フラッシュ285
2016年8月16日
 

RCEPの交渉状況と課題

 
石川 幸一
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
亜細亜大学 教授
 

東アジア包括的経済連携(RCEP)は、ASEANが提案し、2013年からASEAN+6の16カ国で交渉をしているメガFTAである。目標の2015年妥結は実現せず、2016年末を目標としている。RCEPは、中国、ASEAN、インドをカバーしており、市場の成長性、サプライチェーン構築の点で極めて重要である。TPPが発効しないとRCEPがアジアの唯一の広域FTAになることもRCEPの重みを増している。

1.RCEPの交渉状況と交渉分野

RCEP交渉は2013年5月の第1回会合以降、2016年6月までに13回開催され、閣僚会合は2015年8月の第1回以降、2016年8月までに4回開催された。合意目標は2015年末までだったが、各国の主張の隔たりが大きいため遅れ、物品貿易のモダリティ(交渉の枠組み)に合意したのは2015年8月の閣僚会議だった。そのため、交渉の合意目標は同会議で2016年末に延期された。

RCEP交渉は、2012年11月に承認された「交渉の基本指針および目的」により進められている。自由化レベルについては、物品の貿易はGATT24条、サービス貿易はGATS(サービス貿易協定)5条に整合的であるとともに既存のASEAN+1FTAより相当改善した広く深い約束を目指すとしている。GATT24条は「実質的に全ての貿易(substantially all the trade)について関税その他の制限的通商規則を撤廃する」ことなどを規定し、GATS5条は「相当な範囲の分野(substantial sectoral coverage)を対象にする」ことを規定している。CLMVに対する特別な待遇を認めるともにASEANのFTAパートナーのRCEPへの交渉中および終了後の参加が認められている。既存のFTAとの関係については、その存続とRCEPがこれらFTAに影響を及ぼさないとしている。

RCEPの交渉分野は、「基本指針と目的」によると、物品貿易、サービス貿易、投資、経済・技術協力、知的財産、競争、紛争解決の8分野である。全30章のTPPと比べ、RCEPは対象分野が狭いようにみえるが、RCEPは分野の分類が異なっているためであり、RCEPは包括的な協定である。たとえば、標準・強制規格・適合性評価手続き(貿易の技術的障害:TBT)、衛生植物検疫(SPS)、原産地規則、税関手続と貿易円滑化、貿易救済措置は、物品貿易分野に含まれ、電子商取引と中小企業も交渉分野となっている。政府調達と貿易救済措置について第13回交渉会合時点で専門家による協議が続けられている(注1)。TPPの対象分野でRCEPに含まれないのは、国有企業、労働、環境の3分野である。

2016年6月の第13回の交渉会合時点で全ての国が物品貿易とサービス貿易のイニシャル・オファーと投資の留保リスト(ネガティブリスト)を提出しており、大半の国によりイニシャル・リクエストが物品貿易、サービス貿易と投資留保リストについて提出されている(注2)。

2.課題となる高水準の自由化

RCEPの自由化は、「ASEAN+1FTAを相当程度改善した、より広く深い約束」を目標としている。ASEAN+1FTAの中では、ASEANインドFTA(AIFTA)が70%台という低い自由化率(関税撤廃率)となっている(表1)。AIFTAでは、ASEAN側ではインドネシアが48.6%と極めて低い自由化率となっているほか、マレーシア、ミャンマー、タイが70%台の自由化率である(注3)。インドはタイとのFTAのアーリーハーベストにより、タイからの輸入が急増しタイとの貿易が黒字から赤字に転換した経験からFTAでの自由化に慎重になっていることが背景にある。インド側の例外品目を増やしたため、ASEAN側も自由化率を引き下げている。

2015年8月の第3回閣僚会合では、物品貿易のモダリティが合意され、自由化率を協定発効時に65%、発効後10年で80%とすることになったと報道されている。インドの報道では、インドが2015年11月の一連の首脳会議直前に提出した案で、インドはASEANに対して80%(65%即時、残り15%が10年間、日本と韓国には65%、豪州、ニュージーランド、中国には42.5%の関税撤廃率を提案している(注4)。これは、3層方式(three-tier systemと呼ばれている。なお、インドに対しては、日本と韓国は80%、中国は42.5%、豪州は80%、ニュージーランドは65%を提案している。

