フラッシュ257
2015年11月30日
 

ドイツの難民問題~長びく難民審査、パリ同時多発テロが暗影

 
田中 信世
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

1. 急増した15年の難民申請

2015年のドイツは中東のシリアやイラクなどから押し寄せる大量の難民への対応に追われた年となった。

戦後のドイツは過去にも大量の難民の流入を経験している。その契機とったのは1989年の東欧諸国における体制転換とその後の政治・経済環境の激変である。

ドイツ連邦移住難民庁(das Bundesamt fuer Migration und Fluechtlinge=BAMF)によると、ドイツに流入した難民の数は、1989年の東欧諸国における体制転換などの激動を反映して急増し、92年には難民申請者数は44万人と過去最高水準を記録した。難民申請者数はその後も90年代後半から2000年代初めにかけては10万人を上回る高水準で推移していたが、東欧の情勢が落ち着くにつれて、2005年以降は難民申請者数も5万人を下回るなど安定的に推移してきた。しかし、その後シリアでの内戦の激化や、イラク、シリアなどにおける過激派組織イスラミックステート(IS)の台頭、アフガニスタンにおける反政府組織タリバンの勢力拡大など世界各地で政情不安が深刻化したことから、ドイツへの難民流入は12年頃から再び増加に転じ、13年の難民申請数は12万7,000人とふたたび10万人の大台を突破、さらに14年には20万2,000人と前年比59%増という大幅な増加を記録した。

ドイツに流入する難民の数は15年に入ってさらに増勢を強めており、15年1~10月の難民申請者数は(第一申請と再申請の合計)は36万2,153人と、すでに前年1年間の約2倍に達している。ドイツ政府は、シリアの内戦など中東情勢の安定が当面見通せないことから、ドイツに流入する難民の数は今後も増え続けると予測しており、15年8月の時点で、15年1年間にドイツに流入する難民の数は最大で80万人までに増えるとの予測を発表している。

 

表1 ドイツにおける難民申請者数の推移(1991~2014年)    (単位;人)

注)難民は、第一次申請で難民としての地位やその他の庇護を認められなかった場合、再申請できる。このため連邦移住難民庁の難民統計では、第一次申請分と再申請分を合計した数字を難民申請数として計上している。

(出所)連邦移住難民庁、“Asyl in Zahlen”、“Das Bundesamt in Zahlen 2014-Asyl, Migration und Integration”より作成

 

表2 2015年1~10月の難民申請数(第一次申請と再申請)    (単位;人、%)

(出所)連邦移住難民庁、Asylgeschaeftsstatistik fuer den Monat Oktober 2015

 

このようにドイツに難民が殺到する背景にはドイツ政府の難民に対する寛容な政策が挙げられるが、それを可能にしているのは、憲法に相当する基本法をはじめとする関連法の難民について規定である。

すなわち、基本法16条aでは「政治的に迫害されている者は亡命権を享受する」と謳われており、難民法§3Abs.1では「外国人が、人種、宗教および政治的な信条、特定の社会グループに属していることにより迫害されるという明白な恐れがある場合には、その外国人は1951年7月の難民協定の意味における難民である」と規定している。また、正式の難民認定ではないが、難民法§4 Abs.1には、難民または国際的な庇護についての審査の取り決めのない国またはダブリン規定が適用されない国の第三国人に対する補完的な庇護規定があり、滞在法§60 Abs.5およびAbs.7では、非人道的な扱いを受ける恐れがある場合の欧州人権協定に基づく本国送還の禁止、および「かなり具体的な身体、生命、自由に対する危険」が存在する場合の本国送還の禁止が規定されている。

2.シリア、イラクなど高い難民認定率

ドイツに到着した難民は、電子配分システム「Easy」により、「ケーニヒシュタイン基準」(Koenigsteiner Schluessel)と呼ばれる、各州の税収(3分の2の比重)と人口数(3分の1の比重)に応じて毎年決定される割当比率に基づき個々の州に割り当てられる。難民は割り振られた州の連邦移住難民庁で難民審査を受けることになる。

上記のような法律に基づき連邦移住難民庁により2015年には10月末までに、難民申請に対して合計20万5,265件(前年同期比で106.2%増)の裁定が下された。このうち、①基本法16条aおよび難民法§3Abs.1による「難民認定」、②難民法§4Abs.1による「補完的庇護の保障」、および③滞在法§60Abs.5または7による「本国送還禁止の確定」といった庇護の裁定を受けた難民の数は8万4,503件に達し、裁定総数に占める庇護率は41.2%であった。

2015年1~10月における庇護率を難民の出身国別にみると、裁定数の上位9カ国の中では、シリア人、イラク人、エリトリア人に対する庇護率が非常に高いことがわかる。すなわち、シリア人の庇護率は93.2%(裁定数6万1,412件に対して庇護の決定は5万7,255件)、イラク人の87.7%(裁定数1万2,449件に対して1万912件)、エリトリア人の86.3%(5,031件に対して4,340件)などである。上位9カ国以外で庇護率の高い国はイランの58.8%であった(裁定数2,199件に対して庇護の決定1,292件)。

