フラッシュ255
2015年11月13日
 

ベトナムのIT部門がテイク・オフ(離陸)か ~IT貿易収支が黒字転換~

 
大木 博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
 

かつて中国で起きたことがベトナムでも

長らく貿易収支の赤字に苦しんでいたベトナムが、2012年に7億4900万ドルの黒字を計上した。これは、1993年以来19年ぶりのことである。2013年は300万ドルの黒字、2014年も21億ドルの黒字を計上し、黒字が定着化しているようだ(図-1)。

ベトナムの貿易収が黒字化した要因は、新たに貿易黒字を創出できる産業が誕生したことにある。IT製品である。2014年の輸出上位品目を見ると、1位は電話機・同部品の236億700万ドル(前年比11.1%増)、2位縫製品209億4,900万ドル(16.7%増)、3位コンピュータ製品・同部品114億4,000万ドル(7.9%増)、4位履物103億4,000万ドル(22.9%増)、5位水産物78億3,600万ドル(16.7%増)。これまで、ベトナムの主力輸出品は、アパレル、原油、食料品、履物であったが、2013年に電話機・部品が縫製を抜いてトップに躍り出た。

これには、外資系企業の輸出が貢献している。例えば、2013年の外資系企業の輸出額は884億ドル(前年比22.4%増)、ベトナムの輸出額の66.9%を占めた。輸入額は745億ドル(24.2%増)で、その結果、外資系企業による貿易収支は140億ドルの黒字となっている。

新規に貿易収支黒字を計上するようになったIT部門の製品は、携帯電話やスマートフォンなどの通信機器やコンピュータ・周辺機器などである。特に携帯電話(主にスマートフォン)で黒字が拡大している。表―1はベトナムのIT機器・部品の貿易収支である。IT最終財がIT部品を上回り黒字化しているが、これは通信機器の中の携帯電話が大幅に黒字を拡大がさせていることによる。

 

資料:グローバル・トレード・アトラスより作成

 

表―1 ベトナムのIT貿易収支の推移(2000~2013年)

 

中国のIT貿易収支の推移(2000~2014年)

資料:グローバル・トレード・アトラスより作成

 

ベトナムのこの動きをみると、かつて中国で起きた光景が浮かんでくる。中国では、IT部門の貿易収支が黒字基調に転じたのが2002年以降である。2002年に30億ドルの黒字を計上した後、2008年には黒字幅が1000億ドルを超えた。中国がIT貿易で大幅黒字を計上するようになった背景には、2001年12月のWTO加盟を契機として外資系企業の中国生産が加速したことが挙げられる。2001年には、中国の全輸出に占める外資系企業のシェアは2001年に50.1%となり、初めて過半を占めた。輸出品に占める外資系のシェアを品目別に見ると、外資系のシェアが特に高いのはコンピュータ製品であった。 2001年において輸出額が最大の外資系企業は、台湾系のFoxconn(富士康科技集団))、次にモトローラ中国電子、長城国際信息産品(IBM)、北京ノキア、東莞ノキアと欧米勢が続いていた。また、Foxconnに代表される台湾系EMS企業が中国のコンピュータ輸出を大きく拡大させた。台湾政府はノートPCの中国生産を国内産業の空洞化懸念を理由に認めていなかったが、2001年11月に解禁したことで、台湾のEMS企業が中国生産を加速させて、中国のIT輸出拡大の促進要因となった。

ベトナムでも中国と同様に外資系のITセットメーカーがベトナムを世界市場に供給するグローバル拠点として位置付け始めた。いち早く、グローバル拠点として位置付けてベトナムで量産体制を構築した企業は、キヤノンである。キヤノンは、プリンターの生産をメキシコからハノイに移管して2002年に工場を立ち上げた。今では、ハノイ市に1工場、同市に隣接するバクニン省クエボ工業団地に2工場等を持ち、インクジェットプリンター、レーザープリンター、スキャナー等を世界市場に輸出している(キヤノンの全世界生産量の3割を、ベトナムの3工場が担っている)。しかし、キヤノンに続くような企業は出てこなかった。

変化が起きたのは、2009年にサムスン電子が、北部バクニン省で携帯電話の工場建設を発表し2010年に稼働したことからである。2014年3月には、北部タイグエン省でスマートフォンの生産を開始し、同年11月には、新携帯電話工場の建設を目的とした、30億ドルの追加出資の認可を同省より取得した。サムスンの携帯電話生産の半分はベトナムで生産されているという。また、サムスンディスプレーがバクニン省でスマートフォン用ディスプレー工場建設(10億ドル)の認可を取得している。

