう。そういう意味で、3つの共同体を同時進行で進めるというASEANの構想は極めて正しい。本稿では検討の対象としていないが、政治安全保障共同体、社会文化共同体についても、2015年時点での到達点を確認し、ポスト2015ビジョンの議論を推し進めることが、経済共同体の深化にもつながることになる。

 

1. ASEAN経済共同体の全体像については、本書各章のほか、石川・清水・助川編(2009,2013)、国際貿易投資研究所フラッシュ各号を参照。
2. 本稿は、福永(2015)を修正、簡略化したものである。ポスト2015ビジョンを巡る議論の詳細については、福永(2013,2015)を参照。
3. 詳細については、Intal et al. (2014)を参照。

<参考文献>
石川幸一・清水一史・助川成也編(2009),『ASEAN経済共同体』ジェトロ。
石川幸一・清水一史・助川成也編(2013),『ASEAN経済共同体と日本』文眞堂。
福永佳史(2013),「2015年以後のASEAN経済統合の更なる深化に向けて」石川幸一・清水一史・助川成也編『ASEAN経済共同体と日本』文眞堂。
福永佳史(2015),「ASEAN経済統合の将来展望」石川幸一・清水一史・朽木昭文編『現代ASEAN経済論』文眞堂(近刊予定)。
Intal, P.S., et al. (2014), ASEAN Rising: ASEAN and AEC Beyond 2015, Jakarta: ERIA.