フラッシュ331
2017年4月4日
 

英国のEU離脱交渉の行方(その4)-英、EU離脱を正式通告、交渉は難航必至-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

離脱へのカウントダウン始まる

英国のテレーザ・メイ首相は3月29日、欧州理事会のドナルド・トゥスク常任議長(EU大統領)に書簡を送り、正式にEUからの離脱を通告した。英国議会は去る3月3日、EUとの離脱交渉を正式に開始する「離脱通告」を行う権限をメイ首相に与える法案を可決し、翌14日にエリザベス女王が裁可した後、成立した。ここに法的手続きが整った。離脱に関するEU条約(リスボン条約)第50条の規定によれば、通告時期については、離脱する英国側にあるが、通告後は交渉の主導権はEU側に移る。

交渉期限は原則2年となっているが、EU27ヵ国の批准手続きなどに要する期間を考慮すると、実質的には1年9カ月の交渉になるというのが、EU側の見解である。メイ首相は「2年以内に交渉を終えることができると楽観している」と強調しているものの、交渉開始前から、このような短い期間で合意に達することは想定できないという見方が欧州委員会やドイツ政府筋から出されていて、予断を許さない(注1)。なお、交渉期間の延長には、EU27ヵ国すべての合意が必要である。

トゥスク議長がメイ首相からの書簡を受理したことで、いよいよ英国のEU離脱へのカウントダウンが始まった。今後に想定される離脱交渉の流れは、おおよそ表1のとおりとなろう。もっとも、この行程表はEU側が想定しているシナリオに過ぎず、交渉の進捗次第で大幅な変更も起こりえよう。

トゥスク議長は3月31日、英EU離脱に関する交渉指針案を27加盟国に提示した。4月29日に英国を除く臨時の欧州理事会(EU首脳会議)を開き、この交渉指針を採択し、EU理事会が交渉指令を採択する。その後、EU側は首席交渉官のミシェル・バルニエ氏(仏出身、前欧州委員会の域内市場・サービス担当委員)、英国側はデービッド・デービスEU離脱担当相が5月末から6月初めにかけて本格交渉に入る。交渉が順調に進めば、2018年10月までに実質交渉が終了し、2019年3月29日までに離脱協定がすべての当事国で批准されれば、英国は正式にEUを離脱することになる。

 

表1 英EU離脱の行程表

時期

主要事項

2017年3月29日

英国が離脱を正式に通告

   3月31日

EUが交渉指針案を加盟国に提示

   4月29日

27カ国の臨時欧州理事会(EU首脳会議)で交渉指針を採択

5月末~6月初め

本格交渉を開始
EU側:優先課題について基本合意後、自由貿易協定(FTA)交渉に入る
・英国が約束した財政支出や債務の清算
・英在住のEU市民の権利保護
・離脱後のEU法が失効する英国の「法律不在」の回避
・EUと英国との域外国境(アイルランドなど)への対応
英国側:離脱協定とFTAを並行して交渉する

2018年10月までに

交渉は実質的に終了、全当事国で批准手続きに入る
・離脱協定に合意
・FTA枠組みに合意
・FTA締結までの移行期間(2~5年)に合意
合意できない場合、全加盟国が合意すれば交渉期限を延長

2019年3月29日までに

全加盟で批准を終える
英国が正式にEUを離脱する

(出所)執筆者が作成

 

建設的、協調的なメイ書簡

メイ首相は、トゥスク議長への書簡の手交時間にあわせて、英議会下院で演説し、正式に離脱通告したことを報告した(注2)。同首相は「英国はEUを離脱する。我々は引き返すことができない歴史的な転換点を迎える。これまでよりももっと外部志向の、欧州の境界を越えた、真にグローバルな英国であることを望む。英国は欧州のパートナーにとって最良の友人であり隣人でもある。これこそ、EUとの明確な、野心的な交渉計画を設定する所以である。EU首脳たちはしばしば、英国は『いいとこどり』(cherry pick)できないといっているが、4つの移動の自由(ヒト、モノ、サービス、資本)を受け入れることが、英国民の意思と相いれないならば、もはやEU単一市場に留まらない。より強く、より公平な、より良い英国を築くために、今こそ団結すべき時である」と呼びかけた。

ここで、メイ書簡とは、いかなるものか簡単に触れておきたい(注3)。

6ページの書簡の中で、メイ首相は、単一市場の残留を断念したにもかかわらず、「EUとの深く特別のパートナーシップ」(deep and special partnership)という言葉を7回も使うなど、建設的、協調的なスタンスがEU首脳らからも好意的に受けとめられたようである(注4)。また、今後の交渉において配慮すべき7つの原則について提言している。