サムスンは、ホーチミンでも市内にあるサイゴンハイテクパークでテレビ、エアコン、洗濯機などの家電生産を始めることになっている。2014年のベトナムの投資受入れでは、サムスン電子が飛びぬけて大きい。2014年の新規投資額の上位10案件をみると、韓国、香港、シンガポールの案件が合計で8件となっているが、サムスングループによる投資額が1位、2位、4位となり、合計で54億ドルと新規投資額全体の32.7%を占めている。地域別にみると、北部が6件、南部が3件、中部が1件となった(注1)。サムスン以外では、LGが家電生産を開始、マイクロソフトはノキアから取得した携帯電話工場を2014年5月に、中国、ハンガリー、メキシコから2015年2月までにベトナム工場に集約することを発表(中国とハンガリーの工場は閉鎖、メキシコの工場は修理工場に変更)している(注2)。

こうした外資系ITセットメーカーによる量産工場の開設が相次いだことで、ベトナムは一躍IT製品の輸出国に躍り出た。

中間財貿易の赤字幅は拡大

貿易収支が黒字基調に転じている一方で、対中貿易収支は赤字幅が年々拡大している(図―1)。対中輸入が大きく増加しているためである。中国からの輸入は堅調に増加基調にある。中国からの輸入品は、インフラ整備やビル建設用に使われる機械設備・同部品と鉄・鉄くず、織布・生地、電子部品、二輪部品、繊維、履物、プラスチック、果物、日用品、生産原料等多岐にわたり、ベトナムの産業にとって中国からの輸入は不可欠といえる。

図―2は、ベトナムの財別貿易収支である。最終財の貿易黒字が拡大している一方で、中間財の貿易赤字は、一層、拡大している。2013年の中間財の貿易赤字幅は609億ドルに達し、この中間財貿易赤字の約4割弱の224億ドルが中国との貿易によるものである。

 

資料:グローバル・トレード・アトラスより作成

 

対中貿易の財別赤字を見れば、ベトナムが取り組むべき課題が明らかとなる。資材調達の現地化である。これは、IT分野に限らず多くの製造業で共通している。例えば、ベトナムの主要輸出品である縫製品は欧米・日本からの受注が多く、その多くが南部を中心にした地場縫製工場で製造されている。しかし、縫製品の生地やボタン、ファスナーなどの副資材の多くを輸入に頼っているため、付加価値のある製品を製造できていない。ITでも同様なことがいえる。

ベトナムにおける日系企業の資材調達

筆者は2009年にベトナムで操業している日系企業の資材調達について調査したことがある。当時、在ベトナム日系電子部品企業が、現地で調達している製品としては、樹脂成形、プレス加工、印刷物、梱包材・梱包資材(ダンボール、発泡スチロール、トレー、セロテープ)、鋳型の砂、ジグ、工具類、金型、プラスチック成形部品、安全靴、ヘルメット、ユニフォーム・作業服、消耗品などであった(ただし原産地は不明、必ずしも地場企業製ではないものも多くあった)。ベトナムにおける現地調達比率は、企業によって異なるが概して2割程度と低かった。

調達先も日系・台湾系・ベトナム地場企業からの調達に分かれていたが、「何も一歩飛んで地場から調達する必要性を感じない。値段は少々張っても信頼性・技術を重視している」と現地に進出している日系企業、そして韓国・台湾企業からというのが一般的であった。

地場企業からの調達したい品目は、ばね、ねじ等精度を要求されないものであるが、地場企業を発掘しなければならなかった。日系、台湾系、香港系から調達したい品目は電子部品、基盤等であったが、こうした企業は新たに誘致しなければならなかった。また、ベトナムに進出して欲しい企業としては、重量があるもの、かさばるもの、例えば磁石、マグネット、電線等、これらは金属の塊であり、重いが、性能に関わる主要コア部品である。進出してほしいが、難しいと諦めていた。地場にこのような企業があれば技術指導もできるが、このような企業があるのかわからない。地場企業の情報がほとんどないという有様であった。

他方で、地場企業からの調達に努力していた企業もあった。5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)、品質管理を徹底・指導をすることで、2年の歳月をかけて地場企業からプラスチック成形部品を調達した日系企業もあった。当時、指導にあった日系企業によれば、行く度にバケツ、雑巾、ほうきの3点セットをもってまず掃除、遊休の使わなくなった金型を渡して半年間の研修教育、その後1年かけて技術指導したとのことであった。

原材料・素材系は100%輸入している企業が多かったが、これは納入先(顧客)が材料指定、企業・製品指定による発注をするためであった。

以上が2009年時点での状況であったが、現状はどうであろうか。ジェトロの調査では、ベトナム進出日系企業の原材料・部品の調達率は2014年で33.2%、2010年の22.4%からは改善はしている。しかし、タイの54.8%、インドネシアンの43.1%と比べてかなり低い。

また、調達先は現地進出の日系企業と台湾などの外資系企業の調達が56%を占めている。特にベトナムでは、現地での調達先として進出日系企業からの割合が高く、地場企業からの調達割合が低い。まだ、根本的に状況は、変わっていないようである。