インドの提案は、ASEANに対しては2015年8月の合意に従っているものの、その他の国に対してはさらに低いレベルである。インドの低レベルのオファーに合わせる形で中国、ニュージーランドとも低いレベルの提案となっており、ASEAN+1FTAを相当改善したレベルとはいえない。また、インドの提案を認めると、譲許表はインドおよびインドに対する譲許表は別となり、第1回閣僚会合で合意した共通譲許という方針に反するものになる。

表1  ASEAN+1FTAの自由化率(HS6桁レベル)(単位:%)

 

ACFTA

AKFTA

AJCEP

AIFTA

AANZFTA

AFTA

ASEAN

94.2

92.9

92.7

79.7

94.7

ASEAN6 99.2

CLMV 91.1

相手国

94.7

90.4

91.9

78.8

100.0

(出所) Kuno,A. Fukunaga.Y. and Kimura.F (2015)”Pursuing a consolidated tariff structure in the RCEP”, in Findlay,C (eds) ASEAN and Regional Free Agreements, Oxford :Routledge p.151
※AFTAは助川成也(2016)「単一の市場と生産基地を目指すASEAN-AFTAによる貿易自由化を 中心に」アジア政経学会『アジア研究』第62巻第3号、2016年7月、42頁。


3.使いやすく寛容な原産地規則の実現

原産地規則は、企業が使いやすい規則とするべきである。具体的には、HS4桁関税番号変更基準と40%付加価値基準の選択制、デミニマス、完全累積、第三国経由の仲介貿易への適用、自己証明制度などである(注5)。ASEAN+1FTAの原産地規則は一様ではないが、付加価値基準は40%が多く、関税番号変更基準(HS4桁)と付加価値基準の選択制がAFTAを含め4つと多い(表2)。最も厳格なのはAIFTAで、付加価値基準(35%)と関税番号変更基準(HS6桁)の併用制となっている。

TPPの原産地規則は、累積についてはTPP参加国で生産された部品は付加価値基準を満たしていなくても全て付加価値に加算できるという完全累積を採用している。締約国および第三国(非締約国)経由の貿易でも積送要件を満たしていることを示すことによりTPP原産品として認められる。原産地証明制度では、自己証明制度(輸出者、輸入者、生産者)が採用されている。これらのルールはRCEPでも採用を検討すべきであろう。

表2 AFTAおよびASEAN+1FTAの原産地規則

 

AFTA

AJCEP

ACFTA

AKFTA

AANZFTA

AIFTA

一般規則

RVC40%、CTHの選択型

RVC40%,
CTHの選択型

RVC40%

RVC40%、CTHの選択型

RVC40%、CTHの選択型

RVC35%とCTSHの併用型

RVCの計算方式

直接法と間接法

間接法

直接法

直接法と間接法

直接法と間接法

直接法と間接法

品目別規則(PSRO)

繊維衣料品、鉄鋼、電子製品、自動車など

全てのHS章にある

皮革、繊維衣料品

全てのHS章にある

全てのHS章にある

 

累積

適用、部分累積規定あり

適用

適用

適用

適用

適用

デミニマス

適用(FOBの10%)

適用(一部品目)

不適用

適用(一部品目)

不適用(一部品目)

不適用

仲介貿易

利用可能

利用可能

利用可能

利用可能

利用可能

利用可能

(注)RVCは付加価値基準、CTHは関税番号変更基準(HS4桁)、CTSHは同6桁。直接法は積上げ方式、間接法は控除方式。
(出所)各協定及びStefano Inama and Edmund W SIm(2015), “Rules of Origin in ASEAN A Way Forward”, Cambridge pp.41-43 などにより作成。


