一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2017/02/21 No.318揺れる欧州、政治の季節-最大のリスク、仏独選挙の帰趨-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

メルケル独首相の指導力に陰り

英国のEU離脱(ブレグジット)の決定、米国のドナルド・トランプ政権の誕生の激震の余波は、年間を通して、欧州の政治・経済を大きく揺さぶることが予想される。欧州は、フランスの大統領選挙、ドイツの連邦議会選挙など重要な政治イベントを控えて、「政治の季節」に入る(表1)。

表1 2017年の主要政治イベント

(出所)筆者が作成したもの(2017年2月20日時点)。

米国の著名な国際政治アナリスト、イアン・ブレマー氏は、欧州が抱える様々なリスクの中で、メルケル首相のリーダーシップの低下を最大のリスクに挙げている。同氏の論旨をやや長くなるが引用する。

「2017年は欧州で一連の政治リスクが再び発生し、その中から現実化するものが、いくつか確実に出てくる。ブレグジットは、英国と欧州の溝を深めるし、フランスの(大統領)選挙は、EU懐疑主義の(極右政党の)国民戦線(FN)が権力を掌握する可能性がある。EUとトルコの間の難民合意が容易に瓦解することも考えられるし、大規模テロ行為が他の先進国に比べてもはるかに大きなリスクであり続ける。また、ギリシャ危機は解消されないまま、燻ぶり続ける。

これらの問題に対して、アンゲラ・メルケル独首相は、これまで揺るぎないリーダーシップを発揮してきた。しかしながら、今年は、メルケル氏の欧州全体で確固とした支持を欠く難民政策、難民問題に起因する一連のテロ事件、ポピュリズム(大衆迎合主義)の高まりと東欧全体、英国、イタリアにおける国民投票での驚くべき勝利、ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭を通じて、メルケル氏のビジョン「より強い欧州」に対する支持を蝕み、彼女の存在感を小さくし、ドイツ、EUにおけるリーダーシップに打撃を与えることになろう。

また、メルケル氏の地政学的実力も衰えつつある。トランプ米大統領とは価値観が共有できないし、ブレグジットは彼女のリーダーシップに対する英国の支持を奪うことになる。もし、マリーヌ・ルペン国民戦線党首がフランス大統領に当選し、EU加盟の国民投票を宣言すれば、メルケル氏の強力な敵対者になる。欧州は今ほど強いメルケル氏を必要としている時はないが、その役割を果たす立場にない」(注1)。

すでに、ブレマー氏が欧州の首脳たちの中でも、再選を勝ち取る可能性が最も高いと予測していたメルケル氏の連邦議会選での勝利の可能性に黄信号が点き始めている。強力なライバルとして、中道左派の社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ前欧州議会議長が首相候補として、立候補することになったからだ。直近の世論調査によると、シュルツ氏の支持率がメルケル氏を上回ったこと、SPD支持率が、初めて保守党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)を上回ったことである(注2)。SPD優勢の流れが加速するのかどうか、今後の動向を注意深くみる必要があろう。

仏大統領選、極右ルペンが先行

今後の欧州政治で最大の関心事の一つは、4月23日に行われるフランスの大統領選挙の行方であろう。去年12月、社会党出身のフランソワ・オランド大統領は、出馬断念することを表明した。現職の大統領が再出馬を断念するのは、1958年発足の現在の第五共和制下では初めてのことである(注3)。本年1月末、与党社会党など左派の予備選で、ブノワ・アモン前国民教育相が候補に決まった。無所属のエマニュエル・マクロン前経済産業デジタル相とともに、国民戦線のルペン党首、最大野党の中道右派共和党(LP)のフランソワ・フィヨン元首相を追う大統領選の構図が固まった。主要な大統領選候補者は、表2のとおりである(2017年2月20日現在)。

表2 フランス大統領選の主要候補者と政策

(出所)Reuters(http://jp.reuters.com/news/world/eurocrisis)(2017/02/16)

