フラッシュ319
2017年2月27日
 

米国におけるメキシコ人不法移民の現実

 
内多 允
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

米国でトランプ大統領の政権発足に伴って、移民政策が変わろうとしている。その具体例として、不法移民の取り締まり強化があげられる。これの主な関係行政機関は「米国税関・国境警備局」(U.S.Customs and Border Protection, 以下CBP)と、「移民税関捜査局」(U.S. Immigration and Customs Enforcement、以下ICE)である。両局は米国国土安全保障省(U.S.Department of Homeland Security)が管轄しているが、移民に関してはCBPは国境で不法入国者の取り締まりを、ICEは米国内に居住している不法移民対策を担当している。CBPは不法入国者対策に加えて、人身売買やテロ、麻薬密売の取り締まりや、農業に有害な昆虫の侵入防止など、国内の安全確保を任務としている。

本稿では、CBPが発表した不法入国者に関する統計から、メキシコ人やその他のヒスパニック系の不法入国の実態を、取り上げる。米国の総人口(2014年)約3億1,900万人のエスニック・グループ別内訳によれば、白人が2億4,700万人(総人口の77.4%)で、次いでヒスパニックが5,500万人(同17.2%)を占める。ヒスパニックの63.6%(3,500万人)が、メキシコ人である。このような人口構成から、メキシコから米国への人口移動の動向は、両国の外交関係から経済・政治動向など広範囲な影響を及ぼしている。

1. 米国における不法入国者

米国政府は国境における不法入国によって、CBP担当官によって拘束された者(以下、不法入国者)に関する統計を、作成している。この統計は、国外から米国国境地帯へ陸路あるいは海路で不法越境して、拘束された人数を集計している。CBPは国境地帯20か所に設置されている(表1)。同表の北部地域は、カナダと国境を接している。南西部地域はメキシコとの国境地帯である。沿岸地域ではカリブ海から、船舶による入国動向を監視している。

これら3地域で、南西部地域の不法入国者が最も多い。同表によれば、全米の不法入国者の拘束人数(41万5,816人)の98.3%(40万8,870人)を南西部地域のCBPが占めている。

同地域のCBPはメキシコと国境を接する4州(カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス)で、活動している。両国の国境線は3,131キロメートルで、合法的に横断する延べ人数は、年間3億人を超える。米国とメキシコの経済格差が、メキシコ人の米国への不法移住を促す要因を形成している。また、メキシコ北部の中米地域からも、陸路でメキシコを経由する不法入国のルートとなっている。

米国への不法入国者の圧倒的な多数を占めているのが、メキシコ人である。2016年度におけるメキシコ人不法入国者総数は、19万2,969人で、不法入国者総数の46.4%を占める。メキシコ人不法入国者の98.9%(19万760人)が、南西部CBPで拘束された(表2)。以上のような実態から、米国の不法入国者対策で、最も重要な地域は明らかに、メキシコと国境を接している南西部地域であると言える。

 

表1. 2016年度米国における不法入国者数

地域・全国合計
CBPの数
不法入国者数
 北部国境地域
8
2,283
 沿岸地域
3
4,663
 南西部地域
9
408,870
 全国合計
20
415,816

(注)統計対象期間   2016年度は2015年10月から2016年9月迄の12か月間

(出所)United States Customs and Border Protection(CBP)統計

 

表2. 南西部地域の不法入国者    (2016年度)

a.全国
b.南西部地域
南西部地域比率(b/a,%)
1非メキシコ人
222,847
218,110
97.9%
2メキシコ人
192,969
190,760
98.9%
3総不法入国者(1+2)
415,816
408,870
98.3%
メキシコ人比率(2/3)
46.4%
46.7%

(出所)CBP統計より作成

 

2. 米国・メキシコ国境における不法入国の変化と特色

CBPの不法入国者の拘束数統計では、メキシコ人の不法入国者が、他の国籍のそれよりも多いし、報道でもメキシコ人の不法入国が脚光を浴びている。しかし、報道では詳しく伝えていない変化や、実態の特色についてももっと注目すべき実態が存在している。

不法入国者の変化として、メキシコ人の減少傾向が顕著であることが指摘されている。南西部地域の不法入国の実態を示す統計(表3)によれば、不法入国者にメキシコ人が占める比率は2000年度から2010年度にかけては90%台から80%台であるが、2016年には46.7%に低下した。一方、非メキシコ人の不法入国者の比率が、2016年には過半(53.3%)を占めるに至った。不法入国で拘束されたメキシコ人は、2000年度の161万5,081人に対して、2016年度には19万760人に減少した。これは2000年度に対して、88.1%も減少した。一方、非メキシコ人の2016年度における拘束人数21万8,110人は、2000年度(2万8,598人)に比べて7.6倍増加した。このような増加にも拘らず、2016年度南西部地域の不法入国者総数40万8,870人は、2000年度(164万3,679人)の約4分の一に減少したことになる。これも、メキシコ人不法入国者の減少が影響している。