①協力の精神(a spirit of sincere cooperation)
単一市場への残留を断念するという英国の考え方は、単一市場へのアクセスが4つの移動の自由の受け入れの原則とするというEU側の立場を配慮したものである。

②市民第一(our citizens first)
英国在住のEU市民やEU在住の英国市民の権利について早期に合意を図るべきである。

③包括的な関係性の確保(securing a comprehensive agreement)
EU離脱後の両者の関係は、経済や安全保障面での協力を含めた包括的なものとすべきで、離脱交渉と並行して協議することが必要である。

④混乱と不確実性の極小化(minimising disruption and giving as much certainty as possible)
移行期間の設定などによって投資環境やビジネス環境の不確実性を極力取り除く。

⑤アイルランドとの関係性と北アイルランドの平和プロセスへの配慮(an attention to the UK’s unique relationship with the Republic of Ireland and the importance of the peace process in Northern Ireland)

⑥詳細な技術的議論の早期開始と優先順位付け((technical talks on detailed policy as soon as possible, prioritizing the biggest challenges)
将来EUと大胆なかつ野心的な自由貿易協定(FTA)を締結することを望んでおり、これには金融サービスやネットワーク産業までを対象とすることを念頭に置いている。現段階でEUと英国との間ではすでに規制枠組みや標準に準拠しているので、現状をベースに優先順位を付けて検討を進めるべきである。

⑦共有する欧州的価値の促進と保護(advance and protect our shared European values)
自由や民主主義といった欧州各国が共有する価値観を促進、保護することで、世界をリードしていくことを望む。

「真にグローバルな英国」を目指す

メイ首相は議会下院における演説で、2回も「真にグローバルな英国」(truly Global Britain)という言葉を使った。これは、同首相が1月17日に行った英国のEU離脱に関する基本方針を明らかにした演説(注5)や2月6日に英議会に提出したEU離脱白書(注6)の中で明らかにされた、いわばEU離脱後の国家像である。

メイ首相は、1月の演説の中で、「約半年前、英国民は変化を求めて投票した。英国の明るい未来のため、EUを離れ世界とつながるための選択である。英国が自らどんな国になりたいのかを深く考える必要がある。私の答えは明瞭である。この変革の時を乗り越え、英国をより強く、より団結し、より世界に開かれた国にしたい。安全で、繁栄し、寛容な国にしたい。世界から優れた才能を引き寄せ、時代の先駆者を生み出す国にしたい。EUの隣人でありつつ、欧州の境界を越える真にグローバルな英国である。EUの準加盟といった部分的な地位は一切求めない。英国はEUを離脱するのである」。そして、「EUとの交渉にあたり英EU間の建設的な関係を築くという大目標を達成するために、12の優先項目(表2)を掲げたこと」を強調した(注7)。

メイ首相がEU単一市場残留に向けて妥協案を探るのではないかという憶測を否定し、いわば「ハードブレグジット(強硬離脱)」を目標に掲げた方針を示したものである。その背景として、同首相は、他の加盟国からの移民制限を維持しながら単一市場へのアクセスを認めること(EU側のいう「いいとこどり」)が絶対にできないというアンゲラ・メルケル独首相やフランソワ・オランド仏大統領などEU首脳らの強い反対にあって、これまでの方針の変更を迫られた結果であろう。

 

表2 英EU離脱交渉の12の優先項目

優先項目

内容

1.確実性

EUからの離脱を進めるにあたり、全ての人々に可能な限り確実性を提供する
ことが重要。EU法を英国法に置き換えていく

2.固有の法の支配

欧州司法裁判所(ECJ)から裁判権を英国に取り戻す。司法判断はルクセンブルク(ECJ)ではなく、英国で行われる

3.連合の強化

強い英国を築くにあたり、連合王国を構成する4地域(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)の貴重な連帯を強化しなければならない。北アイルランドも同じ理念を共有することが重要である

