一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2016/03/18 No.272ミャンマー・ダウェイ開発の現状と課題

春日尚雄
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
福井県立大学 地域経済研究所 教授

要約

  • ダウェイ開発の地政学的重要性は過去からも認識されてきた。
  • 大型プロジェクトであり、タイ民間企業主導による開発が行き詰まった後は日本への参画要請があり、日本政府は2015年7月に意図表明をおこなっている。
  • ダウェイSEZについては、深海港整備や重化学工業の立地が遅れており、現在は軽工業業種企業の誘致がおこなわれている。
  • 日本政府と企業連合はすでにミャンマーにおいてはティラワSEZを進めており、ダウェイSEZとの位置づけについてバランスが必要となろう。

はじめに

メコン地域におけるダウェイ開発の重要性は度々議論されてきた。南部経済回廊の西岸の積み出し港としての位置づけや(注1)、タイ・バンコクを中心とした産業集積との連結性、あるいは重化学工業を中心とした産業立地の受け皿としての役割が期待されてきた。当初タイ企業による開発が進められていたが、初期費用1兆円規模と言われる巨大プロジェクトであることもあり資金調達面の問題が発生し、ミャンマー、タイ両政府による特別目的事業体(SPV)が形成された。しかし日本の関与が不可欠であるということから、2015年7月に日本、ミャンマー、タイ各政府によるダウェイSEZ事業への意図表明覚書(MoI)の署名がおこなわれ、事実上日本の参画がおこなわれる方向となった。

ダウェイ開発は、現在進められているヤンゴン郊外のティラワ工業団地の約10倍で完成すれば東南アジア最大級になるという規模の点もあるが、道路、深海港などの大型インフラ整備が同時に進行しなければ本来のSEZが機能せず本格的な産業立地がおこなわれないという矛盾点を抱えている。また当初の開発計画案については多くの問題点が存在することが指摘されている。さらに企業誘致をおこないながら既存のインフラの順次拡張をおこなう一般的な工業地域開発のケースに当てはまらないため、予想される巨額の資金投入については日本側においても躊躇する向きがあるとされている。

ミャンマー経済特区法(2012年)でダウェイはティラワ、チャオピューと並ぶSEZに指定された。そのためダウェイにおいてはSEZの造成、整地とタイ国境まで続く道路の整備が優先的におこなわれている。深海港や周辺インフラが整備され、当初の目標とされる30万人規模のSEZとなるのは数十年かかるとも言われている。こうしたASEANで初めてのケースと思われる超長期の工業団地整備について、現状と課題を整理してみたい。

1.ダウェイ開発の経緯について

ダウェイ開発は2008年5月にミャンマー政府、タイ政府で基本合意がなされた後、タイのゼネコン、デベロッパーであるイタリアンタイデベロップメント社(以下ITD社と表記)がミャンマー省庁よりダウェイSEZ地域を総合開発する事業権を取得し開発が始められた。しかしながら巨大プロジェクトであるが故に、ITD社による単独の事業継続は資金面などの理由で困難となり、2012年7月ミャンマー政府、タイ政府2国間の国家プロジェクトとする合意がなされた。2013年6月両国間ではダウェイに関する特別目的事業体(Special Purpose Vehicle:SPV)が設立され、将来的に第三国の投資を受け入れる方向とされた。ダウェイ開発への日本の参加に関して特にタイ政府から強い要請があり(注2)、2015年7月に日本の参画を前提とした政府レベルの意図表明覚書が交わされた。但し現時点ではSPVへの日本の出資という形ではおこなわれていない。ITD社の開発事業権については2008年締結の枠組み合意が2013年11月に終了したことにより消滅すべきものであるが、現実にはSEZの初期フェーズの造成工事などはITD社コンソシアム(注3)が請け負っている。

図表1 ダウェイ開発に関する主な時系列的な流れ

年月日事 項
2008年5月19日ミャンマー、タイ政府間によるダウェイ開発に関する了解覚書(MoU)締結
2008年6月12日ミャンマー交通省、港湾局とITD社との間で了解覚書締結
2010年11月2日ミャンマー交通省、港湾局とITD社による、ダウェイ深海港、工業団地、道路、タイとの鉄道接続に関する枠組み合意書に調印
2012年7月23日ミャンマー、タイ政府間によるダウェイ開発に関する了解覚書締結
2013年5月23日タイ・インラック首相(当時)来日、日本によるダウェイ開発参画を要請
2013年6月17日ミャンマー、タイ政府間によるダウェイに関する特別目的事業体(SPV)の設立
2013年7月30日タイ・ロジャナ工業団地、ダウェイ開発についてITD社と合弁事業をおこなうことを表明
2013年11月21日ITD社が2010年枠組み合意書の終了に合意
2014年8月15日ダウェイSEZ管理委員会による初期フェーズの入札文書公開
2015年7月4日日本、ミャンマー、タイ各政府によるダウェイSEZ事業への意図表明覚書(MoI)の署名
2015年8月5日初期フェーズの工事をITD社コンソシアムが受注
(出所)ITD社資料などを元に筆者作成。