主要メディアは、世論調査に基づいて、ルペン氏が第1回投票で首位に立つものの、2回目の決選投票ではフィヨン氏に敗退し大統領の座には届かないとみていた。しかし、最有力視されていたフィヨン氏が親族の公金横領疑惑のスキャンダルで、求心力を大きく失ってしまった。直近の世論調査(2月16 日)では、トップはルペン氏25~26%、第2位はマクロン氏20~23%、第3位フィヨン氏17.5~18.5%、第4位アモン氏14~14.5%、第5位メランション氏11.5~12%となっている。

ルペン党首は、「フランス第一」を前面に押し出し、有権者の治安や難民への不満の高まりを踏まえ、「(域内の自由移動を保障する)シェンゲン協定離脱」「移民の受け入れ制限」「不法移民の送還」「ユーロ離脱」など144項目に上る選挙公約を発表、第1回投票に向けて先行している。

新たな動きとして、左派系の社会党アモン氏と左翼党メランション氏が決選投票に進むために共闘する可能性が出てきたことで、新たな波乱要因となっている(注4)。

いまのところ、第2回の決選投票ではマクロン氏が62%を得票し、38%のルペン氏を、あるいは57%得票のフィヨン氏が43%のルペン氏を、いずれの場合でも破る見通しであるが、マクロン氏はまだ、選挙公約を明らかにしていない(注5)。

英EU離脱の国民投票や米大統領選挙の欧米メディアの世論調査の予測は、ことごとく外れてしまったことは周知のとおりである。フィヨン氏あるいはマクロン氏が党派を超えた幅広い支持を集められない限り、勢いづくルペン氏が決選投票で勝利する可能性も排除できない。極右の大統領の誕生は、フランスのみならず欧州、延いては世界を不安定化させ、EU分裂の危機を現実化させよう(注6)。

独SPD首相候補シュルツ、支持率でメルケルをリード

長い間、沈黙を守っていたメルケル首相は昨年11月、連邦議会選挙に首相候補として出馬して、4期目を目指すことを明らかにした。メルケル氏は2005年に首相に就任、すでに、3期目に入っている。もし、4期目の2021年まで在職すれば、キリスト教民主同盟(CDU)のヘルムート・コール元首相と同じ最長在任を記録することになる。

しかしながら、シリアなどからの難民の受け入れを歓迎すると表明し、欧州の難民問題を深刻化させたとして、ドイツ国内のみならず、他のEU諸国から強い批判を浴びた。トランプ氏も大領領選挙期間中に対立候補のヒラリー・クリントン氏を「米国のメルケル」と呼び、数十万人の難民を受け入れたメルケル氏の決断を「正気ではない」と断じた。

メルケル氏自身が党首を務めるCDUは、難民の受け入れに反対する「ドイツのための選択肢」(AfD)に、バーデン・ヴュルテンブルグ、ラインラント・プファルツ、ザクセン・アンハルトなどの州議会選挙で敗れるなど地方選挙で苦戦し、4期目を目指すかどうか注目されていた。2015年には中東・アフリカなどから100万人を超える難民がドイツに殺到し、寛容な難民政策を掲げるメルケル氏に批判が集まり、支持率は大幅に低下し、同氏のリーダーシップに陰りが出ている。

それだけに、AfDなどポピュリズムが急速に勢力を増しているなか、メルケル氏は「今秋の選挙は、1990年のドイツ統一後以降で、最も厳しいものになる」と語っている。欧州で最も経験豊かな指導者といえどもメルケル氏の再選は盤石ではない。

このところ、メルケル首相支持率が、対立候補のSPDシュルツ氏を下回っている。直近の世論調査(公共放送ARD、2月2日)によると、シュルツ氏50%に対して、メルケル氏34%にとどまった。ただし、政党支持率ではCDU/CSUが34%、SPD28%となっているものの、昨年12月の調査時からSPDの支持率が大幅に上昇している(注7)。

EUの将来、悲観的な国民世論

「EU加盟国でEUに懐疑的な見方が増えている」。米ピュー・リサーチ・センターが2016年6月に発表したEU10ヵ国の世論調査結果である(注8)。EUを「好ましくない」と答えた人が多かった国は、ギリシャで71%、フランス61%、スペイン49%、英国48%、ドイツ48%など。他方「好ましい」と答えた人が多かった国は、ポーランド72%、ハンガリー61%、イタリア58%、スウェーデン54%、オランダ51%などである。前年の世論調査と比べてEUに肯定的な意見が減少しているという。