基本法16条aおよび難民法§3Abs.1により難民としての法的地位を認められた人(8万1,547人)の出身国で多かったのは、シリア人(5万36人)とイラク人(1万676人)であり、難民法§4Abs.1による補完的庇護を受けた人が多かったのはエリトリア人の326人、アフガニスタン人254人、およびイラク人185人であった。また、滞在法§60Abs.5または7による本国送還禁止の裁定が最も多かったのはアフガニスタン人の599人であった。

 

表3 難民申請に対する連邦移住難民庁の裁定 (単位;人)

注)GG=Grundgesetz(基本法)、AsylG=Asylgesetz(難民法)、AufentG=Aufenthaltsgesetz(滞在法)

(出所)連邦移住難民庁、Asylgeschaeftsstatistik fuer den Monat Oktober 2015より作成

 

表4  難民申請に対する連邦移住難民庁の裁定(第一次申請、再申請別)(2015年1~10月)(単位;人)

(出所)、(注)とも表3と同じ。

 

難民申請者は難民としての法的地位が認められた場合、ドイツに3年間滞在することができる。その後、難民の出身国で状況に変化がみられない場合は、無期限に滞在する権利を得ることができる。「補完的な庇護」が認められた場合には、1年間の滞在許可が与えられ、外国人出入国管理事務所(Auslaenderbehoerde)により2年間の延長が可能である。

一方、難民が保護または難民としての地位を得ることを拒否された場合、当事者は原則としてドイツを去るか、あるいは申請却下に対する異議を申し立てなければならない。ただし、実際に国外退去(本国送還)が行われるまでに長い時間がかかる。2014年においては、ドイツを即時退去しなければならない外国人の数は4万人以上であったが、実際に国外に退去した人は1万884人にとどまった。国外退去処分を受けた人はほとんどの場合、セルビア、マケドニア、コソボからの難民であった。

このように、国外退去処分の執行が一時的に停止される背景としては、例えば難民がパスポートを所持していない場合、健康上の理由から旅行(移動)できない場合、あるいは出身国の状況が帰国を許さない状況にある場合などが挙げられる。出国できない難民にはほとんどの場合、「許容証」(Duldung)が発給される。これは正式の滞在許可証ではなく、不法にドイツに滞在していないことを証するものである。ドイツには長年にわたって「許容証」だけで居住している人が何千人もいるといわれている。

4.懸念される難民審査のさらなる長期化

難民流入の急増で難民審査にかかる時間は長期化している。

連邦移住難民庁のAsylgeschaeftsstatistik fuer den Monat Oktober 2015によると、15年10月末における継続中の第一次申請者の件数(30万1,092人)は前月(9月30日時点で27万3,719人)比で2万7,373人増加した(10.0%増)。難民の出身国別に見ると、継続中の件数が特に多かったのはシリア(6万1,706人)、アフガニスタン(2万8,150人)、アルバニア(2万6,226人)、エリトリア(1万8,847人)およびイラク(1万6,375人)であった。

一方、継続中の再申請手続きの件数(2万7,115人)は、前月の2万6,812人と比べて1.1%(303件増)の微増となった。継続中の再申請手続きが多かった国は、セルビア(6,756人)、マケドニア(4,047人)、コソボ(2,340人)、ボスニア・ヘルツェゴビナ(1,511人)のバルカン諸国のほか、イラク(1,878人)とシリア(1,770人)が多かった。

以上の結果、2015年10月末現在で、32万8,207人の難民処理が未裁定のままで残った。前年同期(未裁定件数は15万4,074人)と比べると、未処理件数は113%増加(17万4,133人増)した。前月の未処理件数(30万531人)との比較でも9.2%の増加(2万7,676人増)となった。

裁定までにかかる期間は、州によって大きく異なっており、連邦移住難民庁によると、2015年上半期における裁定までの所要期間は、メクレンブルク・フォアポメルン、ザールランド、ザクセン・アンハルト州など旧東独州を中心に処理期間が短い州では3カ月余りで裁定が下りているが、バーデン・ビュルテンベルク、シュレスビヒ・ホルシュタイン州などでは裁定までに半年以上がかかっている。裁定までの平均所要月数はドイツ全体で5.3カ月である。

このように、2015年に入ってからの難民急増によって連邦移住難民庁の事務処理要員の不足が顕在化してきている。このため、内務省では連邦移住難民庁の職員数を約2,000人増やすことを表明しており、そのうち750名の増員は15年中にも行われる予定である。

しかし、2015年11月13日のイスラム過激派ISによるパリ同時多発テロの発生はドイツの難民処理にも今後影響を与えることになりそうである。パリ同時多発テロの実行犯の中に最近ギリシャで難民申請してEUに入ったテロリストが含まれていたとされていることから、今後ドイツの難民審査もより厳格化されることは必至で、審査期間のさらなる長期化は避けられないものと懸念されている。