米国への不法入国者流入で、特異な現象として成人の付き添いがない未成年者(CBP統計で17歳以下)が、増加したことがあげられる。2016年度のCBP統計によれば、米国南西部地域における不法入国者拘束人数40万8,870人の内訳は成人30万6,765人に対して、未成年者は10万2,105人に上る。この未成年者の人数は、拘束人数合計の約4分の一を占める(表4)。当該未成年者の内訳は次のようになっている。先ず、成人が付き添っている未成年者人数は、41.5%(4万2,413人)で、これを上回って成人が付き添っていない未成年者(表4の単独)が58.5%(5万9,692人)を占めている。その主要な出身国は中米3か国(エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス)とメキシコである(表5)。

 

表3. 南西部地域不法入国者数推移

年度
2000
2005
2010
2015
2016
不法入国者総数(a+b)
1,643,679
1,171,396
447,731
331,333
408,870
a.メキシコ人不法入国者
1,615,081
1,016,409
396,819
186,017
190,760
b.非メキシコ不法入国者
28,598
154,987
50,912
145,316
218,110
メキシコ人比率(%)
98.3
86.8
88.6
56.1
46.7
非メキシコ人比率(%)
1.7
13.2
11.4
43.9
53.3

(出所)CBP統計より作成

 

表4. 南西部地域不法入国者の成人・未成年者の構成(2016年)

a成人
306,765
b未成年者  (c+d)
102,105
   c 同伴
42,413
  d 単独
59,692
総数(a+b)
408,870

(注)成人の年齢は18歳以上。未成年者の年齢は17歳以下。同伴は成人が付き添っている未成年者。単独は成人が付き添っていない未成年者。

(出所)CBP統計より作成

 

表5. 未成年者単独の不法入国者人数(2016年度)(出身国の内訳人数)

a エルサルバドル
17,512
b グアテマラ
18,913
c ホンジュラス
10,468
d メキシコ
11,926
e 中米合計(a+b+c)
46,893
f 4か国合計(d+e)
58,819
gその他の国
873
h 総人数
59,692

(注)「未成年者」と「単独」の意味は表4注を参照。

(出所)CBP統計

 

2013年度から2016年度の各年度の単独未成年者の不法入国者数を比較すると、2014年度に最多数を計上した。その人数は6万7,339人(中米3か国5万1,705人、メキシコ1万5,634人)に上る。2013年度は3万8,045人、2015年度3万9,399人に比較して、2016年度は増加に転じた。2016年度の対前年度増加数は1万9,420人で、その内訳は中米3か国1万8,506人で、メキシコのそれは914人である。

未成年者の米国への不法入国者増加の背景事情には、出身国の貧困が影響している。貧困に喘ぐ家庭で、養育を放棄された子供が安住の地を求めて米国を目指すと伝えられている。

未成年者の中には母国で、マラスと称するギャング集団から抜け出すことが、米国への移住の動機であると言われる。マラスはメンバーになると、脱退する唯一の方法は死ぬことである。マラスの若者は貧しい家庭の出身が多い。マラスの起源は米国ロサンゼルスで、メキシコ系マフィアが立ち上げたヒスパニック・ギャング組織である。今は米国から中南米各国に組織を拡大している。マラスは麻薬密売から誘拐、殺人、企業への脅迫など多種多様な犯罪を繰り返している。中米諸国の小規模国家では、社会の存立基盤を揺るがせかねない存在になっていると憂慮されている。トランプ大統領が掲げる移民政策では、犯罪歴がある移民を母国に強制送還すると言う。これが実現すれば、マラスから脱退することを願って米国に辿り着いた若者もその対象になり得る。マラスの監視の目が届く母国でどのような目にあうことになるか、また現地の社会不安が高まることも併せて懸念される。
(マラスの実態については、工藤律子著『マラス 暴力に支配される少年たち』が、2016年集英社より発行された。)

3. 減少傾向が見えるメキシコ人の米国移住

米国のヒスパニック人口ではメキシコ系が多数を占めている(本稿の人口関連のデータは、出所を特記しない場会は、米国政府統計と民間調査機関であるPew Research Centerの資料から引用した)。

2014年におけるヒスパニック人口5,541万人の内、メキシコ系が64.0%を占めた。ヒスパニック人口に占めるメキシコ系の比率は、2006年以降は60%台を維持してきた。しかし、過去には70%以上の比率を占めた時期と比べると、低下の傾向が出ていることは否めない。これには、メキシコから米国への移民の増加傾向に陰りが見えていることも影響している。