4.質の高いルール

ルール面でも質の高さが求められる。投資については、設立段階の内国民待遇が認められるか、パフォーマンス要求の禁止がどの程度認められるか、企業が投資先国の政策により損害を被った場合に国際仲裁機関に投資先国政府を提訴できる投資家と国家の紛争解決規定(ISDS)が含まれるかなどが焦点である。RCEP交渉内容は明らかにされていないため真偽は不明だが、海外報道によると投資では質の高い協定案が出されている(注6)。リークされた投資章のテキストによると、内国民待遇についてはTPPと同じ表現となっており、設立段階の内国民待遇が認められている。ASEANと中国の投資協定など中国の締結した投資協定には設立段階の内国民待遇の規定はなく、RCEPにより中国は初めて設立段階の内国民待遇を認めることになる。

パフォーマンス要求の禁止については、①輸出、②現地調達、③国産品購入、④輸入を輸出あるいは外貨流入と関連させる要求、⑤国内販売制限、⑥技術移転、⑦自国からのみの供給、⑧ライセンス契約における特定使用料などの採用、⑨輸出制限、⑩拠点設置、自国民雇用、研究開発などの要求が禁止になっている。TPPとほぼ同じレベルであり、TPPの特定技術利用要求が含まれていない一方で、拠点設置、自国民雇用、研究開発などTPPに入っていない要求の禁止が盛り込まれている。また、経営幹部の国籍要求の禁止がTPPと同様に別の条文として含まれている。ISDSは、日本、中国、韓国がテキストを提案している。

リークされた協定文案は交渉中のものであり、最終的にどのような形になるか判らないが、ASEAN+1FTAの水準を超え、TPPの影響が見られるのは確かであり、「TPPルールのRCEPへの移管作業」(助川:2016)が行なわれているようだ(注7)。

知的財産では、TRIPS(貿易関連知的所有権)プラスの内容になるかが焦点である。真偽は不明だが、リークされた日本の提案は、6年間の医薬品のデータ保護期間、販売承認手続きによる特許期間侵食回復のための医薬品特許保護期間の延長などTRIPSプラスの内容となっている(注8)。日本の提案は豪州、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールなどTPP交渉参加国および韓国が支持しているが、インドはTRIPSプラスに反対しているといわれる。

5.ASEAN中心性は可能か

RCEPはASEANが提案した構想であり、ASEAN中心性(ASEAN Centrality)を原則としている。ASEAN中心性は、具体的には次のような点に示されている。参加国はASEANおよびASEANのFTAを締結している国(FTAパートナーズ)であり、交渉のベースになるのは5つのASEAN+1FTAおよびEAFTA(ASEAN+3)とCEPEA(ASEAN+6)というASEANプラス型FTAである。分野別の交渉はASEAN各国が議長となる作業部会で行なわれている。

ASEAN中心性は形だけであり、ASEANを議長に祭り上げ中国が実態的に主導しているという見方がある。米国主導のTPPに対抗して中国がRCEPを重視し交渉のイニシアチブを握ろうとしていることは確かであろう。ただし、ASEAN外相会議などを見ると、中国の影響力が強い国はカンボジアとラオスの2カ国であり、他のASEAN各国は中国の意向に唯々諾々と従っているわけではない。また、RCEP交渉ではASEANは主導権を発揮しているという関係者の意見もあり、交渉の実態は判らないが、RCEP交渉におけるASEAN中心性は形式的だけでなく、実態的にも機能しているのではないかと推測される。

6.FTAAPに向けて

TPPは2016年2月に署名が行われ、TPPの発効とRCEPの合意がアジアの経済統合の現在の課題である。RCEPが締結できれば、アジア太平洋FTA(FTAAP)が次の課題となり、TPPとRCEPの統合がその道筋といわれてきた。TPPが発効すれば、TPPに参加表明している国が今後増加することからTPPがFTAAPになる可能性が高い(注9)。ただし、高いレベルの自由化に慎重なインドやカンボジア、ラオス、ミャンマーなどの参加は当面は難しい。また、TPPの発効の見通しも米国の大統領候補者2名がTPPに反対しているため不透明である。

TPPが発効しなかった場合は、RCEPがアジア太平洋の唯一の広域FTAとなるが、自由化レベルの低さから米国の参加は考えられず、RCEPがFTAAPになることはないだろう。TPPが発効しRCEPが妥結するというシナリオが望ましいが、その場合、TPPとRCEPが並立することになる。RCEPは中国とインドをカバーするメガFTAとして市場アクセスおよびサプライチェーンの効率化に極めて重要である。また、浦田秀次郎教授は、「経済協力を重視するRCEPはTPPと補完的であり、TPPの高いレベルの要求を満たせない開発途上国はRCEPに参加し経済発展を実現しTPPの要求を満たせるようになってからTPPに参加する」という2段階論を唱えている(注10)。