欧州委員会が2016年11月に発表した世論調査結果でも同じ傾向がみられる(表3)(注9)。EUの将来について、EU全体では、50%が「楽観的である」に対して、44%が「悲観的である」と、1年前に比べて、それぞれ8ポイント減、6ポイント増と、EU市民は悲観的な見方を一段と強めていることは明らかである。

より詳細にみてみると、楽観的な見方が70%を超えた国は、アイルランド、リトアニアの2カ国にとどまったが、前年はアイルランドなど7カ国に上った。また、主要4カ国のうち、ドイツは60%、イタリア53%、フランス50%、英国49%であった。他方、50%かそれ以下の国は、前年の5ヵ国から9ヵ国に増えている。また、悲観的な見方が楽観的な見方を上回った国は、前年がギリシャ、キプロスの2カ国に過ぎなかったのに対して、6カ国に増えている。

次に、回答者がEUの主要課題として、第1に移民(難民)を挙げている。以下、テロ、景気、財政、失業の順となっている。前年と比較して、景気、失業、財政への関心がかなり低下しているのに対して、移民(難民)が7ポイント増、テロが15ポイント増と大幅に増えている。こうした国民世論の変化が、4月のフランス大統領選挙、9月のドイツ連邦議会選挙などの投票結果にどのように影響するのか注視すべきだろう。

表3 EU各国の世論の動向(%)

(注1)EU影響力(12%)、物価上昇(12%)(注2)物価上昇(12%)、犯罪(11%)(注3)犯罪(8%)、気候変動(7%)(注4)物価上昇(9%)、EU影響力(8%)、犯罪(8%)(注5)犯罪(13%)(注6)犯罪(12%)、物価上昇(11%)(注7)気候変動(17%)、EU影響力(15%)(注8)気候変動(16%)、EU影響力(15%)(注9)EU影響力(9%)、犯罪(8%)(注10)犯罪(8%)、EU影響力(7%)、気候変動(6%)、物価上昇(6%)(注11)EU影響力(19%)、気候変動(11%)(注12)犯罪(11%)、気候変動(8%)(注13)気候変動(22%)、EU影響力(18%)、環境(13%)(注14)犯罪(12%)(注15)EU影響力(14%)、物価上昇(11%)(注16)犯罪(14%)
(出所)European Commission,Eurobarometer86から作成。

トランプ流「米国ファースト」、勢いづくポピュリスト勢力

「米国ファースト」を唱えるトランプ氏勝利の衝撃的なニュースは、欧州を大きく揺らすことになった記憶は、いまも鮮明である。欧米メディアは「欧州襲うポピュリズムの大波-トランプ勝利と英離脱で」と大きく報じた(注10)。

「選挙に勝つために何でもする」といって憚らずに、ポピュリズム(大衆迎合主義)を武器に有権者の心をつかんだトランプ氏の勝利に勢いづいたのは、欧州各国の極右、極左を問わずポピュリスト勢力であった。トランプ勝利にいち早く祝意を表明したのは、フランスの国民戦線マリーヌ・ルペン党首であった。ルペン氏は、大統領選挙の有力候補であり、現在25~26%の支持率で、トップを走っている。「今日は米国、明日はフランスだ」と勢いづく(注11)。

また、3月15日の下院選挙を控えるオランダの極右政党・自由党(PVV)ヘルト・ウィルダース党首や連邦議会選挙が行われるドイツでも、難民受け入れに反対する「ドイツのための選択肢」(AfD)のフラウケ・ペトリ共同党首は「トランプ氏は変革をいとわない」と勝利を祝した。イタリアのEU懐疑派の新興政党「五つ星運動」の創設者、ベッペ・グリッロ氏は、「米国で起きたことと我々の運動は似ている」とトランプ氏勝利を追い風になるとの認識をにじませた。

これとは対照的に、欧州各国の政府首脳は、一応に戸惑いを隠さない。EUのドナルド・トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長は、トランプ氏宛の書簡で「自由・人権・市場経済への信頼といった共通の価値が定着したEUと米国が緊密に協力することによってのみ、過激派組織『イスラム国』(IS)やウクライナの主権への脅威、気候変動や移民・難民など前代未聞の課題に取り組める」と強調した(注12)。

