フラッシュ238
2015年6月22日
 

混迷する貿易促進権限(TPA)法案の米議会審議

 
滝井 光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学名誉教授
 

6月12日(金)、米連邦議会下院は、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉の決着に不可欠なTPA(貿易促進権限法)法案を可決し、TAA(貿易調整支援)法案を否決した。

この採決結果について日本の新聞は、「貿易権限法案再調整へ」(13日付日本経済新聞電子版)、「米貿易法案、結論持ち越し再投票へ」(同東京新聞電子版)などと報じた。TPAが可決されたのに、なぜ貿易法案の再調整が必要で、結論が持ち越されたのか。そもそも、5月22日に上院が可決した貿易法案はTPAとTAAをパッケージにしたひとつの法案であるのに、なぜ下院審議ではTAA部分とTPA部分が別々に採決されたのだろうか。各紙を読んでもその理由ははっきりしない。

上院の法案審議では、本会議が審議に入る動議の採否まで逐一報じていたのに、下院審議は6月12日の一日だけで終わってしまったためか、各紙は下院審議については、結果だけしか報じなかった。しかし、調べてみると、下院では12日の法案審議の前日11日に、貿易法案をTAAとTPAの部分に分解して審議するという共和党の決議案305が可決されていたのである。

この辺の状況を詳しく、主にThomas-US Library of Congress on Internet (http://www.congress.gov)、同サイトから取り出した米連邦議会議事録(Congressional Record)およびThe New York Times (電子版、以下NYTと略記)からみてみよう。なお、本稿作成に当たっては、ジェトロ米州課長山田良平氏から有益な教示を得た。

1.下院決議案305の可決

上院が5月22日に62対37(表1)で可決した貿易法案(正式名称は「2015年貿易法案」、H.R.1314 Trade Act of 2015)は、Title Ⅰ- Trade Promotion Authority とTitle Ⅱ-Extension of Trade Adjustment Assistance の2部で構成されている。可決後、同法案は6月10日に下院に回付された。同10日、セッションズ下院議事運営委員長はH.R.1314の審議手続きに関する決議案305(H.Res.305)を下院本会議に提出し、翌11日1時間かけて審議した後採決に付され、同決議案は217対212(表2)で可決された。

この決議案は2015年貿易法案を(1)上院可決法案の中のTitle Ⅱの末尾にある212条(メディケア予算を削減してTAAの財源を捻出する条項)、(2)212条を除くTitleⅡの全体(つまりTAA法案)、(3)TitleⅠの全体(つまりTPA法案)の3つに分解して審議することを提案したものである。

これは、上院のように2015年貿易法案を一括して採決すれば、TAAを支持しない共和党多数の反対によって法案そのものが否決されかねないため、法案を二つに分ければ、TAAは民主党多数の賛成、TPAは共和党多数の賛成によって、それぞれが可決され、法案が一括して可決されるのと同じ結果になると、ベイナー下院議長、ライアン歳入委員長、セッションズ議事運営委員長ら共和党幹部が判断したためといわれる。この結果、下院のH.R.1314審議は決議案305の可決によって、上院とはまったく異なる異例の採決方法が取られることになった。

2. H.R.1314の下院審議

6月12日、下院決議305に従ってH.R.1314は採決に付された。採決の結果、予想に反してまずTAAが民主党多数の反対によって126対302(表3)の大差で否決され、続いて、TPAは民主党の反対を上回る共和党多数の賛成により219対211(表4)の僅差で可決された。219対211の採決結果は、両党の投票行動に差が出なかったため、下院決議案305の採決結果(上述の217対212)と酷似している。

この結果、TAAとTPAをともに可決した上院と下院の審議結果とが異なったため、H.R.1314をそのまま大統領に送ることが不可能となった。大統領の署名を得るには、同一法案を両院が可決することが必須の条件となるからである。

民主党が伝統的かつ強力に支持するTAA法案に敢えて反対して、これを否決に持ち込んだのは、TPA法案が共和党多数によって可決されることを見越し、H.R.1314の採決結果を上院と異なるものにして、オバマ大統領に同法案が送られるのを阻止するためであった。

