フラッシュ267
2016年2月19日
 

求められるAJCEP(日ASEAN包括的経済連携)の関税引き下げ
~ミャンマー・カンボジアで東アジアFTAの効果を報告~

 
高橋 俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
 

ミャンマー・カンボジア税関を訪問

2015年の12月中旬、ミャンマーとカンボジアを訪問した。訪問の目的はミャンマー・カンボジアの税関に、国際貿易投資研究所(ITI)が実施した「東アジアのFTA効果調査」におけるミャンマー・カンボジアの分析結果を報告するためであった。

2014年にもミャンマー・カンボジアを訪問し、両国の関税削減効果を分析するため、貿易統計、関税率表、ACFTA(ASEAN中国FTA)の譲許表(関税削減スケジュール表)などの電子媒体での入手可能性について調査を行った。その時にミャンマー税関より品目別の貿易統計を入手したが、関税局長よりぜひ成果を税間のスタッフに説明してほしいとの要望があった。そこで、2015年度におけるミャンマー・カンボジアの関税削減効果の中間段階の調査結果を取りまとめ、両国の税関や現地日系企業に対して説明・報告を行った。

2014年の訪問では貿易統計などの入手可能性についてヒアリングを行ったが、ミャンマーではヤンゴンや首都ネピドーの各省庁でもなかなか貿易データを入手できず、最終的には、研究目的のためということでヤンゴン税関から電子版でいただくことが出来た。しかしながら、入手したのは品目別の貿易統計で、国別品目別の統計は得ることが出来なかった。

2015年の訪問は、国別品目別貿易統計が手に入るかどうかを確認することも、目的の1つであった。なぜ国別品目別の貿易統計にこだわるかというと、ITIのACFTAやAFTA(ASEAN自由貿易地域)、あるいはAJCEP(日ASEAN包括的経済連携)などを利用した時の関税削減効果の分析において、大・中・小分類の品目別の効果の計算は、最も細かい品目(約1万品目)から加重平均で積み上げている。この積み上げに必要な重み(ウエイト)は、国別品目別の輸入金額のシェアから求めているためである。つまり、ミャンマーのACFTA/AFTAなどの利用による関税削減効果を計算するには、ミャンマーの中国・ASEANからの細かい品目の輸入額が必要になる。

ミャンマーは天然ガス・翡翠などの素材輸出中心

ミャンマー・カンボジア税関では、両国のFTAによる関税削減効果を報告する前に、ITIからミャンマー・カンボジアの貿易構造について説明を行った。ミャンマーの国別品目別データが入手できないので、ITIではミャンマー・カンボジアの貿易相手8ヵ国の輸出入額から両国の国別品目別の貿易を逆推計している。ミャンマーは天然ガス・翡翠(ひすい)などの素材輸出中心、カンボジアは繊維製品・履物などの最終財輸出中心という特徴がある。つまり、両国ともASEANの貿易構造の特徴である、中間財(加工品・部品等)の供給が進んでいない。これは、両国とも、ASEAN域内の中間財のサプライチェーンに組込まれていないことを示唆している。

今後のミャンマーとカンボジアの課題は、いかにして特定の業種に偏った貿易形態から中間財などの輸出割合を高めた構造に転換できるかである。また、海外から色々な分野からの投資を呼び込んで産業の裾野を広げ、より付加価値の高い国内産業を育成できるかである。同じASEANの後発国であるベトナムは、近年の外資参入の増加などの影響からASEAN向けの中間財輸出の比率を高め、ASEAN域内のサプライチェーンに組み込まれつつある。

今回のミャンマー訪問にあたって、2014年のミャンマーの貿易構造を分析していたところ、2013年よりも中間財の輸出が増えていることに気が付いた。調べてみたところ、中国の貿易統計によれば、中国のHS(ハーモナイズド・システム:関税品目分類)7103類(貴石、半貴石:翡翠、ルビー、サファイア等の原石・加工品)のミャンマーからの輸入が、2013年の10億ドルから2014年は118億ドルと10倍以上も拡大していることが判明した。つまり、このHS7103分類の中でも、特に輸入が大きく増加している翡翠の加工品(HS710399)が中間財に分類されていることが主因であった。

ところが、ミャンマーへの訪問時点では2014年が最新年のデータであったが、その後に中国が発表した2015年のミャンマーからのHS7103分類の輸入額は19億ドルと、前年から約100億ドルも減少した。このため、2014年に増えたミャンマーの中間財の輸出も、2015年には減少することになる。

中国の貿易統計においては、このように、中国のミャンマーからの翡翠輸入額は年によって激しく変化する場合もある。したがって、ミャンマーの素材・中間財・最終財などの貿易構造を分析するには、中国やタイ、日本、マレーシアなどの主要貿易相手国との品目別輸出入の動きを注意深く検証し、その変化の原因などを的確に把握することが求められる。

滞るAJCEPの関税引き下げ

ミャンマー税関での報告会では、関税局長や関係課長など総勢10名が会議に出席。報告会では45分ほどITIの分析結果を説明し、それから質疑応答を行ったが、ミャンマー側からの発言も多く、2時間近く会議は続いた。

報告会では、ミャンマーのFTAによる関税削減効果は、日本へ輸出する場合は大きく、中国やASEANとの輸出入では相対的に低いということを説明。ミャンマー・カンボジアは、主に日本のGSP(LDC:後発開発途上国向けの特恵関税制度)を利用し、繊維製品・履物を中心に日本へ輸出している。日本の繊維製品・履物の関税率は他の工業製品よりも高いが、GSP(LDC)を利用すれば関税は0%になるため、関税削減効果は大きくなる。

