フラッシュ280
2016年6月13日
 

EU、八方塞がりの難民対策

 
宇佐美 喜昭
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
 

トルコ経由でギリシャに到達した難民の強制送還を決めたEUの難民対策が暗礁に乗り上げそうだ。EUとトルコが2016年3月に合意した取り決めにより、2016年3月20日以降にトルコ経由でギリシャに到着した難民のうち、ギリシャでの難民認定申請が却下された、いわゆる「違法難民」は、4月からトルコに強制送還できることとなった。一方、強制送還の是非をめぐる裁判でギリシャの裁判所は、強制送還をEU法に違反するとした判断を示した。

トルコの難民保護に疑義

加盟国で分担しつつ16万人の難民受け入れを目指していたEUだが、ハンガリーやポーランドなどの抵抗で行き詰まり、EU首脳は短期的な問題解決として、トルコのダウトオール首相(当時)によるギリシャに滞留する違法難民の送還受け入れの提案に飛びついた。送還は最大7万2,000人を予定。引き換えにトルコはEUによるトルコ滞留の難民への支援金の倍増、トルコ市民のEU内のシェンゲン協定加盟国へのビザ無し渡航の6月末までの導入、EU加盟交渉の加速を認めさせ、さらに大統領による独裁色が強まるトルコへの民主化要求を棚上げさせた。また、被送還者と同数のトルコ在住シリア人難民認定者を、EUは移民として4月から受け入れている。

これに対し、ギリシャの裁判所は5月20日、送還リストに掲載されたシリア人難民を原告とする裁判で、EUの決定を覆す判断をした。EUの法律は「安全な第三国」に対する強制送還を認めている。安全な第三国とは、難民が保護を受けられ、就業・就学の機会が得られ、迫害や重大な危害がなく、逃げてきた国に送還されるなどの恐れがない国を指し、1951年に締結された難民の地位に関する条約と1967年に締結された難民の地位に関する議定書に沿って判断される。これらには、生命や自由が脅かされかねない難民の追放・送還を禁じるノン・ルフールマン原則が成文化されている。

一方、トルコは1967年の議定書を批准していない。EUとの取り決め合意後、難民保護に関わる法律を改正して被送還者の受け入れと保護に取り組んでいるが、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)やアムネスティ・インターナショナルは、トルコにおいてシリア人難民の保護が不十分であるだけでなく、シリアに強制送還が行われている例もあると報告している。ギリシャの司法判断はこうした指摘を踏まえたものだ。

そもそもギリシャによる強制送還対象者は、保護者がいない子供や妊婦、難民認定を受けたものの拘束時に証明書類を所持していなかった者も含まれているとされ、アムネスティ・インターナショナルは再三にわたり人権としての問題をアピールしている。UNHCRもトルコ側の受け入れ条件を整えるのが先という立場を表明している。

しかしながらEUの反応は鈍い。背景には難民政策の性質の変化がある。2015年を通じてEUの難民政策は、人道問題から政治問題に軸足が移った。難民の急激な増加が背景だ。一時受け入れだけでも膨大な行政事務と行政経費が発生しており、治安への影響も懸念されている。難民を装ってEUに侵入したテロリストが絡む大規模テロも起きた。難民受け入れに反対する世論が強まり、移民排斥を主張する極右政党や民族主義政党の支持率が上昇し、議会の第一党に躍り出た国もある(表)。これにより、中道系政党もなりふり構っていられなくなった。トルコの申し出に真っ先に飛びついたのは、難民受け入れに最も熱心とされたドイツのメルケル首相である。

一方、6月末までにEUがトルコ市民のビザ無し渡航を認めるには困難が横たわる。認可には欧州議会での議決が必要だが、欧州委員会から提案を受けた議会側は、ビザ免除のための72の基準全てをトルコがクリアしなければ議題に取り上げないとしている。3月の合意の段階ではトルコは10項目しかクリアしていない。またEU加盟交渉についてはキプロスが、北キプロス問題の棚上げに反対している。難民送還の枠組みを7月以降も維持できるかは不透明だ。

 

表 移民関連の事件と反移民政党の台頭

出所:報道資料より筆者作成。

国境管理が困難に

欧州対外国境管理協力機関(Frontex)によると、2014年の欧州への難民流入は28万人余りと、ユーゴスラビア紛争時に次ぐ多さだったが、2015年はこれが6倍に増えた。しかも四半期ごとに倍増の勢いで、1~3四半期の累計85万人に対し、第4四半期は98万人に達した。特にシリア出身者は60万人(前年総計は8万人)、アフガニスタン出身者は26万7,000人(同2万2,000人)と急増した。まさに現代版の民族大移動の様相に、欧州では「難民危機」という用語が用いられるようになった(図1参照)。

流入ルートにも変化がみられる。従来最も多かったのは北アフリカ沿岸からイタリア、マルタを目指す中央地中海ルートだったが、2014年以降は東地中海ルートが急増した。バルカンルートの急増は、ギリシャなどでの難民通過黙認が主因とみられる (図2参照)。

