フラッシュ240
2015年7月7日
 

復活した貿易促進権限(TPA)法と貿易調整支援(TAA)法

 
滝井 光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学名誉教授
 

6月29日午後2時すぎ、オバマ大統領はまず貿易促進権限(TPA)法、続いて貿易調整支援(TAA)法に署名し、両法は制定された。TPA法の議会可決は実に際どいものであったが、大統領による両法案の同時署名によって、民主党の大義名分も立たせることができた。

両法案の審議経過については、フラッシュ238で6月22日までの状況を報告したが、その後の推移をみておきたい。なお、TPA法の内容は、いずれ当研究所の『季報』で報告する予定である。

1.TPAの有効期間は3年、最長6年

今回、TPAが復活したのは丁度8年ぶりだが、前回(2002年)のTPAも復活するまで8年3ヵ月かかった。TPAは一旦失効すると、政党間の思惑が絡み、復活するまでに長い年月がかかることが改めて示された。

今回(2015年)のTPA法により、TPAの有効期間は2018年6月30日までの3年間だが、この期限到来前に同法の延長が承認されれば期限は2021年6月30日となる。つまり、これら期限までに締結される貿易協定については、連邦政府と連邦議会との綿密な連携のもとに対外交渉が実行される限り、貿易協定批准の過程で、議会には締結した協定に対する修正は一切認めず、批准するかしないかの選択しか認めない。こうすることによって、米国政府も交渉相手国政府も、米連邦議会による協定修正の恐れから解放されて、安心して貿易交渉を進めることが可能となる。

従って、新聞が報じるように、TPA法は「大統領に貿易交渉を一任する」ものでもないし、「大統領に強い交渉権限を与える」ものでもない。交渉するのは連邦政府だが、貿易協定はあくまで連邦議会との相互連携によって締結されなければならない。これが、TPA法の趣旨であることを誤解してはならない。

2.紙一重の差で成立したTPA法案H.R.2146

6月22日付のフラッシュ238では、TPA法案であるH.R.2146が6月18日下院を218対208で通過した時点までを報告した。その後、このH.R.2146は同日直ちに上院に回付され、2本の修正案などを含めて討議が続いたが、6月23日討議終結動議が60対37で可決され(表1)、翌24日、H.R.2146は下院案のまま60対38で可決された(表2)。

60票は、上院だけに認められているフィリバスター(議事妨害)を阻止できる最低限の票数である。また下院の賛成票218票(フラッシュ238の表6参照)も、下院の総数435票の過半数(218票)ギリギリであった。

上院では、共和党の5人〔コリンズ(メイン州選出)、クルーズ(テキサス)、ポール(ケンタッキー)、シェルビー(アラバマ)、セッションズ(同)〕が、討議終結動議にも法案採決にも反対し、討議終結動議に賛成したルビオ(フロリダ)は法案採決では棄権した。これら6人のうちクルーズ、ポール、ルビオの3人は2016年大統領選挙に名乗りをあげている。

オバマ民主党大統領が熱望したTPAは、皮肉にもオバマ政策に反対する共和党の協力なくしては実現できなかったが、共和党議員あるいは民主党議員がもう一人反対に回れば、TPA法は成立していなかった。成否はまさに紙一重の差であった。

なお、オバマ大統領がルー財務長官、フロマン通商代表および数名の議員が見守る中で署名したのは、TPA法が「(警察官、消防士、交通管制官など)公共の安全にかかわる公務員の退職年金擁護法」(Defending Public Safety Employees’ Retirement Act、下院法案H.R.2146の略称)、TAA法が「2015年貿易特恵制度延長法」(Trade Preferences Extension Act of 2015、H.R.1295の略称)である。

TPA法やTAA法がそれとは似ても似つかぬ法律名となっているのは、法案成立の経緯と関係する。TAAについては後述するが、下院がTPAとTAAが一体となっていた上院可決法案H.R.1314からTAA部分を切り離し、TPA部分だけの単独法案にしたとき(フラッシュ238参照)、これを新たな法案とすると審議に手間がかかるため、審議中の法案にTPA法案を盛り込むという方法がとられた。この審議中の法案がH.R.2146、その名称が上記の退職年金擁護法である。