2.ダウェイSEZ開発の概要

ダウェイSEZ開発計画の調査報告についてはパシフィックコンサルタンツ[2013]が詳しいが、ここでは開発が進行しているティラワSEZと概要を比較してみたい。ダウェイSEZは鉄鋼、石油化学といった業種の立地を前提としていることから、港湾は20m級の深海港の建設が計画されているが、一方ティラワSEZでは9mにとどまる。ダウェイSEZの総開発面積は約2万ha(居住、商業地域を含む)の広大な用地を取得しており、これはティラワSEZの8~9倍に相当する。ダウェイSEZはタイへ越境するための道路の整備の他、越境鉄道計画、あるいは発電能力の大幅拡大による越境売電の計画も立案されている。これらは壮大で極めて野心的な計画であるが、バンコクから350kmの距離でアンダマン海に面しているという地理的条件を生かすため、本来タイ側主導でタイに裨益することを目的としてきたプロジェクトであると言うことができるだろう。

図表2 ダウェイSEZとティラワSEZの概要比較

ダウェイSEZティラワSEZ
位置ヤンゴンから南へ約600km
タイ・バンコクから西へ350km
ヤンゴン市内から南へ23km
開発主体Dawei SEZ Development Co (DSEZ) -SPV
ミャンマー政府50%、タイ政府50%
Myanmar Japan Thilawa Development Ltd.
日本側49%、ミャンマー側51%*1
開発面積総開発面積20,400ha
先行開発面積2,700ha
総開発面積2,400ha
先行開発第1-2期合計396ha
電力250MWガス複合サイクル発電
400MW石炭火力発電(計画)
送配電は66kV~264kV(計画)
50MW火力発電
33kV配電、230kV送電
港湾ダウェイ新港(海港)水深20m(計画)、現状small portのみ*2ティラワ港(河川港)
2バース・1ヤード、水深9m
アクセス道路ダウェイSEZ~ティキ(国境)138km、片側2車線整備ティラワSEZ~ヤンゴン(橋)9km
片側2車線整備
その他タイとの間の鉄道整備計画
LNG貯蔵・再気化ターミナル整備
居住地区整備(一部完成)
タイへの売電を想定し4,300MWまで発電能力を拡大(計画)
貯水池整備(一部完成)
ローランドベルガー(Roland Berger) (ドイツ)がコンサルタント契約
インフラ整備は主に円借款
ガスパイプライン敷設予定
*1 日本側出資49%うちJICA10%、民間(三菱商事、丸紅、住友商事など)39%。
*2 現状水深7m長さ100m400TEU相当の桟橋が完成しているが、今後の工事計画は明かではない。
(資料)ITD社資料、パシフィックコンサルタンツ[2013]などから筆者作成。

ダウェイSEZはタイの一企業が中心となって進めてきた巨大な開発計画であるが故に、内容を再検討した際には問題点が多いと考えられている。ITD社によるマスタープランを精査したパシフィックコンサルタンツ[2013]によると、以下の様な点を指摘している。まず港湾については、深海港を維持するための維持浚渫(しゅんせつ)や砂浜浸食対策に相当コストをかける必要がある地理的条件であり、かつ港湾の設計を大きく変える必要がある。電力については、需要面を過大に見積もり過ぎており、石炭火力発電を中心にすることはミャンマー政府から否定的な見方をされる可能性がある(注4)、また電力料金がヤンゴン周辺より大幅に割高な設定になる可能性がある。環境社会配慮の点からは、4000世帯とされる住民移転にともなう補償交渉や農民の生活再建(農地の手当)の面、少数民族(ここではカレン族)問題、などとの関連からの対応が必要である。また、筆者が立ち会ったタニンダリー管区政府幹部による産業、インフラに関するプレゼンテーションの中にはダウェイSEZへの言及はなく、地元の地方政府であるにも関わらず、地域の最大の開発案件であるダウェイSEZプロジェクトに積極的に関与しているという印象を得ることはできなかった。

図表3 ダウェイSEZレイアウト図

(出所)METI and Pacific Consultants[2015]