また、EU加盟国に居住する移民二世を構成員とする窃盗集団が難民を装って国境を越え、難民シェルターを拠点に支援物資や補助金をもらいながら犯罪に手を染めていることも明らかになっている。ドイツの警察は各地の難民シェルターを捜索し、こうした犯罪者を焙り出して検挙している。

 

図1: 四半期ごとの国籍別難民数の推移(2014年1Q~2015年4Q)

注:国籍不明者の急増は、ギリシャでの難民対応の不備や送還逃れのためと思われる。

出所: 欧州対外国境管理協力機関

 

図2:四半期ごとの難民数とそのルートの推移(2014年1Q~2015年4Q)

注1: 他のルートもあるため4ルートの合計は総計とは一致しない。
注2: バルカンルートの急増はギリシャで難民申請手続きをせずに通過した難民の増加が理由と考えられる。

出所:グラフ1に同じ。

 

シリア系の急増は、避難地だったトルコ国内での難民への嫌がらせや危害の増加が動機のひとつとされる。渡航斡旋を持ちかけるブローカーが増えたことや、アサド政権側の反攻により内戦の長期化が避けられず、祖国に見切りをつけて、欧州を新天地と考える人が増えた可能性もある。

エーゲ海東部のギリシャ領の島々とトルコ本土とは、最も近いところでは10キロメートル足らずの距離だ。トルコ経由の難民の多くは、海流が必ずしも穏やかとはいえないこの海域を渡ってギリシャに入国し、難民受け入れに比較的寛容とされるドイツや北欧を目指した。6月には、ギリシャと国境を接するマケドニアが、不法入国し夜間に線路を歩く難民の事故の危険性を踏まえて3日間の滞在を認めたことから、同国を経由し北を目指す難民が急増した。

反難民世論に勢い

欧州では難民受入れを奉仕や扶助の精神から支持する市民が多数存在する一方で、職の安定や治安を損ねるとして反対する市民も多い。メルケル首相は2015年9月5日、エーゲ海での海難で水死した子供の遺体の写真が報じられたことを受け、ハンガリーで足止めされていた難民のドイツでの難民認定申請を認めると発表した。その一方、ドイツ政府は、難民申請を却下した人々を組織的に最初の上陸国に送り返すとともに、暫定的にオーストリア国境での査証検査を復活させた。

これを受け、オーストリア、スロバキア、オランダが国境管理を強化した。フランスも11月13日のパリでの同時多発テロを受け、国境管理を強化した。このテロでは、死者130人、負傷者は300人以上にのぼった。11月下旬には、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーが難民の流入増加への対応として国境管理強化に追随した。

そんなさなか、12月31日から2016年1月1日にかけて、ドイツ・ケルンの中心部の路上で、アラブ系と北アフリカ系の移民約1,000人により、たまたま通りかかった女性達に対する集団暴行事件が起きた。被害届は500件を超え、婦人警察官も被害者に含まれていたにもかかわらず、警察は翌週まで事件自体を公表せず、メディアも報道しなかった。この対応は市民の不信を呼び、ドイツ国内での難民受入れに対する世論は大きく変化した。以降、メルケル首相からも、これまでのような難民に寛容な発言があまり聞かれなくなった。

同じ1月、スウェーデンでは、2014年と2015年に開催された夏季音楽祭で移民による若い女性達への集団暴行事件が警察により隠蔽されていたことが報じられ、難民宿泊施設で身寄りのない未成年者の世話をしていた22歳の女性職員が刺殺される事件もおきた。この刺殺事件後、スウェーデン政府は、難民認定申請が却下された人の国外移送を決定した。最大8万人が対象とされ、移送が完了するまで数年を要すると見られている。

3月のEUとトルコとの取り決めにより、ギリシャ渡航を試みるシリア人難民は急減しているとされる。一方で、エジプト、リビアを経てマルタ、イタリアを目指す中地中海ルートを選択する難民が増えている。このルートは海上距離が長く、救命ボートなどの装備が整わない定員を遥かに超えた船の転覆事故が相次ぎ、多くの命が失われている。その数は2014年からの累計で1万人を大きく超える。

シェンゲン協定の暫定停止も現実味

トルコへの強制送還実現で注目がそれているが、EUが抜本的な難民対策の必要性を抱えていることには変わりがない。大別すると、①国境管理の強化、②域内移動管理の強化、③難民非認定者の滞在の収容施設の整備、④紛争周辺国での難民受け入れ環境の充実、⑤難民増加の原因となっている紛争の解決、⑥自主的帰国の奨励、といった項目が浮かび上がる。

このうち①について欧州委員会は、2016年1月までに域内の移動を原則自由としているシェンゲン協定加盟国の国境管理の強化を図るとして、国境警備の新機関を設立する検討に入っていた。②については域内の国境審査を復活させて、EU市民も審査対象とする検討を始めていた。

