フラッシュ263
2016年1月18日
 

アイデンティティ意識の変化が鮮明に~台湾の総統選挙を振り返る

 
宇佐美 喜昭
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

台湾で2016年1月16日に実施された総統選挙は民主進歩党(以下「民進党」)の蔡英文候補が圧勝し、8年ぶりの政権交代となった。蔡英文候補は台湾と大陸(中華人民共和国)との関係について「現状維持」を明言している。民進党は国会にあたる立法院選挙でも定数113議席のうち68議席を占め初めて過半数を制し、政治の主導権を握ることとなった。中国国民党(以下「国民党」)の馬英九総統が進めてきた大陸との政治的経済的な関係改善路線には急ブレーキがかかることとなるだろう。

16歳のタレントの謝罪が選挙に波紋

今回の選挙の前哨戦となった2014年11月の地方統一選挙では、6の直轄市の市長、16の県の知事のうち、民進党は13のポストを獲得、台北市でも民進党寄りとされる無所属候補が当選した。対する国民党は6ポストしか取れず、惨敗を喫した。

総統選挙は馬英九政権の歴史的ともいえる支持率の低さとともに、国民党内の対立もあって、選挙公示前から蔡英文候補の当選が確実視され、2000年以降の総統選挙では最も盛り上がりにかける選挙戦となっていたが、選挙前日の昼過ぎからその雰囲気が一変した。

発端は、昨年11月に台湾出身で韓国のガールズユニットTWICEに所属するとともにモデルとしても活動している周子瑜という16歳のタレントが韓国のテレビ番組に出場した折、「中華民国の国旗」である青天白日満地紅旗の小旗を振って、台湾出身であることをアピールしたことだ。TWICEには日本人も3人加わっている。

当時は問題視されていなかったが、TWICEが中国のテレビ局の新年特集番組に出演することが明らかになり、中国で活動する台湾出身タレントがSNSに批判的なコメントを投稿したことから話がこじれた。中国の携帯電話メーカー華為が提携先の韓国のLGグループ系通信会社に対し周子瑜を広告からはずすよう要求した、所属先である韓国大手の芸能事務所は周子瑜の中国での活動を自粛した、ことなどが台湾で報じられた。

そして1月15日、所属先事務所は謝罪文を読み上げる周子瑜の動画をYouTubeにアップしたが、緊張して深々と頭を下げるとともに、原稿棒読みで「私はずっと自分が中国人であることに誇りを感じることができています」などと述べたシーンが事務所から強要されたようにも見受けられたことが台湾の市民を強く刺激し、帰属意識を揺り動かした。この動画はネットを通じて瞬く間に拡散、テレビ局でも繰り返し報道する事態となった。

この背景には「台湾人」意識の広がりがある。台湾の政治エリート養成学校である国立政治大学の選挙研究センターが実施しているアイデンティティ調査によると、2015年の回答結果は「台湾人」59.0%、「台湾人であり、かつ中国人」33.7%、「中国人」3.3%であった。「台湾人」から「中国人」との回答を差し引く「台湾人アイデンティティ指数」は、55.7であった。台湾人アイデンティティ指数を民主進歩党の陳水扁政権が発足した2000年の24.4、中国国民党の馬英九政権が発足した2008年の44.4と比較すると、陳水扁政権では「台湾人」意識の強まりとともに「中国人」意識が弱まっていたのが、馬英九政権では「台湾人」意識の強まりがさらに進むとともに「台湾人であり中国人」意識が弱まったことがわかる。

国民党、「両岸経済協力枠組協議」(ECFA)締結で想定外の不人気に

馬英九総統は2008年の総統選挙では、外省人(戦後、大陸から台湾へ渡来した人およびその家系)でありながら台湾語、客家語の演説も交えて有権者に浸透し、民進党の本省人(戦前から台湾に住んでいる人およびその家系)の候補を破って政権を奪還した。

しかし2009年8月の台風被災の救援活動への政府対応の遅れで行政能力への疑問がついた。2010年には中国との間でECFAをまとめあげ、経済成長重視の政策をとってきたが、その一方で国民党内部でも特定の外省人としかつきあわない姿勢が嫌がられ、本省人だけでなく外省人の支持層も失っていった。

2012年は辛勝で再選を果たしたが、その後も国民党内の本省人の重鎮として広い人気を誇る王金平・立法院長(国会議長に相当)が野党や世論にも配慮した議事運営で政府提出法案について慎重審議を重ねると、党籍剥奪による辞任を画策し、国民党を権力闘争で疲弊させた。

また経済政策ではECFAで認められた中国資本による台湾の土地買収で地価高騰を招いたことや規制緩和に伴い急増した中国からの観光客の傍若無人のふるまいが市民の「台湾人」意識を強めることにつながった。

2014年3月、中国との経済関係深化に慎重な意見を持つ学生らが、中国とのサービス貿易協定を審議中だった立法院を占拠する「ひまわり学生運動」が起きると、王金平・立法院長が占拠学生の強制排除に慎重だったのと対照的に、馬英九総統は学生との対話になかなか応じようとしなかった。そうした姿勢がさらなる支持離れにつながり、政権支持率は10%前後に下落した。

王金平・立法院長の党籍剥奪は、司法判断の末、無効とされた。その後の地方統一選挙での惨敗を受け馬英九総統は国民党主席を辞任、朱立倫・前新台市長を主席とする新執行部は、今回の選挙で王金平氏を国民党の比例候補名簿の第一位とした。

