一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2016/09/21 No.293踊り場のメコン経済…現状と展望(4)「踊り場」の次を冷静に見つめる時期、課題はCLM当局の投資環境づくり

藤村学
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
青山学院大学 教授

1992年、ADB(アジア開発銀行)のイニシアティブによって、GMS(Greater Mekong Subregion大メコン圏)プログラムが開始された、メコン河流域諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム、中国雲南省)を対象とした地域開発支援プロジェクトである。

1990年代は主に信頼醸成や枠組み構築、及びプロジェクト実施準備についての取り組みが進められていたが、2000年からはプロジェクトの実施段階とされ、2001年11月に、10ヵ年戦略が発表され、「南北経済回廊開発」、「東西経済回廊開発」、「南部経済回廊開発」などを含む11のフラッグシップ・プログラムが設定された。

メコン地域の経済回廊整備を主導してきたアジア開発銀行(ADB)に勤務経験があり、ここ10年以上メコン地域の輸送インフラの経済効果について研究し、毎年こまめに現場を視察して進捗状況を追いかけているITI客員研究員の藤村学青山学院大学教授にメコン地域における輸送インフラの整備状況や経済効果、タイ+1について聞いた。なお、藤村学教授はITIメコンサプライチェーン研究会のメンバーでもある。(聞き手は大木博巳ITI研究主幹)

越境物流のハード・インフラに続いてソフト・インフラ改善が必要

Q. 10年以上にわたりメコン地域における陸路輸送インフラの整備状況をつぶさに観察されてきています。この間の成果をどう見ていますか。

‐南北、東西、南部など主要な経済回廊のハード・インフラは、ミャンマー区間を除いてほぼ整備されました。南北回廊については、2013年に第4メコン友好橋が完成し、バンコク~昆明間(3カ国縦断約1900km)はラオス経由で陸路での道路輸送が可能になっています。

南部回廊についても2015年に「つばさ橋」が完成したことで、バンコク~ホーチミン間(3カ国横断約900km)の道路輸送が可能になりました。バンコクからミャンマーのダウェイへ向かうミャンマー区間の道路整備はまだこれからです。

東西回廊についてはメーソート・ミャワディ国境からコーカレイまでの難路のバイパスが2015年に完成し、ダナン~モーラミャイン間(4ヵ国横断約1450km)、さらにヤンゴンまでの道路輸送も一応可能な状況です。

残るハード上の問題は、ラオスやベトナムの山間道路が険しいので、振動に弱い貨物の頻繁な輸送には向いていないことと、過積載トラックの規制が緩いラオスやカンボジアの幹線道路で痛みが早く、補修工事を頻繁に行う必要が出てくることだと思います。ミャンマー国内の道路は全般にまだまだ整備が足りません。

Q. 越境道路整備によってどのような経済効果が当初、期待されていたのでしょうか。また、実際の効果をどう評価されますか。

‐3カ国以上にまたがる幹線道路沿いの物流インフラを整備することにより、広域で相互に経済発展を促進しようというのが経済回廊構想の狙いです。費用と便益の帰属関係を厳密に検証することは困難ですが、越境道路整備の費用と回廊沿線地域の所得上昇効果を比較した粗い試算によれば、これまで費用対効果が大きかったと考えられるのが南部回廊、次に南北回廊という結果でした。

東西回廊については楽観的な試算では純プラス、保守的な試算では純マイナスという結果でした。バンコク、ホーチミン、昆明といった経済集積の進んだ結節点をもつ回廊のほうが「重力モデル」的にみても短期的な経済効果が大きいのは自然なことです。東西回廊の効果は向こう10~20年のスパンで見れば結果は変わるかもしれません。

Q.道路や橋の整備によって実際の物流は伸びていますか。

‐物流に関する横断的データの収集が簡単ではないのですが、上述の試算のなかで、経済回廊ルート上の地域の車両通行量や車両登録台数なども概ね増えていることは確認できました。ただし、陸路インフラ整備との正確な因果関係と定量分析は難しいです。上述の試算に国境手続きの簡素化や車両の相互乗り入れといった「ソフト」インフラの評価は含んでいません。ソフト面での物流制約改善が、経済回廊のプラス効果をさらに高めることは言うまでもありません。

現場における現状変更への抵抗

Q. そのソフト面での物流制約の改善はいかがですか。

‐いわゆる「制度進化の径路従属性」の例外ではなく、ソフト面での改善進捗はのんびりにならざるを得ないと思います。GMSの参加6カ国は越境輸送協定(Cross-Border Transport Agreement, CBTA)の付属文書・議定書をすべて批准済みですが、実際の改善スピードは、各国境をまたぐ主権国家同士の覚書や申し合わせ事項の現場における運用次第です。

「シングルストップ検査」のパイロット運用が先行した東西回廊上のデンサワン(ラオス)・ラオバオ(ベトナム)国境では1時間弱での通過が可能になったという日系物流会社の報告がありますが、サワナケート(ラオス)・ムクダハン(タイ)国境では「タイの公務員は国外で公務を行えない」という国内法律を改正しない限り、シングルストップを実現するのは無理のようです。