3.ダウェイSEZ-バンコクの越境道路整備とサプライチェーン構築

ダウェイSEZから、タイとの国境であるティキ=プーナムロン国境まで約140kmである。海側から上りの山岳道路でカーブも多く、片側2車線で整備される予定であるが完成後も大型車の走行速度は限定される模様である。現状ミャンマー区間は未舗装であり、一般車の通行はおこなわれていない(注5)。タイ区間においては一般道である県道3512号線(アセアンハイウェイAH123)を経由してバンコクまで約200kmであり、全区間で舗装道である。タイ区間は将来高速道路化する計画であるとされている。ミャンマー区間が舗装化された段階で、ダウェイSEZとバンコクの所要時間は7時間以下になると予測される。

図表4 ダウェイSEZ-タイ国境の越境道路(ミャンマー区間)

(注)距離:ダウェイSEZ(入口)←→Myitta間:51km、Myitta←→ティキ=プーナムロン国境間:87km 計138km。
(出所)各種資料から筆者作成。

現状のティキ=プーナムロンの国境貿易は限定的で、タイからミャンマーへは日用品、ビール、ディーゼル油、ガソリンなどが輸出され、ミャンマーからはアンチモン鉱、牛などが輸出されておりタイ側が7倍の出超となっている。但し、タイ・カンチャナブリ県として見た場合には、ミャンマーとの間に天然ガスパイプラインが敷設されており、ミャンマーの天然ガス輸出額は約1100億バーツ(約3700億円)(2014年)にのぼっている(注6)。

タイ・プラス・ワンの候補地としては、ラオス・サワナケットがバンコクから約600km、カンボジア・ポイペトが260km、同じくコッコンが約450kmとなっているが、いずれも標高差の小さい平地に近く、ダウェイのように山岳道路を通る必要がないという利点がある。しかしバンコクを基点としたサプライチェーンの構築という点からは、ダウェイSEZは十分可能な位置関係にあると言えるだろう。

4.ダウェイSEZの今後の課題

前述のように、本来ダウェイSEZにはメコン地域西岸からの積み出し港を整備すること、重化学工業の一大集積地にすることなどが主に期待されていたと理解している。しかしながら、ダウェイSEZで現状おこなわれている工事は、軽工業を主体とした業種の企業が入居するエリアの造成と道路整備であり、深海港などの本格的整備は後送りにされている。ITD社によれば2016年3月時点で、企業約80社の入居意向表明がされているとのことであるが、その業種は縫製業、家具製造などであることを明かしている。軽工業製造業の入居が呼び水になる可能性があること、ミャンマー政府から雇用の創出を優先することを要請されたことも背景にあると思われる。しかしダウェイSEZは大型投資プロジェクトであることから、こうした小規模な企業誘致が続いても採算が合うとは考えられない。さらにSEZに関わる住民補償については、スーチー氏率いるNLD(国民民主連盟)新政権に再度問題視される可能性がある。現状SPVを形成しているミャンマー、タイ両政府がどのような計画を持っているのか、新たに参画表明した日本がどのような方針で臨むかが重要であろう。現在日本はミャンマーにおいてはすでにティラワSEZ開発を進めており、ダウェイSEZと2つの計画をどのようにバランスを取ってゆくかが注目される。

<注>

1. インド・チェンナイとのアクセスでは、マラッカ海峡を経由するタイ・レムチャバン港からは4,590kmであるのに対してミャンマー・ダウェイ港からは2,250kmと大幅短縮になるメリットがある。

2. ダウェイ開発にはタクシン元首相が深く関わったと言われており、ITD社が独占開発事業権を得たのもそうした背景があったとされる。タクシン氏実妹のインラック前首相は来日時に日本政府のダウェイ参画を訴えている。

3. 出資者となったロジャナ工業団地はタイ・アユタヤの工業団地であり、2011年のタイ大洪水で多くの入居企業が被害を受けた地域であることからダウェイへの投資はこうしたことも関連があると見られている。

4. 2016年3月末に発足するNLD(国民民主連盟)を中心とするミャンマー新政権は、よりその傾向が強くなると思われる。

5. ティキ=プーナムロン国境からミッタまでは少数民族カレン族の支配地域であるため、ミャンマー中央政府との権力の二重構造が生じているとされている。

6. 盤谷日本人商工会議所所報2016年1月号。

<参考文献>

春日尚雄[2014]『ASEANシフトが進む日系企業-統合一体化するメコン地域-』文眞堂。

パシフィックコンサルタンツ[2013]『平成 24 年度 インフラ・システム輸出促進調査等事業 ミャンマー・ダウェー開発等における事業可能性調査報告書』(経産省委託報告書)。

METI and Pacific Consultants[2015].Research on Technical Evaluation for Promoting Dawei SEZ Development in FY2014, (Presentation material), METI and Pacific Consultants.

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