一方、逆の日本がミャンマー・カンボジアに輸出する場合はAJCEPしか利用することができない。日本がカンボジアへの輸出でのAJCEPの関税削減効果は大きいものの、よく調べてみると、AJCEPを利用できる品目数の割合が非常に少ないということが判明した。

AJCEPを利用できる品目が少ない原因は、少しわかりにくい。AJCEPを利用した時に適用される「関税率(AJCEP税率)」がFTAを利用しない時に適用される「関税率(MFN税率)」よりも低ければ、その分だけAJCEPを利用するメリットが生じる。しかし、もしも両税率が同率であるか、AJCEP税率の方がMFN税率よりも高ければ(逆転現象)、FTAを利用するメリットは発生しない。実際には、日本がカンボジアへ輸出する場合は、両税率が同率かAJCEP税率が逆転している品目が多く、関税削減のメリットが生じていないのだ。

これは、日本のミャンマー・カンボジアなどのASEANへの輸出でAJCEPを活かせないことになるので、できるだけ早くAJCEP税率の引き下げ交渉を進めることを、ミャンマー・カンボジア側に求めた。

また、2014年のミャンマー訪問時には、品目別の貿易統計を入手したが、国別品目別の貿易統計は手に入らなかった。そこで、今回の訪問では、ミャンマーの国別品目別の貿易統計の入手可能性を質問したところ、現時点では輸出入の国別品目別の検索作業が膨大で難しいとの回答であった。現在のミャンマーの貿易統計の検索システムでは、国別品目別の貿易統計を打ち出すためにはかなりの時間がかかるため、国を日本とかASEANの国を指定し、10品目ぐらいならば提供可能であるとのことであった。これは貿易統計専用のコンピューターを使うのは大勢であるため、国別品目別の膨大な統計を打ち出すためだけに多くの時間を費やすことはできないためであるようであった。ミャンマーの統計作成に関しても、日本の支援が望ましいことを実感した。

また、ミャンマー側の最新のAJCEPの譲許表が入手できるかどうかも質問したが、ミャンマーのHSコードの基準年の改定作業が遅れており、これから作業するとのことであった。

石油精製品に高い関税を課すカンボジア

東アジアにおけるFTAを有効に利用し、どこから調達しどこに供給すれば効果的かという戦略は、グローバル展開をする企業のサプライチェーンの形成に欠かせない。今回のミャンマー訪問でも、前回同様に、現地の日系企業にITIの「東アジアFTAの効果調査」を説明した。

2015年度の「日本とASEAN」とのFTA効果を見てみると、「インドネシア・タイの日本からの輸入」における関税削減効果は、逆である「日本のインドネシア・タイからの輸入」の効果よりもかなり大きい。

これに対して、「カンボジアの日本からの輸入」でも、「日本のカンボジア・ミャンマーからの輸入」でも、関税削減効果はいずれも大きい。カンボジアの日本からの輸入では「輸送機器・部品」、日本のカンボジア・ミャンマーからの輸入では「繊維製品・履物」の関税削減効果が大きく寄与しているためである。日本のカンボジアからの輸入の89%、ミャンマーからの輸入の79%は繊維製品・履物である。

一方、「中国とASEANとのFTA(ACFTA)」と「ASEAN域内のFTA(AFTA)」の効果を見てみると、タイとミャンマーにおいては、平均的な品目ではACFTAよりもAFTAを利用する方が、関税削減効果を大きく得ることができる(AFTA>ACFTA)。インドネシアとカンボジアでは、逆にACFTAを利用した場合の関税削減効果の方がAFTAよりもわずかに高いものの、実質的にはほとんど差がない(ACFTA>AFTA)。

一般的にはAFTAの方がACFTAよりも先に発効した分だけ関税削減効果が大きいと考えられるが、実際には、インドネシアではACFTAの関税削減効果の方がAFTAよりもほんの少しだけ上回っているし、カンボジアではAFTAで石油精製品に高関税を課しているという特殊要因から、ACFTAの方がAFTAよりも関税を削減する効果が高い。

また、インドネシアの日本からの輸入での「JIEPA(日インドネシアEPA)」の関税削減効果は、インドネシアの「ACFTA効果」と同じ水準であり、インドネシアの「AFTA効果」よりも高い( JIEPA= ACFTA >AFTA)。

タイの日本からの輸入での「JTEPA(日タイEPA)」の関税削減効果は、タイの「AFTA効果」よりも低いが、タイの「ACFTA効果」よりも高い(AFTA>JTEPA>ACFTA)。このことは、日本のインドネシア・タイへの輸出で「JIEPA/JTEPA」を利用する効果は、「ACFTA/AFTA」効果とあまり変わらないことを意味している。

ASEANの中でもミャンマー・カンボジアは後発であるが、ミャンマーは先進国並みにMFN税率が低いため、中国や他のASEANよりも関税削減効果が低い。これに対して、カンボジアは日本とだけでなく、中国とのACFTAの利用でもFTA効果が大きい。ACFTA利用による関税削減効果では、カンボジアは中国・インドネシア・タイ・ミャンマーよりも大きい。しかし、カンボジアはAFTAでは、前述のように他のASEANに対して石油精製品に高い関税を課しているため、カンボジアのAFTA税率は群を抜いて高くなっており、AFTA効果を相殺している。

今回の訪問では、単にこれまでに東アジアで利用されているFTAだけでなく、TPPやRCEPなどのこれから成立するメガFTAについても、いろいろと意見交換を行った。その中で、カンボジアでは著名な有識者の中にもAECやRCEPの推進だけでなく、TPPにも関与すべきとの意見を聞くことが出来た。カンボジアは、繊維製品・履物を中心に対米輸出の比率が高く、ベトナム同様にTPPの恩恵を受けやすいことが背景にあると思われる。