現地調達向上の取り組み

サムスン電子が2010年に操業した当初、同社の部材サプライヤーが50社ほど工場近郊に進出し、現地調達率は15%ほどといわれていた。日系企業同様に、サムスン電子も現地調達の向上に取り組んでおり、韓国政府が支援している。2014年9月にバクザン省人民委員会・ベトナム韓国職業訓練学校(Vietnam−Korea Vocational College of Technology)がODA(韓国が1,000万ドルを供与し、ベトナム政府が700万ドルを拠出)を使って設立された。同校は、教育期間3年の短期大学で、入学資格は高校卒業程度。授業料は年間340万ドン(約1万9,380円)。10万平方メートルの広大な敷地に400人の生徒と56人の教員が在籍し、自動車、機械切削、IT、電子機器、電気の教育が行われている。2017年からは、はんだ付け、メカトロニクス、冷蔵・空調工学の教育が開始される予定である(注3)。

それでは、日本はどうか。日本の対ベトナム投資は、2014年には、前年比60.9%減の2億9,900万ドルと大幅に減少した。2012〜2013年にみられたような大手日本企業進出が一巡したためである。しかし、件数ベースでは517件と過去最高を記録した。累積額では日本が最大である。日本企業のベトナム進出件数はここ数年、増加傾向にある。商工会会員企業数はホーチミンが700社、ハノイが600社。ホーチミンの商工会会員企業は3年で1.5倍になった。特徴は中小企業の進出が著しいことである。

本年9月にホーチミンで現地の人材育成関連の関係者にヒアリングしたところ、日系企業の進出件数の増加に伴い、ローカルの地場企業は何をすれば日本の企業と付き合っていけるか真剣に考えるようになってきている。そのため、顧客の日本企業が何を求めているのか、これを理解できるような研修が人気である。日本発の改善、無駄取り、トヨタ生産方式、QCサークルといった内容が中心になっている。人気の口座は、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)、や報・連・相(ほう・れん・そう)のコースである。ローカル企業は日本人が教えることには価値があると考えている。

在ホーチミン日系企業の中には、日本人駐在員を派遣することから、これからはベトナム人に経営を任すことを考えている企業も出始めている。日本人駐在のコストが高いためである。

また、訪問したホーチミンの職業訓練学校では、日本人の専門家が派遣されて技能研修や日本語研修を行い、日本流ものつくりを根付かせようと取り組んでいた。卒業生の多くが進出の日本企業に就職するということであった。

セットメーカーが先か、すそ野産業が先かのジレンマから脱出

ベトナムには、タイやマレーシア等のASEAN先発国と比べてセットメーカーがなかなか進出してこなかった。AFTAが結成されてASEAN域内の関税障壁が撤廃されると一層、この傾向が強まった。ASEAN先進諸国と比べてすそ野産業が十分に育っていないことから、グローバル供給を考えているセットメーカーはベトナムのような裾野産業が育っていない地域への進出を躊躇していた。同時に、裾野産業も、大量調達してくれるセットメーカーが操業していなければ進出するインセンティブがない。ベトナムは、長らく、すそ野産業が先かセットメーカーが先かの、ニワトリとタマゴのジレンマに陥っていた。

サムスン電子をはじめとするセットメーカーのベトナム進出で、このジレンマが吹き飛ばされた感がある。サムスン電子は、韓国系サプライヤーを合わせてベトナム国内で約10万人を雇用しており、2014年末には20万人に達するという。LGエレクトロニクスも同様に、数万人規模で雇用を確保するとされている。こうしたセットメーカーの進出にすそ野産業が追従するパターンが出来上がり、ジレンマから脱出したようである。

この動きは、日系企業でも見られる。ジェトロによれば、中国とベトナムに生産拠点を有する事務機器メーカーへのヒアリングをしたところ、ベトナム工場の生産台数が中国工場を上回り、海外生産における主力拠点となっている。特殊な部材は輸入に頼らざるを得ないが、その輸送コストなどを上回る人件費メリットが得られている。将来的には、日系製造業の進出増加により、部品サプライヤーの層にさらに厚みが出てくるとみている。

ここにきてセットメーカーがベトナムに進出した背景には、第1に中国やASEAN先発国の近隣国から部材や人材を調達・活用できるという利便性、第2は中国における賃金上昇や元高による中国生産の価格面での優位性の喪失による製造業の脱中国の動き、第3は環太平洋パートナーシップ(TPP)の交渉妥結を見込んでベトナムをグローバル拠点として考える動きなどがある。

この中国要因やTPP期待によるベトナムへの生産移管の動きは、アパレルや履物などでもすでに起きている。大手企業が発注先を中国やバングラデシュなどからベトナムに移管している。ベトナムでITの分野でセットメーカーの進出とすそ野産業のレベルアップが同時に進行することが予想できる。

 

1.ジェトロ通商弘報2015年4月14日付け
2.ジェトロ通商弘報2015年8月5日付け
3.ジェトロ通商弘報2015年3月18日付け