大統領が署名した退職年金擁護法(米国公法PL114-26)は全体で43ページあるが、退職年金擁護法部分(Section 1~3)は僅か1ページだけで、残り42ページはすべてTPA法である。TPA法の略称(short title)は「2015年超党派議会貿易優先権説明責任法」(Bipartisan Congressional Trade Priorities and Accountability Act of 2015)であり、前回2002年のTPA法の名称は「2002年超党派貿易促進権限法」(Bipartisan Trade Promotion Authority Act of 2002)である。2015年のTPA法は、TPAの頭文字を同じにして用語を入れ替えているが、内容は基本的に同じである。

3.TAAは2015年貿易特恵制度延長法案H.R.1295の一部として成立

フラッシュ238では、TAA(貿易調整支援)法がアフリカ成長機会法(AGOA)の延長法案に盛り込まれると書いたが、結局は「2015年貿易特恵制度延長法」(Trade Preferences Extension Act of 2015)に盛り込まれて成立した。

2015年貿易特恵制度延長法(米国公法PL114-27)は、以下の8編(Title)から成る。

Title Ⅰ AGOA延長強化法(2015年9月30日で期限切れとなるアフリカ成長機会法延長法(AGOA)を2025年9月30日まで延長)
Title Ⅱ 一般特恵関税制度(GSP)延長法(2013年7月31日で期限切れとなっていたGSP法を2017年12月31日まで延長、経過期間は遡及適用)
Title Ⅲ ハイチ特恵関税延長法(2020年9月30日までの期限を2025年9月30日まで延長)
Title Ⅳ 2015年貿易調整支援再授権法(2013年12月31日で期限切れとなっていたが、2021年6月30日まで延長)
Title Ⅴ 米国貿易是正有効法(American Trade Enforcement Effectiveness Act、アンチダンピング法および相殺関税法の改正による公正貿易の推進)
Title Ⅵ 一部品目の関税分類変更
Title Ⅶ 雑則(大統領は本法による相手国の貧困と飢餓の削減効果を議会に報告)
Title Ⅷ 相殺条項(特恵制度による歳入減を税関使用料の延長等による歳入増によって相殺。なお、TAAの財源捻出をメディケア予算削減に求める規定はTitle Ⅳに包含)
(TAA、AGOA等についてはhttp://www.iti.or.jp/kikan84/84takii.pdfを参照されたい)

4.H.R.1295の成立過程

2015年貿易特恵制度延長法案H.R.1295は今年3月に下院に提出され、上院が5月14日に97対1(棄権2)、下院は6月11日に397対32(棄権4)とそれぞれ圧倒的多数で可決したが、可決された法案に入っていたのはAGOA、GSP、ハイチと上記の雑則および相殺条項だけで、TAA(上記のTitle Ⅳ)とアンチダンピング法等の改正(同Ⅴ)および一部品目の関税分類変更(同Ⅵ)は含められていない。

議会議事録を辿っていくと、H.R.1295にTAAを盛り込む提案は6月18日上院のマコーネル共和党院内総務が行っていることがわかった。6月18日は、下院がTPA法案(H.R.2146)を可決した日であり、前日の17日にはマコーネル上院共和党院内総務とベイナー下院議長が共同声明を発表してTPA法案とTAA法案の成立を表明した日である(フラッシュ238参照)。つまり、マコーネル上院共和党議員は共同声明で言明したとおり、TAA成立に向けて迅速に行動を起こした訳である。

その後、上院は6月24日にTAAを含むH.R.1295に対する討議終結動議を76対22(表3)で可決し、同日発声投票で同法案を可決して下院に回付した。これを受けて下院は翌25日に上院修正法案を審議するため、議事運営委員会の決議案H.Res.338を251対176(表4)で可決し、同決議による討議の結果、同25日にH.R.1295は286対138(表5)で可決された。

なお、前回のTAA法案に反対したペローシ下院民主党院内総務は、H.R.1295に賛成票を投じたが、投票前に“TAAはTPAと一体とはならなかったが、TAAをよりよいものにすることを希望する以上、この法案に反対せず、成立させることが重要だ”と本会議場で発言している(Congressional Record, June 25, 2015, H4695~96)。

こうして、可決された法案が大統領に届けられたのは、TPA法案H.R.2146が24日、TAA法案を含むH.R.1295が26日となったが、冒頭に書いたように大統領の署名は29日に同時に行われたわけである。