さらに、車両や貨物通過を簡素化するほど各税関における不透明な収入といった既得権益が損なわれるので、現場における現状変更への抵抗は強いものと容易に想像できます。

Q.日系企業の間では不満の声が聞かれています。

‐通関作業の電子化も現場の抵抗に遭っているとの声が日系企業から多く聞かれます。車両相互乗り入れや輸送業者の「以遠権」(自国外で旅客や貨物を輸送する権利)の自由化などについても、それぞれの国内での輸送業界の既得権益が国際協調のハードルになるでしょう。

車両相互乗り入れのライセンス発給は越境輸送需要を下回るペースでしか拡大せず、しかもライセンスが現場では通用しないといったこともあります。物流企業にとっては特に3カ国以上をまたぐ貨物の積み替えについて、どうやってコストを最小化するか、腐心しています。

Q. 陸上輸送と海上輸送のコスト面での分岐点や組み合わせはどうですか。

‐運ぶ距離と時間、そして運ぶモノの重量、単価、劣化スピード、デリバリーの緊急度など多くの変数次第で荷主にとっての輸送モードの優劣分岐点は変わります。一般論としては、陸上輸送のほうが海上輸送に比べてドアtoドアの柔軟性に優れていること、時間短縮が可能なこと、というメリットがある半面、複数国を通過しなければならないため陸路通関のコストが増える、「片荷度」が高いほど輸送コストが上がるといったデメリットがあります。

タイとCLMとの経済統合はまだ低い段階

Q. 物流業者の悩みは「片荷」にあるようです。

‐メコン地域で広域物流を手掛ける日系大手物流企業の話では、輸送サービス維持の基本は双方向を貨物で満たし頻繁に運ぶことで、大陸部東南アジアの陸路輸送でその条件を最も満たしているのはバンコク~クアラルンプールの縦断ルートとのことです。タイ税関による国境貿易データを比較すると、このことがそのまま反映されています。つまり、タイから見てカンボジア、ラオス、ミャンマー(CLM)との経済統合はマレーシアと比較すればまだ低い段階にあるということです。

Q. タイの新投資政策、国境SEZの意図はどこにありますか。

‐「産業クラスター政策」は中進国の罠から抜け出すための戦略として意図がわかりやすいですが、国境SEZについては国内の労働集約産業の延命なのか、周辺国からの単純労働者流入制御なのか、真の意図はよくわかりません。

タイに集積する製造企業にとっては、輸送コスト低減を利用して生産フラグメンテーションを狙う先としては、タイ政府が実施してしまった全国一律の最低賃金に制約されたタイ国内よりも、労働コスト格差のある国境の向こう側に立地するのが自然でしょう。

Q.タイ+1の動きは変わらないとみてよろしいでしょうか

‐CLMでもタイ以上のペースで労働コストが上昇しているものの、タイ+1の動きは基本的に止まらないでしょう。プラスワンの先がメコン地域の外に出るかどうかはCLM当局の投資環境づくり次第でしょう。

ちなみに、ここ半年間のうちにバンコク、ビエンチャン、プノンペンとその近郊に立地する日系企業にヒアリングした結果からは、2011年のバンコク北部における大洪水が、その後のCLMへの分散投資ラッシュにつながったということを改めて実感しました。ただ、その後は一服感が目立ち、「踊り場」の次を冷静に見つめる時期に来ているようです。

ソフト分野での支援で中国と差別化を図る

Q. 輸送インフラ整備では、日本は中国と競ってきた側面もあります。中国の動きをどう見ますか。

‐貿易投資はもとより、輸送インフラ援助においても、中国のプレゼンスが急速に拡大したことは否めません。日中の経済規模格差の拡大に加え、地理的近接性からも、その傾向はやむを得ないでしょう。経済協力開発機構(OECD)の開発委員会(DAC)に加盟していない中国は、援助関連のデータを他国と共有したり、社会・環境面で国際的なコンプライアンス基準に従ったりする必要がなく、独自の戦略とスピード感をもって周辺国へのインフラ整備支援をオファーできます。

Q.中国企業によるインフラ投資が急増しています。

‐その顕著な例が対CLMの道路、架橋、水力発電などへのインフラ支援であり、それに伴う中国企業のビジネス進出です。日中援助合戦を象徴するのは、カンボジアにおいて日本が援助した「きずな橋」(コンポンチャム)、「つばさ橋」(ネアクルン)に対し、中国が援助したプレクダム橋(プノンペンの北方近郊)や新しいプノンペン河川港などです。プノンペン市内では、日本が90年代に援助した日本・カンボジア友好橋に並行して、中国が援助した橋が新しく完成しています。

Q.日本がとるべき選択はどのようなものでしょうか。

‐日本としては援助や投資の金額で中国に対抗することは難しいので、官民一体となって経済協力の質で中国との差別化を図るしかないと思います。日本の経済発展経験の強みを洗い出し、ハード分野よりもむしろ教育・訓練・OJTを含めたソフト分野で地道に技術移転していくことが日本の大きな貢献分野だと思います。

大メコン圏における経済回廊構想

出所: ADB (2012) GMS Economic Cooperation Program: Overview. Manila, p.11
フラッシュ一覧に戻る