米国におけるメキシコ系の人口構造統計によれば、移民(1世)よりもその子供(2世)と孫(3世)である現地生まれの世代が増加している(表6)。

同表から2015年の2000年に対するメキシコ系移民の増加状況を計算すると、次のような結果がでる。メキシコ系人口総数は2000年の2,250万人から2015年には1,440万人増加して3,690万人である。同期間の増加人数の内訳は1世が410万人、2世580万人、3世450万人である。従って、米国生まれの世代(2世と3世)を合わせた増加数が1,030万人である。これは総増加数(1,440万人)の71.5%に相当する。一方、1世人口増加分は、総増加分の28.5%である。このような傾向が続くと、メキシコ系人口増加は、米国在住者の出生数に依存することになる。ヒスパニック人口の過半を占めるメキシコ系のこのような傾向が、ヒスパニック集団全体の人口傾向に影響を与えている。ヒスパニック人口の年平均増加率は、2000年-2007年の期間では4.4%であったが、2007年-2014年に2.8%に低下した。2009年以降は、メキシコ系米国在住者が、母国に帰国する傾向が顕著になったことも影響している。これも米国ヒスパニックの人口増加は、移民よりも米国内の自然増加に依存する傾向を促す要因を形成することになる。ヒスパニック系女性(年齢は15歳から44歳)1,000人当たりの出産数は、2000年代の95人から、2006年には98.3人に上昇した。しかし、その後は経済不振が影響して、2014年には72.1人に低下した。

4. メキシコ系が主力のヒスパニック系不法移民就労者

米国の不法移民就労者の実態については、さまざまな推定が存在する。ここでは、ヒスパニックの実態調査を発表しているPew Research Centerの報告を引用する。その関連報告(2016年9月20日発表)によれば、昨年の大統領選挙の争点にもなった不法移民就労者の数は、1,110万人と推定している。これは外国で生まれた米国在住者(移民も含む)4,360万人の25.5%に相当する。この不法移民就労者で、最多数を占めるエスニック・グループがメキシコ系等のヒスパニックである(表7)。同表で、その他のエスニック・グループの主力は、アジア系(2009年130万人、2010年145万人)である。メキシコ系不法移民就労者は2009年の635万人から、2014年には50万人減少して585万人となった。2014年の不法移民就労者総数の52.7%がメキシコ系である。

メキシコ系不法移民就労者の減少には、米国の不法移民取り締まりも影響している。2010年から2014年にかけて、不法移民のメキシコへの帰国送還措置の対象者人数は、減少傾向をたどったとは言え、15歳から29歳の働き盛りの年齢層が約半分を占めている(表8)。同表を掲載した資料によれば、2010年-2014年の期間における帰国送還措置対象者の平均年齢は男性31歳、女性29歳である。同対象者の男女比率は男性9割、女性1割である。

米国における不法移民取り締まりは、トランプ大統領が就任後は前大統領の時代とは打って変わって、厳しい方向に向かっている。米国は建国以来、寛容な移民政策によって、経済や文化、学術研究など多方面にわたって、世界のリーダーの地位を維持する力の源泉を保持せしてきた。

トランプ大統領は選挙キャンペーンにおいて、移民が米国民の雇用を奪っていると主張して、不法移民を母国へ強制送還する必要性を訴えた。当選後の同大統領による不法移民政策の実行は、批判もあるが支持者がいることも事実である。しかし、米国経済の現状は、不法移民を含むメキシコや、その他の中南米・カリブ地域から移住した人々の労働力に依存していることも無視できない。米国各地で2月16日、移民が就労を拒否する「移民不在の日」が実施された。移民が働くレストランでは、休業や営業時間の短縮に追い込まれたことが報道された。米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長は2月14日、上院銀行委員会で、「移民の流入が減少すれば、米国経済の成長率は鈍化する」と指摘した。

米国の移民政策は国内政策であると同時に、外交問題であることも忘れてはならない。特に、隣国メキシコを始め中南米諸国では、国内の失業対策が国外への移住を促している。また、国外で働く労働者が母国に送金することによって、留守家族の家計を支えている。

法律上の建前では否定できない不法移民対策に、現実の内外経済や国際関係の実態を無視すると、失うものも多いという冷厳な状況にも注視することが求められる。

 

表6. 米国におけるメキシコ系人口 (世代別)(単位 100万人)

2000年
2005年
2010年
2015年
合計
22.5
28.5
33.4
36.9
 3世
7.4
8.8
10.2
11.9
 2世
7.0
8.6
11.3
12.8
 1世
8.1
11.1
11.9
12.2

(出所)Yearbook of migration and remittances Mexico 2016
(メキシコ政府機関と民間銀行BBVA系列機関の共編)

 

表7. 米国における不法移民就労者数(推定)(単位 1000人)

出身地
2009年
2014年
メキシコ
6,350
5,850
中米
1,600
1,700
南米
725
650
カリブ
400
425
その他
2,255
2,475
合計
11,300
11,100

(出所)Pew Research Center, 2016年9月20日付発表資料

 

表8. 米国で母国送還措置のメキシコ人対象者人数の推移 (単位 1000人、%)

2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
人数
418
357
352.2
298.5
214.4
若年者(15-29歳)比率
56.9
51.2
50.8
46.9
48.7

(出所)表6と同じ