このために果たしたペローシ民主党下院院内総務(前下院議長)の役割は大きい。審議に入るまで沈黙を守っていたペローシ議員が審議入り後、TAAにもTPAにも反対を表明すると、大統領の説得に傾きかけていた民主党議員の流れは逆転したという(12日付NYT)。12日付NYTは、「下院、貿易法案を拒否、オバマの劇的アピールを拒絶」、「ワシントン機能不全、民主党、民主党大統領を切り捨て」との見出しを掲げ、事態の異常さを報じた。また6月12日付のThe Atlantic誌は、AFL-CIOのトラムカ会長らが選挙支援の取りやめをちらつかせて、大統領の説得に屈しないよう民主党議員に圧力をかけたと報じている。

オバマ大統領はH.R.1314を可決させるため、2010年の医療保険制度改革法案以降では最も激しいロビーイング活動を民主党議員に対して展開した。しかし、TPP交渉の不透明性やFTA(自由貿易協定)そのものを批判するだけでなく、高速道路などのインフラ整備、環境保護、気候変動などに対する大統領の対応に不満を強めていた民主党議員は、一斉に大統領に反旗を翻した。民主党議員がTAAに反対したのは、あたかも「泣いてTAAという“馬謖”を斬った」といった感じである。

2016年大統領選挙の有力候補者であるヒラリー・クリントンは、これまでTPP、TPAなどに明確な態度を示さず、同じ民主党大統領候補であるサンダース上院議員などから批判されていたが、6月13日ニューヨークのルーズベルト島で行った演説で、TPPなどの是非に関する言及は避けながら、大統領は米国の雇用を守るために、ペローシ院内総務など民主党議員の意見を真剣に聞くべきだと訴えて、TAAを否決に追い込んだ民主党議員にエールを送っている。

なお、前述の下院決議案305で個別に審議すべき第一に挙げられたTitle Ⅱの212条は、採決に付さずに承認されている(下院Report 114-146の第1ページおよび6月12日付下院Congressional RecordのH4333ページ)。

3.6月12日以降の展開(6月22日現在)

(1)下院決議案321の可決

6月12日にH.R.1314の審議が終わると、共和党のマコーネル上院院内総務とベイナー下院議長は17日に共同声明を発表し、「TPA法案とTAA法案をそれぞれ両院で可決し、大統領の署名を得られるよう努力する」と表明した。この声明にもとづき、セッションズ下院議事運営委員長は17日、下院決議321を議会に提出し、翌18日午前、スローター民主党議員の異議申し立てにも拘わらず、発生投票によって同決議案の審議開始を決め、同決議案は244対181(表5)で可決された。

同決議は、上院が5月22日に、下院が6月12日にそれぞれ可決したH.R.1314のTPA部分(Title Ⅰ)をそのまま取り出してひとつの法案に仕立てたH.R.2146を審議するためのものである。ベイナー議長はTAA法案が否決された後、同法案の再審議を訴えたが、126対302という大差をひっくり返すことは不可能と判断し、TPAを単独法案として提案する方法を選択したわけである。

(2)H.R.2146(TPA法案)の下院可決

決議案321が可決された18日の午前11時過ぎには、早くもライアン歳入委員長がH.R.2146を本会議に提出し、同法案は1時間の審議後、12時半過ぎには218対208(表6)で可決された。可決されたH.R.2146は上院に回付され審議されることになる。しかし、上院の民主党がすんなりとこの審議に応じるかどうかはわからない。仮に上院で可決されればオバマ大統領はH.R.2146に署名する意向のようだが、TAA法案が両院で可決されない状態のまま、大統領がTPA法案に署名すれば、大統領と民主党との関係はさらに悪化しかねないであろう。

(3)TAA法案の行方

TPA単独の法案は下院で可決されたが、下院で否決されたままになっているTAA法案はどうなるのか。18日付NYTによると、共和党はTAA法案を今年9月30日に期限切れとなるアフリカ成長機会法(AGOA)の延長法案(すでに議会に提出済み)に盛り込むことを決定したという。この共和党幹部が選択した方法に民主党だけでなく、共和党がどう対応するか注目されるが、ペローシ議員は共和党が新たな対応をとっても、投票行動を変えるつもりはないと述べている(12日付NYT)。このため、ペローシ議員がTAAに反対票を投じることはほぼ間違いなく、民主党議員に与えるその影響も大きいであろう。

議会は上下両院とも6月27日(土)から7月6日(月)まで独立記念日休会に入る。8月は下院が3日(月)から、上院は10日(月)から、ともに9月7日(月、レイバーデー休日)まで夏季休会となる。従って、TPAおよびTAA法案は6月22日(月)から26日(金)までの一週間に決着が付かなければ、審議は7月にずれ込む。7月中に決着できなければ、その後の見通しは極めて不透明になる。