東アジアでは、二国間FTA、ASEAN+1FTA、TPPとRCEPが並立することになるが(表3)、FTAを利用する企業にとっては、取引形態から判断した関税撤廃のスケジュール、原産地規則などから有利なFTAを選択することになる。AEC(ASEAN経済共同体)の自由化率は99%前後になるし、TPPの自由化率は日本の95%以外は6カ国とも100%である。そのため、このままでは企業によるRCEPの利用はインドを含む取引などに限定されるであろう。

日本は、豪州、ニュージーランド、ASEANと協力し、RCEPを自由化率およびルールの双方で質の高いFTAとすることに注力すべきであることを強調して本論のまとめとしたい。

表3 RCEP16カ国が参加しているアジアのFTA

AEC

ASEAN10ヶ国

TPP

ブルネイ、シンガポール、マレーシア、ベトナム、日本、豪州、NZ

ASEAN+1FTA

AJCEP(日本)、ACFTA(中国)、AKFTA(韓国)、AIFTA(インド)、AANZFTA(豪州、NZ)

2国間FTA

日豪、日印、中韓、中豪、中NZ、韓印、韓豪、韓NZ、日本はCLM以外のASEAN7カ国と二国間FTA

FTAなし

日韓(中断)、日中、中印

交渉中

日中韓、豪印、印NZ

(注)TPPは締結済だが未発効。日NZはTPPによりFTAを締結。中印は共同研究修了。
(出所)執筆者が作成。


2. 同上。
3. Kuno,A. Fukunaga.Y. and Kimura.F (2015) p.151
4. Business Standard June 24,2016, ‘China backed Asean oppose India’s stand on RCEP’
5. 紙幅の都合で原産地規則そのものについての説明は割愛している。原産地規則と企業の利用については、助川成也・高橋俊樹編(2016)『日本企業のアジアFTA活用戦略』文眞堂、の第2章、第5章、第6章を参照。
6. Deccan Herald. August 3,2016、‘RCEP meet: focus on investor-state dispute’(2016年8月アクセス)
7. 助川(2016)40-42ページ。
9. 韓国、台湾、タイ、フィリピン、インドネシアがTPP参加の意思を表明している。
10. Urata,Shujiro(2015) pp264-265.

参考文献
馬田啓一(2015)「FTAAPへの道」、朽木昭文・馬田啓一・石川幸一『アジアの開発と地域統合-新しい国際協力を求めて』日本評論社。
清水一史〈2014〉「RCEPと東アジア経済統合」、『国際問題』No.632,2014年6月 日本国際問題研究所。
助川成也(2016)「ASEANのFTA構築作業と変わる生産ネットワーク」『世界経済評論』2016年1月/2月(通巻682号)
助川成也(2013)「RCEPとASEANの課題」、山澤逸平・馬田啓一・国際貿易投資研究会編『アジア太平洋の新通商秩序』勁草書房。
助川成也・高橋俊樹編(2016)『日本企業のアジアFTA活用戦略』文眞堂。
ASEAN Secretariat (2012) “Guideline Principles and Objectives for Negotiating the regional Comprehensive Economic Partnership”
Kuno,A. Fukunaga.Y. and Kimura.F (2015)”Pursuing a consolidated tariff structure in the RCEP”, in Findlay,C (eds) ASEAN and Regional Free Agreements, Oxford :Routledge
Stefano Inama and Edmund W SIm(2015), “Rules of Origin in ASEAN A Way Forward”, Cambridge: Cambridge University Press
Bas Das, Sanchita82016).”The ASEAN Community and Beyond” Singapore: ISEAS
Urata,Shujiro(2015) ’Constructing and multilateralizing the Regional Comprehenssive Economic Comprehensive Partnership: an Asian Perspective’ in Findlay,C (eds) ASEAN and Regional Free Agreements, Oxford :Routledge