4.共通旅行区域

離脱後も(EU加盟国の)アイルランドとの境界を共有している。同国との共通旅行区域は存続するよう努める

5.移民制限

欧州からの移民を制限していかなければならない。一方、就業や勉学のために最適な場所としての魅力を維持、有能な人材を呼び込むことも重要である

6.市民の権利

在英EU市民と財EU英国市民の権利は保障される

7.労働者の権利の保護

労働者の権利を擁護し、高めていく。EU法を英国法に置き換えて、労働者の権利を守る

8.欧州市場との自由貿易

EUと野心的な貿易協定の締結を目指す。モノやサービスの移動が最大限自由になるべきであるが、EU単一市場に残留しない。したがって、EU予算の分担金を払わなくてよい

9.EU域外国との新たな貿易協定

EU域外国との自由貿易も求めていく。急速に成長している域外国と新たな貿易協定について協議する。米国との貿易協定は最後列ではない

10.科学や技術革新にとり最良の場所

世界で科学や技術革新において優れた位置にいる。世界最高レベルの大学によって広範な学術や科学レベルが保たれる

11.対テロ・犯罪でのEUとの連携

犯罪やテロに対してEUと協力したい。我々は共通の価値や関心を持っている

12.円滑で秩序だったEU離脱

英EU間で新しく、強固で、建設的なパートナーシップを築く必要がある。新たな関係性の構築のために、分断を起こすような不安を回避する

(出所)EU離脱白書(February2017)、日本経済新聞(2017/01/18)などから作成

 

史上前例のない複雑な交渉

英国からの離脱通告を受けて、トゥスク常任議長は3月31日、交渉指針案(draft negotiating guidelines on Brexit to the 27 EU leaders)を27の加盟国に提示した。トゥスク議長は記者会見で、交渉指針案の概要を明らかにした(表3)(注8)。

トゥスク議長は「EUの市民、企業、加盟国の混乱と不確実さを最小限に抑える>ため、英国との離脱交渉ではまず、円滑な離脱のための条件を巡る協議を優先する方針を表明した。最優先で解消すべき問題として①英国で暮らし、働き、勉学する全てのEU市民の権利保護、②離脱後にEU法が失効する英国の「法律不在」の回避、③英国が加盟国として約束した財政支出や債務の清算、④離脱後に生じる英国との域外国境(アイルランドと北アイルランド間の国境)への対応を挙げた。

また、トゥスク議長は離脱条件で「十分な進展」(sufficient progress)が達成できれば、離脱後の英国との(自由貿易協定などの)将来の関係の枠組みの議論ができると説明。英国が求めていた離脱条件と将来協定の同時並行協議はない(will not happen)と断言した。

いずれにしても、1973年にEUの前身であるEC(欧州共同体)に加盟して、40年以上にわたり欧州との関係を深めてきた英国が離脱を決めた。EU加盟国から離脱国が出るケースはEU史上初めてで,前例のない離脱交渉は約1万9,000項目ともいわれているすべての分野で手探り状態となるため、複雑なものとなろう。英国とEUは優先課題について、すでに対立しており、交渉難航は当初から難航必至である。

 

表3 EUの離脱交渉指針案の骨子

主要項目

内容

基本原則

・離脱後はEU加盟国と同等の権利や恩恵は受けられない
・単一市場への特定の産業分野だけ参加を認める手法はとらない
・27カ国が統一した立場で交渉に臨む。英国との個別交渉しない

段階的交渉

・まずは秩序だった離脱での合意の協議を優先
・「十分な進展」が得られれば、通商など将来協定の準備協議に着手できる
・離脱後から将来協定が発効するまでの「移行措置」を検討

秩序だった離脱での合意

・英国で暮らすEU市民とEUに住む英国市民の権利保護
・英離脱後の「法律不在」の回避
・EU予算の未払い金など負債の決済
・英国との間に生じる域外国境への柔軟な対応(アイルランドなど)

将来関係を巡る準備協議

・将来の通商関係などを定めた協定の妥結は英国の正式離脱後
・通商だけでなく、テロ対策や防衛などの分野を含む

(出所)日本経済新聞(2017/04/01)、Remarks by President D.Tusk(2017/03/31)などから作成

 

注・参考資料:
1) 日本経済新聞(2017/03/10)、Reuters(2017/03/30)(2017/02/07)
4) Reuters(2017/03/30),Financial Times(2017/03/30)
5) Reuters(2017/01/18)
6) HM Government, The United Kingdom’s exit from and new partnership with the European Union (Presented to Parliament by the Prime Minister by Command of Her Majesty) (Cm9417, February2017)
7) 日本経済新聞(2017/01/18)
8) European Council, Remarks by President Donald Tusk on the next steps following the UK notification(statements and remarks/166/17,31/03/2017)、日本経済新聞(2017/04/01)