シェンゲン協定では包括的かつ組織的な国境審査を制限している。このため今年1月の時点では、シェンゲン協定加盟国における入国審査の復活を、最長2年の期限付きで認める案が導かれていた。事実上のシェンゲン協定の棚上げだ。

これに対し、欧州委員会のユンケル委員長は、シェンゲン圏存続の脅威が差し迫っているとし、移動の自由がなくなれば単一通貨の必要性に疑問を持たれ、共通市場であるEUの理念が崩壊しかねないと危機感を露にした。移民問題を担当するアブラモプロス委員も、各国が取り決め通りの移民管理を行わなければ、一連の制度が崩壊すると懸念を示した。

検討の方向性には異論もみられ、一部からは、域外からの入国管理を厳格に行っている国だけで縮小したシェンゲン圏を維持するという考えも表明されている。この場合は、まず、ギリシャの国境管理能力がやり玉にあがる。ジグジット(ユーロ圏からのギリシャ離脱議論)のシェンゲン協定版だ。ここに、ギリシャが難民の人権について批判を浴びながらも強制送還を行う理由が垣間見える。

ただ、域外との国境管理は共通責任とする考えもEU内には根強くある。この考えに基づくと、域外国境管理のための新たな機関の創設が議論されることになる。

シェンゲン協定は、米国旅券や日本旅券保持者などにも締約国間の移動の自由を保証している。欧州債務危機からの立ち直りが遅れている現況にあって、円滑な人の移動と物流を支えるシェンゲン協定の履行が今後も保証されるのか、経済的見地からも欧州委員会の動きに注目が必要だろう。

③についてはEUの支援を受けながら加盟国ごとに取り組みを進めているが、施設周辺では住民の抵抗や反発が強まっている。例えばドイツでは難民申請者受け入れ者の関連施設(建設中含む)への放火が2014年に6件、2015年に92件、2016年は5月15日までに45件起きている。

④についてEUはシリア周辺国おおよび北アフリカ諸国の難民施設整備などに資金を拠出している。トルコがギリシャから受け入れるために整備している2万7,000人の被送還者収容施設もEUからの支援金が充当されている。⑤は国際政治イッシューだが、これまでのところ効果がありそうな道筋は示されていない。⑥の自発的帰国者にはEUからの資金支援が受けられるが、安住の地がない限り帰国は難しいだろう。

ダブリン規制の見直しも検討

現行の「ダブリン規制」と呼ばれるEUの制度では、難民認定希望者は最初のEU上陸国で申請を行わなければならず、素通りして別の国に移動しても当該国に戻される。しかし、地理的に難民到着が多いギリシャやイタリアからは不公平との批判がある。これに対し、欧州委員会では2つの改革案を検討している。

ひとつは、現行制度を維持しつつ、特定国に難民の流入が急増した場合に難民の受け入れを加盟国間で分担し合う「補正公平メカニズム」を付け加える「ダブリン・プラス」だ。16万人受け入れ構想時の割り当てではこの考え方が適用された。

もうひとつは、EU加盟国の人口、経済力、移民の受け入れ能力に基づき、EU全体に移民らを自動的に配分するというものだ。また、欧州委員会は、難民受け入れを拒絶する加盟国に罰金を課す案も提示している。16年度内の改革が目標だが、実施に移すには加盟国と欧州議会の承認が必要だ。それぞれの加盟国の思惑もあり、議論が収斂するかは定かでない。

欧州の文化は、移民の多様的な文化・宗教をそのまま受け容れるほどには寛容ではない。例えばスウェーデンでは、移民はスウェーデン人として徹底したスウェーデンの歴史・文化教育を受ける。また、フランス、デンマーク、ベルギーでは公共の場でのブルカ着用を法律で禁じている。ベルギーでは企業の職場でのイスラム風スカーフの着用を禁じる規程が合法か裁判で争われているが、ベルギーの裁判所から照会を受けた欧州司法裁判所(ECJ)の上級判事はこの5月、規程に基づくものであれば禁止は妥当という見解を示した。思想の過激化はともかく、欧州の文化・風俗の押し付けに疎外感を持ち、あるいは反感を持つ移民二世は少なくない。

5月にドイツで行われた世論調査では、メルケル首相の続投を望まないという意見が半数近くにのぼった。どうやら、2015年来のメルケル首相の難民受け入れ拡大への意気込みが支持離れにつながっているようだ。米国に拠点を置き世界の様々な調査を行っているピュー・リサーチ・センターが6月に発表した主要10カ国でのアンケート調査ではEUの難民政策に反対との回答が、ギリシャで92%、スウェーデンで88%、イタリアで77%、スペインで75%、ハンガリーで72%、ポーランドで71%、英国とフランスで70%、ドイツで67%、オランダで63%と、全ての国で6割を超えた。

難民問題と移民問題は人道的理想主義の実現を目指すEUの根幹的な哲学と加盟国の団結を揺さぶっている。どこかに綻びを見せると、加盟国間に債務危機以上の亀裂をもたらしかねない。