蔡英文候補は、ひまわり学生運動では、立法院が民意を汲んでいないとして学生の行動を明確に支持した。今回の選挙でもひまわり学生運動を母体して誕生した政党、時代力量と提携し選挙戦を戦った。時代力量は立法院占拠で5議席を獲得したため、与党は73議席を占めることとなる。自立した台湾の現状維持を目指す勢力は、あと2議席で立法院議席の3分の2を制し、憲法改正を民意に問えるところまで迫っていたことになる。立法院選挙の焦点が民進党による過半数確保だったことを考えると、周子瑜騒動の影響は少なからずあったと見るべきだろう。また、次の選挙までは、立法院での微妙な勢力変化が大きな政治環境変化につながる可能性があることを心得ておく必要がある。

西側諸国に求められる民意の尊重

選挙結果判明後、中国政府は声明を出し、「92年合意」の遵守と「台湾独立の分裂活動に断固反対する」というメッセージで台湾を牽制した。

「92年合意」とは台湾の対中国窓口機関である海峡交流基金会の辜振甫理事長と、中国側の対台湾窓口機関である海峡両岸関係協会の汪道涵会長との会談で合意されたとする「一つの中国」を堅持するというものだ。しかし、当時はこうした合意があるとは公表されていない。陳水扁政権発足直前の2000年4月に当時の国民党政権の大陸委員会主任(大臣に相当)が唐突に公表したもので、台湾側のトップとして会議に参加した辜振甫・海峡交流基金会理事長、当時の黄昆輝・大陸委員会主任、そして最高責任者である当時の李登輝・総統も合意の存在を否定している。蔡英文・次期総統も台湾側代表団の一員としてこの会談に参加しており、会談内容に精通している(注1)。

「台湾独立の分裂活動」については中国側で「中華民国憲法」の廃止、「中華民国国旗」の変更、「中華民国国歌」の変更など、様々な基準を設けているようだ。しかしながら台湾側にはこれらを受け入れ難い事情が存在する。これは、中国国民党が発足当初、マルクス・レーニン主義政党であったことと、今の台湾が高度な民主主義を実現していることを踏まえると理解しやすい。

現行憲法は1947年1月に公布されたが、国共内戦拡大を背景に翌年5月に効力が停止された。戒厳令が解除された1987年7月に効力が復活したものの、「中華民国」の実効支配地域は大きく変化した。その後の民主化過程を経て台湾の政治体制は様変わりしたが、憲法は旧来のままだ(注2)。このため新憲法制定は2004年の総統選挙で国民党側も公約に掲げなければならないほどの関心事となった。また、「国旗」には国民党の紋章が入っており、「国歌」には国民党を意味する「吾党」という歌詞が入っている(注3)。これらの変更は、民主化の完成のためには避けて通れない。中国の干渉は、いわば民主主義への挑戦と映るのだ。それでも台湾の市民はこらえる術も知っている。

しかしながら、新憲法制定に向け民意を汲み取る仕組みづくりを図ろうとした陳水扁政権に対し、米国をはじめとする西側諸国は露骨に干渉した前科がある。「現状の一方的な変更」を名目として陳水扁総統を「冒険主義者」として非難したものだが、その「冒険主義」のレッテルの出所を探ると、意外にも、海外にも政治的な影響力を持つ米国の会員制ニューズレターにたどり着いた。筆者は当時、交流協会台北事務所で勤務しており、中国での経済利益に与した米国金融界の有力者達の関与を疑ったことを覚えている。

今回の選挙についても、例えば、世界的に影響力を持つ著名な政治評論家が2016年の10大リスクのひとつとして民進党政権誕生を掲げており、国際的にも大きく取り上げられている。が、果たして蔡英文・次期総統は冒険主義者だろうか。むしろ民主化を実質的に定着させ、大陸反攻も放棄した台湾の現状を認めない評論家の方が民主主義を危機に晒す冒険主義者ではないだろうか。

台湾生まれの蔡英文・次期総統は、出自は台湾生まれの本省人で、客家と台湾先住民の血も継いでいる。台湾大学法学部、米国コーネル大学ロー・スクール、英国ロンドン・オブ・エコノミクス(LSE)で学び、LSEの博士号を持つ。国立政治大学で教鞭をとったが、李登輝・総統に見出され、直属の指示で対中関係の研究に携わり、海外の国際法、国際政治の専門家などの協力も得て、大陸と台湾を「特殊な関係」と定義した(注4)。

海外主要国にも人脈が太い。民進党政権時には大陸委員会主任を務め、実直かつ他人の話に耳を傾ける姿勢で財界の信頼が厚い。レセプションではいつも台湾の著名な経営者達に囲まれており、頭の回転が速いにもかかわらず、慎重に言葉を選んだ静かな語り口というイメージが記憶に残る。その後、行政院副院長(副首相に相当)も務めており、行政経験は十分に積んでいる。

政策面については経済、国防を含め、陳水扁政権でも党派を超えて多くの識者が政権に参与しており、人材面ではほぼ問題はないだろう。欧米とのパイプもしっかりしている。気がかりがあるとすれば対日関係だろう。世代的に、台湾には50~60代の知日派の人材が少ないこともあり、どういう人物を主要職に就けてくるかが注目される。

 

                       
注1:「92年合意」が文書的に明記されたのは、2005年の連戦・国民党主席と胡錦涛・共産党総書記(何れも当時)の国共トップ会談での合意事項としてである。この折、国民党は「92年合意」存在の証拠を示せていない。
注2: 便宜的に、議会に諮り憲法の一部効力を停止し修正条項を優先するという形で、民主主義を担保している。
注3: 「吾党」については現在、便宜的に「国民ひろく」という意味だと解釈されている。
注4: 李登輝総統はこれを基に1999年に「特殊な国と国との関係」という表現に導いた。