トランプ流「米国ファースト」は、EU分断を策しているのではないかと、EU首脳たちはトランプ氏勝利以来、疑心暗鬼に陥っている。トランプ氏が本年1月の大統領就任直前に行った英タイムズ紙と独ビルト紙の共同インタビューは、この疑念を一段と強めることになった。その概要は以下のようなものであった(注13)。

①EUについては、米国を貿易面で不利な立場に追い込むために作られた組織だ。EUが存続しようが、分裂しようが、どうでもよい。

②EUはドイツのための乗り物(道具)であり、ドイツに大きな利益をもたらしている。したがって、英国がEU離脱を決めたことは、全く正しい選択だし、素晴らしいものになるだろう。他国も離脱するだろう。

③英国との貿易協定については、迅速かつ適切に実施されるよう尽力する。

④メルケル首相の移民政策は誤っている。

⑤NATOは旧態依然とした組織だ。十分な防衛費を支出していない加盟国がある。テロリズムとの戦いにも十分貢献しなかった。

トランプ大統領の「EU軽視」の姿勢に、先行きの欧米関係への不安が深まるばかりである。先の2月3日のマルタ非公式EU首脳会議で、トゥスクEU大統領は「米国の変化によってEUは厳しい立場に立たされる。欧州はもっと強くあらねばならない」と訴えた。EU加盟国では強硬な移民政策を掲げるトランプ大統領に共鳴するポピュリスト勢力への支持が広がる中、トゥスク氏は、トランプ氏がEUの将来をより一層不安にさらす「脅威」との見方さえ示す。

いずれにしても、欧州は、トランプ流「米国ファースト」の外交政策と勢いづくポピュリズムに翻弄され続けるだろう。                               

注・参考資料:

1.Top Risks 2017(Eurasia Group)(2017/01/04)

2.Reuters(2017/02/07)、(2017/02/03) (いずれも電子版)。独ビルト紙が2月6日に発表した世論調査によると、SPDの支持率が31%で、CDU/CSUの30%を上回った。シュルツ氏が本年1月末に党首に就任して以降、SPDの支持率が急速に伸びてきている。また、独公共放送ARDが2月2日に発表した世論調査によると、首相候補の支持率では、シュルツ氏が50%と、34%のメルケル氏を上回った。

3. 唯一の例外は、1969年6月の第2代大統領に選出されたジョルジュ・ポンピドゥー氏の病死による任期(1976年)途中の退任である。1974年5月、ヴァレリー・ジスカール・デスタン氏が第3代大統領に選出された。

4.Reuters(2017/02/18)

5.仏ルモンド紙・仏世論調査会社Cevipof-Ipsos-Sopra Steriaの世論調査 (Reuters2017/02/16)。

6.2002年の大統領選挙第1回投票で、社会党候補のリオネル・ジョスパン首相が予想外の敗退という番狂わせがあり、中道右派候補のジャック・シラク現職大統領と極右政党国民戦線(FN)候補のジャン=マリ・ル・ペン党首(マリーヌ・ル・ペン氏の父)との決選投票となった。極右の台頭を恐れた左派リベラル支持層もシラク候補に投票し、82.21%という高い得票率で、再選を果たした。

7.独シュテルン誌・テレビ局RTL・世論調査会社フォルザの世論調査(2月15日):政党支持率:CDU/CSU34%、SPD31%、AfD9%。 首相候補支持率:メルケル氏38%、シュルツ氏37%(Reuters2017/02/15)

8.EU Referendum, Euroscepticism on rise in Europe, poll suggests(BBC,2016/o6/08)

9.European Commission,Eurobarometer86,Autumn2016(November2016)

10.Reuters(2016/11/13)

11.Ibid.

12.Letter from President Tusk and Juncker to congratulate Donald Trump on his election as the next President of the United States(European Council The President ,Statements and remarks 643/16,09/11/2016)

13.Reuters(2017/01/16),日本経済新聞(2017/01/16)

フラッシュ一覧に戻る